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2-9職人殺しの剣


 馬車は王城に入り、そのまま王宮の正面で停まる。

 メイドに案内された部屋に入ると、料理を口に含んだままのエレーナが飛び込んで来た。


「勢い良く飛び込むのは止めなさい。でも、無事で良かった」

「…………」

 エレーナはまだ料理を飲み込めていないようだ。


 トゥーニスとテオの紹介を終えると、ユリウスは驚いた表情を浮かべたが、すぐに苦笑いする。

 ミルヴァとヤーナは何故かオレに礼を言う。


「ちゃんと名乗らず、ごめん。私はヤーナ。戻ったら家の農園を手伝う。冒険者は一時休業か、辞める。レインがミルヴァをパーティーに誘ってくれて安心した。ミルヴァをよろしく」

「もちろんです」

 ヤーナは嬉しそうに笑い、ミルヴァの背中を押す。


「レイン、誘ってくれてありがとう。まさか、王宮に入れるなんて夢みたい」

「ミルヴァ、よろしくね」

「はい……」

 ミルヴァは恥ずかしそうに頷いた。



 文官と武官による七つの作戦の進捗状況の報告があった。


 犯罪組織の頭の捕縛および犯罪組織壊滅は現在進行中で、冒険者ギルドの応援に近衛特務小隊を投入。


 ハーヴィスト侯爵の捕縛は成功したが、フェネオン伯爵は自害。


 商業ギルド副議長の捕縛は成功したが、大商人は逃亡中。


 第二遠征師団の師団長の捕縛はいまだ不明だが、基地までの距離が遠いためだと思われるとの事。


 神国派のもう一人の司教の捕縛、アルフレート司教救出、教会本部制圧は成功。


 大司教の捕縛は成功し、カラン神国S級魔術士は全員殺害。


 地下道封鎖および倉庫制圧は成功。


 現時点での作戦参加者の死亡一人、重軽傷者十九人だという。

 第二遠征師団の師団長捕縛に向かったクレメンテ大隊長の事は心配だが、近衛小隊も同行しているし大丈夫だろう。


「トゥーニス殿。こちらは国王陛下と王国からです。ご確認を」

 文官から渡された袋と封筒の中身を確認したトゥーニスは硬直している。

「……確認しました。国王陛下に感謝致しますとお伝えください」

 トゥーニスが深々と頭を下げると、隣にいるテオも一緒に頭を下げた。


「リンデールの冒険者諸君には後日ユリウス支部長に報酬をお渡しいたします。王都滞在中はエルドレッド公爵家のゲストハウスにお泊りください。尚、倉庫護衛任務は王国軍から派遣しますのでご安心ください」

 文官と武官は用件を済ませるとすぐに退出する。


 オレ、エレーナ、ユリウス、ミルヴァ、ヤーナ、トゥーニス、テオの七名で立食形式の遅い夕食を取った。


 オレは滋養強壮の丸い薬を布袋に入れてトゥーニスに手渡す。

 やはり病気が治ったばかりのテオは体力がないらしく、食事を取って薬を飲むとすぐ椅子に座ったまま眠ってしまう。


 エレーナ、ミルヴァ、ヤーナの三人は美味しそうに料理を食べていた。

 ユリウスはトゥーニスと師匠の話で意気投合し、リンデールや魔術の話をしている。


 トイレから戻ろうとすると、オレは通り過ぎた階段の方から視線を感じて振り返った。

 二十代のメイド服を着た女性が階段の手すりに寄り掛かっている。


「君がエノスの魔術士だね。私は君たちが幽閉の森と呼ぶ森から来た情報屋。君には近い内に私たちの森に来てもらいたい。できれば、一人で来てもらいたいけど、信用できる人なら五人までなら招待するよ。でも、ユリウスはダメ。来月か再来月にはギルドに君宛ての手紙を送るから、よろしく」


「……どうしてユリウスはダメなんだ?」

「だって国王と仲がいいでしょう。それに貴族だから。じゃあ、今度は森で」

 メイド姿の自称情報屋は素早く姿を消した。



 ジュディの実家は驚くほど敷地が広い。

 ここは本当にゲストハウスなの……と思えるほどに。


 執事っぽい人を筆頭に八人のメイドが玄関でオレたちを出迎える。

 オレはオロオロしそうな自分に喝を入れ、堂々と歩いたつもりだ。


 執事っぽい人は全員の名前を間違える事なく呼び、メイドに部屋まで案内させる。

 案内された部屋は広過ぎてオレとエレーナはプチフリしてしまう。


 荷物を持たないオレたちはすぐにお風呂に案内される。

 お風呂でも驚かされたオレとエレーナは部屋に戻ると、ぐったりしてしまった。


 部屋にトイレもあったが、もうオレは驚かない。

 既に驚く気力がなくなっている。

 オレとエレーナはエロい気分になる事はなく、そのまま抱き合って眠る。


*****


 翌朝の朝食は部屋で取り終わると、泣きそうな表情のミルヴァとヤーナの襲撃を受けた。


 オレたち四人は相談をしてから、ユリウスの部屋へ向かう。

 ユリウスは苦い顔をするが、必死に頼み込むオレたち四人の迫力に負けたのか、渋々了承してくれた。

 気分よくゲストハウスにやって来たジュディにオレたち四人は真剣に話し、落ち込むジュディをユリウスがフォローしている。


 ジュディの用意してくれた馬車に乗り、オレたち四人は中央商業エリアに向かう。


 馬車の中で火曜日の朝まで自分のお金は使わないで欲しいと話すと、ミルヴァとヤーナは当然の如く反対したが、エレーナの『時には甘えないと』とあまりフォローになっていない一言で何故か素直に納得する。


 リンデールの倉庫でミルヴァとヤーナは王都便の責任者を探している。


 商人のジャンは日曜日に小麦を月曜日に鉄を買いに行くつもりのようだ。

「月曜日は遅くとも十時までにここに来てくれんか?」

「はい」

 商人のジャンは満足そうに頷いて倉庫へ戻って行った。


「何だか私たち、火曜日の出発まで暇になっちゃった」

 ミルヴァとヤーナはそれぞれ小さい鞄を一つ持っている。

「そろそろお昼だし、街に出てご飯を食べよう。邪魔になるから鞄はオレが預かるよ」

 オレはミルヴァとヤーナの鞄を受け取って【魔術コンテナ】に入れた。


 中央商業エリアの外に出て最初の商店街で馬車を降りる。


 エレーナとミルヴァは服や下着に武器、ヤーナはリンデールで入手困難な物が欲しいらしく、一通り商店街を歩き庶民的な食堂で昼食を済ませた。

 ぶらぶらと歩いていると、商店街の端で情報小隊のサクラ役に似た人が手招きしている。


「ちょっと寄り道するよ」

 エレーナとミルヴァは少し表情を強張らせたが、ヤーナはコクッと頷いただけだった。


「まさか、応援ですか?」

 やはりサクラ役の人だったらしく、にこやかに笑いながらも声は硬かった。

「違いますよ。買い物です」

「それでしたら、この路地の先に立っている女性に声を掛けてください」

「……はい」


 オレはサクラ役の人に従い、手を挙げた二十代の女性の方へ歩く。

「皆さんお揃いでありがとうございます! 昨日いいお茶を手に入れたので、どうぞ中に」

 三十代の女性はまるで知人を招くかのように、お店の中へとドアを開けてくれた。



 突然の訪問に情報小隊の士官と近衛特殊小隊の兵士は若干警戒気味だ。


 訳を話したらすぐに表情を緩めてくれた。

 どうやらこの商店街に犯罪組織の幹部が逃げ込んだらしく、只今情報収集中のようだ。


 情報小隊の女性兵士はオレたちの買い物にピッタリな二ヶ所の商店街を教えてくれる。

 親切な事に簡単な王都の地図まで書きながら、女性陣におススメの店なども教えていた。


「あの、ちょっと昨日の事で内密な話が……」

 情報小隊の士官は嫌な顔はせず、オレは奥の部屋に案内された。


「何か知りたい事でも? 話せる範囲内でなら答えます」

「はい。先ずは二人のS級魔術士は死亡したと聞いたのですが、本当ですか?」

「ソゾンは地下通路にて酷い火傷を負った状態のまま水死体で発見され、ヴァレリアンは雷に直撃されたらしく即死だったと思います。この目で確認しましたから間違いはありません」

 情報小隊の士官は自信たっぷりに頷く。


「オレたちが捕まえた豚に似た司教と執行官たちはどうなりました?」

「豚って……確かに。セレスティノ司教ですよね。奴は大司教や司教、神国派神父と一緒に防衛師団の地下牢にて尋問中のハズです。確実に死罪でしょう。執行官の神父一名と自称執行官の盗賊ですが、執行官は防衛師団の地下牢にて尋問後死罪です。自称執行官の盗賊は尋問が終わり次第、去勢鉱山行きです。昨日捕まえた武装神父や他で武力抵抗した神父も同様に、去勢鉱山行きは確実ですね」


「マジですか……」

「はい。最近、去勢鉱山の人員が激減した事故があったようで、鉱山管理局から大量補充の要請があったそうです。囚人鉱夫の年間損耗率は四割以上だと聞きますから」

「年間損耗率は四割以上って、恐ろしいですね」

「実際に事故で死ぬのは二割、殺害一割、残りは自殺だという噂です」

 淡々と話す情報小隊の士官、怖いよ。


「クレメンテ大隊長は無事ですか?」

「左腕にケガをされたと聞きましたが、もう治療済みのハズです。それと、地下通路の倉庫近くに見張りの武装神父が待機していた様です。昨晩の深夜に倉庫から教区に忍び込もうとしていたのを捕まえました」


「そうですか……それと、なるべく中央商業エリアに近い場所で、オレたち平民には豪華だと感じて落ち着けるいい宿を知りませんか? 実は……」

 オレが昨夜から今朝に掛けての話を真剣に話すと、情報小隊の士官は他の兵士も呼んで三軒の宿屋を教えてくれた。



 オレは情報小隊の士官に頼み部屋でしばらく一人にしてもらう。


 執行官から貢いでもらったお金を全て数えて硬貨別の袋に入れる。

 そこから大金貨二枚分を四つの小袋に入れた。


 それにしても、執行官はどうしてこんな大金を持っていたのか不思議だ。

 あ、豚司教が持っていたのか。

 一枚で大金貨二十枚分の価値があり、国家間の取引、王族や貴族、大商人等のお金持ちが使うとされる特大金貨が三十枚も含まれていた。


 疑いの眼差しに出迎えられたオレは女性陣と情報小隊の士官に小袋をそれぞれ手渡す。

「言い方は悪いけど、これはみんなのお小遣い」

「賄賂に当たるので受け取れません」

 情報小隊の士官は無表情で小袋を返そうとする。


「賄賂ではありませんよ。この作戦に参加している皆さんの食事等に使ってください。貴重な情報はお金と同価値だと思うので、自分たちで使うのが嫌であれば情報提供料の足しにしてください」


「貴方は情報の重要さを分かっていらっしゃる。このお金は任務達成後に、情報小隊と近衛特務小隊の祝いの席で使わせていただきます。二人とも、それでいいな?」

 情報小隊の女性兵士と近衛特殊小隊の兵士は笑いながら頷いた。



 挙動不審な女性陣とオレは、情報小隊の女性兵士から教えてもらった女性に人気の商店街を目指すべく、ドアのないオープンタイプの四人乗り馬車に乗り込む。


「――王都は初めてですかい?」

 三十代後半の御者が後ろを見ずに話し掛けた。


「はい、昨日着いたばかりで、これから三ヶ所回る予定なんです」

「――で、どこを回るのですかい?」

「三区と二十二区の商店街で買い物をして、八区か九区で宿を取ろうと思っています」


「――では、銀貨二枚で夕方まで貸し切りにできますが、そちらにしますか? もちろん荷物の見張りも含まれますんで、ご安心ください」

「循環馬車ではなかったのですね?」


「――知らなかったんですかい? 馬車の柱の色と御者の服の色で違うのですよ。青は循環馬車で自分ら赤はこの砂時計の時間で料金の変わる砂馬車って言われてます。それと、注意した方がいいのですが、馬車の柱にある白い筋は馬車ギルドの信用度で決まりますから、白い線の入ってない馬車に乗る時は注意してくださいね。新人御者の砂馬車ですから。そうですね……三本以上ある馬車に乗れば安心です。あと首から下げた馬車ギルドのプレートのない奴は絶対に乗ってはいけません。偽者ですから」

 御者は首から下げたプレートをオレたちに見えるように掲げた。


「凄いですね、五本もあるじゃないですか。貸し切りでお願いします」

「――あはは、ありがとうございます。そこでご提案です。ここからだと、三区より二十二区を先に回った方が時間は掛かりませんよ」

「では、二十二区を先に回ってください」

「――了解しました! では、出発します!」



 二十二区の商店街を先にして恩恵を受けたのはヤーナだった。


 最初に大きな鞄、滅多に入荷されないという変わった香辛料、煌びやかな織物や布地、宝石ではなさそうな変わった鉱石を値切って買い漁る。

 エレーナとミルヴァはそれぞれよく似合う清楚な服や普段着を何着も買い、女性用の下着専門店ではしばらく戻って来なかった。


 三区で最後に立ち寄った武器屋に入ると、エレーナとミルヴァは飾られた短剣に見入ってしまい、ヤーナはほとんど眠れなかったらしく、武器屋の路地を挟んで反対側の喫茶店さんで待機中。


「これ、レインの剣に似ているね」

「そうだね。何となく刃の部分が似ている」

「――悪いけど、その短剣は売れないよ。お兄さん、似ている剣を持っているのかい?」

 オレとエレーナで話をしていると、店のおばさんは愛想笑いを一変させる。


「……はい。ただ、片手剣ですよ」

「お兄さん! 今度その剣を見せてもらえないかね?」

「今でもいいですが、他の人のいる前ではちょっと……」

「アルマ、今日は店じまいにするよ!」

 おばさんは店員の女性とアイコンタクトをする。



 オレたちは店の看板を下げた店の奥の作業場で職人のおじさんたちに囲まれた。


 囲まれたと言っても敵対という訳ではなく、むしろ友好的に迎えられて店のおばさんと職人のおじさんたちに囲まれている。

 オレは魔術コンテナから爺ちゃんからもらった片手剣を作業台に置く。


「こ、これは間違いねえ、親方がドラン様に渡した剣だ……抜いてみてもいいか?」

「どうぞ」

 職人のおじさんの一人がゆっくりと手を伸ばして剣を鞘から抜く。


 オレの剣は先代の親方が爺ちゃんのために作った特注品だった。


 本当かどうか分からないが、炉の温度調整が難しく一本の剣の形にするまで三日三晩掛かってしまう事から、職人殺しの剣、と職人仲間では言われているようだ。

 しかも、先代の親方でさえも七本に一本の割合でしか作れなかったらしく、生涯で三本しか納得の行く剣が作れなかったという。


 手入れをさせて欲しいという願いを聞き入れ、オレは月曜日まで親方に剣を預ける。

 先代の親方が納得できなかったという剣を見せてもらうと、微妙に刃の色合いが違っているのが分かる。

 細長い木箱の中に二十本近くの様々な種類の剣が入っていた。


「これを、私に売ってもらえませんか?」

「え、失敗作なんか売ったら先代に呪われちまう。申し訳ないけど無理だよ」

 親方は首を横に振る。


「私は失敗作だとは思いませんよ。私はレインのように魔力斬撃はできませんので、多少強度が低いとしても普通の剣よりは強度ありますよね? 人によって用途は違いますし、人によって価値は変わります。私はこちらの剣の方が綺麗だと思いますし、この剣で魔獣と戦いたい。是非お譲りください」

 エレーナは真剣な眼差しで親方に頼み込む。


「私もこの剣が気に入りました。私にもお譲りいただきたい」

 ミルヴァも親方に近寄り頼み込んだ。


「父に有象無象の輩に売るなと言われた。失敗作だというのに綺麗に完成させているのには理由があるハズだ。ドラン様からこの剣を譲り受けた人には、これらを売っても問題ないと思う。仕方ないね……父には娘である私が恨まれてやるよ。ところで、二人はどの剣が気に入ったの?」

 店のおばさんはにこやかに微笑んだ。


 エレーナとミルヴァに釣られてオレまで職人殺しの剣を買ってしまった。


 エレーナはナックルガードの付いた以前より長めのスモールソード、ミルヴァはショートソードにショートソードとダガーの中間の長さのバゼラード、オレは両手剣と片手剣を使う予定だ。

 三人で五本も選んだのに代金は大金貨五枚だと言われたので、思わす残りの十三本も箱ごと買って特大金貨五枚を店のおばさんに押し付ける。


 大金を使ってしまったオレはビビりながら武器屋を出た。



漢字の間違いを修正しました。

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