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2-8教区襲撃


 王都防衛師団の建物の一室にて文官と武官を交えて全員で話し合う。

 文官は国王のサインだけがされた白紙の命令書を数枚持っていた。


 王都防衛師団の師団長は既に有能で信頼のできる部下を小隊規模で集めていたが、そのほとんどは屈強な一般兵で魔術兵は一人しかいなかった。

 エレーナは怪しい倉庫の制圧部隊に自ら志願する。


 オレは焦ってエレーナを問い詰めたが、理由を聞いて反論はできなかった。

 エレーナと王都防衛師団の混成小隊は監視も兼ねてすぐ出発するらしく、怪しまれぬように比較的近いリンデールの倉庫で作戦開始まで待機するという。


「信頼できる冒険者を二人追加してもよろしいですか?」

「魔獣ではなく人と戦う事になりますよ」

「ビッグボアや一角獣を倒した女性冒険者たちだね。昨日は教会本部の執行官を名乗る盗賊を少なくとも三人は倒したし、実力は私が保証しよう。ただ、無給となると……」

 エレーナと武官の会話に割って入ったユリウスは、ワザとらしく文官をチラ見する。


「もちろん、この作戦に参加して下さった方々に報酬はあります。命を落とす者もいるでしょう。その家族には王国の危機を救うために戦ったのですから王国が援助致します。ただ、今回は極秘作戦ですので国王陛下からの恩賞はありません」

 文官は淡々と述べてエレーナに頷いた。


 各自が時間差でバラバラに移動を開始する。

 午後五時の時点で大司教とカラン神国S級魔術士三人の居場所は分からなかった。



 オレは一人で教区近くの商店や露店で珍しい食べ物や布製の小袋を大量に買い歩く。


 武官からは危険過ぎると猛反対されたが、文官はエノスの逆鱗雨を真似て日の入り前に始めて欲しいと乗り気だ。

 雨を見た者に教会がエノスの逆鱗に触れたと知らしめる効果は絶大らしく、今後の王政と事後処理に有利に働くと考えたのだろう。


 正確な時間は分からないが、午後六時半頃に魔力を込めて【大雨】の魔術を掛けた。

 先週リンデールの大隊本部に降らせた大雨とは比べ物にならないほど強く、意図してやった訳ではないが雹まで混じっているようだ。


 フフフ……少し雹を大きくしてやる!

 お、ミニトマトと変わらないサイズだ。

 まだまだ余裕はあるけど、更に雹を大きくすると……死人が出そう。


 教区だけを襲う大雨に、道行く人は足を止めて空を見上げる。


「――エノスの逆鱗雨じゃないのか?」

 私服に着替えた情報小隊のサクラが声を張り上げた。


「――きっと、大司教がエノスの逆鱗に触れたんだ!」

「――寄付、献金ばかりだから罰が当たったんだ。バーカ」

「――娘を返せ!」

「――金返せ!」

「――いいぞ! もっとやれ!」

 ん、サクラは二人だったハズ。


 教区のたった一つしかない通用門に信者やシスターたちがズブ濡れで殺到している。

 情報小隊の兵士は改革派の神父の協力を得て、通用門から出て来た人を監視しているハズだ。


 オレはただ見物人に紛れて魔術を掛け続けている。

 誰かがオレの魔術を妨害していたが、城壁の上で待機しているユリウスがオレの魔術に重ねて雷の魔術を連続で二発放ったらしく、それ以降の妨害はなくなった。


 通用門から溢れる水はまるで川のように馬車の往来する街道へと流れる。

 エレーナたちの心配をしながら午後七時の鐘を待った。


 エレーナたち混成小隊は雨の発生と同時に怪しい倉庫に突入しているハズだ

 倉庫制圧後にエレーナと魔術兵の二人で地下通路を氷の壁と土の壁で通路を封鎖する。

 エレーナにはミルヴァたちが傍に付いているし、混成小隊は精鋭揃いだと聞いているから大丈夫だと思いたい。



 待ちに待った午後七時の鐘が聞こえた。


 通用門から溢れる水に足を取られながら通用門に近付いた。

「回復魔術を使えます! ケガをした人はいませんか?」

「お願いします!」

 一人のズブ濡れのシスターが手を挙げた。


 ズブ濡れのシスターの隣には神父服の若い男性が座り込んでいる。

 何故かその周りには手を縄で縛られた四人の男女を取り囲むように、神父とは思えないメイスを持った三人の神父服の男性もいた。


「この人たちですか?」

「こいつらじゃねえよ。そこの神父さんが腰を打って動けねえ」

 メイスを持った一人の神父服の男性が吐き捨てるように言う。


「この人たちも治療します」

 オレは手を縄で縛られた四人の男女に手を伸ばした瞬間、オレは殺気を感じて振り向く。

 メイスを持った一人の神父服の男性がオレをメイスで小突こうとしていた。


 オレは迫るメイスを右手で逸らしながら左の掌底を神父服の男性の顎に叩き込む。

 そのままの勢いで残りの二人も素手であっさりと倒す。


「こいつらの尋問と拘束を!」

 オレは待機している近衛特殊小隊と追加で配備された王都防衛師団の小隊を呼び寄せる。


「我々も突入します」

「いえ、作戦通りに私が先行して、雨が止んだら突入してください」

「……了解しました」

 近衛特殊小隊の小隊長は残念そうに頷いた。



 身体から二十センチほどの【障壁】を掛けたまま教区に入り、雨の量を少なくしてから神殿に向かう。


 神殿正面のドアを開けると、いきなり何かが飛んで来た。


 前面に反射的に張った二つ目の【障壁】に当たり、軌道を逸らされてドアに突き刺さる。

 クロスボウのようだったがそれにしては矢のスピードが速かった。


 障壁を一部解除して武器を持った神父たちに威力を抑えた【破裂空気弾】を乱射する。


 やり過ぎてしまった……。

 五人全員が人としての原形を留めておらず、床にはクロスボウを大きくしたようなバリスタと呼ばれる武器が転がっている。

 敵であっても人に向けて破裂空気弾は一時自粛しよう。


 オレは大雨の魔術を解除して近衛特殊小隊を待ちながら、周囲を探索する。

 神殿の中央には神カランの白く大きな像があり、その両脇には大小四つの聖堂があった。


 駆け付けた近衛特殊小隊だけでなく、潜入していた情報小隊のスパイなのか、修道服を着たシスターもいる。

 近衛特殊小隊の小隊長は分隊ごとに指示を出し、第三分隊は他の建物を、第二分隊は二人一組で神殿の一階と地下を、オレと小隊長を含めた第一分隊は二階と三階を捜索する。


 二階の広いロビーには「大司教親衛隊」と名乗る武装した三人組の神父がいた。

 呆気なく小隊長に【魔力斬撃】で三人とも斬られて絶命する。

 ちょっと小隊長……対人戦闘に魔力斬撃はやり過ぎでしょ。

 

 二階の捜索を第一分隊に任せてオレと小隊長は階段を駆け上がる。



 神殿の三階にはロビーも何もなく、高級そうな装飾のドアしかない。


 小隊長が強引に蹴り破ったドアの先には、広く大きな机とベッドが目に入った。

 大きな机の先に踏ん反り返る白くキラキラ光る神父服を着た太ったジイさんと、その横に三十代後半の赤毛の男性が立っている。


「私の名はトゥーニス。ここまで来たという事は、既にソゾンとヴァレリアンは倒されたという事ですね。一応、カラン神国教皇親衛隊九人衆の一人になっています」


「こちらは近衛特殊小隊小隊長のディルク。ヴィルヘルムス大司教をこちらにお渡しいただけますかな?」


「私はカラン神国教皇にも大司教にも義理はありません。私の息子の病気が治せるのであれば取引に応じましょう。息子は何処かに捕らえられていますが、肺の病に侵されていますのですぐに分かります」

 トゥーニスは感情のない淡々とした口調で話した。


「貴様! 裏切る気か!」

「病に苦しむ我が息子を人質に取る輩に義理立てする気はありません。今すぐに防御魔術を解いてもいいのですよ」

 大司教はトゥーニスを睨むが、睨まれた当人は全く気にしていない。


「とりあえず、俺の剣でこの防御魔術を破れるか試してから、あんたの息子を探すよ」

 小隊長はそう言うなり、障壁に向けて【魔力斬撃】を振るう。

 三度目の【魔力斬撃】で小隊長の剣は真ん中からポッキリと折れた。


「……約束通り息子は探すが、肺の病を治せるS級魔術士は王都に二人だけしかいない。とりあえず、あんたの息子を探して来る」

 小隊長は悔しそうに折れた剣を捨てると、階段へ走って行く。


「オレが肺の病を治せたら、そこのジイさんはこっちに渡してくれますか?」

「……いいでしょう。約束ですから」

「あのー、貴方の防御魔術はどのくらいまで魔力斬撃に耐えられるのですか?」

 トゥーニスはしばらくオレの表情を見ていた。


「私の防御魔術は一度だけ魔力斬撃に破られました。他の人の魔力斬撃は耐えられたのですが、ドラン様の魔力斬撃は耐えられませんでした。もう十七年も前の話です」


「何だ、師匠の知り合いなんですね。師匠とはどこで? カラン神国?」

「何! ドラン様の弟子なのか?」

「はい、十年ほど……貴方は教会か、孤児院の関係者なの?」

「……ああ、久しく神父らしい事はしていないが……神父だ」


「カラン神国に未練はある? ないのなら、小さな町だけどリンデールに来ない? 教会主導で誰でも基本無料で学問を学べる学校を作る予定なのです。嫌でなければ、リンデールの教会で働いてもらえないかな? 首長竜を売却したお金があるので、来週リンデールに戻ったらすぐにでも土地を買って学校を建てようと思っている。オレは貴方のような人生経験の豊富な人に、子供たちを見守ってもらいたい。どうかな?」


「……妻のいないカラン神国に未練はない。できれば、私は息子と一緒に行きたい……」

 トゥーニスはしばらく俯いて考え、ゆっくりと顔を上げた。



 小隊長は部下と一緒に十歳ほどの男の子を抱えたままフリーズしてしまう。


「お! 早いですね! 大司教は連れて行っていただけますか? トゥーニス神父の息子さんは治療するから置いて行ってね」

「……了解した」


「トゥーニス神父は息子を人質に取られていただけだから、もうカラン神国には帰らない。一神父としてリンデールに移住する、と国王陛下に報告してもらえますか?」

「……了解。用が済んだら門まで来てくれ。王宮まで馬車で送る」


 小隊長と部下はオレの目の前にトゥーニスの息子をベッドの上に置き、両手両足を折られて気絶する大司教を引きずるように運ぶ。


 虚ろな目で苦しそうに息をするトゥーニスの息子の治療を始めた。

 ベルタの母親と同じように喉と肺に全力で【解毒ヒール】を掛ける。

 トゥーニスは無詠唱の回復魔術に驚き、トゥーニスの息子はただ戸惑っている。


「これで大丈夫だと思いますが、当分の間は無理をさせないでください。来週の火曜日にはリンデールに向けて出発します。日曜日まではベッドで休ませてください。これから国王に許可をもらうまでは何があるか分かりません。オレの傍から離れないでください」

「……ありがとう」

 トゥーニスは涙を堪えながら礼を言う。


 教区の通用門の前で待っていた馬車に乗り込み王城を目指す。

 中央商業エリアを抜ける際にエレーナたちが制圧に向かった倉庫の方を見たが、何事もなかったかのように馬車の往来があった。


「テオです。病気を治してくれてありがとう」

「レインです。お父さんと一緒に小さな町に引っ越してもらうけど、大丈夫?」

「お父さんと一緒でいいの?」

「もちろん」

 テオはトゥーニスの膝の上に乗り嬉しそうに笑った。



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