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2-7クーデター派捕縛作戦


 鐘の音で目を覚ますと、エレーナは慌てて下がったままの下着を素早く上げる。


 黒パンと温めた山羊の乳だけの朝食を取ってからすぐに撤収作業に入った。

 三度目の快適空間を作りはすぐにできた。


 ミルヴァは王都便の出発前に水草の籠を返しに来たが、何故かよそよそしく【ヒール】を掛けると、礼を言って足早に五番目の幌馬車に戻って行く。


「――レイン様、王都に向けて出発します」


 御者のおじさんは何か勘違いしているな。


 王都便は馬四頭と馬車は五台を新たに加えて出発する。

 もちろん、三台の馬車には自称執行官二十一人囚人が手足を縛られて転がっている。


 ユリウス、クレメンテ大隊長、王都便の責任者による三者の話し合いで、馬四頭と馬車は三台の所有者はオレになっていた。

 先日牧場で会った王国軍のエウリコが言うには四頭の馬の内三頭は凄くいい馬らしく、一頭は王都で売却予定だ。


 馬車は三台に関して御者のおじさん曰く、新しく作りがしっかりしているし馬もいい、とお墨付きをもらったので孤児院とオレたちで使おうと思っている。

 後ろめたさはあるが盗賊を捕まえたら当然の事のようだ。

 盗賊ではなくて教会本部の関係者じゃないの、と思いクレメンテ大隊長と王都便の責任者に聞いてみた。


「教会本部の関係者だとしても、やろうとした事は盗賊と同じだ。だから問題はない。リンデールに戻るまでの運搬や馬の世話は我々に任せて欲しい」


「奴らの持っていた武器や金目のものは全て大隊長から預かりましたのでご安心ください。王都で売りたい物があれば私に声を掛けてください。これは奴らが持っていたお金です」


 想像を超える二人の答えにオレは呆然としてしまう。


「悪い奴らはお金を持ってますね。このお金は学校を建てる足しにしましょう」

「学校ですか? どの程度の建物をお考えですかな?」


 エレーナの話に喰い付いた王都便の責任者はしばらく話をしていた。



 最後の休憩地を出発して王都便のキャラバンは王都へ向かう。


 もう王都の第二防壁は目前だったが、商業エリアまであと三時間は掛かると御者のおじさんは大声で教えてくれた。


 第二防壁の通用門を潜る手前に小さな開拓村が見える。

 倉庫を大きくしたような建物が三つほど確認できたが、遠くてハッキリとは分からない。


「あれは去勢鉱山と言われてます。その名の通り、去勢された男の囚人が強制労働する鉱山です。質のいい鉄が掘れるそうです」


 オレとエレーナが幌馬車から身を乗り出していたので、王国軍の騎兵が幌馬車に並走しながら教えてくれた。


 第二防壁の内側は大規模な農園や牧場ばかりで集落規模の村々が点在している。

 九時前に第二防壁の通用門を潜ったハズだが、第一防壁の手前三キロメートルほどの休憩地で最後の休憩をする。


 第一防壁の通用門を潜った先には第一防壁に沿って畑が広がり、その先にほぼ等間隔で計画的に町が並べられているようだ。

 昨夜ユリウスから聞いた話によると、王都の第一防壁内部は農地と町が層のようになっており、これを一層と例えると城壁までは三層あるという。


 王都では町を区画と呼んでいて、二十五の区画に別れている。

 王都の冒険者ギルドは本部の他に四つの支部があり、商業ギルドは本部の他に五つの支部と三十近い営業所があると聞く。


「――レイン様、元々はここが王都だったのですよ。昔、農園だった土地に国王や貴族たちが買い叩いて城壁を作って住んでしまったのです」

「全く酷い話ですね」


「――正面右側に見える城壁から出っ張った壁の中が中央商業エリアです。リンデール城内の半分の広さです。あと十分ほどで中央商業エリアに入りますが、リンデールの倉庫まではあと二十分です」


 御者のおじさんは王都の喧噪に負けない声で教えてくれた。



 中央商業エリアはまるで未来の建物が建ち並ぶ街のようだ。

 リンデールで高い建物といえば唯一の三階建てである城だが、見える範囲には宿屋の看板のある四階建ての大きな建物もあった。


 後ろの馬車ではミルヴァとヤーナは目を輝かせながら景色を見ている。

 まあ、オレとエレーナも同じだけど。


 きちんと区画分けされた巨大な倉庫群が建ち並ぶ一画にリンデールの倉庫はあった。

 広さはユリウスの屋敷と匹敵する広さだ。


 並んだ三つの倉庫に馬車がそれぞれ一台ずつ入って荷下ろしをする。

 オレは王都便の責任者と一緒に保冷倉庫へ行きビッグボアを指定された場所に置く。


「それでは、オークション会場へ向かいましょう。商人のジャンさんが言うに、あの二匹の一角獣は希少種だそうです。オークション会場で売りましょう」


「そのオークション会場は何処なんですか?」

「城壁の中です。大商人や貴族限定のオークションですから。昼食は会場内で美味しい料理を食べましょう」


 王都便の責任者は美味しい料理が楽しみなのか、足取りはスキップするかのように軽やかだ。


 倉庫の外では王国軍の幌馬車を先頭に、王都便の三番目から五番目までの荷馬車と幌馬車、セディラとヘイブンの司教の馬車が待機している。


 再び幌馬車に乗り込むと、後ろのミルヴァとヤーナの乗る幌馬車にジュディたちも乗り込んでいた。

 樽を積んでいる荷馬車には、ミルヴァとヤーナがビッグボアを仕留めた時に魔ウサギを仕留めた夫婦のペアが樽の上に座り喜んでいる。


 倉庫群を抜けて城壁の手前に王国軍の検問所があったが、ユリウスとクレメンテ大隊長が兵士と話をすると、馬車はほぼノーチェックで検問所を通過する。



 城壁の門を抜けると、そこはオークション会場になっていた。


 オークション会場も周りを壁で囲まれていたが、高さは城壁の半分ほどしかない。

 このオークション会場の警備は王国軍が仕切っているが運営は商業ギルドだ、と御者のおじさんが大声で教えてくれた。


 倉庫の一角で商業ギルド職員の立会いの下、指定されたレールに並ぶ平らな貨車に荷物を載せて行く。

 レールは二本ありそれぞれ常温、冷蔵の倉庫へ続いているようだ。


 貨車に一角獣を載せると、ギルド職員は飛び上がるほど驚く。


「幽閉の森の近くにしかいない種類の一角獣ですよ。この毛並みは……間違いなく希少種です! 素晴らしい! 明日は期待できますよ」


 ギルド職員は興奮気味に話し、王都便の責任者は泣きそうになり、ミルヴァとヤーナは抱き合って喜んだ。


 昼食を楽しみにしていたオレとエレーナはユリウスの一言で我慢をする事になる。

 王宮で食事なんて……テーブルマナーはまだマスターしてないよ。

 オレは王宮の中になんて行きたくない。



 王都便の人たちと別れ、オレたちはセディラとヘイブンの司教の馬車に乗り込んだ。

 オレとエレーナはセディラの司教の馬車に、ジュディたちはヘイブンの司教の馬車に乗り込み、再び王国軍の幌馬車を先頭に王城へ向けて出発する。


 セディラの司教は御者から話を聞いたらしく、ミルヴァを蘇生させた方法を教えて欲しいと何度も頼まれた。

 あれはエノスの秘術であって普通の魔術士が秘術を使うと、魔力欠乏症になるばかりか寿命を大幅に縮めてしまうと脅しておく。


「ドラン教とは、ドラン様が教えを開いたのでありますか?」

「ああ、あれは冗談です。豚に似た司教が、カラン教の信者なら私に従えと言ったので……師匠がドランなので、つい」

「では、レイン様はドラン様の弟子なのですね……私はまた助けられ……」


 涙を流すセディラの司教にエレーナはハンカチを差し出す。

 以前、エノス島で聞いた師匠と一緒に犯罪集団を根絶やしにした神父が、若き日のセディラの司教だった。


「ドラン様はお元気ですかな? フェデーレは孤児院の子供たちを守っていますとお伝えください。ヘイブンのヴィルップ司教もドラン様に孤児院を任せられたと聞いています」

「すみません。師匠は先週の火曜日の朝、安らかに息を引き取りました」


 フェデーレと名乗ったセディラの司教は王城の裏門に到着するまで、静かに涙を流した。



 魔核ランタンの明かりを頼りに薄暗い狭い地下道を進む。


 何だか悪い事をしている気分だが、ユリウス以外の他の人たちは興味津々のようだ。

 ユリウスは勝手知ったる他人の家、のように地下道の扉を開けて二階分の階段を上った。


 前を歩くジュディは初めてらしく、キョロキョロして落ち着きがない。

 ふと振り返ると、エレーナやジュディの仲間であるカルラとリゼットも同じだった。

 カルラとリゼットの名は地下通路の近衛兵に名乗っているのを聞いて初めて知った。


 ようやく辿り着いたドアの前でユリウスは変わったノックをする。

 ドアが開いた先には、如何にも獣人族といった身長二メートル近い大男が大剣を構えて待っていた。


「国王いる?」

「陛下は付けろよ」


 大男は大剣を持ったまま不満そうな表情で目を横のドアに向ける。


 ユリウスは綺麗な絨毯の敷かれた広い通路をどんどん進む。

 一際綺麗な装飾の施されたドアをドンドンと叩いて、中からの返事を待たずにドアを開けた。


 豪華な内装の広い部屋には、豪華な机を挟んでフリーズしている二人の男性とレイピアのような片手剣を構えた男性がいた。


 再起動した国王と宰相はにこやかにオレたちを受け入れた。


 オレたちは少しの間この場で待たされる。

 国王はまだ三十代後半らしく、口ぶりからして実務は年配の宰相に任せているようだ。

 

 ユリウスが平民であるオレとエレーナの代わりに紹介してくれた。

 オレの紹介の際にドランの弟子で魔術士でもあり剣術士でもあると紹介すると、国王と宰相だけでなく護衛も一瞬たじろいでしまう。


「……それは本当か?」

「はい。首長竜のほぼ一人で倒しました。ここにいる六人で首長竜に挑みましたが、森の中だったため我々五人の上級魔術は首長竜の足止めしかできませんでした」


「首長竜とは……」

「それだけではありませんよ。王都までの道中で希少種の一角獣二匹と教会本部の執行官を名乗る二十人以上の盗賊も捕縛しました」


「……レインと申したか、それは本当であるな?」

 国王はオレを見据え、ユリウスはオレに頷いた。


「いえ、一角獣に関しては私の隣にいる婚約者のエレーナ、王都便の護衛に当たっている女性冒険者ミルヴァが仕留めました。自分は魔術で一角獣の体力を削いだに過ぎません。教会本部の執行官を名乗る二十人以上の盗賊に関しては、ユリウス支部長、ジュディ様、エレーナ、ミルヴァの四人だけでなく、フェデーレ司教の御者、クレメンテ大隊長の全面的な協力がなければ、セレスティノ司教および自称教会本部の執行官の捕縛は不可能でした」


「流石はドランの弟子だ! 正直だな。ドランは元気か?」

「師匠は先週火曜日の朝、安らかに息を引き取りました」

「……そうか」


 国王は顔を硬直させたまま上を向き、ハンカチで顔を覆った。



 クーデター派捕縛作戦の会議はすぐに始まる。


 宰相の部下の平民文官と近衛大隊の平民武官は優秀でどんどん作戦を立案する。

 もう、全てこの二人に任せてしまえばいいのでは、とさえ思う。


「申し訳ないのですが、遠征第二師団師団長の拘束は自分にお願いします」

「クレメンテ大隊長、私が国王権限で許可しよう」


 平民文官の書いた命令書と書簡に国王が全てサインする。


 犯罪組織の頭の捕縛および犯罪組織壊滅は冒険者ギルドに国王からの緊急依頼。


 ハーヴィスト侯爵とフェネオン伯爵の捕縛は近衛各一個小隊。


 大商人と商業ギルド副議長の捕縛は王都防衛師団各一個分隊。


 第二遠征師団の師団長の捕縛はクレメンテ大隊長および近衛一個小隊。


 神国派の司教の捕縛、アルフレート司教救出、教会本部制圧は第一遠征師団の精鋭一個中隊、案内役にフェデーレ司教とヴィルップ司教。


 大司教とカラン神国S級魔術士の捕縛は只今捜索中のため、捕縛要員はオレとユリウスおよび近衛特殊小隊。


 近衛大隊の平民武官は皆に一礼すると、国王の命令書と書簡を携えて足早に執務室を後にした。


 近衛情報小隊の責任者がもたらした情報は皆の士気を下げてしまう。

 カラン神国S級魔術士は一人ではなく三人が大司教と行動を共にしているらしく、トゥーニス、ソゾン、ヴァレリアンという名前のようだ。


「教皇親衛隊九人衆の三人がいるのか……九人の内四人は剣術士だったハズだ。トゥーニスは防御魔術、ソゾンは水の攻撃魔術、ヴァレリアンは大規模な攻撃魔術が得意だと聞いているが、間違いないな?」


 ユリウスの問いに情報小隊の責任者はゆっくりと頷く。


「いいですか?」

「どうした?」

「大司教の居場所が分からないというのはいつからですか? 隠れている可能性の一番高い場所は?」


 オレは気になった事を遠慮せずに尋ねた。


「日曜日からです。教区の神殿から出た形跡がありません。ただ、セレスティノ司教の供述で地下トンネルが教区外に出られるとあったので……」


 情報小隊の責任者は悔しそうに答える。


「では、教区の全体が見える場所に案内してください。作戦は午後七時ですから、それまで大司教を発見できなければ、教区の神殿に嵐か大雨を降らせましょう」


 国王を始めとする面々は驚いていたが、リンデールからオレを知る人たちは苦笑いをしていた。



 国王が用意してくれた王宮特製白パンのサンドイッチは驚くほど美味しい。


 オレは国王に断ってから、余ったサンドイッチを水草の籠に入れて【魔術コンテナ】に放り込む。

 近くで見ていた国王は何が起こったのか分からなかったらしく、ユリウスに聞いて驚いていた。


「――準備完了です。王都防衛師団の基地から城壁に登り、城壁の上を歩いていただく事になります」


 情報小隊の士官と兵士の後に続いてオレたちは執務室から出た。


 オレはジュディたちに首長竜の肉の木箱を渡して別れる。

 ジュディには父親のエルドレッド公爵を説得して貴族たちの動揺を抑えてもらう予定だ。



 中央商業エリアの壁と城壁に面した三百メートル四方の区画が教区だった。

 もちろん中央商業エリアの壁と城壁に面していない二方も壁に覆われている。


 神殿は教区の真ん中にある白く塗られた三階建ての建物で、大中小三つの箱を積んだような形になっている。

 城壁の上から見る限り白く塗られた神殿はかなり目立つ。

 ただ、四方の壁が高過ぎて教区外の地上からは中を窺い知る事はできない。


「教会本部はどの辺にありますか?」

「直線距離だと六百メートルほどです」


 情報小隊の士官は城壁沿いにある大きな二階建ての建物を指差した。


「では、あの敷地は何でしょうか? 兵士らしき人が見えますが」

「あれは王国軍の施設大隊の基地だ」


 オレとユリウスの会話を聞いた情報小隊の兵士は、士官と顔を見合わせてから慌てて走り始めた。


 ユリウスは情報小隊の士官と互いの推測を話し合う。

 エレーナは先ほどから教区の壁を挟んで反対側の中央商業エリアを見て、何やら考え込んでいる。


「エレーナ、どうしたの?」


「あの倉庫、変だと思わない? 倉庫は小さいのに壁は高いし、高そうな馬車が一台だけだよ。倉庫なら荷馬車や幌馬車でしょう? 警備の人だって門の所に一人だけだよ。門の後ろには大きな木箱が高く積んであるし、上から見ると、まるで目隠しね」


「豚司教の言っていた地下通路はここかも知れないね。エレーナ偉い!」


 エレーナは誇らしげに胸を張って微笑んだ。


「――何かあったか?」


 エレーナの見つけた倉庫を指差すと、ユリウスは悪そうな笑みを浮かべた。



少しずつ投稿します。

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