2-2カミル神父の決意
黒いローブを羽織ったオレとエレーナは買い物客で賑わう露店街でもかなり目立つ。
エレーナは買ったばかりのローブと防具を身体に馴染ませるために、防具を身に着けたまま街中を歩いている。
布製であるため高そうに見えないのが唯一の救いだ。
露店街を抜けて寝具や毛皮の扱う商店に入る。
敷布団や肌触りのいい厚みの違う二種類の毛布を二組ずつ買い、シーツを四枚もサービスしてもらう。
買った物を【魔術コンテナ】に放り込んでから何店か回り、油、塩、黒砂糖、ハチミツ、香辛料等を多めに買い込む。
お揃いの新しい黒革のブーツと替えの靴下を多めに買ってから靴屋を出る。
「――レイン様!」
大通りに出て市内循環の馬車を待っていると、通りの反対側から声を掛けられた。
馬車の往来の切れ目に通りを横断する男の子には見覚えがある。
確かベルタの弟だと思うが、ごめん……名前を忘れた。
「お母さんはどう?」
「良くなりました。ありがとうございました」
ベルタの弟はよくお店の手伝いをしているのか、丁寧にお辞儀をする。
ベルタの実家のお店は八百屋だと聞いていたが果物も扱っていた。
四時過ぎだというのに野菜はほとんど売れてしまった、とベルタの父親は頭を掻きながら詫びる。
リンゴと洋梨にエレーナの目が釘付けになっているベビィキウイを買おうとすると、ベルタの父親は頑として代金を受け取ろうとしない。
「では、悪くなってしまいそうな野菜や果物、売れ残って困っている野菜や果物はありますか?」
「虫食いや傷の付いたリンゴや桃は一箱以上ありますが……」
「それを全部売ってもらえませんか? もちろん普通の値段で」
ベルタの父親の父親は驚きながら、店の奥に置かれた山になっている小さめな木箱を指差した。
市内循環の幌馬車に乗って教会の前で降りる。
孤児院のドアの鐘を鳴らすと、シスターマーサが出迎えてくれた。
厨房で晩ご飯の準備をしていたボランティアの女性と料理の手伝いをする孤児院の女の子たちは、大量のリンゴや桃を見て嬉しそうに微笑む。
半分は晩ご飯と明日の朝食で使い残りの半分はジャムにするという。
午前の魔ウサギに続いて果物を提供したエレーナは、子供たちから美味しい物を持って来てくれるお姉ちゃんと認定されたらしく、何だかエレーナは凄く嬉しそう。
エレーナはやはり凄く嬉しいらしく、カミル神父の家に戻るまでニコニコしている。
カミル神父の家に入った瞬間にエレーナの表情は凍り付いた。
何でまだいるの……早く帰ってください、ジュディさん。
ジュディはエレーナの着ている装備に驚き、表情を凍り付かせる。
通常運転のコンラッドはオレに昨夜の倉庫警備の報告をする。
夜が明ける二時間ほど前に二人組の盗賊が倉庫に潜り込もうとして、一人はルドルフに斬られて即死、もう一人はルドルフのパーティーのA級魔術士が捕縛したそうだ。
「ヴィーラント家のお抱えの自称A級剣術士と冒険者上がりの盗賊だった。捕まえたのは自称A級剣術士。商業ギルドを敵に回したのでは、もうヴィーラント家は終わりだろう。さっき支部長から聞いた話だと、カールは地下牢獄で服毒自殺して、ヴィーラント家の執事は捕まえに行った王国軍兵士の目の前で服毒自殺したそうだ」
「お父さん……イネス姉さんはどうなるの?」
エレーナの驚き様からして、とても仲のいい友人だったのだろう。
「分からん。イネスの旦那は確か王都で冒険者だったと聞いたから大丈夫だろう。こんな時にお前に話すのは変かも知れんが……ヘルヴィと再婚しようと思う」
「お父さん、ヘルヴィ先生はOKしてくれたの? もう他の人を好きになっていると思うよ。ヘルヴィ先生は美人だから」
「そ、そうだな。まだ警備には早いが……出掛ける」
コンラッドは通常運転を止め、慌てて玄関に走り出した。
部屋に戻ったオレとエレーナは下着姿になってベッドに入る。
決してエロい事をしようという訳ではなく、肌を触れ合せながら話をしたかった。
まあ、お互い敏感な部分を触れているのは認めよう。
「イネス姉さんは女性としての知識を教えてくれた恩人なの。ヘルヴィ先生は魔術を私に教えてくれた先生であり、お父さんが冒険者だった頃のチームリーダーの娘さん。娘さんと言っても王都で魔術講師を何年かやっていたし、今年で三十歳になると思う」
「二人ともエレーナの大切な人なのだから、困っていたらオレたちで手助けしよう」
「ありがとう。話は変わるけど、小人族の工房はね、凄く有名なんだよ。リンデールの冒険者ギルドに登録している女性二百十三人の内、四人しか小人族の工房の装備を身に付けていないし、もちろんジュディさんはその一人。王都でも凄く有名で三年前から防具も扱うようになったみたい。それと、頑張ってお金返すね」
「何を言っているの? オレはエレーナの安全がお金で買えるなら首長竜の売却金だって払うよ。それに、オレのお金じゃなくオレとエレーナのお金で買った装備品だからね」
エレーナはしばらくフリーズして、再起動後はとてもエロい表情になってオレにキスをした。
リンゴと洋梨の飲み物を作りたいと言ってレンゾに厨房を借りたのがいけなかったのか、何故かコック二人、メイド三人、カミル神父まで厨房に集まる。
汗を多くかいた時に飲む婆ちゃん特製リンゴ水をオレ以外の七人に試飲させる。
レンゾはレシピを聞いた後、リンゴと洋梨の搾りかすは捨てないで欲しいと言い、パンの生地を作り始めた。
リンゴをすりおろして布巾で絞ってリンゴジュースを作る。
大きめの鍋に入れて水を十リットル入れる。魔術で温めたお湯に黒砂糖、ハチミツ、塩を入れて溶かしたお湯を水の入った大きい鍋に入れる。
後はリンゴ水の味を微調整するだけ。
特製リンゴ水を普通の水袋と大きい水袋に入れ、同じ要領で特製洋梨水を作り水袋に入れる。
メイドの一人からどうして水と塩の比率は百対一なのかと問われて、オレは身体の中の血液と同じ比率だからだと説明した。
どうして汗がしょっぱいか、汗をかき過ぎると身体はどうなるか、身体の仕組みを教えながら話すと、カミル神父は真面目な顔でもう一度教えて欲しいと言って、紙とペンを取りに部屋へダッシュする。
カミル神父の話では暑い時期に毎年何人も必ず命を落とすそうだ。
来週から信者に実りある話ができると喜ぶと同時に、他にも何か教えてもらえないかとせがまれる。
オレは調子に乗って心肺蘇生法を教えると、カミル神父やメイドたちだけでなくエレーナも慌ててしま
う。
死者を生き返らせてしまう事はカラン教で禁忌に触れるそうだ。
「そうですか。息が止まってもほんの少しの間なら助けられるのです。オレはもし目の前で死んでしまった直後の人がいたら、カラン教の禁忌に触れてでも全力で助けます。オレはカラン教の信者ではありません。一人でも多くの人を助けるために教会を利用しているのかも知れません。皆さんを騙した感じになってしまい、すみません」
オレは頭を下げてから一人で部屋に戻る。
何食わぬ顔で部屋に戻ったエレーナはオレと目が合っても全く動揺しなかった。
「神父様は屋敷に行って支部長と話し合うそうよ。レイン、もしもの時は二人で大陸中を旅して住みやすい場所を探しましょう。とりあえず、今晩は私の家に行きましょう」
エレーナは何の迷いもなくサラッと凄い事を言い、そそくさと防具を身に着け始める。
「……ありがとう」
オレはエレーナに見惚れながら、やっと感謝の言葉を伝えた。
カミル神父とコンラッドへの手紙を書き終えたオレとエレーナは部屋を出る。
防具を身に着けたエレーナを見たベルタは泣きそうな表情でオレたちの行く手を阻んだ。
「神父様が戻るまでお部屋でお待ちください。お願いします!」
ベルタの声を聞いたコックや他のメイドまで慌てて廊下に駆け付けた。
部屋に戻ろうとした時、ユリウスとカミル神父が廊下に現れる。
そのまま毎晩話し合いをしている部屋に入り、いつものように椅子に座る。
「エレーナさんはどうして防具まで着けておられるのですか? まさか……我が家の居心地は悪いですか? 何か至らぬ点があったら遠慮なく仰ってください」
カミル神父は今にも泣きそうな表情だ。
「いえ、オレ行動がカラン教の禁忌に触れてしまう以上、皆これ以上の迷惑は掛けられませんので、二人で出て行こうと思います」
「……話が噛み合っていないと思うのは、私だけか?」
オレの答えにユリウスは苦笑いをする。
「レイン様とエレーナさんは何か勘違いをされております。しばし私の話を聞いてください。レイン様が教えてくださった方法で人を救うと、カラン教の禁忌に触れてしまう可能性があるのは事実です。ただ、カラン教のできた当時は魔術による生き返りを禁止していたのだと思います。千年以上も前の教えですから今の時代に合わない事が多いのです。私は新しい宗派を作ろうと思い、先月から兄に相談しておりました。私は先程のレイン様のお言葉で奮い立ったのです。王都の教会本部は如何わしい連中や悪事を働く貴族と結託しておりますので、新しい宗派を立ち上げると同時に教会本部からの脱退を決めたのです。私はその事を兄に相談しに行ったのです」
「そうだったのですか……オレとエレーナの早とちりだったようです。人を救って禁忌に触れた者と後ろ指を指されるくらいなら、二人で新天地を目指そう、と」
ユリウスは笑いを堪えられなくなってしまったようだ。
迷惑を掛けた全員に謝ってから部屋に戻ると、エレーナはションボリしてしまう。
オレはエレーナが愛おしくて堪らなくなり、お姫様抱っこをしてベッドに運ぶ。
お互いにゆっくりと服を脱がし合いベッドに入った。
オレとエレーナは性の新境地に足を踏み入れてしまったようだ。
時間を掛けてゆっくりと愛し合う。
お互い手探りで学習して終わると、エレーナは幸せそうな表情のまま眠りに落ちた。
身体の仕組みや心肺蘇生法は爺ちゃんや婆ちゃんに教えられた記憶はない。
夢で見たのか分からないが、知っている事だけは確実だ。
何か人助けに役立つ知識があったらどんどんカミル神父に教えよう。
もし、カミル神父がオレの教えた知識が原因で糾弾されそうになったら、エノス島出身者から教わった事にすれば問題ないだろう。
オレは自分の覚えた記憶にない知識や考え方で悩むのは、もう止めようと決めた。
夢を見た。
オレは白く明るい部屋で椅子に座っている。
見た事のない部屋だが、何故かオレはここが病院だと知っている。
白く薄いシンプルなコートを着た四十代の男性が椅子に座り、オレに白く大きな手紙を手渡す。
四十代の男性は周りには数名の白い服を着た女性がいた。
オレは変わった杖を使ってゆっくりと立ち上がり四十代の男性に頭を下げる。
白い服を着た一人の女性が開けてくれた白く綺麗な引き戸の外へ、オレはもどかしくなるほどゆっくりと杖を使い、短い歩幅で腰の痛みに耐えながらやっと歩く。
痺れて力の入らない両足にヒールを何度も掛けるが一向に良くならない。
何度も何度も魔力の続く限り全力のヒールを掛けて意識が途切れた。
*****
気持ちいい。
ずっとこのままで、と思ってしまう。
「――いつも元気ですね……」
目を開けると、エレーナが左手でパオーンとしているモノに触れていました。
「おはよう、元気でごめんね」
「……おはよう」
エレーナは真っ赤な顔をしてオレの胸に顔を埋めた。
朝食を取っていると、ユリウスがやって来た。
十一時までに商業ギルドに来るようにと言い帰って行く。
カミル神父は目の隈が酷く理由を聞くと、昨晩遅くまで新しい宗派の立ち上げのため国内の各教会宛に書簡をしたためたという。
各教会宛に書簡はユリウスが王都の冒険者ギルドで配達依頼をするようだ。
八時の鐘が鳴ってから外出し、ギルドに近い職人街を歩く。
エレーナの希望で評判の女性散髪士のいる散髪屋に来ている。
代金の銀貨一枚を先払いしてからオレは近くの通用門から城壁の外に出て牧場へ向かう。
「――あんた、どこまで行くんだい? れ、レイン様じゃない! 汚い荷馬車で良かったら、どうぞお乗りください」
振り向いたオレに慌てたおばさんは、自分の隣の御者台をタオルで拭き始めた。
「搾りたての山羊の乳か牛乳を買いに来たのですが、どこの牧場がいいですか?」
「この先に牧場は八軒ありますが、もうこの時間だと私のように配達帰りでほとんど乳は絞れないと思います。でも、今朝チーズ用に分けた山羊の乳なら大樽であります」
「では、水袋二個分を分けてください」
ニッコリ笑ったおばさんは大きく頷いた。
牧場には質素な平屋の家が二軒と大きな牛舎が二棟ある。
おばさんの家の牧場は二世帯の共同経営のようだ。
両方の家から何人も出て来たが若い男性はいない。
その中で二十代後半の女性には見覚えがあった。
やはりその女性は先日の無料治療でエレーナが肺炎を治した人だったらしく、家族全員で礼を言われた。
聞けば、両方の家族から三人が無料治療に行ったという。
山羊の乳と試食して気に入ったチーズを買って帰ろうとすると、王国軍の制服を着た兵士が馬に乗りやって来た。
馬を降りた兵士はオレを見るなり片膝を突く。
「王国軍の度重なる無礼をお許しください。私は明日より王都便およびレイン様護衛の任を受けましたエウリコと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
エウリコと名乗った二十代後半の兵士は、服の上からでも分かるほど引き締まった身体をしている。
「こちらこそ、明日からよろしくお願いします」
「――レイン! どこにいるの?」
エウリコに挨拶をすると、風魔術の【拡声】を使ったらしく、エレーナの声は遠くから聞こえた。
再びおばさんに荷馬車で通用門まで送ってもらう。
ムッとしていたエレーナのセミロングヘアーを褒めてから、山羊の乳と山羊のチーズを買った事を話すと、エレーナはオレに抱き付いて喜ぶ。
チョロい、と思いながらもオレは素直に嬉しかった。
エレーナお気に入りのパン屋さんが近くにあるらしく、お願いされたら行くしかない。
焼きたての黒パン、ソーセージ、卵を買ってから商業ギルドに向かう。
一気に連投します……。