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料理って慣れないと疲れるよね


 私は包丁を握り締める。



「……ジーク」


「キティ……」


 私は鋭く光るそれを大きく振りかぶった。





 事の始まりはレオンのある提案だった。


「料理?」

「ああ」


 レオンはわざとらしい位大きく頷いた。

 包丁を握ったこともない私に料理をしろとはどういう用件だ。


「キティにも最低限度の生活力は必要だと思って」

「いらない。キティは誰かに縋って生きる」


 そっぽ向いてジークに抱きつくと、ジークに頭を撫でられる。

 レオンはちょっと悲しそうな顔をしたが、そんなのスルーだ。


「だが嫁いだ時に生活力がないと困るだろう?」

「キティを嫁には出さん」

「そうだそうだ〜!」


 間髪入れずに却下したジークに便乗しておく。

 レオンはこの展開を予想していたらしく、呆れた様子も慌てる様子もない。ただ静かに口を開いた。


「魔王様」

「何だ」

「キティの手料理を食べてみたくはありませんか?」

「む」


「キティ」

「なんだ」

「魔王様に喜んで欲しくはないか?」

「むぃ」


 随分的確にツボを突いてくるじゃないか。

 ジークが期待の目線を向けてくるぞ。


「キティ……」

「むむむ」



 私は猫柄のエプロンを手に取った。


 決して私達がちょろいのではない。




「さあ、それじゃあ今日は(から)いカレーを作るぞ」

(つら)い家庭?キティそんなの作りたくない。」

「カレーと家庭の聞き間違いはまだ分かるがからいとつらいは聞き間違いではないだろ」

「キティは嫁になんて行かずにずっとここに居ればいい。俺が養ってやる」

「ジーク大好き」


 ジークにひしと抱き付こうとしたが、レオンに頭を掴まれて止められた。


「ちょっと待て。まだ三角巾が結べてない」


 私は両腕を前に突き出した体勢で静止する。


「よし、動いていいぞ」


「ジーク大好き」


 今度こそ抱き付く。

 懐に顔を埋めていると、脇に手を差し込まれて抱き上げられた。そのまま頬擦りされるまでがワンセットだ。


「ウチの子が世界一可愛い……」

「むふふ~」


 もっとやれもっとやれ。


「キティ戻ってこ~い。このままだと戻ってこれなくなるぞ~。成人への第一歩を踏み出そう」

「もう成人しとるわ」


 失礼な奴だな。

 兄貴分をクビにするぞ。

 まあ、やると決めてしまったものはしょうがない。わざわざ調理室まで貸しきったのだ。

 本当は、ちゃんと本業の料理人に教わった方が良いという流れだったのだが、魔王であるジークがいると緊張で手が震えるとのことでレオンが先生役をすることになったのだ。そして今、城にいくつかある調理室の内の一つを貸し切っているというわけだ。


 私はピカピカに磨きあげられた調理台の前に立つ。


「……届かない」


 反対側からみたら、台の上に私の頭が丁度乗っている様に見えるだろう。

 これではとても調理なんて出来ない。

 やっぱやめると言おうとしたら、レオンが良い笑顔で踏み台を持っていた。

 レオン侮り難し。


 台の上に立つと急に視界が高くなった。

 うん、高さもいい感じだ。


 さて、私の目の前に置いてあるのはまな板と、その上にニンジンと包丁。

 具材を切ればいいんだな。よし。


 私は恐る恐る包丁を手に取った。

 そしてぎゅっと握り締める。


「……ジーク」


「キティ……」


 ジークは私を見詰めて一つ頷いた。後ろで見守ってくれるらしい。


 私は鋭く光るそれを大きく振りかぶった。

 ダンッ、とまな板と包丁がぶつかる音がする。


「キティ……」


 レオンが呆れた声を出して頭を抱えていた。

 どうした?


「野菜はまず皮を剥くものだ。そんな切り方をしていたらいつか怪我をするぞ」

「これじゃだめ?」

「駄目だ。それは野菜じゃなくて人を切るときの持ち方だ」

「同じじゃない?」

「同じじゃない」


 お兄ちゃんはキティの将来が心配だ、と言われても教わったことないものは分かんないし。

 ……ジークは出来るのだろうか。

 私は後ろに立っている人物を見上げる。


「出来る筈がない」

「だよね」


 即答された。

 ここまで堂々としてるとそれが普通なんじゃないかと思えてくるよね。普通じゃないんだけど。


「よし、皮は剥いてやるから切るのは頑張ろうな」

「うん」


 素直に頷く。

 頑張るよ~。


「いいか?左手は猫の手にするんだ」

「にゃん」

「かわいい、その調子だ」


 レオンに頭を撫でられたと思ったら直ぐ様ジークの大きな手を頭に置かれた。

 ……ジーク、この撫で撫ではレオンにちょっと対抗心を燃やしたの?頭が揺れて切りずらいんだけど。


「ジーク、切りずらい」

「む」


 ジークに言うと撫でるのがピタリと止まった。その代わりにお腹に手を回されて抱き付かれたが。

 まあ、これならそんなに邪魔にならないからいいか。何よりあったかいし。


 私は黙々と具材を切っていく。黙々と……。


「……グスッ」

「キティ?」


 ジークが私の顔を覗き込んでくる。


「キティ、どうして泣いてるんだ?もう嫌になったのか?それとも材料に何か混入していたか?」


 ジークがいつもより早口で尋ねてくる。

 その間も私の瞳からは雫がポタリと垂れる。


「……魔王様、タマネギを切って目にしみただけですよ」


 うう~しみる~。

 流れた涙はレオンがハンカチで拭ってくれた。


「ほら、鼻チーンしろ」

「チーン」


 レオンおかん力高いな。


「キティ、本当に何ともないのか」

「うん」


 もう全然へーき。

 ジークは過保護だな~。

 切るのはこのタマネギで最後だった。


「あ、キティ!何だよこのニンジンは」


 なんだレオン、私の切り方に何か文句があるのか。


 レオンの目線の先にあるのは、見事に微塵切りにされたニンジンである。


「……ニンジン嫌いだもんな」

「うん」

「こんな所で余計な器用さを発揮せんでいい」

「自分の才能が恐ろしい」

「……」


 無言で頭を撫でられた。

 おそらく、ダメな子を愛でたい気持ちとちゃんと教えなければという気持ちの間で葛藤があったのだろう。

 撫でる手がなかなか離れなかった。


「それじゃあキティ、鍋に具材を入れるぞ!」

「おう」


 私が切った食材が鍋に投入された。

 蓋を閉じ、鍋に両手を当てて念じる。

 みょんみょんみょんみょん


「……キティ?何をやってるんだ?」

「ルーが湧き出るのを待ってる」

「……ルーは自分で入れるんだぞ」

「え?」


 まじか。

 カレーって食材を鍋に投入すれば自動で出来るもんだと思ってた。


 ジークとレオンがこそこそ何か話してる。


「今の録画は?」

「バッチリ出来てます」

「今日中に寄越せ」

「了解です」


 闇取り引きかな。


 あ、レオン~、その市販のルーをパッキンするのやりたい。

 両手を出すと手のひらの上に乗せてくれた。

 固形のルーを小さなブロックに割っていく。

 ……こういうのって思ったのよりも楽しくないよね。


 あとはルーを入れて煮詰めれば完成だ。

 煮るのは魔力使って時間短縮した。



「ジーク、あーん」

「ん」

「おいしい?」

「ああ、おいしい」

「ふへへ~」


 ジークが喜ぶと私も嬉しくなる。


「ねぇ、レオン」

「ん?何だ?」

「あーん」


 米とカレーをのせたスプーンをレオンの口元に運ぶと、レオンは一瞬目を見開いたが、食べてくれた。


「あのね、今日は教えてくれてありがとう」

「き、キティ~!!」


 レオンは嬉し涙で瞳を潤ませた。

 ギュウ~っと抱き締められる。



 二人が喜んでくれてよかったけど、疲れたからしばらく料理作りはいいかな。

 やっぱ本業の人に任せるべきだよね。








 そして、ジークに優しい家庭を築くにはどうすればいいか聞いてみた。




「まだ早い」



 結婚したいって言ったんじゃないよ?






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