とある鷹月家の休日
「──うん」
僕はほっこりした気持ちで、デスクトップPCの電源をシャットダウンした。
黒くなったディスプレイに特徴のない少年の顔がうっすらと映りこむ。
日曜日の午前10時過ぎ。
日課の早朝ジョギングを終えたあと、朝食を軽く摂り、日曜朝のアニメやら特撮番組をリアルタイム放送で視聴、堪能したのち、自室に戻りPCメールをチェックしたところだ。
昨晩にしたためたであろう長文の心のこもったメールが、森川さんから届いていた。
いつもながら読む人の気持ちを暖かくさせる、気づかいに満ちた文章だ。
メールソフトでデフォルト設定になっているゴシック体のフォントが言葉のひとつひとつが醸し出している雰囲気に合わない気がするので、手書きっぽい明朝体に変更してからいつも読むようにしている。
僕は森川さんと、短文での軽快なやりとりとは別に、長めの文で近況をやりとりする、昔ながらの交換日記みたいな往還を続けているのだ。
また僕からも今夜にでもメールを送り返そうと思う。
焦って返事を送ることはない。次の便りをお互いに急かさないようなペースを守るのが大切だ。ゆっくりとメールを楽しみに待つ時間ですら幸せなひとときなのだから。
「さてと──」
昨日の土曜日に練習試合があったので、サッカーチームは完全に休養日だ。
剛士も陽狩家総出でどこだったかに出掛けると言っていたから自主練習、特訓のたぐいに呼ばれることもない。
ならばならば、午後までは貪欲に今世でのオタクライフを過ごすに決まっている。
鷹月孝一に与えられたサッカー以外の時間は貴重だ。
僕は効率よく事を運ぶのを念頭下に、密かに録り貯めてある深夜アニメをチェックし、追いかけているマンガ連載とネット小説を現在進行時点にまで読み進めた。
至福のときだった。
あとは最新のオタク系ニュースを確認しておくのも重要だ。情報はオタクにとっての生命線である。
たしなみと表現してもいいだろう。
「……なんだって!」
僕は、マンガの仏様と呼ばれる巨匠、横塚・K・零太郎の不朽の名作『サイボーグ28世』がリメイクアニメ化されることを知り驚喜した。
白黒版、カラー80年代版、平成版……そして、これが21年ぶりの新作なのか。そんなになるんだ。
なんと。製作もクオリティに定評のある、あのスタジオじゃないか。
監督はあまり作家性を押し出さないタイプで原作の世界観を熟知したうえで大事にしてくれる人だ。その分、キャラクターデザインとメカデザインに攻めた人選をしてるけどバランスは取ってくれそうだし大丈夫だろう。いける。
キャストは未発表か。だったらしばらくは脳内で妄想オーディションを開催して楽しもう。
ふーん。地上波じゃなくて劇場公開で3部制なのか。これはあれだな。実質OVAなんだけど映画館で先行上映して円盤も出して売るって例のやりかただな。たしかにまあ、熱心なファンがいる作品だから大画面でいち早く観たい人も少なくないだろうからなあ。僕みたいに。
でも変にテレビで毎週放送するために過密スケジュールになって作画が崩壊するとかになると悲しいから、かえっていいものが観れるって期待は高まるな。
一昨年にやった実写ドラマ化が前評判が悪かったわりには意外と受けていたみたいだから、これは話だけ上がっては実現しないハリ◯ッド版が本当に製作されるよりもよっぽど嬉しいかもしれないな。
なになに、記事によると監督は「サイボーグ28世は半世紀以上前のマンガ作品ではあるが、人間が造り出した機械の軍勢によって人間自身が滅びかねない危機をむかえ、それに対し半人半機械のヒーローが立ち向かう。根底に流れているテーマは現在にも通じるメッセージ性があり──」……
わかってらっしゃる!
人のために戦うけれど、人ならざる者であることに悩む、影のあるヒーロー。これがいいんだよね。うん、原作を読みたくなってきたな。前世のマイルームにはあったんだけど……
「うーん。これもいいんだけど、こっちもなー」
日曜日も午後を迎えた鷹月家のリビング。
早優奈ちゃんが、なにやらお悩みの様子だ。
「おっ、こーちゃん。よいところに通りがかりましたな!」
「どうしたんだい」
「これこれ。どっちの服がいいと思う?」
そう言って指し示されたのは、テーブル上に規則性をもって並べられた何枚かのカードだった。
どれにしても共通しているのは、ラメが入っていたり色使いだったりが実にキラキラしているところだ。
「ああ……『アイ☆マジ』を遊びに行くんだね」
「そーなんだー。でもなかなかコーディネートが決まらなくてねー」
カードにはそれぞれに『リボン』や『スカート』など少女趣味なフリフリの衣装がパーツに分けて印刷されている。
頭から爪先までの服装にあたる並びで規則正しく、アイドル風の装いになりそうな組合わせが二通り並べられていた。
「左が正統派カワイイ系で右はクール気味カッコイイ系かな」
「まあねー」
これらのカードは『アイ☆マジ』という、ファミリー向けの大型店舗なんかで設置してあることの多い筐体型ゲームで遊ぶためのものだ。
小学生くらいを核にした女児向けのゲームで、やることは基本的に音ゲーなんだけど、アバターを育てるやり込み要素と衣装カードを集めるコレクション性で人気なんだよね。
たしか、自分の持っているカードを組合わせてアイドルのライブ衣装をつくり、ゲームでリズムに合わせてボタンを押してライブをやってるうちに、何だかよくわからないけど悪そうなやつが襲ってくるので魔法少女に変身して戦い倒して、さらにライブを最後までやりきるって内容のゲームだったはずだ。
それでゲームが終わるとアバターキャラが成長して、さらに新しい衣装のカードが貰えるって流れ。
レアな衣装が欲しくて何度も遊んだり、友達とつくったアバター同士でライブしたりバトルしたりするのが楽しくてハマっている女の子はかなり多いらしい。
「こーちゃんなら、どっちが好きー?」
「そうだなあ。どっちも捨てがたいよね」
聞いたことがある。こういう質問をしてくる女子というのは、本気でどっちかを選んでもらいたいのではなく、一緒に悩む時間を共有するのが目的であると。
であるがゆえに、さっさと「左がいい」などと答えを出すのはダメなのだという。
どっちが好きかって質問したのにもかかわらず真面目に答えるのは不正解なのだそうだ。女子というのは難しいもんだね。
「あえて決めるなら~?」
「あえてなら、うーん。左かなあ」
「そっかー」
僕の脳内の片隅から前世の人格が、女性が一番魅力的なのは何も身につけないときに決まっているぜ、とかそんな意見を言っているのは無視だ。
その意見は例えことの本質をついていたとしても脳内に留めるべきだろう。
いわばゲームの装備を選択しているんだから、なんにも身につけないとかはありえない。くくりプレイじゃあるまいし。
「早優奈、まだー?」
義母の明美さんが待ちくたびれた感じでやってきた。
どうやら明美さんが早優奈ちゃんを『アイ☆マジ』で遊ぶのに連れていってくれるようだ。
お出かけの準備もあとは靴を履くだけまでできている。
「お母さん、もうとっくに選んだのにー」
そう言って明美さんは、トートバッグからファイルホルダーに収められた『アイ☆マジ』のカードを自慢気に開けて見せた。
この人も遊ぶつもり満々なようだ。
むしろホルダーの分厚いボリュームを察するに、明美さんのほうが早優奈ちゃんよりもカードのコレクションが膨大なものになっている気がする。
大人がこういうことに本気で財を注ぐと、そういうことになりがちだが。
「あー、ダメだよー。そのカードの合わせだと、変身後のスキルボーナスがつかないよー」
「それも狙いどーりよ。戦闘でピンチにならないとフォーマル仮面様のお助けイベントが発生しないじゃないの」
「その手があったかー」
どうやら何だか色々とあるらしい。
「ときに男にうまく守られてあげるのも、いい女の条件よ」
「そういうもんかー」
小学生の娘に何を教えているんだ、この人は。
それから母子で盛り上がりながら嬉々として早優奈ちゃんの今日のコーディネートを固めると、二人は仲良く外出していった。
「ふふふっ──」
静かになったと思われたリビングに、突如として笑い声が響く。
「邪魔者は消えたようね……」
ゆっくりと音をたてて何者かによってドアが開かれた。
すでに時刻は午後も午後だというのに、そのたたずまいは2分前にはまだ寝ていたのではないかと思わせるほどに寝起きの気配を漂わせている。
だがそんなだらしなさは、かえって反則的な可愛らしさをその少女に与えていた。
彼女はまるでダンジョンでエンカウントしたモンスターのごとくに僕の前に進み出ると、こちらを見据える。
架純ちゃんが現れた!




