練習
「たーっ!」
早くて美しいフォームとモーションで放たれた剛士のシュートは、鋭く伸びるように翔びながらゴールネットに吸い込まれた。
「す、すごい……」
僕と並んでそれを見ていた矢吹の口から、感嘆の声が漏れる。
しかし、そんなシュートを撃った本人の顔は冴えない。
納得していないのだ。
「ダメだ。あいつの様なシュートにはまだ程遠い……」
剛士は、獅子心と呼ばれる力石玲央との対戦以来、彼のような強烈なシュートが撃てるようになることを目標に掲げていた。
一度、冗談で力石みたいに無駄に喋りながら撃ったらどうかと提案してみたところ、本気にして取り組み始めてしまった。
陽狩剛士という少年は、サッカーに関しては不器用なまでに純粋なのだ。
効果なしと結論がでたので、やめてはくれたが、これには僕も反省させられた。
まあ、それでもファンの女子たちは、剛士のことを、引いたりせずに、憧れの目で追い続けていた。
イケメンは何をやっても許されるらしい。
それはそうと、剛士の足は細い。
サッカー選手というよりは、長距離走の選手を思わせる体つきをしている。
そんな彼が、力石のようなパワーにものを言わせたやり方を目指すのは、もっている資質に逆行しているとは思う。
だけど剛士は暗にそれを指摘しても聞こうとはしなかった。
頑固なんだ。
今、僕ら三人はシュートを特訓しているところだ。
学校の校庭だと、剛士も矢吹も女子のせいで集中できなかったりするので、サッカーゴールのある河原の広場を使っている。
矢吹は、剛士が軽い感じで誘ったところついてきた。
原作でもそういうキャラだったのだが、基本、頼まれると断れない性格なのだ。
そのせいで、何かと事件に巻き込まれ体質な主人公なのを、僕は知っている。
この先、気をつけておいた方がいいだろう。
さて、シュート練習だ。
僕もシュートを撃つのだが、力任せに撃つことはしない。
正確性を欠くからだ。
どんな強いシュートも、枠を外していては意味がない。
僕は、力石のプレイからは、どちらかと言えばそっちを学んだ。
なるべくゴールの左右、上のギリギリを狙って練習する。
まあまあ決まるんだけど、たぶん試合で実行する気はしていない。
剛士の影である僕は、自分が撃つのではなく、彼に撃たせるようなお膳立てをするのが仕事だからだ。
「矢吹も、見てるだけじゃなくてやってみなよ」
「う、うん……」
剛士に促されて、矢吹が遠慮気味な感じでボールをセットする。
でも、いざシュートを撃つ段階になると、しっかり気合いの入った動作でボールを蹴った。
こういうところが主人公なんだと思う。
矢吹の放ったシュートがゴールに入った。
剛士の目が、驚きのために見開かれる。
僕もこれにはかなり驚かされた。
「あー。やっぱり、僕には陽狩くんみたいなすごいシュートは撃てないね。なんか、変な感じで曲がったし」
当の矢吹は残念そうなコメントを発している。
いや、いや、いや、いや、いや、いや。
曲がった。
それはもう、ものすごい曲がったのだ。
矢吹のシュートが。
最初はフワッと上空に向かってボールの軌道が逸れていったので、これは外れたなと思った。
焦りながらボールを回収しに走る矢吹の姿まで予測してしまうくらいだった。
だがしかし、ボールはそこから急激な変化をみせて曲ながら落ちて、ゴールを捕らえたのだ。
やはり、主人公はひと味違う。
剛士が、矢吹の肩に手を置く。
そこから、電撃攻撃にでもあったかのように、矢吹はビクリと全身を震わせた。
「矢吹」
「えっ?」
「今の、もっかいできるか?」
「い、いいけど……」
剛士にリクエストされて、矢吹は再度、シュートを放った。
今度も同じか、いや、それ以上の変化をして矢吹のシュートはゴールを揺らした。
まぐれではないようだ。
「矢吹、それどうやるんだ! 教えてくれ!」
剛士は矢吹に詰め寄る。
その日は、矢吹隼の曲がるシュート教室になった。
何度かチャレンジを繰り返すうちに、剛士は矢吹のシュートを、自分なりに習得した。
矢吹ほどの急激な変化はできなかったが、実戦での使用に耐えられるくらいの仕上がりにはなっている。
力石を真似て撃つようになったパワー系のシュートと併用して使えば、相手のゴールキーパーはかなり対応に困るんじゃないだろうか。
僕も一応、理論上は理解できたので、練習を重ねれば形になっていくと思う。
「矢吹さあ」
改まった感じで、剛士は声を掛けた。
「何、陽狩くん?」
「よかったら今度、チームの練習を見学に来いよ。お前なら、近いうちに絶対に戦力になるからさ」
「そ、そうかな。ん、親に相談してみるね」
僕からそろそろ切り出そうかと思っていた話題を、剛士が代わりに持ち出してくれた。
矢吹の才能を、剛士も認めたということだ。
短期間のあいだにも、驚かされるようなことが多い。
たぶん、疑いようもなく、矢吹隼は進化を続けていくことだろう。
剛士も、今日のように、矢吹に触発されて、更なる高みを目指して実力をつけていくのではないだろうか。
僕は、危機感を覚え始めていた。
置いていかれないようにしないとな。
例え影だとしても、すぐ後ろについていてこその影だ。
うかうかしていると、剛士と矢吹の二人だけで届かないほどの前に進んでしまっているかもしれない。
原作の展開に手を加えてしまったのは、自分のせいなんだけど、その結果、僕自身が蚊帳の外におかれるような話にはならないようにしたいところだ。
ロードラの続きも気になるところだけど、鷹月孝一のサッカープレイヤーとしての道も、なかなか気の抜けない日々が続きそうだな────。