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君がそこにいることを

 

 引き分けを覚悟させる難しいゲームを、僕らはどうにか勝ちきって締めることができた。

 試合後の両チーム挨拶を終え、それぞれのベンチに撤収していく選手たち。

 そんななか、剛士がサッカー場の外側に目を向けているのに気づく。


「どうかした?」

「んー? あの、爺さん、また来てたんだなーって」


 剛士の言う爺さんというのは、サッカー場を見下ろせるベンチに腰掛けているひとりの男性のことだった。

 品のいい老紳士っていった感じだろうか。

 剛士が言った、爺さんという表現にはまだ若いんじゃないかって気もしないでもない。


「知ってる人?」

「いんや。でも、サッカー好きでちょくちょく見に来てるみたいだ。このあいだ、止まるパスがすごいって褒めてた」

「へえ……」


 それはたしかに、僕らの試合ではちょっとどころではない変わった出来事が頻繁に起こりがちなわけで、観戦するには実に興味深かったりもするのかもしれない。


 男性は、試合も終わって帰るところなのだろう。水筒なんかの荷物を鞄に片付けていて僕らが見ていることには気がついていない。


 見れば見るほど、これといった特徴のない普通の人物だ。

 原作に登場したキャラではないだろうし、たぶん『僕タク』に関係ある人ではないんじゃないかと思う。

 ──なんて思ってたら、盛大なフリになってて関係大ありだったりして。


「どうした、孝一」

「いや、なんでもない──それよりむしろ、あっちが気にならない?」

「ああ……あれな」


 剛士は苦笑いを浮かべる。

 あれと呼ばれた人物もまた、先程まで試合を観戦していた人々のひとりだ。


「一応、変装してバレないようにしてるつもりみたいだから触れてやらないほうが、いいんじゃねえの」

「そうかもね……あ、でも、バレてたことを自覚したみたいだ」


 ビデオカメラを片手に構えた少女が、僕らふたりの注目にビクリと驚いたあと、次にムッとした様子でこちらにズカズカと歩き向かってきた。


「来たぞ」

「うん……来たね」


 逃げるようなことでもなく、だかしかし、わざわざ迎えたい相手でもなく、僕らはただ立って彼女の接近を待つ。


「鷹月に陽狩、この完璧な変装を見破るとはさすがね!」

「小学生がマスクにサングラスとか、かえって目立つに決まってるだろーが」

「それでこそ、お兄ちゃんのライバルにふさわ──キャッ!」


 白鳥真理が、もはやお馴染みになりつつある何もないところで転倒しながらの突撃攻撃を繰り出してくる。

 そこは剛士と僕での連係で、左右から真理の腕を掴み、引き戻して立たせた。

 なにごとも経験に学び、ちからを合わせて解決することで、僕らふたりは成長してきたのだ。

 このくらいのことは事前に示し会わせることもなくできた。


「……や、やってくれるじゃない」

「気を付けないとビデオカメラが壊れるぞ」


 剛士は真理のことよりも、カメラの無事を気にした。

 普段は世の女性すべてに慈しみと労りの心をもって接する剛士だが、どうにも白鳥真理はその対象から除外されたようだ。

 ただまあ、彼女に使われる精密機器全般がつねに危険にさらされ可哀想であるという意見には頷けるところがある。


「フン! 残念ながら心配いないですよーだ。このカメラはね、有名な戦場カメラマンや秘境探検家も愛用する、砂漠に氷河、高山や深海もなんのその、アフリカ象が踏んでも壊れない、インド象が踏んでも壊れない、101人乗っても大丈夫なすっごいカメラなんだから!」


 自慢気に言い放つ真理。

 ビデオカメラの上にどうやって101人が乗るのかはよくわからないが、とにかくすごいカメラらしい。

 彼女にそんなカメラを買い与えないといけない親御さんの苦労が忍ばれる。


「ふーん。で、ちゃんと撮れたのかよ」

「と、ととと当然よ」


 当然、撮影できていないようだ。


「そ、そんなことより、今日は随分と苦戦してたじゃない。こんなことじゃ、最終戦でのうちの勝ちは確定ね!」

「第一のやつら、前より頑張ってたからなー」

「そんな言い訳、聞きたくないわね。お兄ちゃんの最大のライバルを名乗るならもっと強くて危なげなく勝ってほしいところなのに」

「ふーん。じゃあ、今日の試合、もっとどうしていれば良かったと思う?」


 僕はなんとなく真理に訊いてみた。

 まともに応えてくれる期待はしていなかったが、返事はしっかりしたものだった。


「もっとサイドを活用するべきね」


 真理は腕を前で組んで、きっぱりと言い切る。


「サイドを?」

「そう。サイドの敵陣深くにボールを運ぶべきね。終盤に遠めからのシュートでゴール前の選手を引き出したのは効果的だったけど、サイドからの攻めを絡めていけばそっちに第一小の選手を引っ張ることもできたはず」

「なるほどね」

「第二小の前線に高さのある選手もヘディングが得意な選手もいなくて、クロスボールが有効じゃないのはわかるけど、陽狩がサイドからドリブルで侵入してこられたら相手にとっては脅威だし、低めのクロスでも、マイナスのパスからのシュートでも両サイドからの攻撃はもっとできたはず────って、敵なのに何言わせてるのよッ!」


 思わずだろう、カメラを地面に叩きつけてしまう真理。


「きゃーしまった──って、でも大丈夫なんだった……じゃなくて、私の固い口を割らせてしまうなんて、鷹月孝一、な、なんてずる賢い男なのでしょう!」

「いや今のはほとんど自分から喋っていたけど……」

「ハハッ! ほんとヘッポコなんだけど、でもサッカーを見る目だけはあるんだよなあ」

「……ヘッポコ!」


 真理は剛士からのヘッポコ扱いにショックを受けているが、剛士の声音からするにサッカーの理解度が高い女の子ということもあってか、剛士からの白鳥真理への好感度はわりと高いようでもある。


 かなりの人数の女子が欲しがっているはずの剛士の好感度ポイントなんだけど、白鳥真理の気持ちが向いているのは兄の琉生だけだろうから、そのあたり上手くいかないもので、真理にとってはあまり意味をもたないだろう。


「……はっ、いけない!」

「どうした?」

「こんなことしている場合じゃない、早くいかないとお兄ちゃんの試合が……私がいないとお兄ちゃんは!」


 どうやら春間サッカークラブの試合がこの後、別の場所であるらしかった。


「春間の試合かー。面白そうだな。なあ、孝一、観られてばかりってのも癪だから、これから俺らも観に行かないか?」


 剛士の提案は突然だが、僕はほとんど二つ返事で応える。


「うん。いいね」

「はあっ? ちょっと、何言ってるのよ」

「よっしゃ。着替えるから、待っててくれよな」

「な、なんで一緒に私が連れて行く流れになってんの? ば、バカなの? バカなのね!」




 文句ばかりを言っていた真理だが、結局は僕らを待っていてくれた。口では他人をバカ扱いしてはみても優しい子だ。

 兄との関係がもう少し落ち着けば、将来は良いツンデレに成長するのかもしれない。

 その意味でも亡くすには、あまりに惜しい人材だ。


 剛士と僕、それに矢吹と佐倉さんのカップルも加わって、その日は春間サッカークラブの試合を偵察を兼ねて観戦した。


 春間と白鳥琉生の強さを再認識させる、そんな試合だった。




 時は流れ、僕らの御覧野第二小と春間サッカークラブは勝ち星を重ね上げながら日々を送る。

 そうして最終戦にすべてを決めるという運命に導かれて、一歩ずつ階段を昇っているかのようでもあった。


 相手がこちらを意識して研究している以上、こちらも負けじと対策を練っている。

 一度だけではなく、何度か試合も見に行った。

 白鳥琉生の守備や統率力には学ぶところも多い。


 木津根が集めた春間の選手たちのクセや特徴はノートにまとめられ、チームで共有されている。

 これで第一戦目にはなかった準備が整えられた。

 ちょっとした情報戦の様相になっているかもしれない。


 春間に勝つことで、チームは更に先の戦いへの切符を得ることになる。

 みんなが勝利に向けて団結している今の流れは、もうひとつの別の戦いをしている僕にも心強いものだった。




 そうして迎えた地域リーグ最終戦。


 全国大会に出場する県代表を決める大会予選。

 ここに駒を進めるためには、僕ら御覧野第二は勝つか引き分け、春間サッカークラブは勝つことが絶対条件だ。


「おし! 引き分けでいいとか考えんなよ。勝つからな!」


 前野先輩が味方を鼓舞する。

 大上先輩は何も言わず、背中でみんなを引っ張る。


 先輩たちにとっては負ければこのチームでは最後になってしまう一戦だ。


「白鳥琉生、あいつに勝つ!」


 剛士も気合い十分だ。

 前回では突破できなかった白鳥を今度こそは得意のドリブルで抜き去るつもりなのだろう。


 試合は、今まさに始まろうとしている。


 しかし、士気が抜群に高い僕らのチームとはコントラストを感じさせるように、春間サッカークラブには重い緊張感が漂っていた。

 決戦に対するプレッシャーはあるだろう。

 だがそれだけではない。


 春間の選手たちのなかで一際、青ざめた顔をしているのが白鳥琉生だ。

 ものすごく動揺しているのが傍目にもわかる。


 僕は、内心の動揺を仲間たちにはわからせないよう、平常心を装おうことを努力していた。

 予定していない事態が起きてしまっていた。


 これでは、命をかけた戦いが成立しないことになる。


 この試合、開始時間を前にしていつもならどこかにいるはずの白鳥真理の姿がない。

 琉生のあからさまに心乱されているとわかる様子が、これが作戦でも何でもなく、ただあの少女がここにいないのだという事実を物語っていた。


 目に見える範囲、どこを見渡しても真理の存在はない。




 笛が吹かれ、戦いが動き出した大地の上に、唐突な雨の水滴が冷たく落ち始めていた。


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