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トップ下、鷹月孝一

 

「なるほどね……。初心者だと思って甘く見ていい相手じゃないのはよくわかったよ」


 木津根と対峙したまま、肩をすくめて見せる田貫。

 表情はまだ微笑んでいるが、眼光だけは鋭い。


 その凍てつくような視線に対して、木津根は目をそらすことなく真正面からにらみ返す。


 古典的なマンガの世界なら、両者の目からバチバチと電撃と火花みたいなのが出てきてぶつかり合うところだ。


 あやまってふたりのあいだに入ってしまうと黒こげパスパスになるやつだ。

 気をつけないと。

 せっかく原作での地味キャラの皮を脱したと思ったら今度はギャグキャラでしたなんてのはごめんだから。


 やがて田貫は目線をそらすと人懐っこい顔に、少し悪そうな笑みを浮かべる。

 原作では童顔っていう設定もあったけど、今の彼はまだ小学生なわけで子供っぽい顔なのは当たり前だ。


「本当にすごいよ。勝てそうにないなあ」

「……褒めても僕は慢心しないぞ」

「だよねえ」


 どうやら、ふたりの心理戦はまだまだ続きそうだ。


 仕組んだのは他ならない僕だけれど、これで木津根と田貫は原作とはまったく違った出会いをしたことになる。


 原作だと、たんにチームメイトってだけの間柄だったけれど今の初対戦で、お互いを油断ならない強敵として認識した感じだろうか。

 強敵と書いて「ライバル」と読むやつだ。

 あるいはいずれ「とも」と読むことになるかもしれない。


 強敵の存在があることで、鍛えられ、強くなり、高めあう。

 これこそ少年マンガの醍醐味じゃないだろうか。


試合(ゲーム)はまだまだこれからさ。次は負けないからね」

「何度でもくるといいさ」


 田貫は自然体な軽さを感じさせるランニングで、自身のポジションに戻っていく。


 田貫のポジション。

 それは、攻撃的ミッドフィルダーだ。

 いわゆるトップ下とも呼ばれる花形の役割。


 僕の親友と同じ。


 思えば『僕タク』の連載開始時点の御覧ノ坂高校サッカー部には、貴羽夜人、陽狩剛士、田貫安晴という有力な選手が同ポジションにひしめいていたことになる。


 サッカー日本代表なんかでも、同世代に同ポジションの逸材が何故か集中してしまうなんてのはよくある話だ。

 そんな不運のために大舞台に立てるだけの才覚を持ちながらも実際には陽を浴びることのなかった選手がいったい何人いるだろうか。


 田貫も、陽狩剛士という飛び抜けた才能の前に、高校サッカーにおいてそんな例のひとつになるはずだった。


 原作で登場したばかりの田貫は、自分にサッカーを愛する心と非凡な選手としての能力があることを自覚しながらも、チームメイトである陽狩が決して越えることができない壁として未来永劫に立ち塞がり続けるであろうことも理解していた。

 本来なら彼の武器であるはずの『洞察力』が、残酷な現実から目を背けることを許さず、否定する余地を与えなかったんだ。


 鷹月孝一とは全く違う意味での、陽狩剛士の影。

 それが田貫安晴だった。


 だがそれは菱井麻衣が現れ、彼の『洞察力』が攻守に渡って活かせるサイドバックのポジションを与えるまでのこと。


 コンバートを自ら望んだわけではなかった田貫だが、出場機会がないよりはいいかとサイドバックで臨んだ試合で、麻衣がにらんだ適正の正しさを開花させる。


 相手の心理を読み解いて自由にさせない一対一の守りの強さ。


 敵チームの隙を逃さずに絶妙なタイミングでサイドを駆け上がる攻撃参加。


 テクニックで守備を翻弄しながらも、狙いどおりの位置に正確に落とせるセンタリング。


 巧みなペース配分で試合の終わりまで体力を落とさずに効果的にスプリントすることが可能な持久力。


 そしてサイドライン際から全体を見渡すことで、田貫は『洞察力』をフル活用しチームの参謀としての能力を遺憾なく発揮するのだった。


 やがて田貫はドリブルでサイドライン上を線に沿って駆け上がりながら正確無比なクロスボールを供給する技『境界線上のドーラ』を編み出す。


 サッカーの才能を見出だされた矢吹隼や木津根孝高より以上に、田貫にとって菱井麻衣は原作タイトルのとおりの女神だといえるのかもしれない。


 だけどそれはまだ先の話だ。


 今の田貫はまだ越えれない壁にぶつかってはいない段階にある。

 ちょっと子供らしくない感じはあるけれど、のびのびとサッカーを楽しんではいるみたいだ。


 だから現在の田貫に、原作でやっていたからといってサイドバックへのコンバートを示唆するのは時期尚早だろう。

 しかも、対戦チームに所属している僕から言われても、はいそうですかと受け入れられる話でもない。


 だからまだ、田貫にはその話をする時ではないだろう。


 たぶん僕らは中学で同じチームの仲間になるはずだ。

 彼が壁に当たるのも、その時になるはずだから。




 木津根が田貫を抑えたことで、いよいよ攻防は膠着した。


 もしも、白鳥琉生をこちらの前線メンバーが攻略できずに攻めあぐねている今の状況で、田貫が木津根を負かしていたとしたら流れは一気にあちらに傾いていただろう。


 もともと安定感を欠いていた最終ラインだから、下手をすれば前半のうちに大量失点もあり得たかもしれない。


 とにかく木津根に感謝だ。


 試合はスコアの動かないまま互いに無得点で前半を終了。

 ハーフタイムを挟んで後半に勝負をかけることになった。




「春間サッカークラブを相手に前半、引き分けか!」


 ハーフタイムの作戦会議(ミーティング)

 腕を組んで何度もうなずきながら唸る監督。


「強いな~! 今年のチームは!」


 どことなく自分が指揮しているチームというより、応援している地元のチームみたいな気持ちの距離感があるような気がするが気のせいだろう。


「でもなんか、いつもより攻撃がうまくまわってないな?」

「俺が抑えられているのもでかいが、やはり鷹月からパスがでないのがリズムをつくれない原因だよな」

「おっ、そーだな、前野。監督もそう思っていたぞ」


 監督と先輩の言っていることに反対意見を出す者はない。

 みんな僕のところでチームが血行不良のようになっていることには同意のようだ。


「さあ、どうする? どうするんだ、考えてみ?」


 上から方針を押しつけることはせずに、自分たちで考え、答えを導き出すことを促す監督。

 自主性を尊重し、仲間同士で意見をぶつけあわせ切磋琢磨させることで子供たちが成長していく。

 指導者として、そんな環境をつくりだそうという意図なのだろう。


 きっとそうに違いない。


「どうなんだ、鷹月」


 木津根が、僕に話を振る。


「前半中、色々試してはいたようだが、マークは剥がせそうか?」

「うん、このまま何もできないのは嫌だからね。とはいえ、完全にふたりともを引き離すのは難しそうだね」


 ふたりの選手に挟まれたまま、ただ傍観していたわけじゃなくて、いきなり走ってみたりとか、ちょくちょく視界から外れる動きをしたりと、なにかと動いてはいた。


 おかげで少しずつ相手の特徴が見えてきていた。


 だけど前半中、僕の動きに対してかえしてくるリアクションを僕自身で見るためだけにやっていたわけじゃない。

 どちらかといえば自分よりも木津根に見せるのが目的だった。


 その結果を今が聞くときだろう。


「3番と16番、木津根はどうしたらいいと思う?」


 名前がわからないので背番号で僕は意見を求めた。


「ふん……3番はフィジカルに優れるがボール保持者に注意を向ける時間が長く、マンマークとしては集中力に欠くところがある。16番はマークにつく役割をはたそうという献身性は高いが、運動選手としてはいささか平凡なレベルにある」

「うん」


 やはり木津根には見えているし、見ている。


 でもそれは僕でもわかっていたあたりの話だ。

 彼の目にはもっと普通では知りえないほどのことが見えているはず。


「他には?」

「うむ、必要なのは密着マークから逃げるのに役立つ情報だな」


 木津根はさらに深いふたりのマーカーの注意点について教えてくれた。


 3番については身体の左右のバランスが悪く、軸足に重心を乗せがちで右側に走り出すときは左よりも動きが重いこと。

 ボールにさわるのは右足しか使わない。

 僕が後ろにいる場合に、続けざまに二回こちらを振り向いたあとはしばらく振り向かない傾向にある。

 左腕を虫に刺されているので、よく掻いていた。

 などなど、以下略。


 16番については3番に気をつかいがちなところ。

 3番がまずマークについていて自分がフォローに入っているという前提が思考にあるらしく、ところどころで3番に譲ろうとする場面がある。

 上半身がとくに鍛えていなくて弱いと思われる。

 ユニフォームを着たまま朝食を食べたのか、ケチャップの跡がある。

 などなど、以下略。


「3番の隙を狙いながら、16番を体でしっかりブロックして背負えれば、鷹月ならボールにさわることはできるだろう」

「だね。それはできると思う」

「だが、それだと攻撃を組み立ててパスまわしをする余裕はないな」


 木津根の言うとおりだった。


 多少なら、マーカーの隙をついてボールにさわることもできるだろう。


 だがそれではいつもどおりのプレイはできない。

 ちがうかたちでチームに貢献できる道を選ぶしかない。


 だから僕は剛士に提案することにした。


「剛士」

「おう、なんだ?」

「後半だけど──僕とポジションを変わらないか」




 両チーム、選手交代はなく後半を開始した。


 春間のキックオフで、あちらはセオリーどおりのゆったりとしたパスまわしから試合を再開させる。


「行くぞ矢吹!」

「はいっ!」


 前野先輩と矢吹がボールを追ってプレスをかけるために走り出していく。


 少し遅れて僕も続く。


 やがて少し戸惑いながらも、前半中に僕につきまとっていたふたりが再度、同じようにマークにつく。


「おい、いいのか! 11番がポジションを変えてきたけど?」


 春間の3番が、大声を荒らげて白鳥真理に問いただした。


「鷹月がトップ下?」


 驚きの声を上げる真理。

 無理もない。当の本人である僕もこうなったことに驚いている感じだ。


「──と、とにかく、彼にはボールに絡ませないようにして!」

「わ、わかった!」


 ポジションを変えたところで、僕をマークする作戦に変更はしないらしい。

 まあ、でないと前半で調べていたことが無駄になってしまうところだったんだけど。


 やがて、春間の攻撃から木津根と大上先輩の協力プレイで奪ったボールが、剛士にまわされる。


「おーし、いくぜ!」


 僕とポジションを交代し、起点になる位置でボールを持つ剛士。

 いつもとは違う前と後ろの関係があまりにも新鮮に思えた。


「くるぞ! あいつのドリブルが!」

「後半こそは、白鳥さんの前で止めてやる!」

「なるほどなあ、どうせ後ろに走ってボールをもらうくらいなら最初からポジションを下げてしまう作戦ってわけだ!」


 剛士のドリブルに警戒する相手チームの面々。


 僕を見ていなくてはいけないはずの3番の選手も、意識はほとんど剛士に向いている。


 これならいけそうだ!


 僕が目で合図を送ると、最高のタイミングで剛士からパスが飛んでくる。

 16番の選手を後ろに背負うかたちでボールを受ける僕。


「よし!」


 確信に近い気持ちはすでにあったけれど、それが自信に変わる。


 例えふたりに挟まれた状況でもボールを受けることはできる。

 僕には、それを可能にしてくれる剛士という相棒が、お互いの呼吸を完全に合わせることができる親友がいるんだから。


ドーラ=列車砲。WW2当時の独軍の兵器。

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