姉妹
鷹月孝一の父が、星野架純の母と再婚したのは、およそ半年ほど前のこと。
彼女たちが実際に引越してきたのは、この春になってばかりだ。
父と僕しか居なかった家に、いきなり家族が三人も増えた。
義母にあたる明美さんと、その娘の架純と早優奈の姉妹だ。
男女比率も、人口密度も大激変である。
賑やかになった我が家に、僕はまだまだ戸惑っていた──。
僕は、校庭の土のこびりついた靴を脱ぐ。
星野架純の華奢な背中を追うようにフローリングの廊下を進むと、奥のリビングから、義妹の早優奈が、ひょっこりと顔をだした。
「あ、お姉ちゃん、こーちゃん、おかえり」
「「ただいま」」
星野早優奈は、僕と架純からは二歳下の小学二年生だ。
二人が並ぶと同じ遺伝子から生まれてきた姉妹だとよくわかる。
髪型が違う以外は、お互いに二年前と二年後の姿、そのままなんじゃないだろうか。
美少女姉妹と同居生活。
まるでマンガみたいだが、実際、ここはマンガの世界なんだよな。
原作中では、鷹月家の事情について触れられているシーンはなかったはずなので、だとしたらこれは隠し設定か何かなのだろうか。
義理の妹に継いで、義理の母が姿を現した。
「おかえりなさーい。あら、また、汚したわねー。洗濯するから脱いで出しておいてね」
明美さんの口調は、どこか嬉しげだ。
僕は、言われたままに、風呂の脱衣場にある洗濯機に、脱いだ服を放り込むと、汚れのない洗濯された部屋着に着替えた。
明美さんが洗濯した服からは、今までにない良い匂いがした。
甘い香り。
たぶん使っている洗剤とかが違うのだろう。
前世の人格が、女子の洗濯物と一緒に洗うから起きる現象という推測を主張しているが、その理論はよくわからない。
「ん、ふっふ~♪」
明美さんは、鼻歌を弾ませながら、脱衣場のタオルを交換し、姉妹から集めた洗濯物と一緒に洗濯機に投げ入れる。
家族なんだから当たり前なんだけど、前世の激しくモテない記憶のせいで、自分の服と、美少女らの服が、ひとつ同じところに混ざりこんだだけのことでドキリとしてしまった。
前世の僕には、この生活は刺激が強すぎるかもしれない。
明美さんの鼻歌は、なつかしの魔法少女アニメの主題歌だと気付く。
孝一の記憶にあるわけない作品なので、指摘はしない。
「楽しそうですね」
「男の子のお母さんになるのって夢だったから満喫してるのよ」
なるほど、それで魔法少女か。
ってよくわからないけど。
明美さんも、美少女姉妹の母なだけに、なかなかの美人さんだ。
可愛らしい大人という表現が、ぴったりくる。
実はこの人、ほのぼの系の四コマ漫画を雑誌に連載している本物のプロの漫画家さんなのだ。
そのせいかどうかわからないけれど、なんとなく子供っぽい性格をしているように思える。
年齢は30代のはずなんだけど、20代にしか見えない。
荷物を自室に置いてきた、星野架純が顔を見せた。
外では星野さんと呼んでいるが、家では他にも星野さんが居るので架純ちゃんと呼ぶことにしている。
「孝一くん」
「うん、なに?」
架純ちゃんは、後ろ手に持っていたノートを、僕に見えるように前に出した。
算数のノートだ。
「宿題で教えてほしいところがあるの」
ノートで顔半分を隠して上目遣いに僕を見る。
お願いのポーズというやつだろうか。女の子らしい仕種だ。
そして、なかなかの破壊力である。
同性には受けが悪そうな気がするが、男でここから物事を断ることができる野郎は、そうそういないんじゃないだろうか。
「いいよ。僕も、一緒にやってしまおう。リビングで、いいよね」
「そうね」
「あー。お姉ちゃんだけずるいー。早優奈も、こーちゃんに宿題みてもらいたいー」
「いいよ、持ってきなよ」
「やったー」
早優奈ちゃんは、バタバタ足音をたてて二階の自室に上がっていった。
「ごめんね。妹の分まで」
「大丈夫だよ」
ニートだったとはいえ、二十五歳の大人の知能が追加されている僕にとって、小学生の宿題なんて楽勝だ。
むしろ、変に物を知りすぎていて疑問に思われることの回避につとめることのほうが難度が高めである。
クラスが違うので、架純ちゃんの宿題は僕のとは違うものだったが、別段、問題にならなかった。
姉妹は揃って理数系が苦手な傾向にあるみたいだけど、分かりやすく要点を説明したら、どうにか伝わったようで理解してもらえた。
先生よりも分かりやすいとまで、お褒めの言葉をいただいてしまった。
これは自分でも意外な才能の発見なのかもしれない。
前世なのか、今世なのか、どっちに由来する才能かはわからないけれど。
自分の宿題を手早く終らせたら、姉妹はドリルと漢字の書き取りをやっているので、手持ち無沙汰になった。
リビングの大型テレビの下、テレビ台の棚に置いてある、黒光りする四角い物体に目がいく。
ゲーム機だ。
僕が、前世で親しんだものよりも、次か、もうひとつ次くらいの世代の機種らしい。
コントローラも、よく似ているものだが、少しばかり新しい機能が追加されているみたいに見える。
そして、その側に置いてあるゲームのパッケージ。
それは『ロード・オブ・ドラグーン17』だ。
あの国民的RPGシリーズではないか。
ちなみに僕は、14までしかプレイしていない。
ゲーマー心が疼く一方で、孝一が突然、ゲームに興味を持つのも不自然かという、うしろ髪を引かれるような思いもある。
どうしよう。でも、やりたいな。
「どーしたの、こーちゃん?」
早優奈ちゃんが、僕の様子に気付いて訊いてきた。
反射的に僕は応える。
「これ、ちょっとやってみて、いい?」