明かされる眼鏡の秘密
「聞いたんだけど」
学校の休み時間。
森川さんが嬉しそうな顔で話しかけてきた。
「うん?」
「あの木津根君がサッカー部に入ることにしたって」
輝いた目で僕を見る森川さん。
なんでも木津根がサッカーを始めるにあたって事前に用意したほうがいいものを、幼馴染みでサッカーをやっている皆川さんに聞き出そうとしたことから、森川さんにも話が伝わったらしい。
木津根も、そういうことは僕にでも聞いてくれればよかったんだけど皆川さんの面倒見のよいキャラ属性のことを思えば的確な人選なんだとも思った。
「あの木津根君が、まさかスポーツでも団体競技を始めるなんて今では奇跡的なことよ」
「そ、そうかな?」
「鷹月君が仲良くしてくれているおかげよね」
「決めたのは木津根自身だから」
そこで森川さんの表情が反転して曇る。
彼女はいつも、他人のこと喜び、他人のことを心配している気がする。
「鷹月君、できるだけでいいんだけれど木津根君のこと、サッカー部でフォローしてあげてほしいの」
「うん、まあそのつもりだけど」
「木津根君は、思ったことをそのまま言っちゃうことがあるし、人の顔色を読めないのか読まないのかわからないんだけど、とにかくそういうところがあるから、みんなと衝突してしまうんじゃないかって……」
「ああ。そうだね、気をつけるようにするよ」
「ごめんね。こんなこと頼めるのは、鷹月君くらいだから」
森川さんの眼差しに僕は絶対的な信頼のようなものを見た。
できる限り彼女の期待を裏切らないようにしたい。
努力しよう。
ほとんど木津根次第なところが難しさを感じるけれど。
それに頼まれなくても、せっかく木津根が原作どおりにサッカーをやってくれるようになったんだ。
それも五年も早くから。
もとから上手くいくようには全力を尽くすつもりだった。
「最近はいつも思うの。鷹月君がいてよかった……」
森川さんから、純粋で穢れのない好意を感じる。
自分のことを好きな女の子がいる。
少し前までは、そのことについつい緊張してしまう恥ずかしさみたいな気分があったけれど、それも時とともに薄らいでいた。
今では落ち着いたもので、森川さんの存在に安らぎのような気持ちを覚えるようになっている。
彼女の人柄の優しさや温かさがそうさせるのだと思う。
不思議な居心地のよさがあるんだ。
僕に好意を持ってくれている女の子ということでは、星野姉妹の、特に架純ちゃんからも、どうやらどうもそうらしい気配は感じている。
でも架純ちゃんからの僕への好意というのは、どこか僕に恋しているというよりは、恋に恋しているような、そんな感じを受けてしまうところがあった。
たぶん気持ちに嘘はないんだろうけど、アニメやマンガのシチュエーションに憧れるあまり、そんな恋愛の登場人物として僕を当てはめてしまっているだけのような、そんな気がするんだ。
自分も前世は二次元の妄想に生きる少年だったからか、そんな気持ちはわからなくもない。
だけどそれは例えるなら、エヴァンゲリ◯ンにおけるア◯カの加◯リョ◯ジへの気持ちや、しょく◯んまん様に対するド◯ンちゃんのそれに似たアプローチのように思えて、僕はその対応に習うようにしておいたほうがいいような気がしている。
まだ小学生だし焦ることもないだろう。
架純ちゃんは中身がオタクとはいえ、あれだけの美少女なんだから、きっともう少し大人に近づいて色んな人に出会えれば、僕なんかよりずっとイケメンなやつを選り取りみどりの逆ハーレムだろう。
いや、逆ハーレムはやめてほしいか。
兄妹として。
そんなところがある義理の妹たちとは違って、森川さんは僕そのものを見てくれていると感じている。本物の、あるがままの僕をだ。
それでいて、加工されていない生タイプの僕を好きになってくれたなんてことは、ちょっと信じられない気分もある。
だけど前世のダメダメな僕に比べれば、今までの鷹月孝一は自分ながらよくやっているんじゃないかと思う。
自信を持ってもいいのかもしれない。
だから僕は、森川さんが心から好きでいてくれるような、そんな自分であり続けたい。
そして、僕も知りたい。
本物の森川さんのことを。
だから僕も、眼鏡の似合いそうないかにも委員長然とした森川さんっていう外側だけじゃなくて、ありのままの彼女のことを見ていたいって、そう思うんだ。
「というわけで、今日からチームに入ることになった木津根君だ。サッカーは初めてだというから、みんな教えてやってくれ」
「どうぞよろしく」
監督の紹介で木津根は僕らチームメイトの前に立つとクールに挨拶をした。
見た目が細身で眼鏡をかけて色白なうえに、サッカー未経験者ということもあって新戦力としての期待感は薄いのがみんなの顔を見るだけでわかる。
だからといって拒むような気配はまったくなくて、基本、監督をムードメーカーにアットホームな雰囲気さえ漂うのが僕らのチームだ。
むしろ暖かく迎え入れようという姿勢があった。
だがそんな歓迎ムードを木津根は自らぶち壊しに来た。
「監督、お願いがあります」
「んー。なんだ木津根。なんでも言ってみ?」
「さっそくですが、僕は自分がどこまでできるのかを知りたい。イメージはできています。後は試すだけです」
まっすぐに監督を見つめながら言い放つ木津根。
「ほう? 何を試すんだ」
「チームメイトと勝負をさせてください」
「おお。なんか自信ありげだな、そういうのわりと嫌いじゃないぞ」
「はい。ある程度、勝てる見込みがあってチームに僕のちからを披露する意味もあります」
監督はなんか面白いやつが来たなという感じで乗り気だ。
だが面白く思わない人もいる。
「生意気なやつだな!」
前野先輩が前に出た。
人差し指を木津根にビシリと向ける。
「いいだろう。俺が勝負してやる!」
「お願いします」
あくまで木津根はクールだ。
「ヒョロヒョロ眼鏡野郎に俺が負けるわけないからな。その高い鼻をへし折ってやる! ついでに眼鏡もバラバラに叩き砕いてやる!」
冗談もあるだろうが、前野先輩はけっこうヒートアップしている。
前からたしかに生意気なタイプは嫌いな人だった。
「身の程を教えてもらえるのは望むところだが、眼鏡を砕かれるのは好まないな」
そう言って木津根は眼鏡を外す。
「ケースはランドセルの中だ。誰か、悪いが僕の眼鏡を預かっていてくれないか?」
「矢吹は物を大切にする子だ」
「じゃあ、矢吹、頼む」
「……えっ、まあ、いいけど」
僕が誘導すると、木津根は矢吹に眼鏡を預けた。
「ふん! 眼鏡野郎が眼鏡を外してキャーイケメンのつもりかよ! この後、地面を這いつくばらせて「眼鏡……眼鏡……」と言わせてやるぜ!」
「いいでしょう。一対一の勝負をしたい。僕が守りますから、ドリブルで抜いてみせてください」
「はーん! ドリブルならこのチームでは三番目に上手い俺だ。後悔するなよ!」
楽しそうにことの次第を見守る監督が、止めるどころか、進んで前野先輩にボールを渡す。
チームメイトもこの唐突に始まった戦いを見守る構えだ。
剛士は苦笑しながら見ている。
中には「前野、やっちまいな!」みたいな声も出ている。
なんとなく予感はあったけれど、矢吹のときみたいに穏便に仲間入りできるキャラではなかったみたいだ。
これがどう収拾がつくか次第では後のフォローが大変そうで怖い。
まあ、やるしかないけど。
僕は、矢吹の横に立つ。
「矢吹、その眼鏡、覗いてみなよ」
「えっ? うん……」
言われるがままに、木津根の眼鏡を覗きこむ矢吹。
その顔が驚きに変わる。
「えっ……こ、これって!」
「勝負が始まるぞ」
ボールを保持した前野先輩が、巧みに両足で細かくタッチしながら木津根に向けて進行する。
「いくぜ!」
左右に揺さぶるフェイントを掛けながら、前野先輩は緩急をつけた鋭い切り返しで木津根を抜きに掛かった。
本当にただの素人ならここで置き去りにされたことだろう。
「なにっ?」
だが木津根はついてきていた。
抜ききれず、前野先輩は少し後ろに下がる。
「思ったより動けるじゃないか!」
「あなたも予想よりレベルが高い」
ドリブルで、木津根の裏をかこうと続ける前野先輩。
しかし一定の間合いから少しも引き離せない。
「ですが少々癖が強いようだ」
「なんだと」
「もうパターンが……見えた!」
木津根がボールに足を伸ばしたと思うと、まるでボールのほうが木津根の足に吸い付いたかのように彼のもとに収まった。
チームメイト全体から、驚きの声が上がる。
誰もこういう勝負を予想していなかったはずだ。
「動きの種類をもっと増やしたほうがいいですね。簡単に見えてしまいましたよ」
負けると思ってはいなかった勝負の結果に茫然とする前野先輩に追い打ちをかける木津根。
やつには人の気持ちを考えることを、この先々で教えてやりたいものだ。
切々と。
「見えただと……。まさか眼鏡もない眼鏡野郎に言われるなんてな」
ショックを隠せない前野先輩。
メンタルは打たれ強い人だが、わりとしばらく引きずってしまうかもしれない。
「ち、ちがいますよ先輩!」
矢吹が叫ぶ。
前野先輩にむけて、木津根の眼鏡を示す。
「この眼鏡……木津根君は今、いつもより見えなくなってなんていないんですよ」
「……?」
前野先輩だけでなく、その場に「?」が浮遊しまくっているように僕には思えた。
「まさか……それ伊達眼鏡だったのか?」
「それも違います。……これは、この眼鏡は、かけると目が悪くなってしまう眼鏡なんですよ!」
「はあっ?」
真実を前に、更なる疑問符に包まれる仲間たち。
当の木津根は、つまらなさそうにボールを右足の下に践んで立っているが。
驚かないのは原作を知っている僕くらいのものだろう。
原作での木津根孝高は、あまりに視力が良すぎて、視界から入ってくる膨大な情報量を抑制し学業に集中することや快適な日常生活を送るために、わざと視力を落とすための眼鏡をかけているキャラだった。
そして、その持て余すほどに優れた両目こそが原作でのサッカー選手としての木津根にとっての最大の武器でもあったんだ。
※この作品はフィクションです。しかも、フィクションの世界に生まれ変わっているフィクションです。




