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やってみた。

 

 僕は、一人になったときに試してみた。

 あの『ライトニング・パス』が本当にできるのかどうかをだ。


 なんとなく、できるんじゃないかって気はしていた。

 でも、できなかったらさすがに恥ずかしいので、仲間の前で「今からすげえ必殺技を練習するぜ!」というのは止めにしたんだ。


 早朝のジョギングの時間なんかを利用しての秘密練習だ。


 そしたらできた。


 原作の描写でもあったように、完全に止めたり、思い通りの位置を狙ったりと完璧なのは難しいのだが、ちょっと止まったような感じになるパスは意外と簡単にできた。


 何でも考えるよりは実行したほうが、できてしまったりするものだ。


 自分で蹴ったボールが冷静に考えて有り得ない挙動をする。

 なんとなく快感めいたところがあって楽しい。


 なるほどやっぱりここはマンガの世界なんだなと思った。

 なんだか、かめ◯め波が本当に撃てたみたいな気分だ。


 そう考えると、かめ◯め波ももしかしたらもしかするような気がして結構本気になって試してみたんだけど、さすがにこっちは無理だった。

 ちょっとくらい出たっていいのに。


 念のために魔貫光◯砲のほうも試したんだけど結果は同じだった。


 練習の途中、犬の散歩をしている人に変な目で見られてしまったりしたけど中身はともかく見た目は子供だから、まあ大丈夫だろう。通報とかはされてないと思う。


 色々とマンガの世界だからこそできそうなことを思いつく限りは試してはみたが、やっぱりサッカーマンガの枠を越えることはなさそうだった。今のところサッカーに関することの他は現実離れしたことは何一つ起きていない。


 でも諦めるのは早いかもしれない。

 意外とデパ地下とかで悪◯の実が売られていたりすることもあるかもしれない。




 ある程度『ライトニング・パス』の僕バージョンの完成度が上がってきたので、剛士にも披露することにした。


 原作の持ち主にも、望むなら教えておこうと思ったんだ。


「まあ、見ててよ」


 チーム練習の合間、僕はそう言って『ライトニング・パス』をやって見せた。


 運動場の土を擦り、通常のパスの三倍は速度のありそうなボールは、僕の狙った地点に届くと何事もなかったかのように停止する。


 思わず、してやったりな顔になってしまう。

 今のは特に、なかなかいい止まりっぷりだ。


「ふーん」


 さっぱり驚かない親友。


 何が起きたのか理解の許容限度を越えてしまった感じでもない。

 あるがままを見た上でこのリアクションだ。


「反応、薄すぎない?」

「そうかな? 孝一なら、このくらいはやるだろ。他のやつがやったら驚くけど、お前だったら普通なんじゃないか」


 どんだけ僕への評価を高めに設定してるんだろうか。

 一体どのくらい人間から離れたら彼にも驚いてもらえるのだろう。


「で、今のはどうやるんだよ」


 当然のように、やり方を聞いてくる剛士。

 マンガでやっていた御本人に僕から技を教えるというのも変な気分ではある。


「えっとね、ここをこうして、こういう角度でね──」

「ふむふむ」


 弱めで緩めにしてスローで同じ技を再現して見せる僕。


「なるほど、こうか──あ、できた」

「えー」


 ほぼ一発で決める剛士。


 原作では一晩かけてマスターしていたのに。

 マンガでもアニメでも、ほとんど一話まるごと深夜の公園のエピソードで描いていたんだけどな。


 ちなみにあれはアニメ版における『僕と女神のタクティクス』第六十一話『受け継がれる技と想い~硝子の白騎士、暁に死す?』でのことだ。

 サブタイトルでの『死す』の後が『!』か『?』のどちらかで結果があらかじめバレてしまうのはアニメあるあるだと思う。


 しかしこうも簡単にできてしまうっていうのは、なんでだろう。


 原作との違いは教えたのが僕だってことか。

 僕が、教え上手というよりは親友どうしでイメージの共有がしやすい間柄だってところが大きいのかも。


 あとは、高校生と小学生とでは頭の柔らかさが違うからかもしれない。

 変に常識に囚われてないぶん、なんでも吸収するのが早いんだろう。


「へえ、やってみたらできるもんだな」


 剛士はそう言いながら覚えたての技を再び試す。


 見事なまでにボールは地を這って滑り、止まる。

 と思ったら止まったすぐ後にボールは再び動きだし、剛士の足下に吸い込まれるように戻った。


「お、これもできたぜ!」


 それは原作の最終戦で剛士が編み出した『ライトニング・パス』の後に再度、思い通りにボールが動き出すという技の『ライトニング・パス・ネクスト』じゃないか!


 それまでの『ライトニング・パス』が通用しない強敵を前に、ボロボロになりながらも苦心の末に編み出して逆転勝利に繋げるきっかけにすることができた、あの技だ。


 何をいきなりやっちゃってるんだろうね、この人!


 もう原作を越えてしまうつもりか。


 剛士は、続けて距離が短いのや長いのなど色々なパターンを試していく。

 もうすっかり自分のものにしている。


「これを、サイドバックがオーバーラップしたところにさ、ゴールライン手前で使うといいかもな」


 もう技の活用法まで考えている。


「だね。相手がラインを割ると思ってボールを追わなかったら、フリーでセンタリングが上げられる」

「そうそう、ゴールに近いフリーキックのときにも使えるな」

「うん、セットした場所以外からもフリーキックが狙えるようなもんだからね」


 使い方次第で色々なことができる幅が広い技ではある。

 直接に点を決める技ではないけれど、得点に繋がるようなチャンスを作り出すことには貢献できる。


「なんか、すごいことやってるね!」


 僕らの様子を見かけた矢吹が、興奮気味に近づいてきた。

 同級生の西も一緒だ。


 そんな矢吹たちの手前で、剛士の放ったボールがピタリと止まる。

 素直に感嘆する矢吹と、狐にでも化かされているんじゃないかって顔をする西。


「おう、すごいだろ。孝一に今教えてもらったんだ」


「へえー鷹月君から?」と矢吹。

「鷹月はたまに変なこと始めるよな」と西。


「そうそう、矢吹と西にも見せてやってくれよ」


 剛士は、僕にボールを寄越す。


 二人にも技を見せるのか。

 確かに、西はともかく矢吹は原作の主人公なんだからできるかもしれない。


 作中では貴羽さんを別にすれば剛士特有の技だったわけだけど、僕が先にやってしまっている時点で矢吹も同じ条件とは言える。


 そう考えてみれば、主人公キャラである矢吹ならもしかすると『ライトニング・パス』どころか、かめ◯め波のほうもできるのではという予感がする。

 せっかくだから、できるってことを証明してもらいたいものだ。

 希望が沸くから。


 さりげなく誘導すれば矢吹にチャレンジさせられるかもしれない。

 あくまでさりげなく話をもっていかないと。


 だけど、あらためてこう冷静に考えてみると何かと問題があるかもしれない。

 仮に、矢吹がかめ◯め波的なエネルギー光弾を体外に発射できる能力に目覚めたとして、どこでそれを活用できるのかということなんだ。


 例えば、サッカーの試合でかめ◯め波を撃つのは反則になるだろうか?


 ボールにかめ◯め波が触れた場合、直接手に触れているわけではないのでハンドには当たらないと思う。

 審判次第だけど。

 だとしたらボールを撃って攻撃や守備に使うのは有りか。

 ボールが壊れなければだが。


 人を撃つのは非紳士的にあたるから完全にファウルだろうな。


 反動を移動手段に使うのは有りか。

 でも、それは他の選手に当たるリスクが高い気がする。


 こうして検証してみると、あまりサッカーには向いてない技なのかもしれない。かめ◯め波は。

 普通に『ライトニング・パス』を習得しておいたほうが矢吹にとっても無難か。


「どうした、孝一?」

「いや、なんでもない」


 僕は妄想モードから帰還すると、矢吹のために僕バージョンの『ライトニング・パス』をやって見せる。


「止まった、すごい────けど?」


 矢吹が首を傾げる。


「どうした?」

「……今のはさっき陽狩君がやってたのと同じ技だよね」

「そうだけど」

「確かに同じ技なんだと思うけど……よかったら、陽狩君がもう一度やってくれないかな」


 矢吹がめずらしく人にものを頼むので、剛士は勿体ぶらずに本家『ライトニング・パス』を見せる。


「やっぱり同じ技だ……でも違う」


 思わず口を揃えて「何が?」とハモる、剛士と僕。


 どう違うのかと、僕らは交互に同じように『ライトニング・パス』を撃つ。

 そのうちに、だんだん矢吹が言いたいことがわかってきた。


 それは剛士が、この技を初めてやったときから薄々気づかないでもなかったことだが。


 それはまさに剛士と僕の違いそのものが具体的にかたちに現れていると言えた。


 矢吹はお腹を抱えて痛そうにしている。

 笑うのを堪えているみたいだ。

 どうやら、ツボにはまったらしい。


「あー。鷹月のほうが地味だな。陽狩のほうが、なんか派手で必殺技っぽいな」


 矢吹が具体的には言わないでいたことを、西が代弁した。


 そうなのだ。

 まったく同じことをしているはずなのだが、どうにも印象が違う。


「なんでだろうな?」


 西はそう言って腕を組む。


 僕にはわかる。

 これは原作由来の地味キャラ補正なのだ。

 何をやってもイケメンキャラ陽狩剛士よりも目立たない感じになってしまう。


 ある意味、呪いかもしれない。


「でもさ、すごいことをやっても普通に見えるなんて、やっぱり鷹月君はすごいんだと思うよ」


 矢吹がフォローしようとしてくれるけど、肩を震わせながらなので、なんだかなという感じにしかならない。


 まあ、これがサッカーだから僕は地味であることの恩恵を受けているところもあるし、逆に剛士は必要以上に相手からマークされてしまうという運命を背負っているわけだけれど。


「そうなんだよ、孝一はわかりにくいけどすごいんだぜ!」


 親友は、同じ技を比較されたことで僕のことが矢吹と西にも評価されたのだと思っているらしい。


「なんかさ、ある意味すごいよな」


 西は感心している。

 ある意味とは、どういう意味だろう。

 僕の地味さがってことか。


 矢吹は、僕らのキャラ比べがそんなに楽しかったのかというほど「ごめん、なんか、ごめん」と言いながら苦しそうにお腹を抱えている。


 目立たないキャラ仲間だとばかり思っていたのだけど、どうやらリア充属性がついて自信もついてきたのか、調子に乗っているところがあるのかもしれない。


 笑っていて無理そうなこともあり、矢吹には『ライトニング・パス』を教えないでおくことにした。




 そしてその後、剛士と僕が使用するようになった『ライトニング・パス』は本来の名称で呼ばれることはなく『鷹月が考えたなんか止まるやつ』という地味な呼び方でチーム内に受け入れられていくのだった。


 この技は、そんなことができると思っていない相手には絶大な効果を発揮し、それからの地域リーグ戦において噂が広まり対策がうたれるまでの三試合を僕らは無双した。


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