声援
「陽狩くーん、がんばってぇ~」
黄色い声援が飛ぶ。
まわりに女子が増え始めた。
同時に、矢吹の挙動が露骨なまでに固くなり始めた。
なんだか、カクカクして初期の二足歩行ロボットを思い出させる。某自動車メーカーが製作したやつだ。
他人を観察することに長けているのだが、どうやら他人から注目を集めることには不馴れなようだ。
緊張しなくても、女子の視界に色付きで映っているのは剛士だけだ。
僕たちは、ただまわりで引き立てるだけの背景みたいなものなんだから。
そう声を掛けて、緊張を解そうとした。
しかし──
「がんばって、矢吹くん!」
矢吹を応援してしまう女子が現れた。
しかも、けっこう可愛い女子だ。
なんかくやしい。
さすがは生まれながらの主人公様は、我々とは違うということか。
とはいえ、女子からの応援は矢吹本人からしてみれば、妨害行為、刺客の放った悪辣なシビレ毒矢みたいなものだ。
矢吹から戦う力を奪ってしまった。
もう動きが初期のポリゴンゲームキャラみたいになってしまっている。カクカクから更に進んでカックカックだ。
「ちょっと、タイム!」
僕は思わず、ゲームを止めた。
「みんな集まって」
何事かと、仲間が集まる。
三人のクラスメイト。中山、北沢、武田が駆け寄ってきて、後から遅れてカタカタしながら、矢吹が来た。
「なんだ、鷹月」
中山が、明るい感じで聞いてきた。
他の面々も勝っていることもあってか晴れやかな顔をしている。
今、話があるのは、名前だけはサッカーが上手そうな気がする三人にではない。
「矢吹」
名前を呼ばれて、主人公はビクッと体を震わせた。
特に脅したりするつもりはないのだが。
「女子が気になるみたいだけど、大丈夫か」
「えっ、あ、わ、わかるの?」
矢吹は顔を赤くする。
「ははっ、わかるのって、そりゃオレも見てて思ってたぜ」
「矢吹に声だしてたの、C組の佐倉さんだろ」
「佐倉香緒里って言えば、学年の三大美人のひとりじゃねーか、矢吹、どーゆー関係なんだよ」
中山、北沢、武田の三人が続けざまに声を掛けるので、矢吹は萎縮して、アワアワしてしまった。
こういうことにも免疫がないのだ。
「……お、幼馴染みなんだ」
消え入りそうな声で、矢吹は答えた。
矢吹の幼馴染み。
そのキーワードで、僕はやっと原作に出てくるあの少女を思い出す。
髪型がツインテールになっている小学生仕様なのと、前世の記憶では知っていても、鷹月孝一本体にとっては知らない女子だったせいで、佐倉香緒里だとは気付かなかった。
佐倉香緒里。
矢吹隼の幼馴染みで憧れの女の子。
菱井麻衣の友人で、二人の主人公を繋ぎ、矢吹にとってはサッカーに打ち込む動機となる。原作初期におけるキーパーソンと呼べる登場人物だ。
物語の中盤からは、佐倉が矢吹を意識し始める一方で、矢吹の方が菱井麻衣に惹かれていくという、もどかしい三角関係が展開される。
なんだけど、僕がいきなり原作と違う展開を始めてしまったので、たぶん同じようにはならないんじゃないだろうか。
菱井がいないところで、矢吹がサッカーをやるようになった関係上、早い段階で佐倉が矢吹を好きになってしまうかもしれない。
そしたら、二人は障害なくラブラブ相思相愛になるだろう。
それで、後々になって菱井麻衣が恋愛的に余るんだとしたら、前世の僕の願望としては、そこを是非とも狙っていきたいものだ。
よし、そういう方向性でいこう。
「おっ、あっちにはB組の星野架純がいる。あと、富岡優菜がいたら、三大美人がコンプリートだぜ」
武田が、なんかチャラいことを言っている。
コンプすると、何かいいことがあるのだろうか。
だがすべての女子の視線は、あっちで華麗なリフティングを見せている剛士に向けられている。
女子は、別に試合を続けていなくても、格好良い感じがする剛士さえ眺めていられたら満足なんだ。
「陽狩は人気あるよなあ」
中山が、僕の思考を読んだかのように言った。
「でも、オレに言わせれば鷹月のほうがカッコいいと思うけどな」
「そうそう、陽狩もカッコいいけど、なんか女っぽいんだよな。体とか細いし」
確かに剛士は全体にアイドル然としていて、男子が憧れるような力強さに欠けるところがある。
そういうところで、実は僕のほうが、男子からは人気があったりする。
でも、要らないわ。そういうの。マジで。
「矢吹」
僕は気を取りなおして、矢吹に話しかける。
「な、なに?」
「どうだ、サッカーは」
「ん、そ、そうだね……」
質問が漠然とし過ぎたか。
矢吹には答え難くしてしまったようだ。
質問を代えよう。
「面白くなかったか? やってみて、どうだった?」
誘導尋問みたいだけど、表情を見れば真意は掴めると思う。
「そうだね。思ってたより、役に立てた気がするし、よかったよ。面白い、かな。気が向いたら、また誘ってくれると嬉しい」
矢吹の顔は、嘘のない気持ちを言っているとしか思えない。
これなら今日のところは良かったんじゃないだろうか。
矢吹に、サッカーの楽しさを伝授できた。
緊張しがちだったり、対人恐怖症みたいな要素は、いきなり何か言って変わるようなもんじゃないだろうし、これからおいおい慣れていければいいことだろう。
「何、言ってんだよ、矢吹」
中山が口を挟む。
「えっ?」
「今日のを見といて矢吹を誘わないとか、ありえん」
「そうそう、動きが素早くて、いつの間にかシュート撃ってんだもんな。忍者みたいだった」
「うん、クールジャパンとか、アレ系だな」
武田だけ、適当なことを言っている気がするが、三人からの称賛を受けて、矢吹は顔を更に赤くする。
このままだと、デフォルトで赤い顔の少年にならないかと、ちょっと心配だ。
僕は、校舎に備え付けられた時計を見上げた。
「下校時間まで、あと少し。このまま勝ちきろう。矢吹は、もう警戒されているから、誰か適当に引き付けて動き回ってくれればいいよ」
「うん、わかった」
そうして、僕らは試合を再開し、剛士から1得点を返されたものの、そこまでに抑えて勝った。
でも、なんだろう。
剛士が決めたゴールに合わせて、女子があまりにも盛り上がるもんだから、勝った気がしなかった。
矢吹には「またやろうな」と、約束して僕らは別れ別れに下校した。
剛士とは、家が近いので帰り道はほとんど一緒だ。
今日の矢吹隼という発見を、剛士も興奮ぎみに話ながら歩いて帰った。
矢吹にあんな才能があるって、なんでわかったんだという質問には、適当に濁して答えておいた。
原作の話は信じてもらえないだろう。
心地良い疲労感を体に背負いながら、僕は、自宅に到着した。
二階建ての、大きくはないが真新しくてオシャレな感じがする一戸建てだ。
鷹月家の経済状況は、なかなか悪くないらしい。
玄関には、僕と同じ年頃の少女が居た。
つい今しがた、僕より先に帰ってきたばかりのところなんだろう。
「あっ、おかえり~」
「ただいま」
目の前には靴を脱いだばかりの、B組の星野架純がいる。
僕らは同じ屋根の下に住む家族だ。
地味キャラのはずの、鷹月孝一の私生活は、意外と地味ではなかったりするのである。