騎士と魔法使い
貴羽夜人。
何度見ても、独特で圧倒的な存在感に圧倒されてしまう。
というか、あの人のまわりだけ世界観が違う気がする。
少なくとも、あれは少年マンガじゃないマンガのキャラだとしか思えない。
睫毛、長っ。
原作でも、ひとりだけ使われているスクリーントーンの種類が違ったし、アニメ版では王子様的な人気のある有名なイケメン声優さんが起用されていたせいもあって、作品からややはみだした感じもする熱狂的なファン層を獲得してしまっている登場人物だった。
ストーリーの前半しか出てこないキャラだったのに。
それなのに、単独でキャラソンCDまで出していたんだ。
鷹月孝一のは出なかったのに!
陽狩剛士のやつで、サビだけ歌わせてもらえるバックコーラスだったのに!
……それはおいといて、原作での貴羽夜人は主人公チームがピンチに陥ったときだけに投入させる、一発逆転用のキャラだった。
高校生二年生の貴羽夜人は、小学生の今よりも病状が悪化しているために出場できる時間制限がより厳しくなっていた。
まさに試合も終盤になって、このままでは危ないぞ、というタイミングを見計らって出てくる。
フェニッ◯ス◯輝とか、タキ◯ード仮面みたいな人なのだ。
ベンチで試合の流れを見ながら、必要とあらばやっと出てくる貴羽さんはいいとしても、あの手のピンチに必ず助けにくる系のキャラはどこでどうタイミングを計っているのだろうか。
まさか、たまたま通りかかったときがいつもその時なはずもないし、やはり物陰から助けるのにベストな時がくるのを、じっと待っているんだろうな。
大丈夫そうなら、ただ見守っているだけなのか。
ずっと見つからないように。
……ストーカー?
まあ、今はピンチにお助けキャラのことを気にしている場合ではないのだった。
六点差を守りきって、この試合に勝つことに集中しないと!
ホイッスルが吹き鳴らされ、観覧野第一のキックオフから再開だ。
「貴羽さん、お願いしますっ!」
センターサークルのやや後方に、白薔薇に包まれながら立つ貴羽夜人にパスが送られる。
「やらせるかよ! 行くぞ、西!」
「はいっ!」
ツートップを組む、前野先輩と、矢吹に代わって出場している西の二人が、貴羽さん目掛けてボールを奪うために自陣内から走り出した。
「ふっ……」
貴羽さんが、柔らかく微笑むのが見えた。
ボールが、白薔薇の茂みに入っていく。
花弁が舞い散る。
「ええっ?」
「なにぃ!」
前野先輩と西が、同時に驚きの声を上げる。
貴羽さんのもとに届いたと思われたボールが消失してしまったからだ。
白薔薇の陰に隠れたわけではない。
単純に、そこにあったはずのボールが消えたのだ。
貴羽さんは、ただ佇んでいる。
少なくとも僕の目には、そう見えた。
「ボールはどこに行ったんだ!」
前野先輩の声を聞きながら、僕は嫌な予感とともに後を振り向いた。
まさか、という気持ちで。
そして、僕は目撃した。
ボールが、僕らのチームが守るべきゴールのなかで、ゴールネットに包まれながら、ゆっくりと地面に滑り落ちるところを。
全身が、凍りつくような悪寒を覚えた。
キーパーの、網守先輩はまったく気づいていない。
まだ、貴羽さんの足元あたりを目を凝らしながら眺めて、首を捻っている。
やがて自分の立っている地面の真横から転がり出てきたボールが視界に入ってきた段階になって、ようやく網守先輩は事態を知る。
「なっ?」
しばしの沈黙ののち、ざわめきが起きはじめ、試合会場を囲む人々から一斉に拍手が巻き起こり、それに圧されるように主審が笛を吹き得点が認められた。
第一小のチームメンバーたちは歓喜の声を上げるが、わざわざ貴羽さんのまわりに集まったりはしない。
またすぐに、キックオフで再開するのに合わせてか、スタートの自ポジションを動かずかにいる。
慣れているのだろう。これに?
僕らのチームメンバーといえば言葉を失い呆然とするか、青ざめるばかりだ。
唯一、剛士だけは「すげえ……」と呟きながら少し笑っている。
強ええやつがいると、オラわくわくするんだの人みたいなやつだ。
本年度からキャプテンマークを巻いている大上先輩は、ボールと貴羽さんを無表情に見比べている。
クールで感情は見えないが、ただその眼光は鋭い。
僕は、貴羽さんを止める方法を考えるのを放棄することにした。
無理だ。
出てくるなり数秒で一点目。
それも、なんだかよくわからないうちに。
幸い、次のキックオフは失点した僕らのチームから始めることになるから、なるべくボールを失わないようにして時間を稼ぐしかない。
最後に勝つためには、二、三分で一点を失うペースでも大丈夫なわけだから、普通ならなんとかなるはずだ。
普通なら。
なんだか原作よりも、貴羽夜人が人間ばなれしている気がする。
原作でも、ものすごい人ではあったのだけど。
小学生くらいのほうが、天才と凡人の差が広いということか。
それに、病を抱えている貴羽さんは高校生までに自分を鍛えるために使える時間が、僕らよりは短くなるだろうから、原作の頃には差が縮まっているってこともあるか。
「剛士、今の見えたか?」
「いや何も」
なぜか嬉しそうに剛士は否定する。
やはり剛士にも、貴羽夜人が得点を決めたさっきのシーンで、何をどうして、どうなったらああなったのかは見えなかったみたいだ。
ここからはもう逃げの一手に限ると思う。
今の硝子の白騎士には、まともにやって勝てる気がしないから。
キックオフから試合が再開。
スコアは6-1だが、両チームの顔色はどちらかというとスコアの真逆をしている。
「鷹月っ!」
西から、ボールが送られてきた。
まずは貴羽さんを避けてパスをまわしていこう。
「よし! 焦らずに行こう!」
僕は、大上先輩や後ろのメンバーとパスをまわす。
貴羽さん以外の第一小の選手たちには、これといって能力的には目立った人がいないので助かった。
中学、高校と上がるとサッカーを続けていれば同じチームになるだろう人々なんだけど。
貴羽さんを除いては、あきらかに原作にも登場していた覚えのある人はいない。
「剛士っ」
僕は、流れのなかでフリーになっていた剛士にボールを送った。
剛士にボールが渡ると、相手チームの選手らが一斉に彼に向けて集まり取り囲む。
すぐに僕は、またフリーでボールを受けられるポジションに走る。
「いいよ、戻して!」
僕は声を掛けるが、剛士は構わず、その場で迫ってくる相手を次々とかわしていく。
四人目をいなした一回転するターンは見事だった。
剛士の前方には、貴羽夜人が悠然と立つ。
また嫌な予感がした。
ボールをキープしながら、剛士の目はおそらく貴羽さんに注がれている。
その背中が、あまりにもいきいきとして見えた。
白騎士が両手を広げる。
「おいで。遊んであげよう」
絶対にのってはいけない誘いだ。
だが、僕にはある種の諦めに似た気分があった。
親友がこういうときにどうするかなんて、想像がつかないはずがない。
「剛士、こっちだ!」
一応、もう一度、声を掛けずにはいられない。
一瞬だけ振り向いた剛士。
もう目を見たらわかる。
あいつはやる気だ。
「悪いな」
ボールが足に吸い付いているようなドリブルで、剛士はまっすぐに、待ち構える貴羽夜人に向かう。
一対一の勝負をするつもりだ。
自分のちからがどこまで通用するのかを試したい気持ちはわからなくもない。
「いくぞ!」
「嬉しいな! ほんとに来てくれるなんて!」
剛士の『魔法使いの舞踏』が始まった。
白薔薇を散らすように舞う。
剛士のこの技は更に切れを増している。本物のプロダンサーが、剛士の動きにボールなしでついていこうとしても難しいくらいに。
「ふっ。すごいね、君」
しかし、貴羽夜人はそんな剛士の舞踏に難なく合わせてくる。
「くっ!」
ボールを奪われたかと思えば奪い返し、また相手を抜き去ろうとしてはボールを奪われて守る側に立つ。
そんな激しい戦いが繰り広げられた。
通用している?
敵にまわしたら、とんでもない敵かと思っていた貴羽夜人だけど、なんとか剛士のドリブルは同じくらいの域に達しているようだった。
でも、まだまだ余裕のある貴羽さんの顔からすると、言葉どおりに遊ばれているだけかもしれなかった。
「ちいっ!」
ボールをキープした状態で、剛士は数メートル後方にバックした。
「おや、もう終わりかな?」
「絶対に抜いてみせる!」
一旦は離れたものの、まだ戦意は尽きたわけではないらしい。
「陽狩剛士。面白いな、キミは」
貴羽さんは心底嬉しいという様子だ。
それはそうだろう。あの人に、こんな勝負が挑める者はそうはいないだろうから。
「負けるかよ!」
闘志を燃やす剛士の周辺から、炎が燃え上がったように見えた。
地面から突如として立ち起きた紅蓮の炎のように思われたそれは、凝視してみれば、深紅の薔薇だった。
貴羽夜人の白薔薇に対抗してか、陽狩剛士のまわりに紅い薔薇が発生したのだ。
負けるかよって──そっち?
「いくぜ!」
剛士がボールとともに、再び白騎士に突撃する。
二色の薔薇が混じり合い、二人の美しい少年が技を競う。
それはどこか優雅でありながらも死と血の気配が漂うような、危険な美麗さに満ちた剣舞を思わせた。
一人は『硝子の白騎士』と呼ばれ、もう一人は『魔法使い』と呼ばれる少年たち。
二人の舞踏に介入できる者はおらず、僕を含めまわりの選手たちは、ただ勝敗のゆくえを固唾を飲んで見守るばかりだ。
────これ何の戦い?




