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才能

 

 放課後の校庭(グランド)

 同じクラスの4年男子を集めてのサッカーの試合をする。


 誘った流れで、矢吹隼は僕のチームに組み込まれることになった。

 剛士チームと、5人対5人の戦い。

 人数的にはサッカーというより、フットサルだ。


 最初、矢吹は場違いそうに、ウロウロしているだけで、パスを出しても上手くトラップしてボールをキープすることもままならなかった。


 予想はしていた。

 原作でも、技術は後から学んでいたから。


 ここは僕が原作を知っていることが活かされる。


 僕は、肩身が狭そうな様子の、原作主人公に駆け寄る。


「矢吹」

「ごめん」


 名前を読んだだけで謝られた。

 前世の僕を思い起こさせるリアクションだ。

 あの頃の僕も、こういう場合、とりあえず謝ることにしていた。


 矢吹は、すでに誘いに応じてしまったことを後悔しはじめているように見える。

 だけど、僕には後悔したまま終わらせる気はない。


 この経験が、トラウマになってしまったら、彼は二度とサッカーをやらなくなるかもしれない。

 そうしたら、始まってもいない『僕タク』は『~完~』になってしまう。


 僕は、原作でヒロイン菱井麻衣が、矢吹に与えた最初の指示を再現してみる。


「僕がボールを持ったら、まわりに誰もいなくて、ここからならゴールが決められそうだって場所を探して走ってみて。そこからシュートを打つつもりで」


 矢吹は、その指示を、聞いているのか聞いていないのか判断つきかねる表情で受けとめた。


「…やってみる」

「うん」


 矢吹は、フラフラしながら走っていった。


 相手チームは、そんな矢吹に対して無警戒になっている。

 これなら、いけると思えた。



 味方のスローインから、試合再開。


 味方は、まず僕にボールを集める。

 剛士の他には、僕からボールを奪える敵は、このなかにはいない。

 僕はパスを貰い、ボールを足元に収めた。


 矢吹が走り出す。


 鋭く、一直線に。


 いい狙いだ。

 思わず僕の口元が緩む。


 相手も、味方も、誰も矢吹の動きに反応していない。

 一瞬、遅れて、剛士だけが気付くが、彼と矢吹の距離は離れている。


 今からでは、間に合わない。


 わざと相手のなかでは実力者である剛士から、離れるようにしていたのなら、矢吹はなかなかやる。

 偶然ではなく、たぶん意図的なのだ。


 原作では、矢吹隼のサッカー能力のひとつとして、ヒロイン菱井麻衣は、『人並外れた観察眼』を挙げている。

 いじめを逃れるため、目立たないようにするために、矢吹は他人よりも人の顔色を窺うことを研いてきた。

 そのために、他者の意識、気持ちや目線の方向性を、空間的に認識し、誰も見ていない領域を発見し利用する技術に長けているのだという。


 一言でいうなら、ぼっちの無駄にすごいやつ、と言ったところか。


 そういうわけで、『僕タク』の主人公、矢吹隼は、フィールド上で最も敵に邪魔されずシュートを撃つことができる場所を、誰よりも巧みに発見し、使うことができるのだ。



 僕は、矢吹が走り込もうとするスペースにパスを放つ。


「そこだっ!」


 コース、スピード、ボールの回転。

 ちょっと怖いくらい完璧だ。

 鷹月孝一の技術(スキル)なら、思い通りに矢吹にパスを届けることができる。


 いけ。


 僕は、ボールに念を送る。

 山なりに放物線を描いて飛翔したパスボールは、矢吹の足が一歩届く前の地面に落ちる。


 矢吹にしてみれば、突然、目の前にボールが現れたように錯覚したかもしれない。


「えっ?」


 矢吹が驚いた声が聞こえたと思う。

 誰か、他のクラスメイトの声だったかもしれない。


 走った勢いのままに、矢吹はもう数メートルという位置に迫っていたゴールに向けて、シュートを撃つ。

 ひょっとしたら、そのまま走り込んでいる足に当たっただけということもあり得る。


 それでも、おそらく矢吹が生まれて始めて放ったであろうシュートは、直線を描いて飛び、ゴールに吸い込まれた。


 矢吹隼がゴールを決めた。


 僕以外の、その場の全員が、おそらく矢吹本人が一番に驚いているように見えた。



 一度なら偶然ということもあるかもしれない。

 ビギナーズラック的なやつだろうと、最初のゴールでは、みんななんだかラッキーなのが決まった的な感覚で受け入れて試合を続けた。


 でも、その認識は間違いだった。


 矢吹隼はさらに似たようなパターンで、もう2得点。

 3ゴールを続けざまに決めたのだから。


 3回目には相手ももう警戒していたというのに、一瞬の隙を逃さず走り出して、マークを剥がしゴールを決めた。


 意味がわからないというまわりの表情をよそに、高揚し、目を輝かしている矢吹の顔。

 もうこのゲームに参加したことを後悔しているなんてことはなさそうだ。


 僕はたぶん伝説みたいなのが始まった瞬間を演出し、目撃しているんだと思う。


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