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HR

 

「投票の結果、わずかな差でしたが演目は『かぐや令嬢』と決まりました」


 教壇に上がって、そう宣言したのは委員長である森川さんだ。


 黒板に並ぶ縦に二列の「正」の文字。

 僅差ではあったが僕のクラスで発表する劇が『かぐや令嬢』に確定したのだ。

 候補を争った『桃太郎転生』とは二票差だった。


 さんざんと話し合いをした上で行われた投票だったので、結果に不満を洩らすクラスメイトはいない。


 まあ、実際のところ『桃太郎転生』が優勢だった流れのなかで、どうやら隣のクラスも『桃転』をやるらしいという情報が提供されたのが決め手になったとは思う。

 演目が重なるのは、できれば避けたい。もしも、プログラム順で運悪く同じ劇をやったすぐ後になったりしたら最悪だろう。

 まともに観劇してもらえるわけがないのだから。


「では、続いて配役を決めていきたいと思います。誰か、立候補する人はいませんか?」


 爽やかな笑顔で、森川さんはクラスメイトを促す。


 だが、静まり返る教室。

 笑顔のまましばらく停止する森川さん。


「……じゃあ、誰かを推薦したい人は?」

「はーい」


 いち早く挙手したのは皆川さんだ。


「あたしは森川さんが良いと思いまーす」

「わ、私?」

「そうでーす」

「で、でも、私なんかが主役でいいのかしら? 他に誰もいないのなら仕方ないけど……誰か、他にはいませんか?」


 推薦を受けた森川さんは戸惑っているものの、演目が『かぐや令嬢』に決まった時点で、こうなるんじゃないかってことは予想できていた。

 森川さんの他に、かぐや役が似合いそうな女子がこのクラスには見当たらないからだ。


 あえて外見をカテゴライズさせてもらった場合、カワイイ系に所属する女子なら何人かいるのだけれど、キレイ系に該当する女子はというと森川さんくらいなのである。

 皆川さんも、身長は高いし整った顔立ちをしているから、キレイ系に近いとは言えるかもしれないけれど、むしろカッコイイ系女子と呼んだほうがしっくりくる。


「いないの? いないのね……」


 森川さんが諦めかけたその時、カワイイ系に属するひとりの女子がピンと右手を上げた。


 教室の注目が彼女に集まる。


 まさかこの段階に来て立候補するつもりなのか。

 カワイイからキレイへの脱皮を考えているとでもいうのだろうか?

 今回の劇で、昨日までとは違う新しい私を見つけます的な、あれか。


 それはそれで興味深い気がする。


「えっと、どうぞ、推薦かしら? それとも立候補?」

「推薦です。私は主役のかぐや役は、陽狩君がいいと思います」


 えっ、剛士?


 なんか予想してなかった意見が出てきた。


 教室中がざわめき始める。

 一番、大きなリアクションをとったのはもちろん推薦されてしまった当人だ。


「はあっ? なんでオレが、かぐや令嬢なんだよ!」


 剛士は椅子を蹴って立ち上がった。


 そんな立ち姿を見た何人かのクラスメイトから「あぁ」という声が洩れる。

 剛士の背格好に、かぐや令嬢を当てはめてみて「これはいけるな」と思ったらしい。


 んー。うん、できるな。


 確かに、言われてみればその手があったかという気分だ。


「何考えてんだよ、おかしいだろ」


 この話を揉み消してやりたそうな剛士だが、推薦した女子とはまた別の女子が勢いよく挙手したかと思うと同時に、意見を口にした。


「はいっ! 私も陽狩君がいいと思います。かぐや令嬢役は、クラスで一番に美しい人がやるべきです!」


 みんなの口から発せられた「おおおぅ」という唸りが教室を包み込んだ。

 とはいえ、今の意見を否定する者はいない。


 美しい人、剛士も「なるほどな」とでも言いそうな様子で、大人しく着席した。


 納得しちゃった?


「そうか……だったら、しょうがない────って、なんでだよ!」


 再度立ち上がる剛士。

 小学生にしてノリツッコミを習得しているとは。

 サッカーでもそうだがテクニシャンな男である。


「何か間違ってるだろ。孝一、みんなに何か言ってくれよ」

「ん、僕が?」


 まさかここで飛び火してくるとは思わなかったが、親友が困っているなら助けてやらなければ。


 僕はひとつ咳払いをする。


「みんな聞いてほしい。剛士が、かぐや役をするという話だけれど、剛士のことをよく知る僕に言わせてもらえれば、たしかに外見上はかなりいいかぐや令嬢にはなると思う」

「おいおい」と、剛士。


 みんな、そのとおりだという顔をしている。


「でも、かぐや令嬢になりきらないといけないのは見た目だけじゃない。前に剛士が劇をやったところを見たことがある人は記憶にあるかもしれないけど、はっきり言って剛士は演技が下手だ。台詞は覚えられないし、棒読みしかできない」

「うんうん。ん?」と、剛士。


 心当たりがある者も多くて、そう言えばそうだったという反応がほとんどを占めている。

 毎回、剛士がいるクラスは見た目重視で彼をヒーロー役に選ぶのだけど、本番で観させられる残念極まりない演技ぶりに肩を落とすことになるのだ。


「ましてや今回のかぐや役は、半分以上のシーンを喋り通しているような難役だし、とても剛士にできるとは思えないよ。大事なことだから、もう一度言うけど、剛士は演技が下手だから」

「二度も言うなよ」と、剛士。


 剛士のかぐや役を諦めきれない女子がまた手を上げる。


「声を誰か別の女子が当てればいいんじゃない?」

「なんでそこまでしなきゃいけないんだよ……あ、そうだ、女装だったらさ、オレなんかより矢吹が似合うと思うぞ!」


 よっぽど嫌なんだろう。

 かぐや役を回避するのに手段を選ばない剛士は、今度は矢吹に矛先が向くように仕向けてしまった。


「ええっ?」


 驚いた矢吹の声は、間違いなくこのHRでの彼の第一声だ。


 教室のすべての視線が矢吹に注がれる。

 注目を浴びることから逃げてきた矢吹には、ちょっとした拷問かもしれない。


 剛士からの指名を受けてしまっては、矢吹が常に展開している集団に溶け込むためのバリアである、モブ・オーラ・フィールドも用をなさない。


 そして、みんなは矢吹を見た。


 そして、思った。

 この子なら女装が似合うと。

 むしろ、女装すべきなのではないかと。


 見られている恥ずかしさから顔を赤らめる様子も、そういう視点に立って考えれば、なんだか可愛らしくすら見える。


 主人公キャラならではの中性的な顔立ちをしている矢吹。

 思えば日本の古典的主人公キャラである日本武尊(やまとたけるのみこと)源義経(みなもとのよしつね)なんかも、真偽はさておき、女装というイベントを通ってきているわけで、主人公と女装の相性がよかったりするのは昔ながらのことではないだろうか。


「でも、かぐや令嬢って感じじゃないよな」


 誰かが呟く。

 まったくそのとおりで、矢吹が女装してもカワイイ系にしかならないから、かぐや令嬢役には合わないだろう。


 意味もなくクラスメイトたちに、矢吹、女装、イイネ! というイメージがついただけというところだろうか。


 まったく、とんだとばっちりだ。


「えーと、結局、主役の推薦は私と陽狩君の二人でいいのね?」


 森川さんが完全に脱線していた進行を元に戻す。

 この場合、演目に引き続いて、投票で配役を決めることになる。


「決まっても辞退するからな」

「まあ、決まりなんだから一応、投票をやろうよ」


 そんなこんなで投票が行われた結果、剛士が集めた票数は五票に留まり、順当に森川さんが、かぐや役に選ばれることになった。

 普通、本人があれだけ嫌がっていたら票は入れないもんだよね。


 なぜか矢吹にも二票が入っているという現象もあったけど。


 でも、美しい人、剛士としては、何だかんだで選ばれなくて少し残念な顔をしていたりは────しないか。


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