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称賛

 

「「ありがとうございましたっ!」」


 試合を終えた両チームは、中央に整列し互いに向き合って一礼する。


 顔をくしゃくしゃにして大量の涙を流すブラックスリーたちを見て、今さらのように彼らも小学生なのだということが受け入れられる気持ちになった。

 大人には、あんな素直な泣き方はできない。


 この一年、ほとんど負け知らずで、この地域リーグを戦ってきた彼らなのだ。

 ただの中堅チームと侮っていた僕らに、まさかの逆転敗けをしたというのは、さぞ悔しいだろう。

 特に最後の最後になって、せめても同点に追いつくチャンスを逃がしてしまった石黒の大泣きぶりは凄まじく、黒木が横で支えてやらなければ立っていられないくらいだった。


 それでも別れ際には、三人口を揃えて捨て台詞を置いていった。


「「「覚えていやがれ!」」」


 ブレないやつらだ。


 変わったところもあるけど強敵だった。

 勝てたことは素直に誇りたいと思う。

 あいつらのことを覚えておくのはかまわないのだけれど、次に対戦する機会があるのだとしたら、お互いが中学に上がってからの、二年以上先の話になるはずだ。


 中学生になったブラックスリー。

 その頃にはまた一段と巨大化しているんだろうか。

 顔ももっと老けているに違いない。

 悪役キャラも磨きが掛かって、どんなことになっているやら。


 本物に当たるとしても、その時はまた全力を尽くすだけだね。




 味方の真ん中では、今日が地域リーグ初出場でありながらも、二得点の活躍を残した矢吹が、先輩たちに握手を求められたり、抱きつかれたり、髪の毛を乱暴に掻き回されたりと引っ張りだこだ。


 ああはなりたくない僕は、巻き込まれないように、そっと目立たない位置をとることを維持するようにした。

 大上先輩だけは、そんな僕の様子に感づいて肩をすくめていたけど大丈夫。先輩は僕を売るようなことはしない人だから。


 少し離れたところから、両チームの監督が話しているのが聞こえる。


「いい試合でした。おかげで六年生には、いい思い出になりましたよ!」


 うちの監督の声は、小学生のサッカー場レベルならどこにでも届くボリュームがある。

 もう大人というより、でっかいヤンチャ坊主といったほうが正確なのかもしれない。


 それに比べて、相手チームの監督は恰幅のいい壮年の男性で、物腰も落ち着いている。ちょっと渋い感じだ。


「そうか君のところは今年はもう終わりなんだったな。しかし、君が作戦を使ってくるなんて珍しいこともあるもんだ」

「作戦ですか?」

「14番を使って、うちの三人組を疲れさせただろう」

「ああ、あれ。あれは選手が言い出したことですよ! 思ったより、うまくいきましたね!」


 相手チームの監督は思わず苦笑している。


「……なるほどな。狙いはわかっていたので、途中、黒木だけでもマークから外そうかと思っていたのだが……やめた」

「ほー。そりゃまた、なんでですかね?」

「あいつらはここのところ天狗になっていたからな。まだ子供だ。しかたないとは言え、これがいい薬になるかと様子を見てみたのだが、これが思わぬ勉強をさせてやれたよ。その意味では、君に感謝しているんだ」


 どうやら負け惜しみで言っている感じでもない。

 確かに、この試合での勝ち負けで相手には失うものはなかった。消化試合だったとは言える。ただ負けてプライドが許すかという問題だった。


 黒木たちは本気で戦ってきたと思う。

 だけど、本物の勝負のかかった戦いなら、監督がもっと違う采配をやってきたということになる。

 だとしたら、今日の勝ちはなかったのかもしれない。


「だれでも、ついつい調子に乗ってしまうもんですからね! お役に立てたならよかった、よかった!」


 うちの監督はのんきなものだ。

 でも、それがいいところでもあると僕は思っている。


「うむ、これで、全国大会に向けて、あの子らも引き締まるだろう。いいところまでいけるかもしれんな」

「健闘をお祈りしますよ!」


 僕の心は、勝利の余韻を残しながらも、少し曇る。


 知っていたことではあったが、黒木たちにはまだ先の戦いが待っているんだ。

 それを思うと悔しいし、羨ましい。

 できることなら僕らも全国大会まで進出したかったものだ。


 でも今年はもう叶わないのが現実なんだ。


 ならもう、受け止めて気持ちは来年に向けていくしかない。

 チームをもっと強くしよう。


 矢吹はもっと成長するに違いないし、剛士や僕だって負けてはいない。

 それに新しく仲間を増やす心当たりも実はあるんだ。


 なにしろ、原作を知っているんだから。




 考え事をしていると、相手チームの監督と目が合ってしまった。

 彼は、微笑みながら僕に歩み寄る。


 実は、剛士のサッカーが若い女性の心をつかむのだとしたら、僕のは大人の男性の心を掴みがちだったりするのだ。

 特にサッカーに詳しい人ほど、そういう傾向にある。

 地味だけど効果的なプレイをしているところが、職人的というか、玄人好みというか、いぶし銀というか。とにかく求めているわけでもない、おじ様がたの人気を集めてしまうのである。


 まあ、認められて嬉しくないこともないんだけど。


「君はいいキックをするな。君が、もしもうちにいたらと思うよ」

「……あ、ありがとうございます」


 なるほど、鷹月孝一のキック精度に、ブラックスリーの三人分の高さが合わされば敵には相当な脅威だ。

 さいわいなことに、相手チームには決して下手ではないけれど僕ほどのキッカーはいなかった。


 いたなら、ケルベロス・アタックなんて技も不要だろう。

 三人の中で一番ポジションが有利な者に、ピンポイントでパスを出せばいいのだ。

 相手は最低限、ブラックスリーのひとりひとりに高さで対抗できる選手を用意しなくては簡単にやられることになる。

 小学生のチームには難しい要求だ。


 なんだかほとんど反則(チート)じみた話ではある。


 だけども高さでひたすら圧倒するというのも、サッカーとしてはどうだろうか。

 少なくとも僕にはあまり好きになれそうもない。


「君は何年生かね」

「……四年生ですが」

「なるほど。黒木らは今年で卒業だ。この先の二年、この地域リーグは難しくなりそうだな」


 相手チームの監督はそう言って目を細めた。




 剛士はファンサービスに忙しそうだ。

 マメなことである。


 応援してくれる女子を、毎回、剛士自ら招致しているわけではないのだけど、自分のために来てくれている人たちだから無下にはできないのが剛士だ。

 ひとりずつ「気を付けて帰れよ」とか、声をかけているみたいだ。よくやるもんだと思う。


 気のせいではなく、今日もまた新規ファンを獲得しているのも確認できる。

 いつものことだが、相手チームの応援に来ていたはずの女子が、終わってみたら剛士のファンになっていたなんてことは珍しくもない。


 今日の活躍も、いつにも増して格好よかったわけだからなおさらだ。




「鷹月」

「キャプテン」


 僕は森熊キャプテンが伸ばしてきた右手を、しっかりと握り返す。

 キャプテンの手は大きくて力強い。

 年齢がたったの二歳差というのが信じがたく思えるほどだ。


「ありがとうな。来年から、またがんばれよ」

「はいっ」


 森熊キャプテンは、原作の『僕タク』でも御覧ノ坂高校サッカー部でもキャプテンだ。

 この人の懐の深さがあったから、菱井麻衣のトンデモ采配が受け入れられ、原作の物語が前に進んだことを僕は知っている。

 主人公チームの立役者と言っていいだろう。


 小学生ながらにもうキャプテンとして持つべき寛容さや指導力なんかのキャプテンシーを備えている。

 中途半端な大人なんかより、よっぽど尊敬に値すると思えてしまう。そんな人だ。


「また、今度は中学で一緒にやりましょう!」

「そうだな、中三になって、中一の鷹月や陽狩が入ってくるのを楽しみにしてるぞ」

「それまでにチームを強くしておいてくださいね!」

「お前たちも、今よりもっと強くなっておけよ!」


 この人とまたサッカーをしよう。

 中学と高校。一年ずつだけど、また一緒にできるのが楽しみだ。


 今度はもっと、いいパスを出して得点をいっぱい取ってもらいたい。

 今日だって本当は、この最後の試合で、森熊キャプテンにシュートを決めてもらいたかった。

 そのほうが、僕が決めるよりもずっと良かったんだ。




「鷹月君」


 頭髪と着衣に乱れの残る矢吹が、そっと僕に話しかけてきた。


 先輩たちは、勝利の歓喜が一段落して、チーム最後の試合が終わっちゃったねというセンチメンタルモードに移行したようだ。

 そのおかげで、ようやく矢吹は解放されたのだ。


「お、おう、大丈夫か?」

「たぶん……実は鷹月君に聞きたいことがあるんだ」


 矢吹は真剣な顔をしている。

 あらたまって何なのだろうか。


「うん、何かな?」

「最後の鷹月君のシュートなんだけど」

「うん」

「もしかして、あのシュートにキーパーのパンチングが当たっていたら、僕のほうに弾かれるようになってなかった?」


 僕は驚くより呆れた。


 たしかにそういう風にしてはいたけど、あの場面でそれを見抜いてしまうとは思っていなかった。

 シュートは決まるだろうという確信はあったものの、念には念をいれて、回転をかけておくこともやってはいたのだ。


 相手とポジショニングで争っている最中だったろうに、目の前を通り過ぎていくボールの回転の質を見抜いていたなんて。

 スポーツマンガの主人公というのは尋常ならざる動体視力を持っているらしい。


「……よくわかったな。まあ、保険だよ。あれは」


 僕の返答を聞いて、矢吹の表情は一転して笑顔に変わる。


「やっぱり……やっぱりすごいや、鷹月君は!」

「矢吹もな」


 屈託なく笑う矢吹を見て、僕は不思議な気分になる。

 なんとなく、この矢吹隼という同級生は原作主人公だという、生まれながらに選ばれちゃってる系の人物であると同時に、どこか前世の僕によく似ていると思って見てきた。


 似ているといっても、違いはある。

 たぶん、ベージュとアイボリーくらいは違うと考えていた。


 でも、やっぱり前世の僕と矢吹では、まったく別の人間なんだと、今の矢吹を見た以上は理解できてしまう。


 笑顔の矢吹。

 もう内気で、人見知りで、他人とのあいだに不可視の壁を築いている少年はそこにはいない。

 彼は、前世の僕とは、まったく異なる道を歩き始めたのだ。


 そして、僕は思う。

 前世の僕が、こんなふうに裏表なく心から笑ったことが、はたしてあっただろうかと────。


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