示唆
矢吹に警戒が払われるようになってしまった。
連続得点を許したわけだから、当然と言えば当然だ。
このまま更に点を取られでもしたら、無名の小柄な四年生の選手に後半だけでハットトリックを達成させてしまう。
それではさすがに堅守を売りにしているチームのプライドがズタズタにされるというものだ。
剛士の退場であからさまに緩んでいた相手チームの空気は、冷や水を浴びせられたかのように覚醒し、再び集中力の高いものになった。
同点になってから試合は、両チームが譲らない展開が続く。
膠着はしていない。
互いに何度もピンチとチャンスを交差させる、息をつかせない攻防が繰り広げられたからだ。
いつどちらに次の点が入ってもおかしくなかった。
矢吹の一瞬うちに最高速に達する鋭い加速には、ブラックスリーの誰も着いてはこられない。
防御策として黒木たちは、矢吹のスピードに組織で対応した。
ゴール前に隙間なく選手が並ぶゾーンディフェンスで、シュートを撃てるスペースを与えないようにしてきたのである。
残念ながら早い段階で、矢吹にボールを保持したり、ドリブルで相手を置き去りにするようなスキルが、今はまだないことがバレてしまった。
矢吹は、まだまだサッカーボールとお友達になりきれていない。
付き合いが短いのだから仕方ない。
つまり相手としては、矢吹が好きにシュートが撃てるような空間を与えなければいいのだ。
それでもやたらに走りまくることで、まれにシュートを撃てるチャンスを作り出せることもあった。
惜しかったけれど、それもシュートブロックを受けたり、キーパーに止められたりで得点にはならなかった。
相手にも二度にわたるケルベロス・アタックのチャンスがあった。
ここでまた点を取られても不思議ではなかったけど、これが最後の試合だという六年生たちの踏ん張りもあって、なんとか耐え抜いていた。
まさに紙一重の拮抗した戦いだ。
そうして、同点のまま試合時間だけが失われていった。
残り時間はもう長くないところまできている。
次の一点が勝敗を決めることになると、フィールド上の誰もが気づき始めていた────
「キャプテン!」
僕は、敵の注意のほとんどが矢吹に向いている裏をかこうと、ゴール前に待ち構えている森熊キャプテンにパスを出した。
「よし、こいっ!」
「させるかあ!」
何度かのセットプレイを見てきて、今いる選手たちのなかで最も高く飛び上がれるのが森熊キャプテンなのは明白だ。
案の定、僕が出した浮き玉のパスをキャプテンは頭でとらえて、強烈なヘディングシュートを放った。
しかし、ギリギリのところで食らいついたキーパーの右手に弾き出されてゴールにはならない。
「おしい!」
「あぶねぇー!」
確かに今のは惜しかった。
完全に網を張られている矢吹にパスを出し続けるより、キャプテンのヘディングに任せたほうが得点に近いのではないかという気もした。
何より矢吹のスタミナに問題が現れ始めている。
現時点での矢吹には、一試合を走り続けるだけの体力がないのは知っていたが、それにしても早い電池切れだ。
少なくとも、パスの選択肢のひとつとしてキャプテンはありだ。
敵も今のヘディングシュートを見たあとでは、キャプテンにも警戒を向けないわけにいかないだろう。
これでもう少し、矢吹への注意が緩くなれば、また矢吹にもチャンスがあるかもしれない。
「鷹月!」
味方がまた僕にボールをまわしてきた。
僕はそれを受けとると、相手選手が一人迫ってくるのを難なく回避し、前を睨む。
どっちだ?
矢吹も、キャプテンも、しっかり敵に捕まっている。
捕まっていても力勝負で勝てるとしたら、それは──
「キャプテン!」
蹴りあげたボールがゴール前で争う森熊キャプテンと石黒の頭上に飛ぶ。
「うおおお!」
「やらせはせん!」
残り少ないだろう体力を振り絞って跳んだ石黒の頭が、僕のパスを弾き返した。
意地のこもったジャンプだった。
さすがに固い守備だ。
競り合ったのが森熊キャプテンじゃなくて、僕や矢吹だったら吹き飛ばされていただろう。
運よく、ボールはそのまま僕のもとに向けて戻ってきている。
なら、もう一度だ。
視界に、矢吹が走り出すのが映る。
そのまわりにいた黒木と黒部が、すぐにそれを追う。
だが一歩目が早かった。
いけるかもしれない。
それでも、二人に対応されていることを考えれば、確率はキャプテンのほうが上か?
僕のもとにボールが届く瞬間までに、思考する一呼吸の間があった。
(──どっちだ?)
僕自身のまわりに相手選手の姿はなく、正しい判断を下すためにも、僕は冷静に矢吹の動きとキャプテンの体勢を見極めようと目を凝らす。
「孝一!」
僕の名を呼ぶ声。
ベンチから、剛士が叫んだようだ。
剛士にしては、なんだか遠いところにいるな。僕はそんなことをふと考えた。
剛士は、僕の名を呼んだだけに過ぎない。
だけど、それ以上の意図があることを、彼の声を聞きなれた僕の耳はメッセージとして受け止めていた。
彼は言った。
『シュートを撃て』と。
シュート?
そのとき僕は、剛士によってもたらされた第三の選択肢が示唆する、この試合の今までと、この瞬間、そして未来予想とを眺めたことで、はっきりと運命の分岐点を見たと思ったんだ。




