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反撃

 

 1-2。


 まずは反撃の第一歩目に成功した。

 矢吹の絶妙なまでに敵の隙をつく技にくわえて、僕自身である鷹月孝一の正確無比なパスがあって成し得たことと言える。


 矢吹と僕は、サッカー選手としての相性がかなりいい。


 僕のパスに矢吹が飛び込むパターンで、この先いくらでも得点が取れそうな気がする。


 こうなってくると不思議なのは、どうして鷹月孝一が原作であんなに地味な存在だったのかということだ。

 実力を発揮していけばもっと活躍できたはずだと思う。


 だんだんハッキリしてきたことなんだけど、僕ほどに思い通りにパスをコントロールして出せる選手は、これまでのところサッカーゲームの中以外にはお目にかかったことがない。

 原作での鷹月孝一の紹介文は「陽狩の幼い頃からの親友。攻守のバランスを調整しチームに貢献する。パスが正確」というものだ。原作公認のパサーなのである。


 それでもあの存在感の薄さは、あくまで陽狩剛士を立てようとする忠臣のような性格のせいだろうか。

 確かに、孝一本体の願望には、目立ちたいという意欲は薄い。

 ただ、チームに貢献したい。役に立ちたいという気持ちが中心でサッカーをやっている。


 さらに突き詰めれば、鷹月孝一がサッカーをやることの中核には親友との友情のためであると同時に、亡き母から受けたある想いのためという秘められた動機がある。


 自分だけのためじゃないんだ。


 そのあたりは前世の記憶とは真逆だ。

 前世の僕は、ニートになっていたりした反動もあって、世の中や他人に自分を認めさせたいっていう欲求が強かった。


「本気を出したらこんなもんじゃないんだ」


 そんな口癖を繰り返しながら、ついに本気を出す前に終わってしまったのが僕の前世だった。


 だから今世ではちゃんと本気を出す。


 今度ばかりは、後悔のない人生にしたいから。

 もっている力はできる限り発揮する。


 剛士にも、矢吹にも、他の原作キャラにも負けない活躍をしてやるんだ。

 そのことはチームに貢献するという鷹月孝一本体の願いと反発するものじゃない。

 二人の僕の利害は一致しているのである。




 そんなことを考えているうちに、試合再開から相手チームにコーナーキックを取られてしまっている。


 試合中に考え事はよくないね。


 今度は僕らの側のゴール前に敵味方の選手が集まる。

 当然のようにブラックスリーの面々も。


 ピンチだ。


 僕は、森熊キャプテンに駆け寄る。


「キャプテン」

「どうした、鷹月?」


 もしもここで三点目を奪われた場合、それは今までの二得点とは比較にならない精神的ダメージをチームにもたらすだろう。


 一点差に詰め寄ったと思った直後の失点だ。

 逆転できるかもしれないというイメージは吹き飛ぶだろうし、現実的にも不可能に近づく。


「さっきのフリーキックで見たんですが、黒木たち三人は剛士のせいで、かなり足に来ているみたいです」

「それは俺も思った」

「キャプテンならジャンプで勝てます」


 こういうことは言い切ったほうがいい。

 嘘はついていない。


 たぶん、通常なら二十回に一度くらいはジャンプ勝負に勝てるのがキャプテンの跳躍力だろう。

 今はそれが、四回か五回に一度くらいに確率が上がっていると思う。


 絶対に勝てない相手ではないんだ。


「がんばってみるよ」

「キャプテンならジャンプで勝てます」


 大事なことなので二回言っておくことにした。

 本当にこれが、この試合の正念場だから。


「残念だったな! またケルベロス・アタックの餌食にしてやる!」

「鉄壁を誇る俺たちから点を奪ったことは称賛に値するが」

「所詮はこれまでだ!」


 出す前から技の名前を口にするようなやつらには負けたくない。


 コーナーから、僕らの運命を左右する一蹴りが放たれた。


「ケルベロス・アタックの真の恐ろしさを味わうがいい!」

「三人の誰がシュートを打つかわからないのが、この技の醍醐味だからな! そして今回は──」

「誰かなぁ!」


 技の内容を相手に詳しく説明してしまうようなやつらには絶対に負けたくない。


 そして僕らは、彼らの言う真の恐ろしさとやらを知ることはなかった。


「うおおお!」


 森熊キャプテンが、誰にも負けない高さの跳躍を見せて、コーナーから放たれたボールを頭でクリアしたからだ。


「なんだとっ!」

「高さで俺たちが不覚を!」

「とったぁ?」


 驚愕を隠せないブラックスリーたち。

 疲労の蓄積によるハンデがあるとはいえ、高さの勝負でこうも鮮やかなまでに敗北をすることは最近ではなかったに違いない。

 キャプテンと体をぶつけ合って負けた黒部は、特にショックを受けているようだ。


 僕たちに同じ技は二度通用しない!


 それにしても、キャプテンはおだてると調子に乗りやすいタイプの人だとは思っていたが、こうまで効果が出るとは思っていなかった。

 おだててよかった。


 クリアされたボールは、反応よく駆けつけた大上先輩が確保した。

 先輩は当然のように僕にボールをまわしてきた。


 まだまわりに、けっこう相手チームの選手がいるんだけどね。


「そこだ!」


 トラップのタイミングを狙って、石黒の足が伸びてきた。

 ボール奪取には自信があるんだろう。

 確かにいい間合いで詰めてくる。


「おっと」

「な、なにい?」


 剛士ほどではないけど、僕もそれなりのボールキープの技術は持っている。

 誰かのような派手さはない、無駄のないシンプルな足さばきで、僕は無難にボールを足許に収めた。


 ここから反撃(カウンター)といきたいところだ。


 ブラックスリーを含む敵のほとんどが、今はこちらのゴール前に集まっている。

 フィールドの向こう半分にいるのは相手のゴールキーパーだけだ。


「矢吹!」


 僕が叫ぶまでもなく、矢吹は僕にボールが渡った瞬間に駆け出していた。

 矢吹の加速力は尋常ではない。

 僕が少しでも迷っていたら、矢吹はすぐにでもオフサイドポジションまで飛び出してパスを出せなくなってしまうだろう。


 だが答えは出ていた。


 ただ矢吹が走るその先にボールを蹴るだけのことだ。


「届け!」


 僕はボールを蹴る。


 大きく蹴り出したそのキックを、ほとんどの人間が単純なクリアだと思っただろう。

 相手陣内に落ちたボールは、キーパーが安全に処理すると考えたに違いない。


 それが僕の狙いだ。


 キーパーは余裕を持って、自分がゴールを離れて取りに行くべきボールだと判断すると前に走り出した。

 この時、最もボールに近い位置にいるのがキーパーだ。


 そこに予想を遥かに上回る速度で接近する矢吹。

 通常の三倍くらいは出ているんじゃないだろうか。


 キーパーは驚くが、まさか先にボールに矢吹が追い付くとは思わない。

 何故なら、ボールはキーパーに向かって転がってくるのだから。


 しかし、キーパーは知らない。

 僕がボールを転がらないように工夫して蹴っていたことを。


「まさか……? なんだと!」

「わあああ!」


 正面衝突を予感させる勢いでボールに走り込む矢吹とキーパー。


 先にボールに触れたのは矢吹だった。


「やあっ!」


 矢吹はそのままダイレクトでシュートを撃つ。

 思わずエリア外にも関わらず、手を出しそうになったキーパーの上を越えてシュートが飛ぶ。


 僕は走った。


 フィールド内の誰もが、矢吹の放ったシュートは、キーパーを避けようとしたあまりにミスをして、上に吹かしてしまったように思ったのだろう。

 足を止めて上空に逸れていくボールを眺めていた。


 だが僕は走った。

 この後、矢吹のシュートが急激に変化して落ちることを知っているからだ。


 キーパーと対面しながら撃った影響はあるだろう。


 だから矢吹が狙ったよりも少し上にボールが飛ぶかもしれない。

 ゴールのクロスバーに当たって、場内に弾き返される可能性がゼロじゃないんだ。


 だから僕は他の選手たちを追い越して走った。


 やがてゴールの枠を完全に外していると思われていたシュートが、不思議な引力にでも導かれたかのように軌道を変化させはじめた。


「えっ?」


 誰かが呟くのを僕は後ろに聞いた。

 しっかり決まるかを確認するまでは矢吹も、キーパーも追い越して走るつもりだったが、あるものを目にして、僕は足を止めた。


 矢吹の右手が小さくガッツポーズをする動きをしたからだ。


 ──決まった?


 撃った本人が確信したシュートは、そのとおりに常識を越える動きを見せながら、それがあらかじめ決まっていた未来の到来のようにしてゴールに飛び込んでいった。


 同点ゴールが決まった。


 足を止めた僕を、今度は味方の選手たちが追い越して走っていった。

 矢吹の殊勲を讃えるために。


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