主役
普段はダメなやつだけど、本気を出したら最強に強い。
前世の記憶で考えるに、そういう主人公像はたぶん、1980年代くらいをピークに流行ったイメージがある。
能ある鷹は爪を隠す的なやつだ。
ヘタレなダメ超人が友情パワーで逆転ファイターになったり、アルファベット三文字で呼び出せるスケベ男が実は凄腕スナイパーだったり、不良社員が究極の料理でもてなしてみたり、ダメ兄貴が立派な弟の代わりに甲子園に幼馴染みを連れていく夢を叶えてみたりとかそのへんの話。
もちろん、その以前にも以後にも、そのタイプの主人公はいる。
時代劇の主役キャラも、そういうカテゴリーに入れられそうなのがいる気がするし、どこか日本人の琴線に触れるところがあるんじゃないだろうか。
そして我らが矢吹隼も、そういう主人公の系譜を継いでいる。
今、引き締まったヒーロー顔になっている矢吹は、さっきまでと比べて目の形状からして違うものになっているように僕には見えた。
髪質もなんかシャープになってる気がする。
なんだか『僕タク』の主題歌まで聴こえてきそうだ。
剛士が何を言って矢吹の主人公スイッチがオンされたのかはわからない。
ひょっとしたら「クリ◯ンのことかーっ!」的なことなのかもしれない。たぶん違うか。
どうであっても、この先の戦いに希望がもてることだけは確かだ。
試合は、フリーキックからの再開。
相手の危険なスライディングによるファウルでのイエローカードが提示されて、味方ボールでのセットプレイだ。
位置は相手陣内の深いところ、向かって右サイドから。
身長の高い森熊キャプテンをメインに、六年生たちがゴール前に空中戦を挑むために集まる。
いつもならこの位置からのフリーキックでは、ゴールに向かって曲がっていくボールを左利きの剛士が蹴り、誰かがヘディングシュートで合わせるシーンだ。
だが彼はいない。
ここは僕が蹴ることになる。
だから並走しているうちに矢吹には指示を出しておく。
「ヘディングが届きそうで届かないボールを蹴るから、それが落ちていく先、ゴールの向こう側から飛び込んで合わせて」
「うん!」
「向かって左のゴールポストの高さ50㎝から1mあたりに当たるように狙って蹴るから」
「わかった!」
セットされたボールの前に立った僕を残して、矢吹はゴール前で敵味方が乱れる集団のなかに走っていく。
森熊キャプテンが、矢吹の肩に手を置く。
「矢吹、ここは高さの勝負になるから、とりあえずいきなり怪我しないようにしろよ」
「はい!」
味方も、ヘディングの争いになるこのフリーキックでは、矢吹に期待をおいていないようだ。
僕はこの最初のプレイから矢吹を活躍させるつもり満々だ。
これなら敵も味方も裏をかくことができそうでなによりだと、僕は内心で喜んだ。
スッと相手選手の斜め後ろについた矢吹を見て、僕は感心した。
あれだとマークに着かれているように傍目には見えるだろう。
しかし、当のマークに着いているはずの選手からすれば、背の低い矢吹が気配を消して視界の外に立っているので実のところ気づかれていないのだ。
自然と離れたところから見ている僕以外の誰にも注意を払われることなく矢吹は集団に溶け込んでいる。
あんなに堂々とコソコソできる人間が他にいるだろうか。
「キャプテン!」
僕は森熊キャプテンにサインを送る。
サインどおりニアサイドに寄るキャプテンに吊られて、集団は僕がいる側に向けてじわりと動く。
そのなかに居ながらにして、矢吹は誰にも気づかれることなく逆方向に向けて急激に加速した。
同時に僕も動き出す。
キックモーションに入った僕の先にあるボールに集まる視線。
(いくよ──矢吹!)
鷹月孝一の身体はまるで精密機械のように正確に行うべき作業を実行した。
サッカーボールの芯を捉えた一蹴りは、思い描いたままの軌跡を通して飛翔させていく。
競り合いながらもボール目掛けて跳躍する両チームの選手たち。
ボールは、その僅かだが上を撫でていくように飛ぶ。
黒木たちブラックスリーも、森熊キャプテンも、小学生としては高い跳躍力の持ち主だが、このボールには届かない。
選手たちを通り越したボールは、そのままゴールの前を右から左に通りすぎていくように思われた。
しかし、僕がイメージしたままの放物線を通って落下するボールに向かって飛び込む一人の小柄な選手がいた。
もちろん、矢吹隼のことだ。
「わあっ!」
走り込みながら、ボールに向けて伸ばされた足。
やや不格好ながら、右足の太股に当たって弾かれたボールは予測不可能なシュートコースを飛んで、追いすがるキーパーの手をかい潜るようにゴールネットへと飲み込まれた。
瞬間、その場が静まりかえる。
「ヨッシャーーーー!」
監督の雄叫びを合図に、歓喜の輪が広がった。
「矢吹!」
「矢吹っ!」
「矢吹ぃ!」
キャプテンたちチームメイトにもみくちゃにされる矢吹。
まだ、一点目を返しただけなのだが、もう胴上げでも始まりそうな雰囲気がある。
「なんだあいつ?」
「あんなのに点を取られるなんてな」
「運がないぜ」
ブラックスリーはどうやら今の得点を偶然の産物と考えてくれたようだ。
まだ矢吹をそこまで恐れないでくれるのなら助かる限りだ。
僕は先輩たちに囲まれて恥ずかしげな笑顔を浮かべる矢吹を眺めながら、少し感慨深い気持ちに浸った。
矢吹隼。
公式戦初出場。最初のボールタッチが初得点となった。
そしてそのゴールを、この僕がアシストしたのだから。




