五分
「馬鹿め! 何度かかってこようと同じことだ!」
「俺たちに同じ技が通用すると思うなよ」
「無駄、無駄、無駄!」
「ふん、勝負はまだこれからだからな!」
剛士とブラックスリーの対戦。
攻める魔法使いと、守る地獄の番犬。
この構図は変わらない。
後半は、既視感を覚えるような、前半の再現がまた始まるのかという予感で幕を開けた。
だがそれは、とんでもない勘違いだ。
陽狩剛士の華麗なダンスショーが堪能できると期待した者は、その気持ちを裏切られることになった。
前半と後半では、剛士はほとんど別人と言ってよかった。
もう舞踏と例えるにはあまりにも武骨な攻めが展開された。
作戦のとおり、剛士の全身全霊をかけた五分間が始まったのである。
普段の剛士のフェイントが、敵を幻惑させて手玉にとるものだとしたら、今のそれは、まるでコインの裏表を当てさせることを連続してやらせるようなものだった。
相手が着いてこられなくなるまで何度も、右か左かを軸にした二択の勝負を挑み続けるのである。
何度も、である。
しかもそれは時の流れとともに加速するように感じられた。
相対する者は、やがては振り切られる運命だ。
しかし、敵は三人組。
一人を置き去りにしても、他の者が立ち塞がり、一人がバランスを失い倒れても、他の誰かがそれをフォローした。
翻弄することはできている。
だが、三人を突破するには至らない。
「やるな。俺たちをここまで苦しめたのは貴様がはじめてだ!」
「たった一人で、ここまで本気にさせるとはな」
「誉めてやるぜ!」
「その言葉、そのまま返してやる! オレにここまで着いてくる奴らがいるなんてな!」
ブラックスリーの表情にも、他人を食ったような嘲りを浮かべていた余裕は失われている。
本気にならなければ、この三対一の戦いに勝てない。
体力の限界を念頭から外した剛士は、それほどの相手だ。
リミッター解除モードに入った剛士は、アイドルの仮面を脱ぎ捨てたひとりの戦士と言えた。
その戦いぶりは人を惹き付けはするが、魅了させるものではない。
緊張感が漂う、息つく暇もない戦闘は見る者を息苦しくまでさせる。
いつもとは違う、鬼気迫ると言っていいほどの攻めぶりは、彼のファンの女の子たちにも伝わっているらしく、今や彼女たちからは一言の声援もなく、ただ固唾を飲んで見守っている状態にある。
本物の戦士に華やかな応援は必要ではない。
自らの身を顧みず戦う者に捧げられるべきもの。
それは、祈りだ。
彼女たちの想いが届いたのだろうか。
剛士の度重なる揺さぶりに、ついに耐えきれず、黒部と石黒がお互いの足を引っ掻けてしまい、無様にももつれる様にしてフィールドに倒れた。
「ぬおっ」
「しまっ、た……!」
隙を逃さず、剛士は残る黒木に勝負を仕掛ける。
「いくぞ!」
「抜かせるかよ!」
黒木は体制を低く構え、あらゆる動きに対応できるよう間合いを引き気味に構えた。
無理にボールを奪うよりは、しっかり時間を掛けて他の二人が立てなおす間を稼ぐつもりのようだ。
そんな黒木に対して、剛士は強烈な横移動を繰り返す。
置いていかれまいと必死に耐える黒木。
気のせいか早すぎて剛士が三人に見える。
これではまるでマンガの世界だ。
いつの間にか、三対一の構図が逆転してしまったかのようにも見えなくもない。
しかし、超スピードで分身とか、ネタが古すぎやしないだろうか。
いや、古い。古いよ!
そのうち、輪っか型のビームが「パワワワワン」と発射されるレーザー銃に撃たれて体が痺れたり、観賞後に爆破される仕組みのビデオテープが送られてきて「危ない、みんな伏せろ!」とか叫ばないといけなかったりするんじゃないかと不安だ。
あ、ビデオテープはこの時代に、そもそも再生できるデッキがないから平気か。
──分身して見える剛士はスピードで黒木を追い詰めている。
「うおっ! まさか、たったひとりで俺たちのディフェンスを破るのか、お前はぁっ!」
黒木の顔に焦りが見える。
それでも必死に剛士の動きに着いてきている。
「それは違うな」
「な、なんだとっ?」
「オレは、ひとりなんかじゃない」
クールな口調で放たれた剛士の言葉は、分身して三人になっているという意味ではない。
黒木の目が驚きに見開かれた。
突然、剛士の足許にあったはずのボールが消失してしまったように見えたからだ。
ボールは今、僕のもとに接近しつつある。
剛士がヒールキックで、真後ろに蹴ったからだ。
虚を突かれた黒木の意識が、僕のところに届いたボールに向けられたとき、彼はほんの一瞬だが、剛士への集中を途切れさせていた。
一瞬。
剛士にはその時間で足りる。
「孝一!」
黒木と入れ違うように前に飛び出した剛士が僕の名を呼ぶ。
僕はもうボールを蹴ったあとだ。
名など呼ばれなくとも、剛士の意図はよくわかっている。
山なりに蹴り上げたボールは、黒木の頭を越え、全速力の剛士の上を追い越して彼が走る先に落ちる。
剛士が受け取りやすいように、バックスピンの贈り物つきだ。
この試合ではじめて黒い壁を抜けた。
剛士の最高速のドリブルには、今からではブラックスリーは追い付けないだろう。
その先に立ち塞がるのは、ゴールキーパーだけだ。
「陽狩ぃ!」
「いっけぇー!」
「頼む、決めてくれ!」
森熊キャプテンの、六年生たちの声がする。
剛士が対峙するキーパーにフェイントを掛けながらシュートを放つ。
左足で放たれたシュートは右にカーブしながら、横っ飛びで手を伸ばすキーパーのグローブの先を越えていく。
ゴールの右隅に向かって飛ぶボール。
だか無情にも、ボールはゴールポストを叩き、鈍い音をたてながら弾かれた。
歓喜の声は、溜め息にとって変わる。
力なくオフサイドにならないポジションに戻ってくる剛士に、僕は近づく。
「剛士……」
「悪いな孝一。も、一回頼むわ」
「……うん」
僕には、力のないシュートモーションから、剛士の体力に限界が近いのがわかっていた。
元気なら、絶対に決めていた一点だった。
光の国から来た宇宙人ヒーローだったら、とっくに胸のあたりがピカピカしているところだ。
使徒と戦う人造人間ロボだったら、背中のプラグが抜けているところだろう。
ようするに、活動限界が近い。
だけど、疲労の色が濃いのは、ブラックスリーだって同じだ。
得点は決め損ねても、作戦は遂行できている。
チャンスはまだまだこれからあるはずだ。
「いくぞ!」
キーパーが確保して蹴り出されたボールは、すぐさま大上先輩が奪取してくれたので、またこちらの攻撃になった。
「二度とやらせん!」
「さっきのはマグレだからなあ!」
「そうだそうだ!」
心なしか、ブラックスリーの悪者台詞にも切れがない。
しかし、剛士はドリブルだけは未だに切れ切れだ。
休む暇のない守備に疲労困憊するブラックスリーは、連携も乱れて、今度は簡単に剛士の突破を許す。
「ば、馬鹿な!」
反射的にだろう。
ディフェンダーの性が、どんな手段を使っても剛士を止める選択を選ばせた。
「剛士!」
僕は叫んだが、遅い。
タイミングの遅れたスライディングが、背後から剛士を襲った。
剛士ファンの女の子たちから悲痛な叫びが聞こえた。
剛士は回転しながら勢いよく地面に倒れ込む。
一時的に世界から音が失われた気分がした。
僕は駆け寄る。
背後から厳しめにホイッスルが鳴らされるのを聞く。
悪質なファールだから当然だ。
「──剛士?」
「痛ってえなあ──!」
耳にした声色で、そこまで大事に至ってはないことがわかり、僕は安堵した。
剛士は寝たまま、蹴られた箇所を擦っている。
片方のスパイクが脱げて転がってしまっていた。
僕はそれを見て、何故だか、魔法使いの掛けた魔法の時間が終わったことを連想した。
剛士の五分間が終わったのだ。




