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幕間

 

 ハーフタイム。


 つかの間の休息だ。

 控え室があるわけでもなく、選手たちはそれぞれのチームで集まって小休止をする。


 剛士は、スチールのベンチに崩れるように腰を落とした。


 かなりの量の汗をかいている。

 雫となった一滴が頬から顎に流れると、ポトリと落下して地面に吸われていく。


 かなりの量の汗というのが、どのくらいかというと、スポーツものマンガあるあるでいうところの、表紙のキャラ換算にして二十六巻目くらいだ。

 スポーツマンガというものは巻数を経るごとに、表紙絵の汗の量が増えていくものである。

 一般的に、ではあるが。


 前世での経験をもとに法則をたてるなら、巻数と汗の量は正比例する。

 ときおり、突如として汗がさっぱり引いている巻があいだに観られる場合、それはその巻で重要な対戦が終わっていることを示している。


 つまり、長いスポーツ漫画を途中の巻まで購入する場合には、汗なしの表紙の巻を目安にするといい。

 ストーリーが、いいところまで進んでいるはずだ。


 だから、剛士が流している二十六巻目くらいの汗というのは相当な量ということになる。


 無理もない。

 一人で、あの大柄な相手三人と渡り合っていたのだ。

 もともと、そのプレイスタイルゆえに剛士はスタミナを課題にしている。

 特に『魔法使いの舞踏』のような技は、著しい疲労と隣り合わせの諸刃の剣だ。長時間の使用に耐えるものではない。

 だがそれ以上に、今日の対戦は彼一人にかかる負担が重い。


 僕は、声を掛けるのもためらわれて、そっと休ませておいてやることにした。

 残り半分の戦いに、剛士の存在は不可欠だ。


「監督、話があります」


 改まった口調で切り出した森熊キャプテン。

 自然と、チーム全体の注目が集まる。


「どうした?」

「俺たちは勝ちたいんです」

「……そりゃ、まあ、そうだろうな。前々から監督も、そうじゃないかという気はしていたぞ!」


 キャプテンは、コクリと頷く。

 まわりの六年生たちに目配せしていくと、彼らは順々に頷いて返す。


「だったら、お願いがあります。矢吹を後半、試合に出してください!」


 六年生たちには、あらかじめ話がしてあったのだろう。

 だから驚きの反応を見せたのは、他の学年のメンバーと監督だった。


 一番驚いているのは当の矢吹本人だ。

 顔に浮かんだ表情が「なんですと!」という表層意識を隠せずに露出させてしまっている。


 僕も、一瞬は驚いたけれど、キャプテンが願い出るのもそうそう不思議なことでもないと思いなおした。

 矢吹はもう、持てる才能を開花しはじめていて、実力をチーム内で認められつつある。

 特に、すばしっこく動いて、対戦相手の嫌なスペースを使う能力は他のチームメイトには真似のできない領域に達している。

 これは、今日のブラックスリー相手にも有効なんじゃないかと思えるから、矢吹を試合に出せば少なくとも一人は引き付けられるだろうし、剛士の負担も軽くなるんじゃないだろうか。


「や、矢吹か……四年の矢吹を試合に出せと言うんだな、森熊っ!」

「そうです、監督!」

「う、うむ……しかし、開始前のミーティングでも言ったがこの試合は……」


 監督が気にしているのは、この試合が六年生にとっては、このチームで出場する最後の公式戦になるだろうということだ。

 もともとこの試合では、勝ち負けにかかわらず終了時点で六年生の所属メンバーが全員で出場しているように、選手交替のプランが組まれていた。

 そこに予定外に矢吹を試合に出すとなると、最初のプランが狂ってきてしまうのだ。


 メンバー登録はされているので、矢吹の出場資格がないわけではない。


「監督、俺は出られなくてもいい、矢吹を出してください!」


 六年生の一人が叫んだ。


 いいとは言っても、本当は出たいはずなのは疑いようがない。

 これまで何年も、今日のような本番のために練習を続け、ボールを追いかけて汗をかいてきたのだから。

 それでも、チームのためになるなら、あのブラックスリーに一泡ふかせてやれる可能性があるなら自分が犠牲になることも厭わない。

 そんな気持ちなんだろう。


 矢吹自身はというと「マジか」と言いたそうな顔で硬直している。

 確かに矢吹にしてみれば重い話だ。


「いや、俺の代わりに!」

「俺が交代するのもありだぜ」

「ここは俺で!」


 口々に、六年生たちが矢吹に機会を譲ることを申し出る。

 その中には、自分がレギュラーになれないことに悩んで一度はチームを辞めようとした先輩もいた。それでも、サッカーが、このチームの仲間が好きだから続けてきた人だ。


 僕は胸が熱くなるのを覚えた。


 選手というのは文字どおり選ばれた者なんだ。

 だから選ばれなかった者の想いも、その背に乗せて戦う責任がある。


 僕は後半に賭ける気持ちを、自分のなかで強くした。


「監督、キャプテンとしてここは俺が矢吹と交代したいと思います」

「森熊……気持ちはわかるが、勝ちたいならお前の高さを失うわけにはいかんだろう?」

「……それは、そうですが」


「勝ちたい気持ちはわかるが、うちのチームの理念は勝利至上主義にならず、全てのチームメイトがサッカーを楽しむことにある。だから、今日の試合は六年生には全員出てもらいたい。そうしなければ、君たちを預かった者として親御さんたちに申し訳がたたないからなあ。陽狩と鷹月をレギュラーにする件でも、一人一人の保護者さんにちゃんと説明をしたうえで実現できたんだ。今日いきなり矢吹をというのはできないよ」


 今日の矢吹のように、キャプテンが直談判してくれて試合に出られるようになったのは聞いていたけど、保護者への根回しまでしていたなんて、そんなふうに貰ったポジションだったとは知らなかった。

 剛士を見ると、目線で「オレも知らなかった」という返答が返ってきた。


 たぶん、僕らに気を使わせないためにだろう。

 だとしたら監督はバラしちゃってるし。


「しかし……」

「いいか、勝ちたいというなら、君たち六年生の力で勝利を掴むんだ。まだそれが不可能ときま──」


「ちょっといいでしょうか」


 森熊キャプテンと監督の話に割って入ったのは剛士だった。


「なんだ、陽狩」

「矢吹とは、オレが交代します。四年生どうしで。それなら、六年生が全員出場する予定は崩れないでしょう?」


 その場にいた、ほぼ全員がツッコミを入れようとしてワッと声を出しそうになったところを、剛士は、左手を上げて制止した。


 ピタッとみんなが止まるが、そもそもが勝ちたいから色々相談しているときに、剛士が下がってしまってどうやって勝つんだということが、みんなして言いたかったのだ。

 その点、チームの心はひとつになっていた。


 しかし、(てのひら)ひとつの動作だけでチーム全体を黙らせるなんて。

 カリスマか? カリスマなのか?


 剛士は、立ち上がると汗で額に張り付いた前髪をかきあげる。

 汗の雫が弾けて、陽光を反射させキラキラと舞った。

 剛士は、制汗剤のCMとかに出演すればいいんだと思う。


「恥ずかしい話だけど、実は前半でやりすぎたせいで、もうそんなに体力が残ってないんだ。残り半分を、同じペースで戦うのは悪いけど無理だ」


 淡々と事実をさらけ出す剛士に「いや、がんばれよ」と言い出せる人間はこの場にはいない。

 剛士に、あまりにも頼りすぎているという自覚があるからだ。

 おんぶにだっこ状態なのだ。

 なるべくずっと、おんぶしていてもらいたいけど無理なときはやはり無理なのだから。


「だから後半のはじめから五分間をオレに任せてほしい」

「五分?」

「そう、残りの体力をすべてかけて、あの三人にぶつかってやる。最低でも、目一杯振り回してやつらの体力を減らして見せる。あわよくば、一点でも二点でも取り返す。それで、あいつらが消耗したところに、オレと交代で矢吹が出る」


 キャプテンが興奮気味に、自分の左の掌を、右の拳で打つ。


「なるほどな、いくらブラックスリーが鉄壁の守備でも、疲れさせたところに矢吹のスピードなら、ついてこれないだろうな!」


 みんな、カリスマ小学生の作戦に納得という様子だ。

 唯一例外的に、矢吹だけが降ってわいた責任の重さに白目を剥いている気がするけど。

 カリスマは言葉を続けた。


「オレが居なくても、孝一がいれば、矢吹がやつらの隙をついて走り込んだところにパスを送ることはできる。矢吹を活かすのは、孝一の仕事だからな」


 ふっと何人かの注目が僕にきたので、うん、と頷いて見せた。

 それだけで僕への視線はすべて解除された。


 監督が一歩前に踏み出した。


「みんなそれでいいのか?」


 チームメイトは、それぞれ同意の意志を示した。

 誰も反対を言う者はいない。

 矢吹だけは本当は反対したいのだろうけど、この空気のなかで、そんなことが言い出せる矢吹ではない。


「じゃあ、監督としてみんなにこれだけは約束してほしい。監督も、この作戦はいいと思った。少なくとも、一点くらいは取れそうな気がする。うまくしたら、勝っちゃうかもしれない。でもな、例えどんな結果になっても、矢吹を責めるのだけはやめるんだ。矢吹は、これが公式戦デビューになる。もしかすると、みんなの期待に応えきれないかもしれない。矢吹は、いつかは何か大きなことを成し遂げられる選手になると、監督も思っている。でも、それは今日じゃないかもしれない。だから、全体に矢吹を責めないこと。それが約束できるなら、この作戦を認める。みんな、いいな?」


「「「はいっ!」」」


 短くも濃いハーフタイムを終えて、後半が始まる。


 さあ、反撃のはじまりだ!


※作中でコミックの表紙についての傾向を主人公が語る描写がありますが、全てのスポーツマンガに当てはまるわけではございません。あくまで作中の人物の個人的な意見で、入念な調査とデータにもとづくものではありません。

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