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指摘

 

「君の友達、剛士君といったか。今はまだいいかもしれないが、いつまで彼のことを隠れ(みの)に使うつもりだい?」


 慣れ始めている放課後の視聴覚室。

 突如として、思いもよらないことを寮さんが言い出すので、僕は面食らった。


「か、隠れ蓑ですか?」

「そうだよ。そんな風に考えていなかったというところのようだね」


 それはそうだ。

 存在感抜群のイケメンキャラで、目立つことこの上ない剛士の近くにいるせいで、常に、居るはずなのに姿をほぼ消されているわけだけど、自分から進んで隠れているつもりはない。


 トレーディングカードに例えるなら、剛士がキラキラのラメ入りの紙質で、イラストも凝っている超希少レアカードなのだとしたら、僕はいたって平凡なありふれたカードなんだ。

 高確率でダブるやつだ。

 そのうち「また、鷹月孝一出てきたよ、いらねー」とか言われるんだ。


 隠れているというよりは、見たがられていないというべきか。


 でも、サッカーに関することでいうなら、寮さんの言うこともわからなくはない。


 相手の注目も、プレッシャーも、剛士に集中するから、それだけ僕は自由にやらせてもらっている。

 目立つぶんだけ、剛士は危険視されてしまうから、ボールを保持していないときでも警戒をされていることが多い。

 それでも、それに負けないテクニックとスピードで、相手の守備陣を切り裂くように活躍してしまうもんだから、より一層、敵の注意を引き付けてしまう。


 それに比べてみれば、僕は気楽なものだ。


 ボールを受けても、シンプルにパスを散らして攻撃のリズムをつくるのが主体なので、まず目立つことはない。


 まれに剛士への主なボールの供給源が僕であることを見抜いてくるチームがあって、マークにつかれることもあったが、それとて、来ても一人だ。

 二人、三人に囲まれても状況を打開する剛士とは差が大きい。


 つまり、剛士がいることで、彼が矢面に立ってくれているのは否定のしようもない。


「君にとっては、前に剛士君がいることが、あまりにも当たり前になり過ぎている」

「それが、僕のサッカーですから」


 陽狩剛士と鷹月孝一は、光と影だ。


 他の表現でもいい。

 太陽と月。ごはんと味噌汁。PCとOS。名探偵ホームズとワトソン博士。ジェーム◯・T・◯ーク艦長とMr.ス◯ック。ド◯えもんとの◯太。


 とにかく、一緒であるべきものなんだ。

 ことにサッカーにおいては。


「そうなんだ。君たちのサッカーは、お互いの存在を前提にし過ぎている。剛士君にしても、君がいなければ、彼の欲しがっている絶妙で一瞬しかないタイミングでパスを送れる人間はまずいない。まるで、君のパスは、剛士君にパスを出すためだけに磨かれたもののようですらある」


「それは、実際そんな感じですよ」


「サッカーは一人で戦うスポーツではない。連携の良い選手がいることでチームにもたらされる恩恵は大きいものだ。だが、必ず誰かと一緒にいなければならない選手というのは問題がある。例えば極端な場合だと、どちらかが怪我をしただけで、もう一人の選手を試合に使えなくなってしまう」


「僕たちは、一緒にいるべきではないと?」


「そこまでは言っていない。今はまだいい。だが、将来に一人前のサッカー選手を目指すのであれば、二人で合わせて一人前の選手でいるべきではない。お互いが、一人前として役割を果たせるうえで、更なる連携の強化を目指すほうがいい。まあ、剛士君がいないサッカーが君にとって価値のないものだとするなら、話は別なのかもしれないが」


 剛士がいなくても戦える選手を目指す。

 寮さんが正論を言っているのは理解できるが、これはある意味、原作の鷹月孝一の存在理由を揺るがすような話だ。


 ド◯えもんが、の◯太の家を出て、出◯杉くんの家に行くようなもんだ。

 全く別物の話になってしまう。

 だって、出◯杉だぞ。


「ド◯えもん、未来の道具を使って世の中から人種差別をなくせないだろうか?」


 とか言い出すに決まってる。あいつは、そういうやつだ。


「経済格差を是正できないだろうか?」

「性犯罪者の欲望を事前に把握してコントロールできる道具はないのかい?」

「すべての人が、信仰の自由を守られる世界はできないかな?」


 夕方の時間帯で、公共の電波を使って放送するにはテーマが重たすぎるアニメになってしまう。社会派だ。

 でも、こう考えるとあいつはいいやつだな。


 道具を自分の欲望のためにしか使わないの◯太とは、えらい違い……って、出◯杉くんの話はいいんだ。


「今までずっと、剛士と一緒にやってきたんです」

「それは、わかってるさ。だが、これは君たちのためでもある。二人で強くなるのはいい。だが、一人になる準備をしておきなさい。このことについて、私から送れるアドバイスはここまでだ」


 なんだか、寮さんに嫌なフラグを立てられてしまった気がする。


 原作の高校一年生で、僕のサッカー人生が終わるわけではないだろうし、その先にも、僕の生きる道にサッカーがあるなら考えておかなければいけないことなんだろうけど。




 その後、寮さんに、あるイタリア人選手の映像を見せてもらった。


 寮さんの理想に今、最も近いところにいる選手なのだという。


 僕と同じ、ボランチと呼ばれる、守備的MFのポジションの選手で、チームでは攻撃の起点として機能している。


 彼はひとつの試合、90分間のなかで、あいだの60分間は右なら右、左なら左、あるいは中央と、わざと片寄った攻めかたをするようにしているという。


 確かに、そう指摘されて、早送りで映像を見せられたが、前半の15分あたりから後半30分に掛けて、毎試合、片寄った攻めかたになるように彼が仕向けていた。

 普通に見ているぶんには、こんなこと全く気づかないが。


 そうして、後半の残り15分で、それまでとは違う攻めかたをすることで、味方の得点場面を演出している。


「最初の15分。彼は、相手の守備をチェックしているんだ。そこから、最終的に隙を作り出せる穴をみつけるんだな」


 運命の分岐点を、自分の手で造り出しているのだ。


「必ずしも万能ではないがね。試合には不測の事態がつきものだ。時間を掛けてつくった相手の隙が、ちょっとしたことで閉じてしまうパターンもある」


 それでも、参考になる。

 彼はまだ現役の選手だから、なるべくチェックするようにするといいと、寮さんは教えてくれた。


 そして、それがこの数日間の最後のアドバイスだった。




「ありがとうございました」

「いやいや、私のほうこそ、好きでやりたくなった思いつきに付き合ってもらって感謝しているんだ」


 小学校の駐車場。

 寮さんは、スクーターに長い足を伸ばしてまたがる。


 その姿に、僕の心は曇った。

 やはり、おかしいこととは思いながらも、口を出さずにはいられない。


「あのっ」

「なんだい?」

「バイク、お酒を飲んでいるときは乗らないでくださいね!」


 いきなり失礼なことを言っているとは思う。

 でもそれが、六年後の未来では、この人の死因になるかもしれないのだ。


「ん? 私はもともとそんなに飲まない……」


 たったの一度、試合を見ただけで、剛士と僕の関係を見抜いてしまうほど洞察力に優れた寮さんだ。


 僕の、ただ事ではない気配を察したらしい。


「……わかった。気を付けよう」

「お願いします」


 こんなことで、原作の未来が変えられたならいいのだが。


 そうは期待できない以上、何か手を打っていくようにしたい。

 寮さんに出会って、サッカーの考え方を大きく拡げてもらったと思う。

 サッカー選手としての新しい命を吹き込まれたようなものなんだ。


 だから、生命(いのち)の恩は、生命(いのち)で返すべきだと思うんだ。


「私がまいた種子(たね)が、どんな華を咲かせるのか、楽しみにしているよ」

「僕に、できるでしょうか?」

「それは絶対ではないが、君はもう、運命の分岐点を経験しているだろう」


 僕と、寮さんの目線が交差する。

 綺麗な混じりけのない宝石みたいな目をしている。


 この人は、僕に似ているのかもしれない。


 寮さんは、転生者ではないだろう。

 でも、彼の大人の体のなかには、もう一人、純粋で夢を追い続ける子供のような自分がいるのだと思った。


 悪戯好きの子供が笑ったように、僕には見えた。


「君と私が、出会ったことさ」


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