確信
ハーフタイムが終わり、試合が再開された。
小学生同士の試合ではあるけど、4、5、6年生で構成される高学年チームのゲームとあって、しっかりポジションも決まっていて、なかなか『らしい』サッカーになっているな、というのが前世の僕視点から見た感想だ。
転がるボールにただ群がるというのではない。
前世の僕には、そういう原始的なサッカーらしきものを、形式的には参加しながらも遠巻きに眺めていた経験しかない。
今の僕は、ただ試合の行方を見守るだけだ。
相手チームのエースが、また強烈なシュートを放っている。
「うぉおおお! 行くぜぇ! 今、俺の足に全てのパワーを乗せて放つ、超絶弾丸シューーーートォ!」
馬鹿みたいなセリフと同時に打ち出される一撃は、馬鹿にできない威力がある。
小学生の試合なのに、プロの試合でしかお目に掛かれないような弾道のシュートが飛んでいく。
もっとも、精度が低いのが弱点で、もう10本近く撃っているシュートのうちゴール枠に飛んだのはまだ2本だけだ。
だけど2本は、しっかり得点になっている。
現在のゲームスコアは2ー1。
あいつのシュートに正確さがあったら、もっと大差がついていたのは間違いない。
僕を退場させた、あいつ。
濃いモミアゲとツンツンした髪型。
そして、シュートを撃つ前にやたら喋るところ。
まだ、小学生だが、マンガで登場した将来の高校生時代の姿がありありと思い描ける。
あいつの名は、力石玲央。
獅子心の渾名で呼ばれ、味方には慕われ、敵には恐れられ、主人公のライバルチームを率いるキャプテンでエースストライカーとして、作中屈指のシュート力を誇る歩く負傷者発生装置みたいな、そんな危険な奴だ。
ビジュアル的にもインパクトの強いキャラだったし、まず間違いない。
小学生の時から、すでにヤバい奴だったんだな。
何せ前世の記憶が甦ってしまうんだもんな。
当たりどころが悪かったら、どうなっていたことか。
また、力石がシュートを撃つ。
もうチームメイトも怪我が怖くて、シュートコースから逃げてしまっている。
無理もないか。責める気持ちも起きない。
もうほとんど、凶器に近いもんな。あれは。
力石のシュートが決まって、3ー1。
僕のチームは、剛士がマークに合うようになって、いい攻撃の形が作れなくなっている。万事休すといったところ。
マンガでも、あるエピソードで描かれたことがある。
剛士という光が輝くためには、孝一という影の存在が必要不可欠なのだと。
確かに見ていて、剛士がマークについている相手選手から、さっと走り逃れた一瞬のタイミングで「あ、今、パス欲しかったんだな」っていう場面を何度か見ている。
僕が、試合に出ていれば、パスを出せたと思う。
結構、歯痒い。
僕たち二人は、4年生ながらすでにチームの中心選手だ。
だから自惚れでもなく、僕が欠場している状況はチームにとっては大幅な戦力ダウンなんだ。
その後、僕らのチームは、そもそも力石にパスが通らないようにしようという、至極全うな対策を遅ればせながら立てた。
試合は膠着状態になった。
そして、そのまま終了した。
「孝一、悪い。負けた」
肩を落とした剛士が、そう言い放つ。
口調には悔しさが滲み出ている。
落ち込んでいる姿すら、なんだか様になる奴だ。
とりあえず、格好良い。
僕が女子だったら、思わず抱きしめていたかもしれない。
違うから、やらないけど。
「何か、一人に、やられたって感じだったね」
「そうだな、すごい奴がいるんだな。それが、わかっただけでも良かった」
剛士は、チームメイトの輪の中心で笑顔を爆発させている、獅子心を睨む。
世の中は広く、上には上がいる。
なんか、少年マンガっぽい。
「次は負けない。絶対な」
親友が放った言葉は、獅子心には届いていない。
どちらかと言えば、自分自身に向けた決意みたいなものだから、それでいいんだけどね。
剛士は、一見するとチャラい感じの子供に見えてしまいかねないのだが、中身は真面目でストイックなサッカー馬鹿なのだ。
つまり見た目だけじゃなくて、中身まで男前なんだな。
完璧かよ。
ニートな前世の人格が、ついつい卑屈になってしまう一方で、純粋に、親友のことを自慢に思い、尊敬し、誇りにしている自分がいる。
やはり、僕はあの『僕タク』の鷹月孝一なんだ。
たまたま、三人の共通する同姓同名の人物が揃っただけ。そんなわけないだろう。
ここは『僕タク』の世界で、間違いない。
原作というべき(?)、マンガ『僕タク』は、高校サッカーを舞台にしたサッカーマンガだ。
主人公である矢吹隼は、サッカー未経験ながら、もう一人の主人公ともいえるヒロインに才能を見出だされて、サッカー部に入部し、次第に頭角を現していく。
ヒロインというのが、欧州帰りの帰国子女にして、超絶サッカー通という設定の女子高生、菱井麻衣。
レベルの低いと思っていた、高校のサッカー部には当初、興味がなかったのだが、たまたま友人と見かけた他校との練習試合のハーフタイム中に、我慢しきれず声を掛けてしまう。
「この試合、私の言うとおりにすれば、勝てるわ!」
点差もつけられ、面白半分で採用された彼女の案だったが、そこはマンガのことだ。これが全部、当たりで大逆転勝利を納めてしまう。
未経験者である、主人公の矢吹をいきなり試合に出したり、大幅なポジションの入れ換え、相手チームの弱点をあぶり出す大胆な作戦など。
諸葛孔明ばりの奇策を駆使するのだ。
そこから、全国大会へ向けた、戦いが始まる──。
と、そういうストーリーだった。
このままやっていくと、原作どおりの展開になるんだろうか。
前世の記憶で、『僕タク』を知ってる僕が、下手な動きをしたら、展開が変わってしまうんじゃないかという懸念はある。
といっても、知ってる話に沿って生きていくのも、面白くはないか。
まあ、没落予定の悪役令嬢とかではないので、未来を変えないといけないという切実な問題には直面していないな。
せいぜい、地味キャラから脱してみるように頑張ってみるくらいはするか。
生の、菱井麻衣に会えるとしたら、楽しみではある。
たぶん今はまだ欧州で暮らしているはずだから、何年も先のことにはなるだろうけど。