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記憶

 


 ────僕が前世の記憶を取り戻したのは、頭部を襲ったすさまじい衝撃がきっかけだった。



 春の大型連休。

 小学生チームが出場するサッカー大会での出来事だ。

 僕は、相手チームのエースストライカーが放った強烈なシュートを防ごうとして、そのボールをまともに脳天に受けてしまったのだ。


 一瞬、意識が吹っ飛んだ。


 もう真っ白だった。


 と思ったら、意識が戻ってくるうちに、一緒になって前世の記憶まで僕の意識に甦ってきた。

 自分の中に、二つの人格が居て、しばらくはいきなり仲良く分かり会うこともできず、もやもやした感じが続いた。

 珈琲(コーヒー)牛乳(ミルク)を注いだばかりの、混ざり合うまでの様な状態だ。


 実際、同じ人間としては、あまりにも正反対な性格をした人格同士だった。


 フィールド上に大の字になったまま、ボーッとしている僕を診た救護班のおっさんが、脳震盪の疑いありというので、僕はそのまま試合を退場することになった。


 交代で送り出される控え選手の背中を、ベンチにもたれて眺めながら、僕は二つの記憶が次第に溶け合って、ひとつの心になることを感じていた。


 サッカー少年である僕に芽生えた前世の記憶。

 簡単にいうとあまり冴えない前世だった。


 オタクでニート、メタボで童貞の、二十代半ばまでの人生は、まだこれから大人になる過程だった僕の心に、虚しさと、やりきれなさ、敗北感、挫折感など小学生にして知る必要のなかった人生の闇を知らしめた。


 とは言え全て経験してきた過去だ。

 反面教師としては有りだろう。

 今世では、前世のようにならないようしよう。


 そう僕は決意した。



 それはそうと、前世の記憶は僕に25年分の知識を与えてくれたわけではあるが、その中で圧倒的なシェアを誇るのが、マンガとゲームに関する内容だった。


 むしろ、前世の僕の関心はひたすら二次元にへと注力されていて、そうした情報は、三次元で起きたはずの事象よりも圧倒的に鮮明に覚えて残されているのだった。


 記憶が融合した今では、かつて握りしめていたゲームパッドの感触が、指先に触れるボタンの配列と手応えが、色濃く思い出される。


 なんだろ。

 ドット絵の風景が、心の故郷っていうんだろうか。

 そんな感じ。


 その知識のなかにひとつ、引っ掛かることがあった。

 前世の僕は、今世の僕を知っていたみたいなのだ。

 あるマンガの登場人物として。


 それは、日本で最も人気のあるであろう、週刊少年マンガ雑誌に連載され、アニメ化もして社会現象に近いところまでいったサッカーマンガ『僕と女神のタクティクス』に出てきた、主人公のチームメイト、鷹月孝一(たかつきこういち)だ。


 少年マンガ『僕と女神のタクティクス』、略して『僕タク』は、少年マンガでありながら女子人気が高いことでも知られていた。

 イケメン率が高くて、絵も綺麗めの絵柄だったし、アニメ化の時には女子に人気の声優さんが多数、起用されていたからだ。


 普通にマンガとしても楽しんで読める作品だったし、人気があったので、オタクのたしなみとして、前世の僕も一応、一通り読んではいた。

 むしろ、アニメのほうをしっかり見ていた。

 オタクにとっては、予算があって優秀なスタッフが描いている絵が綺麗なアニメを観るのは贅沢で至福の時間なのだ。


 内容も、本格的にサッカーをリアルに描くよりは、やや荒唐無稽とも言える必殺技の応酬を見せたり、登場人物の人間関係や感情面を掘り下げたドラマを展開する内容だったので、サッカーファンというよりは、マンガ好きに受ける作品だった。


 あと、ツンデレのヒロインがわりとお気に入りだったというのもあるな。

 ということは、そのうちあのヒロインと出会うことになるんだろうか。


 それにしても、鷹月孝一って……。




「孝一、大丈夫かー?」


 ハーフタイムになって、チームメイトが声を掛けてきた。

 あのマンガでも、僕の親友とされていたキャラだ。


「ああ、剛士(つよし)。僕は大丈夫だ」


 心配を掛けないように、僕は笑顔で応える。

 ちょっとばかり、前世の記憶が戻ってきただけのことさ、とは言わない。


「試合、出れなくなって、ごめん」

「しょうがないよ。無理すんな。お前の分も、オレが活躍するから、まあ見ておけよ」


 白い歯を見せて、親友は笑う。


 彼の名は、陽狩剛士(ひかりつよし)

 僕本体と前世のマンガの記憶とが、しっかり一致しているが、それにしても凄いネーミングだと思う。


 名のとおり、後光が射しているかのように、剛士にはなんだかキラキラした存在感がある。

 マンガでも、メインキャラの扱いだった。

 主人公が入るチームに元からいた中心選手。華麗なテクニックが売りの攻撃的MFが彼だ。


 典型的なイケメンモテモテキャラで、ファンクラブみたいなのがあったりする描写があったと思う。

 今、こうして小学生でありながらも、すでに眩いばかりのイケメンオーラを放っている。

 末恐ろしい子供だ。


 当の僕はというと、剛士の親友っていうのが主な立ち位置なんだよな。

 つまり光と影みたいなもの。


 マンガでも、主人公チームのレギュラー選手として、ずっと登場していたわけだから、完全なモブとも言えないんだけど、やっぱり剛士とのセットの扱いが多かったと思う。


 イケメンキャラの隣にいる目立たない親友。

 それが僕、マンガ『僕タク』における、鷹月孝一というキャラだ。



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