8話 少女は願う
「シャルルちゃん! 宿舎を使いたいんだけど。どうすればいいかな?」
「私の部屋もお願いしていいかしら?」
僕達はクラトスさんの説明してもらった通り、さっそくシャルルちゃんにお願いに来ていた。
シャルルちゃんは事務作業をしていたが、手を止めて対応してくれた。
「はーいなのです! 夜までには準備しとくのですっ!」
手続きとかあると思ったけど特に無いようだ……。
シャルルちゃんにお礼を言ってから僕とシエルはクランハウスを出た。
「終わっちゃったわね……」
シエルももっと時間が掛かると思っていたのだろう。
拍子抜けしたように「夜までどうしよう……」と続けていた。
僕はクラン加入とパーティーを組んだ事の報告で冒険者ギルドに行こうと思っていた。
その事を話すと、「丁度いいわね。私も一緒にいくわ」とシエルも一緒に報告しに、冒険者ギルドに行く事になった。
冒険者ギルドに着いて総合受付に向かうと、セシリーさんが「あれ? 2人は知り合いだったの?」と驚いていた。
シエルのアドバイザーもセシリーさんで、同じ時期に別々で登録に来ていたから、予想外の組み合わせだったらしい。
驚いているセシリーさんに事情を話すと、この間の丸テーブルまで移動してくれた。
さっそくパーティーを組んだ事と《アイディール》に入団したことを報告したんだけど……。
「…………」
セシリーさんの反応がない。
それどころか顔が強張って固まってしまっていたので、何か大変な事をしでかしてしまったのかと不安になり、セシリーさんに呼びかけてみた。
「セシリーさん? ……どうかしましたか?」
「あっ……。ごめんなさい! 《アイディール》の入団試験は毎回多くの人が受けるの。だけど、合格者すら出ない事が多くて……。私が担当し始めた冒険者さんが、一気に2人も入団したって言うから吃驚しちゃった!」
セシリーさんは強張った表情を緩めて、興奮したように喜んで「おめでとうっ!」と言ってくれた。
僕達はそれに感謝の言葉を返して、ついでに迷宮探索の相談にも乗ってもらった。
パーティーを組んだ事で5階層くらい安全に探索できるかもしれないけど、組んだばかりなので様子を見つつ階層を下げていった方が良いとアドバイスをもらった。
時間も時間なので迷宮探索は明日にして、冒険者ギルドを出た僕とシエルは、それぞれの宿屋に荷物を取りに行くことにした。
別れる前に、ディナーの約束を思い出したので、シエルを誘ったら喜んで頷いてくれた。
荷物を受け取ったら、お互いの宿屋の中間くらいにある広場で待ち合わせしようと話し合ってから、僕は《頑固親父の満腹亭》に向かった。
《頑固親父の満腹亭》に着いた僕は、ヨーゼフさんにも《アイディール》に入ったことを報告することにした。
「《剣聖》のクランか。……良いとこ入ったな坊主。頑張れよ。それと……また飯でも食いに来い」
激励をくれたヨーゼフさんは、照れくさそうに頬を掻きながら付け足してくれた。
「はい。お世話になりました! 絶対、また来ますっ!」
まあ、お昼はヨーゼフさん特製サンド(1つ200ガルド)を買っていこうと思っている。
だからすぐ……というか明日の朝にはまた来るんだけど……。でもこういうノリも大事だと思うんだっ!
《頑固親父の満腹亭》を出た僕は、そのまま待ち合わせ場所の広場に向かった。
僕の方が広場までの距離が短いので、シエルより早くに着けると思っていた。
だけど、シエルの方が早かったようで待たせてしまっていた。
「ごめん。待たせちゃったかな?」
僕は悪いことをしたなと駆け寄り声を掛けた。
「平気よ。私もいま来た所だし」
顔を綻ばせて嬉しそうに語るシエルは、眩しいくらいに可愛い笑顔だった。
ただ、その台詞は僕が言わないといけなかった気がする……。
暫くシエルの笑顔に見惚れていたが、ディナーを食べに行くのに1つ問題があることを思い出した。
「あっ……。 ごめん、シエル。お勧めの酒場ってある? 僕はあまり詳しくなくて……。あっ! 約束したから僕が奢るよ! って言ってもそんなに余裕はないんだけどね……」
僕はオヌールの飲食店をあまり知らなかった。
ヨーゼフさんの所でも良かったのだが、宿屋なので決まった品からしか選べない。
味は申し分ないんだけど、せっかくならシエルの好きな物を食べれる所が良いだろうと思った。
「……覚えてくれてたんだ」
所持金を伝えてる僕の声に被さるように、ぼそっとシエルが何か呟いていた。
聞き返そうと思ったけど、シエルの続く言葉に遮られてしまった。
「ふふ、私もそんな高い所は知らないわよ。良い酒場があるわ!」
シエルは夕日のせいだろうか? その白肌を仄かに赤らめていた。
シエルは《美女の癒し亭》という酒場に案内してくれた。名前に若干の卑猥さを感じるが……決してそういうお店ではない!
店主は恰幅のいいおばさんだったんだけど
「いらっしゃいませー! 適当なお席にどうぞっ!」
店員さんは美人が多かった。
「……アル? 鼻の下伸びてるわよ……」
「そ、そんなことないよっ!」
ジト目で僕を睨んでいるシエルに慌てて否定した。
「……まあ良いわ」
シエルの誤解は解けなかったようで、呆れたように僕を置いて行ってしまった。
後を追うように席についた僕は、入団試験の合格祝いとパーティーの結成祝ということで、今日は盛大に行こうと提案してみた。
シエルは初めは遠慮していたが、メニューを見ながら僕が次々と選んで「これどうかな?」と聞くと「い、いいの?」と目を輝かせていた。
結局、2人でかなりの量の注文をしてしまった。ちなみに、シエルは肉が大好物らしい!
注文を終え、今日の出来事を話し合っているとあることを思い出した。
「そういえば、シエルが倒れた時にミスティさんが魔法を使ってくれたんだけど、無詠唱だったんだ。やっぱり《アイディール》のメンバーは凄いね!」
興奮して熱弁する僕の事を、シエルは何を言っているの? というような眼差しで見ていた。
「……アル? そんなことはないと思うけど……ミスティさんの二つ名を知らないの?」
「え? 二つ名持ちだったの?! あっ! でもそうか無詠唱が使えるくらいだもんね……」
二つ名は冒険者ギルドや国が功績を残した冒険者に送るもので、一般的にはLv6以上の冒険者に送られる。
ちなみにクラトスさんの二つ名は《剣聖》で、『英雄』というのは人々がその功績から、勝手に呼び始めたものだ。
「う、嘘でしょっ!? ……ミスティさんはLv8の凄腕の冒険者。……二つ名は《聖女》。《アイディール》の中でもクラトス様に次ぐ実力の持ち主なのに……なんで知らないのよ……」
「え? ……あの《聖女》様?」
《聖女》の二つ名は僕でも知っていた。
あらゆる負傷、状態異常を治してしまうと謂われている冒険者だ。
殆どの人が知っているだろう……。
「そうよ。最高峰の回復魔法の担い手。もちろん攻撃魔法も半端じゃないらしいけど……」
想像していた《聖女》様とミスティさんに抱いた印象。
両者があまりにもずれていて、思わず心の声を漏らしてしまった。
「――《聖女》様はもっとお淑やかな人だと思ってた……」
途端、シエルの顔が青ざめていき、小刻みに震え始めた。
「アルっ!? それ以上は止めなさいっ! ……ミスティさんに聞かれたら大変なことになるわ。私はまだ死にたくないの……」
シエルは泣きそうになり、恐怖を耐えるように両腕で自身を抱きしめていた。
そんなに怯えてどうしたのかな? と思った僕は、シエルにどういうことか尋ねてみた。
「……本当に何も知らないのね。ミスティさんはもう一つ――《死神》という二つ名を持っているの……」
《死神》という名を聞き、僕の血の気は一気に引いていった……。
《死神》は文字通り、死神の如く死を撒き散らすと謂われている冒険者の二つ名だ。
《聖女》と同様に殆どの人が知っているくらい有名だが、死の象徴として扱われている。
二つ名にはギルドや国の宣伝や、他国への抑止力として、扱われている一面もある。
だから、二つ名を複数賜っている冒険者がいるのは知っていたが、《聖女》と《死神》の二つ名に抱いていたそれぞれの印象から、同一の人物だとは微塵にも思っていなかった。
「……怒らせたら本気でやばいわ。アルの命が……」
「……シエル。ありがとう君は命の恩人だよ……」
脂汗を流しながらもシエルにお礼を言って、余計なことを言わないようにしようと肝に銘じた。
2人でミスティさんに戦慄していたが、暫くすると続々と注文した品が届いた。
僕は気を取り直して、次々に運ばれてくる品を冷めないうちに食べる事にした。
シエルも無我夢中で食べていて、詰め込みすぎて頬がぱんぱんになっていた。
ただ、ハムスターみたいなその姿はとっても愛らしかった。眼福である。
支払いが結構な額になってしまって、シエルが「私も払うわよ?」と言ってくれた。
僕は奢ると言った手前、どうにか断って全額払わせてもらった。
まあ、少しはかっこつけてみたかったのもあったしね!
重くなったお腹を抱えながら、なんとか《アイディール》のクランハウスに帰った。
シャルルちゃんに声を掛けると、すぐに部屋の鍵を渡してくれた。
こんなに適当で平気なのかな……? と疑問が浮かんできたから質問してみた。
どうやら、手続きはシャルルちゃんが全て済ませてくれていたらしい。申し訳なくなり謝ると
「これがシャルルのお仕事なのですっ! だから気にしなくて良いのです!」
と言ってくれた。
本当に優秀すぎる幼女だ……!
部屋はクランハウスを出て右の宿舎の2階で、シエルも僕の隣の部屋にしてくれたらしい。
部屋の中は《頑固親父の満腹亭》と同じような感じで僕好みの雰囲気で、ちゃんとシャワーなんかも備え付けられている。
充分すぎるほど快適な部屋だった。
僕とシエルは食べ過ぎて眠気が限界に近かった。
それでもお互いのステータスと明日の打ち合わせだけはしておいた。
アルフレッド・クラージュ
年齢 15歳
種族 人間
職業 冒険者
称号 無し
Lv1
【アビリティ】
筋力 E
耐久 E
敏捷 D
耐性 F
【スキル】
《剣術》
【魔法】
無し
シエル・プリエール
年齢 15歳
種族 竜人
職業 冒険者
称号 無し
Lv1
【アビリティ】
筋力 C
耐久 E
敏捷 F
耐性 G
【スキル】
《斧術》
【魔法】
無し
◆◇◆◇◆◇
静まり返った薄暗い迷宮の中。
弾んだ音色が響き渡っていた。
迷宮には不釣り合いな音色を奏でているのは、機嫌が良さそうに鼻歌交じりで歩く白髪の少女だった。
「面白い子達だったなー! あの子達は彼の願いを叶えれるかな……?」
独り言を溢しながら歩く少女の足元には、無数の魔石が散らばっていた。
魔石で床が満天の星空の様に煌めき、少女の美貌と相俟って、御伽噺に出てくるような幻想的な光景を創り出していた。
自分にとってなによりも大切な彼の――願いが叶いますように。
そう願いながら少女は迷宮の奥へと消えていく。
あとに残るのは数多の魔石と微かに香る甘い匂い。