7話 《アイディール》の待遇は凄かった!
「はぁ~。少しは落ち着いたか?」
クラトスさんは深い溜息を吐いて、シエルの様子を確認していた。
「はひぃっ! だだだ大丈夫ですっ!!」
シエルは大丈夫と口にしているが、全然そうは見えない。
沸騰しそうなくらい顔が……いや全身が真っ赤だ。
シエルが再び倒れてからも、何度か同じように繰り返し、漸く意識を保っていられるまでになった。
「あははは。全然大丈夫そうに見えないよー?」
真っ赤なシエルを見てミスティさんがからかっているが、当の本人は――
「クラトス様が私の名前を……シエルって……」
僕の隣でそんな呟きをして、まったく気にしてない。というか、聞いていない。
「……もういい。始めるぞ」
クラトスさんは諦めたかのように肩を落として話し始めた。
「お前ら、寝泊まりはどうしているんだ?」
話し始めたクラトスさんに合わせるように、ミスティさんは居住まいを正した。
さっきまで飄々としている人という印象だったのに、一瞬で、誠実そうな人に思えてきた。
纏っているオーラが別人のようで、そのあまりの変わりように、僕も誘われるかのように背筋を伸ばして聞く姿勢を整えた。
「宿屋に泊まっています!」
「わ、わわ私もですっ!」
「そうか。ここの両隣りにある建物はわかるか?」
クランハウスの両隣には、クランハウスが小さく見えてしまう程に大きな建物があった。
「来る時に見かけました! それがどうかしましたか?」
「あれは、うちの宿舎だ。自由に使っていい」
えっ? あれ全部宿舎なの……?
僕も宿舎を用意してくれているクランがあるのは知っていた。
それでも、あんなに大きな宿舎があるクランなんて聞いたことが無い。
僕は驚愕を隠せず、ぽかーんと開いた口が塞がらない。
シエルも驚いているようで、目を大きく見開き、固まってしまっている。相変わらず、真っ赤なシエルだけど。
「使いたければシャルルに頼め」
普通は宿屋に泊まるか、王都に家を持っているか、買うかだ。
当然、王都に家を持っていない僕は、駆け出しで家を買うお金も無い。
だから宿屋に泊っていが、宿代だって毎日泊まればそれなりの金額になる。駆け出しの僕としては物凄く助かる。
「あと、裏の訓練場は利用時間に制限はない。だが深夜は静かに使え」
僕が試験を受けた訓練場だ。ここも驚くほど広かった。
さすが《アイディール》。拠点の規模もとんでもない。
「それと、パーティーには入っているのか?」
「いえ、一昨日冒険者になったばかりなのでまだ探していないです……」
「わ、私もです……」
シエルもまだパーティーを組んでいないのか。まあ、僕と同じで最近冒険者になったって言ってたしね!
「魔物は下層に行くほど強力になる。それに、遭遇頻度も群れの数も上がっていく。いくら個で強くても限界があるからな。早めにパーティーを探した方がいい」
こんな事を言っているが、60階層より下にソロで行っていたりするらしい。噂で聞いただけだけど……。
クラトスさんが特別なのはわかってるけど、何とも言えない気分になってくる。
「てか、お前らで組めばいいんじゃないか?」
「そ、そうですねっ! 僕は是非お願いしたいけど……。シエルはどうかな?」
「うん! 私はアルだったらいいわよっ!」
シエルは嬉しそうに満面の笑みで返してくれた。
シエルの顔の赤みは引いていたけど、今度は僕の顔が赤く染まってしまった。
「決まりだな。追加のメンバーが欲しければシャルルに相談してみるといい」
「シャルちゃんは凄い子なんだよ! 可愛いしっ! 《アイディール》のマスコットだよっ!!」
シャルルちゃんはマスコットなんだね……。
先までの誠実そうな印象は一気に消え失せ、子供のようにはしゃぎながら、ミスティさんはシャルルちゃんの可愛さについて力説してくれた。
話をどんどん逸していくミスティさんを見て、クラトスさんは疲れたように溜息を吐いてた。
今日、何度目かわからない溜息を見て、僕もやらかしているけど疲れてないか心配になる……。
「シャルルはクラン内のことなら大抵は相談に乗ってくれる。それに、わからないことがあれば相応しい人を探してきてくれるから頼りになる」
僕とシエルが揃って、シャルルちゃんは偉いなーと感心していると、ミスティさんが意地悪な顔つきで補足を入れてくれた。
「でも、泣かしちゃ駄目だよ。リュークに殺されちゃうからね?」
「っ! わ、わかりました……」
ルドルフさんの話を思い出して苦笑いが溢れる。
僕の横でシエルが「え、誰? どういうこと……?」と不思議そうにしていたので、クラトスさんが説明してくれた。
「リュークはシャルルの兄だ。冗談抜きで気をつけてくれ。物凄く面倒な事になる……」
クラトスさんからも忠告を頂いてしまった。
リュークさんの事が増々怖くなってきた。会いたくない……。
それからクラトスさんは話を戻して、僕達にマジックバックを1つずつくれた。
マジックバックは下層に出現するとある魔物の魔石を使った魔道具だ。
袋の口が別の空間に繋がっていて、収納した物の重さを感じないだけでなく、袋の何倍もの量を収納できる。
迷宮探索を生業とする冒険者としては、これほど嬉しい魔道具は他にほとんどないという一品だ。
高価な魔道具で最低でも100万ガルドはする。
だから、駆け出しの冒険者の憧れであり、一人前の冒険者の証とも言われている。
こんなにしてもらっていいのかな……? とあまりの高待遇に申し訳なくなってきた。
でも、僕とシエルは有難く貰って、有効活用してその分早く強くなろうと決めた。
それからクラン内での取り決めや、注意事項等を教えてもらい、最後に僕達の歓迎会を開いてくれる事を話してくれた。
開催日は来週だけど、僕とシエルは2人で目を輝かせてそれを聞いていた。
冒険者としてやっていくのに《アイディール》程恵まれている環境はなかなかないだろうし、駆け出しの僕達をこんなにも歓迎してくれる。《アイディール》に入れてよかった。
少しの間、僕は感慨に耽っていた。
すると、クラトスさんが「何か質問はあるか?」と聞いてくれたので、さっきシャルルちゃんに聞いた質問をしてみることにした。
「受験者は全部で何人くらいだったんですか?」
「200人くらいだよー!」
「…………」
ミスティさんが答えてくれたので計算してみる。
100人に1人。僕が受かったのは奇跡かな? と思える程の人数に僕は言葉を失っていると、ミスティさんがにやっとしていらない情報を教えてくれた……。
「ちなみに……寝坊したのはアルフレッド君だけだよーっ!」
ミスティさんの声色で、からかっているだけなのはわかった。それでも、とても心が痛い……。
落ち込んでいる僕を放置して、シエルがいくつかの質問をしていた。そしてそれも尽きると
「頑張れよ」
「またお話しようねーっ!」
クラトスさんとミスティさんは部屋から出ていってしまったので、僕とシエルもシャルルちゃんの所へと一緒に向かうことにした。