6話 結果発表
「……シャルルちゃん。……結果を教えてもらってもいいかな?」
昼食を済ませて、一応結果を聞きに来た。
ただ、結果はわかりきっているので、正直、聞くのが辛い。
「あ! アー君待っていたのです! 合格なのですっ!」
……そうだよね。わかってたよ。
「……そうですか。……また、頑張ります……」
僕は打ちひしがれて帰ろうとしたが、それをシャルルちゃんが止めた。
「どこいくのですー! アー君は合格なのですっ!!」
シャルルちゃんは叫ぶように信じられないことを口にしていた。
「え、嘘……?」
「本当なのですーっ!」
本当に。僕は受かったのか……。絶対に落ちていると思った。
シャルルちゃんの言葉でやっと信じることが出来た僕は、《アイディール》に所属できるという奇跡のような出来事に、嬉しさが込み上げてきて涙を浮かべてしまった。
「泣いちゃだめなのです。よしよしなのですー」
受付の上によじ登ったシャルルちゃんに頭を撫でられ慰められてしまった。
幼女に慰められる。なんとも情けない光景だ……。
「おい坊主。シャルルに撫でられたなんて知れたら……リュークさんにぶっ殺されるぞ……」
諭す様な声で物騒な言葉が聞こえてきた。
「え、誰ですか? リュークさん?」
「俺はルドルフってんだ。アー君だっけか? 俺も《アイディール》のメンバーだ。よろしくな!」
30過ぎくらいのおっさんがいた。
おっさんにアー君と呼ばれるのはちょっと堪える。
「アルフレッドです! こちらこそよろしくお願いします」
ルドルフさんから手が差し伸べられたので握り返して握手した。
「おう、アルフレッドな! でだ、リュークさんってのは《アイディール》の副団長だ。普段はいい人なんだがなー……。妹のシャルルを溺愛し過ぎていてな。今みたいな出来事をを知られたら――間違いなくお前の命はない……」
「…………」
「この間もシャルルを抱っこしようとした奴がいてな。血祭りにあったばっかりだ……」
脂汗が止まらない。僕はとんでもないことをしてしまったようだ。
それにしても幼女がなぜ受付に? と思ったら副団長の妹さんだったのか!
「お兄ちゃんは優しいのですっ!」
僕とルドルフさんの会話を聞いていたシャルルちゃんが、不機嫌そうに頬を膨らませて会話に入ってきた。
「ああ、そうだなリュークさんはいい人だ……」
「あはは……」
引き攣った顔つきでまったく信憑性を感じさせない弁明に、僕は乾いた笑いを溢すことしかできなかった。
「そういえばシャルル。アルフレッドを案内しなくて良いのか?」
「あー! そうだったのです……。合格者は会議室に連れてこいって言われていたのです……! アー君こっちなのです!!」
シャルルちゃんは焦ったように、僕と手を繋ぎ引っ張って行こうとしている。
そういう大事なことは忘れないで欲しい……。
だけど微笑ましいシャルルちゃんの姿に気を取り直して、ルドルフさんに挨拶だけしておこうと思った。
「ルドルフさん。それではまた」
「ああ、またな」
ルドルフさんと別れてから、シャルルちゃんは僕を引き連れて、受付の横にある階段から2階へと向かった。
「そういえば合格者は何人いるの?」
「えっとー……。2人なのです! もう一人は先に来てるのです!」
2人しかいないのか……! 本来の入団試験では1人しか合格者がいないってことになる……。
「2人かー……。何人くらい受けてたの?」
「――いっぱいなのですっ!!」
シャルルちゃん思い出そうとしてくれたが無理だったようだ。
諦めて誤魔化すかのように元気よく言っていた。可愛い限りである。
幼さの残るシャルルちゃんの行動に癒やされていると、「ここなのです!」と扉の前で止まって、ここが会議室だと教えてくれた。
「シャルルは戻るのですっ!」
「うん。シャルルちゃんありがとう!」
「当然なのですっ!」
シャルルちゃんは得意気に答えてから受付へと戻っていった。
微笑ましい気持ちで見送ってから、会議室の中に入ると――見覚えのある人物がいた。
「シエル?」
シエルがいた。
「アル?」
シエルもなんで? といった表情で僕の顔を見ている。
「もう一人の合格者ってシエルだったのかー」
「ええ、そうよ。ということはアルも合格したのね?」
「そうだよ!」
「あれ? そういえば……試験でアルを見かけなかったけど?」
シエルはちゃんと試験を受けたのだろう。まあ、僕が異例なんだけどね……。
不思議そうに聞いてきたので、寝坊したことを思い出して気まずくなる。
「ははは……今日寝坊しちゃって……」
「えぇっ!? それで試験受けれたの?」
「受付は終了しちゃってたんだけどね。クラトスさんが来て、俺が試験官するから受けるか?
って言ってくれたんだ」
「…………」
僕が事情を説明すると、シエルは俯いて黙り込んでしまった。
「……シ、シエル?」
「……ずるい」
シエルがぼそっと何かを呟いた。独り言のようで僕には聞き取れなかった。
「え?」
「ずるいって言ったのっ! クラトス様に試験官してもらえるなんてずるいっ!!」
シエルは責め立てるように声を荒げていた。
「い、いきなりどうしたの……?」
「私はクラトス様のファンなのっ! それよりどうだった?」
シエルは大声を上げて多少はすっきりしたのだろう。普段の雰囲気に戻っていった。
「うん、凄かった。剣速が速すぎて見えなかった。それと、一歩も動かせなかったよ……」
「うんうん。私も闘技大会でクラトス様の戦いを一目見てファンになったわ。圧倒的な強さよねっ!」
シエルはその時の光景を思い出して、何度もうんうんと頷いていた。
ちなみに闘技大会というのは、迷宮の恩恵に感謝を捧げる迷宮祭の催しのひとつだ。
多くの冒険者が名を売るため、力試しに、賞金目当てに、など様々な目的で参加する。
女神フレイ様に感謝を捧げる女神祭というのもあって、こっちには女性限定の闘技大会がある。
僕とシエルがクラトスさんの話で盛り上がっていると
「お喋りはその辺にしろ」
会議室にクラトスさんが入ってきた。
続けて、入ってくる白髪の美少女に目を奪われてしまった。
純白の髪は穢を許さないかのような神聖さを感じさせ、現実離れした端麗な容姿と妖艶な光彩を放つ赤紫色の瞳が畏怖を抱かせる。その容貌から、仮に、少女が女神様だと言われても疑わないだろう。
さらに、少女の白磁のように艶めく白肌と対照的な黒のドレスが、際立ち、少女の美貌を際限なく引き上げていた。
「く、ク、クラトス様ああああ????」
クラトスさんを見たシエルが、叫びながら真っ赤になって”ぷしゅ~”という音を立てて倒れた。
「あははは、面白い子だねー! ね、クラトス?」
白髪の少女は楽しそうに腹を抱えて笑い、目尻に涙を浮かべながらクラトスさんに問いかけていた。
「ミスティ……笑ってないで手伝え」
「えー……。しょうがないなー!」
白髪の少女――ミスティさんがシエルに手をかざすと、純白に煌めく光がシエルを包み込んでいった。
凄く綺麗な魔法だ……。というか今の無詠唱だよねっ?! 魔法を発現する人事態が少ないのに名称すら唱えないなんて。
「あれ、ここは……? ねえ、アル……。私ね、幻覚を見たの。クラトス様がいたの」
ミスティさんの魔法でシエルは目を覚ましたけど、未だに寝ぼけているようだった。
「いや、それは幻覚じゃないよ……」
僕がクラトスさんの方へと視線を向け、その視線をシエルが追った。
途端、また”ぷしゅ~”と音を立てて倒れてしまった。
「…………」
「いい加減にしてくれ……」
「あははは」
僕達は三者三様の反応で、倒れていくシエルを見ていた。