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7つの迷宮がある世界の『英雄』譚  作者: 空兄
1章 少年と少女達の出会い
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5話 入団試験

 僕は街中を全力で走っている。


 冒険者になって2日目は順調に迷宮探索を終えることが出来た。

 僕の冒険者生活は順風満帆だと思っていた。今日までは。


 翌朝、問題が発生した――あろうことか、クランの入団試験があるというのに、僕は寝坊した。

 死に物狂いで走っていると、母さんの呆れた顔が頭に浮かんでくる……。


 僕が入団試験を受けようとしているクランの名前は《アイディール》という。


 憤怒の迷宮の攻略階層を、前人未到の80層以上まで大きく引き上げた冒険者。

 僕が――いや、僕だけじゃない。その功績から、世界中の人々が憧れ、『英雄』と謳う。

 記録上、唯一のLv9到達者。《剣聖》クラトス・ノスタルジア。


 そのクラトスさんが率いるクランこそが、世界最強の探索系クランと謳われている《アイディール》だ!


 《アイディール》は少数精鋭なので入団試験は狭き門だと思う。

 僕みたいなのが入れるのか? という疑問はあるかもしれないが、《アイディール》は見込みさえあれば駆け出しでも入れてくれる事があるらしい。

 だからといって、僕が見込みのある駆け出しかはわからないけど、試してみるのは良いことだと思う!


 それにしても、クラトスさんは僕と同じ15歳でクランを立ち上げた。

 それから僅か3年で、世界最強のクランと呼ばれるまでに育て上げた。

 『英雄』の呼び名は伊達じゃない。


 あらためて『英雄』の凄さを実感しながらも全力で走っていると、漸く《アイディール》のクランハウスが見えてきた。

 冒険者ギルドと同等の大きさを誇る立派な建物だ。


 僕はその事に驚愕したが、感動に浸っている時間はない。自業自得だけど……。

 走る速度を緩めずに中へと入って、そのまま受付へと駆け込んだ。


「はぁはぁはぁ……すいません……。入団試験を受けたいのですが……」


「ようこそなのですー! もう終わっちゃったのです……」


 受付には銀狼のような耳ともふもふの尻尾が可愛らしい幼女がいた。幼女がっ!


 なんで幼女が受付に? という疑問はあった。

 だけど元気よく出迎えてくれた後、申し訳なさそうに告げた幼女の言葉で、その疑問は消え去ってしまった。


「そ、そんな……な、なんとかなりませんか……?」


「そう言われても困るのです……」


 僕の我儘で、幼女をしゅんとさせてしまった。罪悪感が半端じゃない。

 寝坊してしまった自分を、心の中で責めていると救いの手が差し伸ばされた。


「シャルル。受けさせてやれ。試験官がいないなら俺がやる」


 愚かな僕を助けてくれた事に感謝し、お礼を伝えようと声のする方へ視線を向けた。


 え? な、なんでここに?

 幼女――シャルルちゃんは、先程まで落ち込んでいたのが嘘だったかのように、ぱあっと顔に喜色を浮かべていたが、僕は予想外の人物の登場に唖然としてしまった。


「あっ! クラトス様なのです! いいのですー?」


「ああ」


 僕に救いの手を差し伸べてくれたのは黒髪黒眼の青年――僕の憧れ、『英雄』クラトスさんだった。


「へ? げ、幻覚ですか?」


 僕が憧れの人の登場に吃驚してしまい、頬を抓って「ゆ、夢?」と続けていると、それを何言ってんだこいつ? と訴えかけてくる眼差しで見ていたクラトスさんが、深い溜め息を吐いた。


「馬鹿な事を言うな……。それで、どうするんだ?」


 クラトスさんの言葉で平静を失っていた僕は、漸く事態を把握し僅かにだが冷静になることができた。

 特別に受けてもいいと言ってくれているんだ。

 無駄にしちゃいけない! と焦って返事を返した。


「う、受けます! 受けさせて下さいっ!」


「試験官は俺がやる。クラトスだ。お前は?」


「ア、アルフレッドです!!」


「声を抑えろ……。ここの裏に訓練場がある。付いてこい」


 気持ちが高ぶってしまった僕は大声で名乗ってしまった。

 それにクラトスさんが眉根を寄せて『少しは考えろ……』といった眼差しで僕を注意し、僕の返事を待たずに訓練場へと歩き始めてしまった。


「はい、よろしくおねがいしますっ!」


「アー君! 頑張ってなのですーっ!」


 シャルルちゃんの中で僕はアー君になったようだ。

 シャルルちゃんの可愛らしい声援を背に受け、一層とやる気を漲らせた僕はクラトスさんを追いかけた。

 訓練場に着いたクラトスさんは僕と向かい合って試験の開始を告げた。


「さて、これから試験を行う。普段使っている武器はその剣か?」


「はい。これです!」


「それを使え。始めるぞ」


 クラトスさんは剣を構え威圧を放ってきた。

 途轍もないプレッシャーに竦んでしまいそうだった。


 だけど、憧れの『英雄』がくれたチャンスだ。

 このチャンスを不意にしたくない。

 せめて気概だけは負けないようにと、クラトスさんをしっかりと瞳に捉え、僕も剣を構えた。


「……悪くないな。――来い」


 クラトスさんは僕の構えを見て、一瞬だけ満足気に表情を崩していた。

 だが、表情と一緒に緩んでいた威圧が瞬時に元の強さを取り戻した。


 僕は張り詰めた空気に息を呑む。

 それから覚悟を決め、クラトスさんに斬り掛かった。


 え? ……何が起きた?

 斬り掛かったはずの僕の剣は何かに弾かれていた。


「動きを止めるな!」


 認識出来ない剣速で振るわれたクラトスさんの剣に弾かれたのだと、漸く理解できたところで、クラトスさんから叱咤が飛んできた。

 考え込んで動きを止めてしまっていた事に気が付き、文字通り、死に物狂いで何度も、何度も剣を振るった。


 凄い凄い凄い凄い凄い!!! これが《剣聖》! これが《英雄》!!

 縦から、横から、斜めから、緩急をつけ、フェイントを混ぜ、思いつく限りの工夫を施した剣を振るった。

 だが、結果は全て同じだった。


 何度振るおうが、どんな工夫を施そうが、と言わんばかりに弾かれてしまう。

 それどころか、初めの立ち位置からたったの一歩すら動いていない。


 僕の腕は次第に痺れていき、体力も残り僅かで長くは保たないだろう。

 せめて一撃。いや、不動の構えを少しでも崩したいと、余った体力を使い切るように、全力の一振りを放ち――『これで終わりだ』と言われた気がした。

 僕の剣は強く弾かれ、宙を舞っていた。


「終わりにしよう」


 終わった。たったの一歩も動かせずに。これじゃあ合格なんて……。

 一か八かで受けた入団試験だったけど、それでも悔しさが込み上げてきた。


「……はい」


 僕が項垂れていると、クラトスさんが微かに優しさを感じさせる口調で声を掛けてくれた。


「……そう落ち込むな。結果は昼過ぎには出すから昼食でも食べて来い。戻ったらシャルルに声を掛けてくれ」


 去っていくクラトスさんの背に、せめて試験を受けさせてくれた事への感謝を伝えようとお礼を言ってから、僕も訓練場をあとにした。

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