プロローグ
僅かな光しか存在しないため薄暗く、暗闇の中では死――魔物が跋扈している。
迷宮の奥深く、死が蔓延したこの場所に存在するのは強者のみであろう。
そんな場所でたった一人で戦い続ける者――成人にすらなっていないであろう黒髪黒目の少年がいた。
少年は生気を欠き輝きを失ってしまった虚ろな瞳で、世界に絶望してしまったかのように微かな感情すら映さない表情で、亡霊に取り憑かれているかの如く、何かを求め迷宮を彷徨っている。
暗闇より死を彷彿させる魔物が現れ、少年は歩みを止めた。
少年を取り巻く暗闇すら薄れるような漆黒の毛並みの狼が、低い唸り声をあげ、鉄すら貫いてしまうであろう獰猛な牙を剥き出しにし、殺意を滲ませ血走った眼で少年を見据えている。
少年は漆黒の狼に、漆黒の狼は少年に、両者は互いの存在を許さないと主張し合うかのように鋭い殺気を放ち続けている。
息が詰まるほど張り詰められていた空気。
それを打ち破ったのは漆黒の狼だった。
漆黒の狼は獰猛な牙をより一層と剥き出しにし獲物――少年を狩るために飛び出す。
相対する少年は構えてさえおらず、動き出す気配が皆無である。
だが、その身から放たれている殺気は微塵すら衰えていない――否、衰えるどころか次第に鋭さを増していく。
――刹那、暗き迷宮の中ですらその存在を際立たせている漆黒の閃きが交差した。
漆黒の狼はその強靭な肉体を光の粒子へと変えていき、魔石のみを残して姿を消した。
少年が手にしている漆黒の大剣は、この場に存在が許される強者は自分だと主張するかのように振り抜かれている。
漆黒の大剣が始めからそこにあったと錯覚してしまう。
それ程までに少年の剣速は常軌を逸していた。
漆黒の狼も己の身に何が起きたのか理解する事は出来なかったであろう。
突如として少年の脳裏に幼き日の悲惨な光景が浮かぶ。
『――ス! ――は――いっ!』
『――っ! ――ろっ!』
否、浮かんだのではなく意識を向けてしまったのだ。
少年の脳裏では悪夢のような出来事が絶え間なく再生され続けている。
「ノア……俺は……」
漆黒の狼――どんな強敵と対峙しても、自身の死が間違に迫っても、勝利し生存を許されたとしても、微かな揺らぎすら見せない少年の表情が、この名を呼ぶ時だけは酷く歪む。
少年は歪みを正し虚無となった表情で、自身の物か、魔物の物か、判別することが不可能な程血塗れてしまった体躯を引きずり、更に奥へと、何かを求めかのように歩み始める。
「……こ、の程度じゃ足りない……強くならなきゃ……力を……」
少年は戦いを求めて迷宮を彷徨い続ける。
ただ願いの為に――叶える為の力を求めて。
少年は幼き日の悪夢を終わらせるためだけに戦い続けた。