第六話 新しい生活が始まるからと言っても、別段何かが大きく変わったとかそういうのは全くなく、今まで通りのような朝を迎えて
やっと最初の目的地までたどり着きました。えらく長いチュートリアルでお待たせしてすみませんでした。
これから本当の本編に入りますので、どうぞつたない文章を見守ってやってください。
「う~~ん……」
もそりと布団を動かす。朝起きる時には布団の中で何度か寝返りを打つ。その時よく布団を落とすが、今日は落とさなかったみたい。朝布団がはだけていると外気の寒さが直接触れてきて、朝起きるのがつらくなります。寒いです。
もぞもぞもぞもぞ。
もう何度か布団の中で体を動かしてみる。少し毛布がズレるが問題はない。まだ温かい。しかし、頭が左右に動いたことでカーテンの隙間からわずかに差し込む朝日が視界に刺さった。そのまぶしさに瞼に力を込めて、少しづつ目を開く。
カーテン越しの光で朝が来たことを知り、現在時刻を確認するために寝るときに枕元に置いておいた携帯電話へと手を伸ばす。
6:59
ディスプレイに映った数字。起床予定のほんの1分前。
セットした目覚ましが鳴る前に起きたことに、何に対してかわからない勝利感を覚えつつ体を起こす。そしてすぐにアラームが鳴りだした。
「ふわあぁぁぁ………ぁぁぁっっああ」
思った以上にオッサン臭い欠伸が出た。取り敢えずアラーム切らなきゃ。
そう思い、アラームをオフにする。そして未だ隣で寝ているであろう光瑠に目をやる。
よしっ、まだ起きてない。今のうちに着替えをしておこう。
まだ肌寒い中布団から這い出てパジャマを脱ぐ。思いのほかの寒さに体が震えつつもブラジャーをつけて長袖紺のシャツを着て、下には冷え対策の少し厚めのスパッツを穿いて部屋着のジャージを穿く。
これで準備は出来た。後ろを振り返ってみると、光瑠はまだ起きてなかった。戻って来たときにまだ起きてなかったら、時間ギリギリになってちょーっと面倒そうなので、軽く起こしていく。
「光瑠ぅー、朝だよー。さっきからアラーム鳴ってるから。」
「うー-ん…………すぅ」
むぅ、起きない。もうちょっと揺すってみるか。
「光瑠ぅー、もう起きないと時間ギリギリになるよー」
「うーーん…………んーー? んーー……」
起きない光瑠さん。こうなったらアレだね。もうアレしかないね。
というわけで、私は光瑠の体の横側へと回る。あ、先ほどまでは頭のすぐ傍にいましたよ。そして体の横側で助走をつけるように少し離れます。ここまでくれば分かるでしょう。ということで——
「せいっ!!」
勢いをつけて右足を上げ、左足を地面につけたまま右足を真横へと突き出す。
ボスッ!
布団に食い込んだ音が響いた。それでも光瑠の体にも届いたはず。その証拠に光瑠が少し呻いている。
「う……」
「光瑠ぅー、私先に降りとくからー。着替えぐらいはしておいてよー」
そう言い残して私は部屋を出た。
さむっ。
春になったとは言えまだまだ朝は寒い。1階のリビングからは光と音が漏れているので、お母さんあたりが起きているのだろう。私は階段を下りるとそのリビングには行かず、洗面台のある方へと向かった。
◇◇◇◇
毎日の朝食は和食か洋食か決まっている、という人がいるが、我が家の朝食はその都度変わる。今日は洋食だった。焼いた食パンにサラダ。テーブルの中央にはいくつかのジャムとマーガリン。あとはそれぞれコーヒーか紅茶を選んでいる。
え? ベーコンや目玉焼き? 卵を昨日使ったので今朝はないよ。そもそも、私は食パン1枚で足りる上、これ以上に食べていくと余計なお肉がついちゃうので。
しかし、隣を見てみる。先ほどまで積み重なっていた4枚の食パン。今では胃の中に収められている。よくもまあそんなに食べれるよなぁ、と思いつつその本人である光瑠を見る。男女でこんなにも差が出てしまうものなのか。
「いつまでも光瑠を見ていないで、早く食べてしまいなさい。遅れちゃうわよ?」
後ろからかけられたお母さんの言葉に、慌てて視線を手元に戻し、残っていた食パンを口の中に詰め込む。そして少し温くなったコーヒーで流し入れる。
「そんなに慌てて食べて、喉詰まらせるなよ?」
「うっさい。ごちそうさまっ」
薄笑いを含んだ光瑠の注意をスルーしつつ、空になったお皿を流し台へと運ぶ。そしてそのまま洗面台へと向かい、歯磨きと身だしなみチェックをする。申し訳程度の整えをしたら、階段に置いてある鞄をとって居間に顔を出す。
「じゃあお母さん、先に行ってるから」
「はいはーい。二人とも車には気を付けるのよ?」
「いや、小学生じゃあるまいし」
お母さんの返事に対してゆるりと突っ込みを入れる。過保護というわけではなく、純粋な心配からの発言だ。その理由として、お母さんが気を付けないといけない人だからだ。その血を引いているということで、私たちも心配されているという。なんとも困った血筋だよ。
そんなあいさつもそこそこに、玄関へと向かう。その後ろから、私よりも後に居間を出たはずの光瑠が追いついてきた。
「なんでそんなに早く行くかなぁ?」
かけられた声にムッとして答える。
「その言葉そっくりそのまま返してあげるよ。いくらなんでも準備早すぎない?」
そのことに対し、少し目を大きくして踊り多様な顔をする光瑠、いや、文字通り驚いたのだろう。
「え? 準備ってそんなにかかるもんだっけ? こんなもんじゃない?」
靴に手をかけていた光瑠が純粋に訊いてくる。た
たしかに、その理屈はわかる。私だって男だった時は身だしなみなんてほとんど気にしなかった。それでも今はそこそこには整えるようになった。ちゃんと女の子らしくなったと言えばそうなのだろう。だが、今の話はそこではない。
「女の子の準備はいろいろ時間がかかるの。光瑠もそれくらいのことは覚えているでしょ?」
トントンとつま先を地面に当てて靴を整える。そうして玄関のドアノブに手をかける。俺の質問には答えてもらってないんだけど、という光瑠のつぶやきは無視をする。しっかり耳に入って脳まで届いていようとも、無視をする。だって面倒だもん。
「いってきまーすっ」
「あっ! ちょっ! ……ああもう、いってきますっ!!」
そうして私と光瑠は新しい制服に身を包んで高校生活という新しい日常へと足を踏み入れた。
なんて格好つけて言っても近くの高校への入学式なわけで、中学時代の知り合いもそこそこにいるからあまり変わり映えはしないのが現実であったりする。
今日も今日とて、今まで通っていた中学校と同じ方向にある高校へと歩く道すがら、以前自分が着ていたセーラー服を着た女の子たちや、私が着ることのなかった学ランの男の子たちがちらほら見える。かと思えば、いま私たちが来ている高校の制服に身を包んだ人も何人か見かける。
今はまだ人が少ないが、もう少し行った先の小さな商店街近くになれば人がまた増えるだろう。それでも彼女らにはまだ会えないのだけど。
そういえば春休みの間は会うどころか、ほとんど連絡も取り合わなかったから会うのは久しぶりな気がする。とんでもびっくりなことがあったから尚更。元気にしているのだろうか? いや、あの子たちに限って元気じゃないことがないのだろうけど。それでも気に掛けるくらいはしておこう。後々面倒なので。
途中、思い出したように隣を歩く光瑠が言った。
「なんだろう。この道さ、知っていて通ったことある気がすると同時に、初めてでもあるような感じがする。」
その言葉にふと光瑠のほうを見ると、周りを見渡しながら記憶と照らし合わせていた。
「私の友達のことは覚えがある?」
「うーーん……どういった人がいるかぐらいならなんとなく分かる、かな……」
記憶の片隅を探りながらの答えがきた。
なるほど。もともとは同一人物とは言え、今は別人でありその分かれ目に当たる中学時代の記憶は曖昧なのか。だったらあの設定がちゃんとできるかな。
そう考えるなり光瑠のほうに再度顔を向けると、同じことに思い至ったのか光瑠もこちらを見ていた。お互い頷き合い、これからの学校生活での私たちのあり方をしっかりとさせようと思う。
ある日一人だったのが二人に増えました。とか言っても誰も信じないからね。
それから話してもいいことと話さないでおくべきことをいくつか話し合っていると、気が付けば目的地、私たちの新しく通う地元の高校——私立星小鹿学園が見えてきた。
その校門をくぐると、私たちと同じ新入生らしき人たちがある一か所で群がっていた。
「あれはクラス分けの表? それにしては何か違うような気が……」
様子を見て首をかしげる私に光瑠が肩をつついてきた。
「クラス分けはまだで、単に入学式の案内とかをやっているみたいだ」
確かに。今ここでクラス分けの発表をしてもスムーズにはいかないからなのだろう。だから先に受付だけをしてから、その後体育館とかでクラス分けを見るのだろう。
それならば私たちも早めに向かった方がいいかな。
「たぶん入試の時の受験番号を使っての受付だろうね」
光瑠が、本人は実際には受けていなくて使用していない受験票を取り出しながら言った。
わかっていますよーだ。
受験票を取り出しつつ、先に受付に向かった光瑠の後を追いかけた。
その様子を見ていた人影があるのをその時の私は気づいていなかった。
タイトル? たまにはこういったものがあっても構わないでしょう?
次話から新キャラがそこそこに出てきます。どうぞお楽しみにです。