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「少年はゲームが好きだろうか?」

 おじさんは白い紙の束を取り出して、狭いテーブルの上にバサバサと広げている。

「シナリオを書いていかないといけないんだが、登場人物の中に男子小学生のキャラクターがいるんだ。なにせ俺が子供だった頃と時代が全然違うだろう? なので、君の話をちょーっと参考にさせてもらいたいんだな」


 おじさんは束の中からイラスト入りのものを選び出し、僕の前に差し出してきた。

 気の弱そうな表情の眼鏡の男の子のイラストは、大量のメモに囲まれてこちらを見つめている。


「ちょっと気が弱くて、いじめられてるけど親には言えなくて、ネットで憂さ晴らししてるっていうキャラなんだ」

 

 胸が疼いた。


 そんなキャラクターのイメージにピッタリだって言われたら、普通なら気を悪くすると思う。

 だけど僕は怒らなかった。ドキリとした。


「俺が小学生の時にはネットなんか使えなかったからさ。少年達は生まれた時から、携帯もインターネットも『あって当然のもの』だっただろう? だから、感覚が違うと思ってなあ」

 僕に目を向けて、おじさんはニッと笑う。

「少年もインターネットやるか? なんだ、あの、ちっちゃいキャラクター動かしてさ、ネット上での友達作ったりとかしたことはある?」


 答えようと動かした口の中が甘い。チョコレート味の、ボリュームが売りのアイスは半分食べたところで止まっている。食べ過ぎて頭がキンキンしていたから。だけどこの残り、どうしよう。冷凍庫にしまっておいて、おじさんが後で残りを食べる? それはちょっと、気持ち悪い。嫌だ。


「アバターですよね。やったことはあるけど、もうやめました」

「そうか。みんながみんなハマるわけでもないんだな」

 答えながらちょっと悩んで、結局続きを食べ始めた。熱い空気がアイスをどんどん溶かしていって、カップの底には茶色い池が出来ている。

「現実の友達と、ネット上でできた友達に差はあった?」

 ぽたりとアイスがテーブルの上に落ちて、濁った色の小さな円を描く。

「……ないよ、そんなの。違うように思ったこともあったけど、結局は一緒だった」

 


 みんなが遊んでいるという交流サイトに、僕も誘われて参加していた。それぞれの名前をつけて、そっくりにしたキャラクターを作って、放課後はいつもパソコンの前で遊んでいたんだ。

 だけど僕は、それにすぐについていけなくなった。お金を払わないでサイト内の通貨を手に入れる方法も、話題についていくためにやらなくてはいけない無料のゲームも、すべてが次々に移り変わっていく。画面の中で新しく知り合った仲間を紹介され、そのすべてにちょっとずつ付き合っていく。誰かが気まぐれに言い出した楽しそうなものに一日中付き合わされて、ひとつでも取りこぼせばもう仲間はずれ。学校でもいつの間にかサイトの話しかしていない皆の中には混じれなくなっていた。どうやって友情を取り返したらいいのかわからず、右往左往する僕。華麗にスルーしてくるかつての友達。パソコンばっかりしてるってお母さんからは白い目で見られ、宿題も忘れ、目はしょぼしょぼとして、肩も重い。


 疲れた疲れたばっかり言っているおじいちゃんとほとんどかわりのない、へとへとの僕。


 楽しいはずの「遊び」が苦痛になってしまった息苦しい世界。


 考えるだけで目の前が少し暗くなる。


「少年、恋はしてるか?」

「はい?」

 うつむいていた顔をあげると、本当に愉快そうな笑顔のおじさんが目に入った。

「恋だよ。ラブ。好きな女の子、いるだろ?」

「いないよそんなの」

「本当かあ?」

 体のど真ん中の部分から、ゾワゾワっとしたなにかが広がる。熱いような冷たいような、気持ちの悪い感覚だ。こんな風になんでもかんでも口にして子供をからかう大人、僕は好きじゃない。

「もう帰ります」

「なんだよ、照れてるのか? ハハハハ!」

 

 すぐ隣に置いていたプール用のバッグを掴んで立ち上がると、おじさんは目をまあるくして僕を見上げた。


「え、本当に?」

 呑気な声を背中に聞きながら、かかとを踏んだままで急いで廊下へと出る。

「また来て話聞かせてくれよー!」

 そんな声がしたけど、返事はしなかった。



 次の日はプールへ行くフリをして、図書館へ向かった。

 友達に会うのは嫌だった。水の中でも、例のサイトの話ばっかりなんだ。時折みんなで固まって、僕の方をチラチラ見ながらなにかを話している。ヒソヒソと聞こえないように声を交わして、最後に大きな声で笑う。

 先生になにを笑ってるんだって怒られても、すいませーんと悪びれもせずに答える。ニヤニヤしたまんま。


 かつて友達だった連中を見て、僕はお母さんとお祖母ちゃんのことを思い出した。お母さんとお祖母ちゃんはあまり仲が良くない。お祖母ちゃんは、お父さんの方のお母さん。いわゆる「嫁と姑」というやつで、「折り合いが悪い」。だけど年に何回か、二人は強い結束を見せる。叔父さん夫婦が来た時だ。

 お父さんの弟の奥さんである麻衣子叔母さんのことが、二人は好きではないらしい。オブラートに包む必要なんかないか。はっきり言って嫌ってる。麻衣子叔母さんは化粧が濃いし、叔父さんのことを人前でも平気で罵る。大きな声で文句ばっかり言って、タバコをスパスパ吸っては鼻から煙を出し、お酒をガブ飲みする。従兄弟である悠翔君と妃芽ちゃんの態度もお母さんそっくりで、かなり悪い。


 人は、共通の敵がいる時に最も団結するんだよって、お父さんは僕に言った。


 つまり僕は、みんなの「敵」になったってわけだ。敵という言葉は大げさかもしれない。けれど、みんなにとって僕は「なにをしたって構わない」「傷つけても構わない」存在になっている。実害はない。目にも見えない。けれど僕は傷ついている。あちこちから血が噴き出しているような心を抱えて、一人きりで夏休みを過ごしている。そんな僕のおかげで、みんなは友情を深めている。


 最近、そんなことばかり考えているんだ。やめたいのに、やめられない。止まらないネガティブシンキングに勝手にうちのめされて、心の中でそっと泣いている。



「よう、少年。奇遇だな」

 図書館の本棚の間を彷徨っていると、後ろからこんな声が聞こえてギクリとした。

「夏休みに読書とは感心じゃないか!」

「静かにしてください」

「すいませんっ!」

 すぐそばにいた係の人に怒られたのに、謝る声のトーンは落ちない。


 僕は心底、嫌だなあ、と思った。デリカシーのない、頭の悪そうな大人。こういう人はわかったフリをして、人の心にズカズカ踏み込んでくるんだ。踏み込んで散々荒らして、なにも答えない僕を「恩知らず」に位置づける。


「読書感想文の宿題があるなら、お勧めの本があるぞ」

「ありません」

「ははーん、さては涼みに来たんだな? 図書館はいい。夏の子供の最高のオアシスだ。よく効いたクーラーに、静かに休めるスペース、水は飲み放題だし、怒られない。むしろ感心じゃないかと褒められる!」

「静かにしてくださいよ!」

「すいません」

 二度目の謝罪はさすがに声が小さくなっていた。それでも、図書館の中では無駄に響いて、他の来館者達から冷たい視線を送られている。

「こうるさいな、あのオバチャン」

 係の人が去ると、おじさんは調子に乗って僕にこう耳打ちしてきた。

「おじさんが悪いと思います」

「真面目で結構だね」

 

 運が悪いなあ、と思った。



 いや、これはプールをさぼった罰だ。お母さんに嘘をついたから、バチが当たったんだ。

 このおじさんに会いたくないっていうのも、サボった理由の一つだったのに。


 後ろ暗い真似をした僕。

 当然の報いだ。



「おお……」


 しょぼくれてうつむく僕の後頭部付近を、唸り声が通り過ぎる。

 顔をあげると、おじさんが僕の後方、遠いところを見ていた。

 思わず振り返ると、チラリと見えた、真っ白いワンピースの女の人。


「美しい」


 でれでれとしただらしない顔が見ていたのは、琴美さんだった。去年同じクラスだった高橋君のいとこのお姉さん。遊びに行った時に一回だけしか会ってないんだけど、清楚で優しい印象のお姉さんだった。

 ふいに、琴美さんがこちらを振り返る。図書館の貸し出しカウンターの前、手続きが終わったところで目が合う。長いストレートの髪をふんわりと揺らして微笑むと、僕に軽く手を挙げてくれた。


 慌ててぺこりと頭をさげた。 

 僕のこと、覚えててくれたんだ。


「おい!」

 突然、ボカンと頭を叩かれた。あまりの衝撃によろける僕を、おじさんが激しく揺らす。

「少年はあの人と知り合いなのか?」

「ちょっと! お静かにって言ってるでしょうが!」

 

 なぜか僕まで一緒に怒られて、二人セットで図書館から追い出されてしまった。暑い暑いアスファルトの道路の上に出ると、一気に汗が噴出してくる。恨めしい気分で思わず睨んでみたら、予想外に真剣な表情のおじさんがこう僕に告げた。


「少年、話がある」


 やっぱり、罰なんだろう。嘘なんてつくもんじゃないなと後悔しても、もう遅い。

 僕はおじさんに手を引かれて、図書館のすぐ近くにあるファーストフードの店に連れて行かれた。

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