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夢想屋  作者: HERON
9/10

Dream9 青春時代の苦い思い出

今回来店した客は、十数年前、野球の名門高校である倉田高校で、三年の夏に地区大会決勝まで勝ち進んだ実績を持つ、仙一という男。


 今は26歳の会社員であるが、現在でも社会人野球選手として活躍している。

 仙一が高校を卒業して就職した今でも、社会人野球選手として野球を続けているのにはわけがある。


 仙一は、地区大会決勝で苦い経験をした。


 九回裏。得点二対一。ランナー満塁。二アウト。こんな緊迫した場面で八番バッターの仙一に出番が回ってきた。


 バッティングよりも守備に長けている選手だった仙一。あまりバッティングに自信がなかったせいなのか、打てば逆転の可能性があるというプレッシャーのせいなのか、バットも振れず三振に終わってしまう。


 仙一はずっとその出来事を後悔し続けていた。

 あの時の悔しさから、もっともっと練習して、いつかリベンジしたいという一心で野球を続けているのだ。


 リベンジ……そんな夢のような話が叶うはずがないと分かっていた。それでも叶うと信じたい仙一。そんなとき、ここ夢想屋を見つけ「もしかしたら気持ちだけでも……」と思い、夢想屋に足を運んだのである。


「ということは、その九回裏の対戦をもう一度やりたいということで?」


「ええ。ずっとそれだけを考えてきて生きてきたようなものですから」


「分かりました。わざわざお話してくださりありがとうございます。では……」


 仙一は、雨鏡の手によって夢の世界へ……


 仙一が気づいた時、仙一は自軍のベンチに座っていた。その場面は丁度、バッター満塁になったところで、どちらの応援団の気合も120%。物凄い盛り上がりをみせている。


 そして、落合仙一君というアナウンスがかかり、仙一がバッターボックスに入る。


 バッターボックスに立った仙一は、八年前の自分と違い落ち着いていた。むしろ、八年振りの緊張感に胸が高鳴る。


(本当に同じだ。この緊張感は、いつになっても変わらない。相手の闘志が、いや会場全体に闘志を感じる……俺は……凄いところに立っているんだな)


 バッターボックスに立っただけで、額から汗が流れてくる。それだけ熱い闘志が会場全体を包んでいるのだ。


 そして、ピッチャーの一球目。内角ギリギリのストレートでストライクを奪う。


(今のは撃てたボールだ……何を恐れている仙一。俺は何のために今まで野球を続けてきた。そうだ。こういうプレッシャーに打ち勝つためだ。なのになぜ恐れている。恐れる必要など何もない。振れ。振るんだ仙一。振らないとボールは飛ばない。振らないと前へは進めない!)


 仙一は戦っている。プレッシャーという魔物相手に打ち勝つために……


 ピッチャーの二投目。仙一は思い切ってバットを振った。仙一がプレッシャーに打ち勝ったのだ。

 振ったバットはボールを捕らえ、真っ直ぐ空へと吸い込まれてゆく。


 バッターが、ピッチャーが、監督が、チームメイトが、応援団が、観客が……ボールが空へ吸い込まれてゆく瞬間を目撃する。


 ボールにはあらゆる感情がこもった視線が送られる。この瞬間、会場が一つになり、自分達が今、どこにいて何をしているのかというのを再実感させてくれる。まさに、最高の瞬間だ。


 空へ吸い込まれてゆくボール。しかし徐々に勢いがなくなり、空から地へ、ボールが舞い戻る瞬間だ。


 入るか。入らないか。そのぐらいのレベルまでボールは舞っていた。

 そして、地へ舞い戻るボールにセンターが飛びついた。


 会場全体がボールに飛びついたセンターに注目する。ボールを捕っているか、捕っていないか……この違いだけで勝負というものは180度変わる。


 センターがグラブを開いたそこにボールはあった。つまり、アウト……試合終了だ。


 結局、外野フライという結果に終わった仙一。しかし、悔いはない。仙一はバットを振ったのだ。今までの集大成が、バットも振る事が出来ずに三振から、ボールを捕らえての外野フライになったのだ。

 確実に進化している。それは、自分でもひしひしと感じてくる感覚であった。


 そして、現実の世界へと戻る。


「どうでしたか。自分の納得いく結末にはおなれになりましたか?」


「ええ。野球やってて本当に良かったって思えましたよ。振れたんですバット。これって大事なことなんですよね。あの時の俺は勝負すら出来ませんでした。あんな場面で逃げてたんです。でもね、俺、バット振れたんですよ。勝負できたんです。ピッチャーとバッターっていう勝負が! そのときに思ったんです。成長したなって。この感覚って中々味わえないことだと思いませんか?」


 仙一が、子どものような顔で雨鏡に問いかける。その姿はまるで、青春時代を生きる学生のようであった。


「確かにそうですね。私も……あぁ、これは私しか味わえない話なんですが、新しい世界を作れるようになったときなんか成長したって思いますね。これで、お客様に新しい喜びを味わってもらえる。そんなこと一日中考えちゃったりします。でも、そんなことって中々味わえないんですよね。成長したって実感するには、実感するほどの苦労をしないといけない。苦労を乗り越えてこその成長なんですよね」


 雨鏡も真剣に言葉を返す。かなり、仙一の言葉に共感しているようだ。


 二人はそれからも二時間ほど語った。雨鏡が客とここまで長話するのは初めてのことである。


「おっと、長話になってしまいました。そろそろ行きます。では、お代をここに。また何かあったらここに来ます。店の主人はいい人で、仕事も夢を感じれる最高の仕事だ。本当にここにこれてよかった。では……」


 仙一は、笑顔で店を去った。


 仙一はこれからも野球を続けていくのであろう。今日の体験により、野球魂が再充電されたのだから……

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