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夢想屋  作者: HERON
8/10

Dream8 春香の世界

 春香がハッと目を覚ましたその先は、春香が通っている高校だった。しかも自分のクラスの前にいる。


「こ……ここは……って、えぇ!?」


 春香は更に驚いた。さっきまで着ていた私服とは違い、自分の通っている高校の制服を着ているのだ。

 ここまで再現できるのかと、自分の制服をジロジロと見ながら思う。


 すると、遠くから「春香!」という男の声が。

 春香は、声が聞こえた途端に真剣な顔になり、男の方をバッと振り向く。


「よかった。やっと見つかったよ」


 春香の近くに来た途端、男が笑顔で春香にそう言う。


「どうしたのよ冬矢とうや


 春香がワザとらしく言葉を返す。


「いやぁ。ちょっとお願いがあんだ。今日の放課後。屋上に来てくれないか。俺、待ってるからさ」


 さっきまで笑顔だった冬矢が、急に真剣な顔つきになり春香に問いかける。


「う……うん。わかった。放課後だね」


 緊張しているのか、うまく言葉を返せない春香。頬を少し赤らめている。


「おぅ。じゃあ、それだけだから。また放課後な!」


 冬矢はそう言った後、急いで自分の教室へと戻った。


 このとき春香は身にしみるほど感じた。これが雨鏡の作った新たな世界なのかと……


 実は、春香は最近、冬矢との出来事と全く同じ体験をしたことがある。過去の出来事をもう一度自分自身の精神で体験しているのだ。

 つまりこの世界は、過去のリプレイ再生と、夢の世界観を組み合わせた世界。いわゆるパラレルワールド。


 しかし、結末まで同じになるわけではない。あくまで過去の世界に夢の世界観を組み合わせただけなので、過去に戻ったその瞬間から未来の話は、全て予測不能な話。当然、ここで起こった出来事は夢の世界の話なので現実の世界には一切影響はない。


 つまりこの世界では、自分が昔失敗してしまったことや、やりなおしたいことを、疑似体験という形で実現できる世界なのである。

 

 春香は、冬矢との出来事をとても後悔していた。

 

 春香は冬矢に密かに惚れており、屋上に来てくれと言われたときは、心の中でテンションが凄くあがったものだ。しかし、それと同時に恐怖感や緊張感が生まれる。

 このとき春香の精神は恐怖感と緊張感に負けてしまい、屋上に行くことが出来なかったのだ。


 冬矢との出来事をずっと後悔していた春香の決心は既に固まっていた。


 放課後。春香は屋上へと急ぐ。屋上には既に冬矢の姿が。


「ごめん。遅くなった」


 春香が手を合わせて謝る。


「謝るのなんかよせよ春香らしくもない。俺のクラスが終わんの早かっただけだし」


 手を合わせて謝る春香を見た冬矢は、笑顔で軽く春香の頭を軽く小突く。


「痛っ! 何も叩く事ないじゃない。しかもグーで! それでなによ。屋上に呼んだんだから、なんか用があるんでしょ?」


 春香は強がりながらも、内心ドキドキバクバクしながら言葉を発する。


「おぅ。聞いて驚くなよ。そして笑うなよ」


 冬矢は、息を精一杯吸い込み「春香。俺はお前の事が好きだ!!」と叫んだ。

 叫んだ声は、学校中に響いたんじゃないかというくらい大きな叫び声。これには春香も顔が真っ赤っ赤になる。


「ちょっと……そんないきなり……しかも声が大きすぎる……」


「そんくらい俺の気持ちが強いってこと! さぁ、春香姫。答えを!」


 冬矢が片膝をつき、春香の方に右手を差し伸べる。そのポーズは、まるで王子様がお姫様をダンスに誘うあのポーズのようだった。


「そんなのOKに決まってるじゃない。私も冬矢が好きだもん!」


 冬矢が差し出している右手を春香が両手でギュッと握る。


「本当に!? 実は滅茶苦茶怖かったんだ俺。振られたらどうしようって。ありがとう。俺って幸せものだぁ!」


 冬矢が、春香が握っている右手を不意にバッと振りほどき、ギュッと抱擁した。一体、あの右手の意味はなんだったのであろうか……


 しかし、その時異変が起こる。なんと、冬矢の身体がドロドロと液体状に溶け始めたではないか。


 その光景を目にした春香が「キャッ!」と言いながらその場を離れる。

 その後、冬矢の身体だけではなく、自分がいる学校の世界までもがドロドロと溶けてゆく。


「な……なによこれ……どうなってるの……」


 春香が、その光景を見てガチガチと震えだした。想像外の感覚に恐怖しているのだ。

 その時、ドロドロと溶ける世界の先に一つの人影が見えた。


「春香さん! よかった……気は失っていない!」


 雨鏡だ。異変に気づいた雨鏡が、春香の下へやってきたのだ。

 そしてすぐに春香を現実の世界へと戻す。


 現実の世界に戻ってしばらくの間。雨鏡がどれだけ起こしても起きなかった春香であるが、ようやくその目を開けた。


 目を覚ましたことを確認した雨鏡は、今にも泣きそうな顔で「よかった。目を覚ました……大丈夫ですか? 頭がズキズキするとか痛みはありませんか?」と、必死な様子で問いかける。


 問いかけられた春香は、恐怖を噛み殺したような笑顔で「大丈夫。それなりの覚悟をもっていたから」と言う。


「すいません。私のせいでこんなことに……私がもっとちゃんとコントロールできていれば……」


 雨鏡が自分を責める。


「雨鏡さんは何一つ悪くないよ。これも全て私のワガママのせいだもん。雨鏡さんが自分を責める理由なんて一つもない。注意もしてくれたし、心配もしてくれた。それに、今も悲しんでくれてる。ワガママ言ってばかりだったのに、こんなに悲しんでくれてる。私が言いたいのは文句じゃないよ。ありがとうって言葉」


 こんなに心配して悲しんでくれている雨鏡のお陰なのか、さっきまでの恐怖を噛み殺したような笑顔ではなく、純真無垢な笑顔を雨鏡に向ける。


「春香さんの心遣いは嬉しいです。でも……」


「それ以上は言っちゃ駄目です!」


 春香が、何かを言おうとした雨鏡を止め、自分が言葉を発する。


「雨鏡さんのことだから、発想がネガティブな方向に向いて、こんなことがあったからこの世界を封印しますみたいな事を言おうと思ったんでしょう?」


 雨鏡は、図星なのか少し身体がビクッとなる。


「ほらやっぱり。そんなことしちゃ駄目ですよ。確かに今回は失敗しちゃったかもしれないけど。でも、とっても素敵な世界だったよ。とっても楽しい思いをしたし、心も晴れたよ。それに……今日の体験が無かったら一生後悔している出来事をそのままにしていたと思う。私、今日の体験のお陰で、一つ決心することが出来たんです。だから、封印しちゃ駄目です。慣れない間は私が実験台になります。私、どれだけ失敗しても耐えますから。だから、封印しちゃ駄目です」


 春香が一生懸命、雨鏡に自分の思いを投げかける。


「分かりました。それ程までに思ってくれているものを閉じ込めるのはいけないですよね。この世界で何かを感じて、掴んでくれる人がいる。それってとっても素敵なことですもんね」


 雨鏡に、春香が投げた思いが届いた瞬間である。


 雨鏡の言葉を聞いた春香はニッコリと笑みを浮かべる。


「そうです。その意気ですよ! あっ! そろそろ帰らないと親に怒られてしまうので家へ帰らさせていただきますね」


「もう、動いて大丈夫なのですか? まだしんどいのなら家へ電話を入れておきますが……」


 家へ帰ろうとする春香を気遣い、雨鏡が声をかける。


「もう大丈夫です。多分、雨鏡さんが心配してくれたからですかね」


 春香が雨鏡にニッコリと微笑みながらそう言い、家へと帰っていった。


 そして次の日。バイトに来た春香が慌てながら雨鏡に話しかける。


「雨鏡さん! 夢と話が違うじゃないですかぁ!」


 なんと、春香は次の日の学校で、勇気を出して冬矢に屋上の件について謝ったのだ。


 すると、屋上の件に関するある事実が分かった。


 実は、冬矢が春香に屋上の件についてのお願いをした日は、テスト一週間前の日だったのだ。

 更に、春香は学年でも常にトップ5に入るほど頭が良く、冬矢とも仲がよかった。


 なので冬矢は、頭が良く、親しい春香に勉強を教えてもらおうと思い、春香を屋上に呼んだ。

 これも、ただ単にみんなの前で勉強を教えて欲しいというのが恥ずかしかっただけで、どこか二人きりになれる場所はないかと考えたのが屋上だったのだ。


 それだけの話を、春香は勝手な妄想で話を膨らましていき、結果。屋上には行かなかった。つまり自滅したのだ。


 それからというもの、冬矢は、春香が屋上に来なかったのは、春香に嫌われているんじゃないかと思い、話しづらくなり、春香は、屋上に行かなかった罪悪感と、何を話したらいいか分からない乙女心により話しづらくなる。


 本当はどっちも気まずさが残り、このまま終わりのはずだったのだが、雨鏡のパラレルワールド体験により、春香に屋上の件を謝る決心がつき、事実を知ることができたのである。


 この話を必死に語る春香を見て、雨鏡は思わず笑いがこみ上げてしまった。


「何が可笑しいんですか!」


 当然、春香が笑っている雨鏡にツッコむ。


「すいません。いやぁ、夢ですので現実と同じ結果になるとは限らないんですよね。言い忘れてましたっけ?」


「それは聞いてましたけど……まさか、ここまで違うとは思わないじゃないですか! あ〜あ、私の恋も終わりなんですかねぇ」


 春香がため息をつきながらそう言う。


「いや、それは違いますよ。事実が分かった後、何か展開がありませんでしたか?」


「そうそう! また次のテストのとき勉強教えてって言われました!」


「ほら。新たな道が開けました。まだ終わってなんかないですよ」


 夢とは所詮夢。現実の世界で夢の世界と同じことが起きるとは限らない。

 でも、それがきっかけで勉強を教える・教えられる関係になった。


 パラレルワールドに行かないままだと、この関係も作られることはなかっただろう。

 どんな出来事でも、逃げていては道は開けない。どんな形であろうと何かしらの行動を起こせば先の道は見えてくるのだ。


「そっかぁ。そういう考え方もあるんですね。また雨鏡さんに励まされちゃったなぁ。本当にありがとうございます」


 春香が笑顔で雨鏡にお辞儀をする。


「いえいえ。それより気になったんですが、春香さんの話だと、テスト一週間前にバイトしてたってことですよね。自分で言うのもおかしな話ですが、別にこの店は、特にする仕事もないんですし、テスト休暇とっても全然いいんですよ」


「大丈夫ですよ。ちゃんと店の仕事終わった後に、雨鏡さんに見つからないように勉強してますから! 頭の良さを保つには努力あるのみなのです」


 春香は、エッヘン! といった態度でそう言った。


「それって自慢にならないでしょ! まぁ、暇だからいいんですけどね」


 そんな春香の爆弾発言も、雨鏡は笑って受け止める。


「やっぱり自慢になりませんよね……? よ〜し、今日はサボってテスト勉強してた分、頑張って働きますよぉ。何でも命令しちゃってくださいね!」


 春香はいつにもましてやる気満々なようだ。顔が活き活きとしている。


「特に……ありません……」


 やる気満々の春香を見てなのか、雨鏡が遠慮がちにそう言葉を返す。


「やっぱりそうですか……じゃあ、いつも通り掃除してきます!」


 春香は勢い良く部屋を飛び出し掃除を始めたのであった。


 悩みが取り除かれた春香の顔は、とても輝いていて生気に満ち溢れている。


 この顔こそが、どんな言葉を並べても太刀打ちできない幸せの証なのであろう。

 雨鏡が新たに作ったパラレルワールドという世界は、少なくとも春香という人間を少し幸せにしたのだ。


 人を不幸にするのは案外簡単なもの。逆に幸せにするのは難しいもの。

 だからこそ、少しでも幸せになったときはとても嬉しい。そんな体験をしたから春香は必死で雨鏡がパラレルワールドを封印しようとしたのを止めたのであろう。だからこそ、春香の思いは雨鏡に届いたのだろう……


 ちなみにこのパラレルワールドは、春香の協力により完全にコントロールすることが出来るようになった。すなわち、雨鏡に新たな世界が増えたのであった。

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