Dream6 経済的事件
「いらっしゃい……えっ? 違うのですか」
夢想屋に入ってきた高校生くらいの女性。お客様が来たと思った雨鏡であるが、どうやら違う理由で店に訪れたらしい。
「とりあえず上がってください。立ち話も疲れるでしょう?」
雨鏡は、女性を部屋に上げる。女性も「ありがとうございます」と元気よく言い、部屋に上がる。
「では、仕切りなおして。何の御用でしょうか?」
「このお店でアルバイトをしたくて来ました」
なんと女性は、夢想屋でアルバイトをしたくて店に訪れたのだ。
しかし、雨鏡は困る。アルバイトをしたいなんて言ってこられるとは正直思わなかった。別にアルバイトを雇うのが嫌なわけではない。経済面での問題なのだ。夢想屋の売り上げを考えると、雨鏡一人の生活でギリギリ。とてもアルバイトを雇う金は無い。
「駄目……ですか?」
雨鏡の焦った表情を見た女性が、そう質問する。
「いえ。決して駄目なわけではないんです。申し上げにくいのですが、経済面の問題で……」
雨鏡は、「アッ……アハハ……」と苦笑いで誤魔化そうとした。
「それって、アルバイト代を払えないってことですか?」
「ぶっちゃけると……そうなりますかね……」
流石にアルバイト代が払えないとなると女性も帰るだろうと思い、色々な面で残念そうにしていると、女性が急に元気よく立ち上がった。
「ということは、アルバイト代をもらわなければ働いていいってことですよね!?」
嬉しそうにそう言う女性に対し、雨鏡は唖然とした。
普通、アルバイトとはお金を稼ぎにいくものである。それを、お金を貰わないで働こうというのだ。正にタダ働きである。
これには雨鏡も疑問を持った。そこまでして夢想屋で働きたいという動機やメリットが思いつかないのだ。なので、思い切ってアルバイトをしたい理由を聞いてみた。
「夢って素敵だけど儚いものだと思うんです。夢想屋さんで行われていることは確かに疑似体験です。でも夢想屋さんでは、そんな儚い夢を疑似体験の間だけでも咲かせてくれる。それってお金では計ることができないほど素敵なことだと思うんです。だから、働きたくなりました」
この言葉に雨鏡は感激を覚えた。しかし、それと同時に疑問も覚えた。
表の看板を読んだだけでは、そこまで詳しい内容はわからないはずなのだ。
雨鏡は、この疑問は流すべきではないと考え、なんで店の内容をそこまで知っているのか尋ねた。
「えっ。あぁ。そういえば言ってませんでしたっけ。私、前に一度、夢想屋さんでお世話なった夏樹の姉の春香です!」
なんと、アルバイトをしにきた女性の正体は、元気一杯で純粋。そして、夢の世界でヌイグルミと遊んだ、あの夏樹ちゃんの姉だったのだ。
春香は、夏樹から夢想屋に関する色々な感想を聞いたのだという。その感想を話しているときの夏樹は本当に楽しそうで、夏樹の感想を聞いているうちに、段々と春香も共感していき、アルバイトをしようと決意したのだという。
雨鏡の疑問は一気に納得に変わった。そして、夏樹が今でも自分の事を覚えてくれていると思うと、嬉しくて仕方が無かった。
「そうなんですか。まさか、夏樹ちゃんのお姉様とは……こんな偶然もあるものなんですね。しかし、いくら夏樹ちゃんのお姉様だからといって、アルバイトの条件はOKできるものではありません。流石に、タダ働きでアルバイトに来てくれと言うのは気が重いですからね……ですので、明日、もう一度この店に来てください。色々と考えようと思いますので」
これには春香も納得して帰る。
雨鏡は、色々な作業に取り掛かった。
そして次の日。春香が夢想屋に足を運んだ。
「すいませ〜ん! 春香です」
春香が雨鏡を呼ぶ。
「昨日の部屋で待っていてください。すぐに向かいますので!」
雨鏡が、春香にそう指示する。
緊張した顔つきで雨鏡を待つ春香。すると雨鏡が、何かを持ちながら春香の前に現れた。
「おはようございます春香さん。いきなりですけどこれ、名刺と名札です。やっぱりアルバイトの雰囲気をだすためにいるんじゃないかと思いまして、昨日作りました」
雨鏡は、春香が帰ったあの後から、ずっと名刺と名札を作っていた。そして、きっちりと時給のやり繰りも経済面と会話して決めたようで、時給400円。残業手当無しと、厳しい条件になってしまった。これが現在の夢想屋ではギリギリの時給なのだ……
「ありがとうございます! 一生懸命働かせていただきます!」
アルバイトの採用が決定し、時給まで貰えるということでテンションがMAXだった春香。
しかし、雨鏡の表情を見て、春香のテンションが元に戻る。
「雨鏡さん、なんだか顔色が優れませんね。もしかして、この名刺と名札……」
「気にしないで下さい。徹夜で作って寝不足なだけなんで。なんせ、作ったことが無かったもんで時間がかかったんです。でも、喜んでいただけたようで何よりですよ。こちらこそよろしくお願いしますね」
このとき春香は、夏樹の言うとおりいい人なんだと思い安心した。
こうして、夢想屋に始めてのアルバイトが入ってきたのであった。