Dream3 道
「いらっしゃいませ。どうぞこちらに」
男が、来店した客に挨拶する。
夢想屋にやってきた客は、小学校中学年くらいの女の子と、その母親の二人。女の子が偶然看板に目を通したところ、興味津々になったらしい。
そして男が母親に夢想屋についての説明をした後、男が女の子に優しく声をかける。
「ねぇ夏樹ちゃん。夏樹ちゃんがいつも楽しく考えてることを話してくれないかな?」
男も、流石に小学生の夏樹に、頭の中で体験したい世界を想像させるのは無理だと思ったので、会話をすることによってあらわれる想像力を引き出そうと考えたのだ。
しかし夏樹は、男の問いかけにとても驚いているようである。
「えっ。なんで私の名前が分かったの!? もしかして超能力!?」
「夏樹ちゃんのお母さんに聞いたんだ。超能力でもなんでもないよ」
男は、アハハと笑いながら夏樹に言葉を返した。
夏樹は、男の普通の返答に少々がっかりしているようである。
「な〜んだ。でも、ずる〜い。人の名前を知ったら自分の名前も教えないと駄目なんだよ。先生言ってたもん」
夏樹は、ムスッと口を膨らませてそう言った。母親は「そんな失礼な口聞いちゃいけません」と夏樹を叱った。
「まぁまぁ。夏樹ちゃんの言うことのほうが正しいですよ。私の名前は雨鏡といいます」
雨鏡が丁寧にそう答えると、夏樹は「オッケー!」と、笑顔で言った。
「じゃあ、夏樹ちゃんがいつも楽しく考えてることを私に話してもらえますか?」
すかさず、雨鏡が話を本題に戻す。
「うん! 雨鏡さんとはもう知り合いだもん!」
夏樹は楽しそうな顔で雨鏡に話した。夏樹の話はとても純粋で、ストレートに夢のある話。子どもらしい話に雨鏡も楽しそうに夏樹の話を聞いた。
「とっても楽しい話でした。これは私も作りがいがありますねぇ。では失礼」
雨鏡は、母親と夏樹の額を触り、いつも通り、呪文のような言葉を唱え始めると、二人の意識が遠くなり、意識を失った。
「起きてください。着きましたよ」
「う〜ん……」
雨鏡に起こされた二人が眠たそうに起き上がる。母親は、起き上がった途端に目が覚めたように驚いたのだが、夏樹はもっと凄かった。
「凄い! 凄いよ雨鏡さん! どんなマジック使ったの!?」
夏樹が驚くのも無理はない。さっきまで店の中にいたのに、今はまったく違う世界にいるのだ。
その世界は、周りが花畑に包まれており、ウサギの人形やらクマの人形やらがそこら中に散らばっているのが見える。
「それは企業秘密ですよ。それよりも、せっかく来たんですから遊んできたらどうですか? でも、遠くに行ってはいけませんよ。迷子になっちゃいますからね」
「うん! 遊んでくる!」
夏樹は、さっき雨鏡に遠くに行っちゃ駄目だと言われたのに、遠くのほうへと走り去っていった。
「あっ、待ちなさい夏樹!」
母親が走り去っていった夏樹を追いかける。雨鏡も母親の後ろを追った。
二人が夏樹を追っている途中、急に夏樹がピタッと止まった。
夏樹がピタッと止まったので追いつくことが出来た二人は、夏樹に駆け寄る。
「夏樹! 遠くに言っちゃ駄目って雨鏡さんに言われたでしょ」
母親が夏樹を叱る。
「まぁまぁ。夏樹ちゃんも悪気があって遠くに行ったわけじゃないと思いますよ。ちゃんと道が二手に分かれているところで立ち止まったことですし……これ以上進んだらいけないって思ったから立ち止まったんだと思いますよ」
夏樹を叱る母親を、雨鏡がなだめる。
「うん。これ以上進んだら迷惑になると思ったの……でも、遠くに行っちゃ駄目って言われたのに、行くのはいけないよね。ごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎちゃった」
夏樹も反省しているようで真剣な表情で母親と雨鏡に謝った。
母親も雨鏡も、夏樹がちゃんと反省していると心で感じたようで、ニッコリと微笑んで夏樹を許した。
「とにかく、どっちの道を行くかですよね。時間はいくらでもあるわけですし、ゆっくりと一つずつ回っていきましょうか」
雨鏡の提案に母親は納得した。しかし、夏樹が納得した表情を見せない。何か不満があるみたいだ。
「なんだかこっちの道がいい気がするの。うん。こっちがいい」
夏樹が行きたい道を指差す。この夏樹の行動に、二人は驚きを隠せなかった。
夏樹が指差した方向は、花畑の間に広がる道ではなく、花畑の中を歩こうというのだ。
「危ないわ。駄目よ夏樹!」
「そうですよ。危ないです。それに花畑なんだから、回っていけばいずれ夏樹ちゃんの行きたい方向の先にも着けます。だからゆっくりと回っていきましょうよ」
二人は、夏樹の提案を危ないと否定する。確かにそうだ。同じ花畑なんだから回り道をすればいずれ花畑を歩いていった先に着くはずなのだ。しかし、夏樹は納得しようとはしない。
「こっちの道がいいの!」
夏樹はそう言うと、花を踏まないようにゆっくりと花畑の中を進んでいった。
「夏樹! 待ちなさい!」
二人も、夏樹の後を花を踏まないようにゆっくりと追いかける。
そのままゆっくりと花畑の中を進んでいくと、花畑の中を通り抜け、道にでた。
「夏樹! あなたって子は……」
花畑を抜けた先にあった光景に、夏樹を叱ろうとした母親も言葉を失った。当然。先に花畑を抜けた夏樹も言葉を失っている。そして、この世界を作った張本人の雨鏡でさえも……
花畑を抜けた先では、たくさんの人形達が歩き回って、喋って、楽しそうにしているのだ。これこそ正に夢の世界である。
しばらくして、夏樹が「ほらね!」と言ってニッコリと二人に微笑むと、人形達の輪の中に入っていった。夏樹は人形が大好きで、立ち止まっていられなかったのだ。
「あっ、夏樹! 勝手に……」
「まぁまぁ。いいじゃないですか。見てください。あの夏樹ちゃんの楽しそうな顔。もし、あの人形達が夏樹ちゃんに危害を加えたりしたら、私が無理やりにでも元の世界に戻しますから。少しの間。人形達と遊ばせてあげましょうよ」
勝手に行くのを止めようとした母親を雨鏡が止めた。
母親も納得し、二人で人形達と遊ぶ夏樹を見ていた。
最初は心配そうに見ていた母親だが、楽しそうな笑顔で人形達と遊ぶ夏樹を見て、次第に母親自身の顔も緩み、微笑ましく眺めていた。
そして、夏樹が人形達と遊び終わり、体験が終了。元の世界へと戻った。
「お疲れ様です。夏樹ちゃん。楽しいひと時を過ごせましたか?」
「うん! 花畑も綺麗だった! 人形達と遊んだのもとってもとっても楽しかった! ねぇ。雨鏡さん。また来てもいいかな?」
「ええ。いつでも来ていいですよ。また楽しい世界を見せてくださいね」
雨鏡は、ニッコリと夏樹に微笑みそう言った。夏樹もニッコリと微笑み「うん! 絶対に来るからね!」と返す。
「雨鏡さん。ありがとうございました。お代はここに置いときますね」
母親と夏樹が雨鏡に微笑みながらお礼を言うと、店を去っていった。
「子どもの勘というのは凄いなぁ。あそこで回っていればあの場所にたどり着かなかったかもしれない。質問に書いていない答えを当てるようなものですか……それにしても子どもが欲しくなったなぁ。今となっては夏樹ちゃんのような純情な心なんて私にはないもんなぁ。あっ、その前に彼女もいないんだ私……」
雨鏡は、自分に彼女がいないことを再確認すると、ガックリした。
「はぁ……ハム。私はどうすればいいのでしょうか……?」
ついにはハムに悩みを相談した。相当ショックだったらしい。
相談されたハムは、こんな状態の雨鏡を見て「今、どうすることもできない悩みを気にする前に飯をくれ」と思いながら雨鏡を見ていた。