Dream2 夢の世界
「起きてください。着きましたよ」
「う……う〜ん……えっ。すごい! なにこれ!」
男に起こされた女性が見た光景は、さっきまでのテーブルと椅子しかない部屋とは違い、地面は数々の植物が生えており、周りに木が並ぶ森林であった。
この光景に女性は辺りをキョロキョロ見渡しながら「すご〜い」とはしゃいでいる。
そんな女性の姿を見た男は、自信気に「驚くのはまだ早いですよ」と声をかけ「あぁぁ!」と大声で叫んだ。
すると、森に住んでいる動物達が「なんだい。うるさいなぁ」とゾロゾロ出てきたではないか。
そう。女性が体験したかった世界は、動物と会話ができる世界。女性は動物が大好きなのだ。
「すごーい! ドクター・ドリトルを見たときから、動物と会話するのが夢だったの! ありがとう!」
女性は男の手を握り、ブンブンと男の手を振りながらそう言った。
男は、落ち着きの無い女性に「ハハハッ……」と愛想笑いをしながら声をかけた。
「まぁまぁ……ここは落ち着いて動物との至福のひと時を過ごそうじゃありませんか」
女性は力強く頷くと、早速、動物に声をかけにいった。男も、やれやれといった感じで女性の後ろを着いてゆく。
女性が動物達と話しているときの姿は活き活きとしていた。
初めのうちは女性を警戒していた動物達だが、女性の積極的で楽しそうな態度に、徐々に警戒心を解き、一時間もすれば笑いながら会話をしていた。男も、そんな女性と動物達の楽しそうな会話を、にこやかな表情で聞いていた。微笑ましい限りである。
しかし、そんな微笑ましい光景も長くは続かない。急に動物達が怯えだし、警戒心を強めたのである。
「どうしたの!?」
女性は動物達の急な行動に驚き、思わず問いかけた。
「人間どもが僕達の住んでる森を破壊しに来たのさ。だから遠くへ逃げるんだ。僕達知ってるんだ。二人みたいにいい人間もいれば、森を破壊しに来る奴らみたいに嫌な人間もいるって。じゃあね二人とも。二人みたいにいい人間と知り合えてよかったよ」
動物達の中の一匹がそう言葉を返し、遠くのほうへと去っていった。
動物が去った後、女性にさっきまでの活き活きとした姿はなく、鬼のような形相でどこかへ走り去っていった。それを男が追いかける。
女性が向かった先は、森林伐採に来た人間達のところだった。
森林伐採をしている人間達を見た女性は、狂ったように「やめなさいよ!」と叫びながら、森林伐採をしている人間達を一人づつ突き飛ばした。
「何すんだよ!」
突き飛ばされた人間達は、女性に大声でそう叫んだ。
「なんで森林伐採なんかするのよ! 動物達が可哀想じゃない。どんどん行き場を失っていくのよ!」
「そんなの俺達は知らねえよ! そんなこというあんたは、家がなくて生きれるか? 紙がなくて生きれるか? 木は俺達人間に必要なんだよ。そんな甘いこと言ってられないんだよ!」
動物達が可哀想だと訴えた女性だが、森林伐採をしている一人の人間の言葉に、返す言葉がなかった。
女性は少しの沈黙の後、黙ってどこかへ走り去っていった。男は急いで女性を追いかける。
男が追いついた先で見た光景は、女性がしゃがみこんで静かに泣いている姿だった。
「大丈夫ですか? もう体験を終えましょうか?」
男が心配そうに女性にそう尋ねると、女性は首を横に振り「少しの間、一人にして」と小さな声で男に言葉を返した。
男は「分かりました。体験を終えたくなったらいつでも呼んでくださいね」といい、しばらくの間どこかへ姿を消した。
二時間後くらいであろうか、女性の呼び声がしたので、男はすぐさま女性の下へ駆けつけた。
「私を現実の世界へ戻してください」
さっきまでのパニックになっていた女性とは違い、落ち着いた声で男にそう言った。
男は静かに頷き、夢の世界に女性を連れてきた時と同じように、女性の額に手を触れ、呪文のような言葉を唱え始めた。
あのときのように、女性の意識が遠くなり、別世界に連れて行かれるような感覚に襲われながら意識を失った。
男に起こされ、意識を取り戻した女性は現実の世界に戻ってきていた。つまり夢想屋にいた。
「お疲れ様です。色々と大変でしたがどうでしたか? あなたの理想とした世界の感想は」
「動物と話せたのは最高の時間でした。森林伐採の出来事は胸が痛くなったけど、おかげで一つ気づけたことがあったんです」
男の問いかけに、何か決意をしたような表情で言葉を返した。
「私。環境保護団体に入ります。少しでも森林伐採をなくす努力をしたいんです。森林伐採を全てなくすのは無理だって分かった。でも、工夫次第では少しずつでも森林伐採をなくしていけると思うの。だから私は、環境保護団体に入って、色々な事を学ぼうって思った。ありがとう。いい体験ができました。お代はここに置いときますね」
女性は、諭吉を一枚テーブルの上に置くと、一つお辞儀をして店を去っていった。
「私も何かしないといけないなぁ。無駄な紙を使用するのをやめたり、自分の箸を持ち歩いて外食したりするのもありでしょうか……色々考えちゃいますねぇ。動物も何か飼いたくなったなぁ。でも、私にはお金がない……そうだ。ハムスターにしよう。ハムスターなら私にでも飼えそうだ」
男が独り言を呟いた。これは夢想屋に来た客が帰った後、ほぼ毎回することで、癖になっている。
次の日。男の店からメモ用紙やらの紙は消え、テーブルの上には一匹のハムスター、通称ハムが飼われていた。