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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
ジャスミン
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狼少年の幸福 / いつき

「おはようございます」


 月曜日の朝、いつもの時間にやって来た玲二くんを迎えたのは私だけじゃなかった。


「おはよう、立花君」

「昨日はありがとうございました。いろいろ、唐突な話ばかりで」

「いいのよ、なんだかおもしろいお父さんなのね」


 あんな展開になるなんて、私もものすごくびっくりした。

 昨日の夜電話をくれた時、玲二くんは勝手な話ばかりでごめんねって謝ってきたんだよね。


「いつきのこと、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「髪染めるのはやめたの?」

「え? はい、そうです。元通りにしまして」

「やっぱりその色の方がかっこよく見えるかも。うちの息子ですって友達に自慢していいかな?」


 朝から和気あいあいって感じ。

 お父さんがすぐに認めてくれて、それでお母さんも、まあいいかなって思ったらしい。

 昨日の晩御飯の時間、家族が全員そろったところで、発表されてしまった。


「いつきが婚約しました」


 お兄ちゃんたちは口をあんぐりしてた。葉介はなにそれって顔だったけど。

 


「じゃあ行ってきます」


 玲二くんに挨拶されて、おかあさんはにこにこ笑って手を振ってくれた。

 そうだよね、まだ完全に、正式にじゃないけど、婚約者なんだ。

 えへへ。なんだか恥ずかしいな。あれ、婚約ってなにか手続きがいるんだっけ?


「そういえば一路くんは?」

「身体的な理由であとから来るよ」

「お父さんすごい誤魔化し方したよね」

「本当だよ」


 玲二くんもあんな話になるとは知らなかったらしい。

 だけど、みんなにとっていい方法だったと思うって、電車の中で話してくれた。


「父さんは母さんと最後まで一緒に居たいだろうから。タイミングが良かったのかもしれない」

「そっか」

「二人の気持ちは俺が一番わかってあげなきゃいけないところだから」


 頑張って一人で暮らすよ、だって。

 うちに住んだらダメなのかな?


「お兄さんや葉介くんもいるのに、夫婦で通学したり就職活動するっていうのはちょっとどうかと思うんだ」


 そうかな。うーん、確かに、なんか変か。それに、安心していちゃいちゃできないもんね。


「二人きりの暮らしからスタートさせたいし」


 優しく笑う玲二くんに、私の返事は「えへへ」だけ。

 どんな顔をしていても、やっぱりかっこいい。

 影を感じさせなくなった顔はキラキラしていて、ますます好きになってしまったみたい。



 教室についてもルンルン気分は抜けなくて、鋭いクラスメイトにはすぐに気が付かれてしまった。


「園田ちゃん、今日はものすごくご機嫌だね」

「おはよう葉山君」

「おはよう、良太郎」


 玲二くんも一緒に入ってきて手を挙げて、葉山君は不思議そうに首を傾げている。


「お前、すごく明るい顔になったな」


 生まれ変わった姿にじっくり対面して、さすが親友、肉体に起きたもの以上の変化に気が付いたみたいだった。


「なんだよ、二人そろってにこにこしちゃって。そんなに嬉しいの?」

「俺たち婚約したんだ」


 これにはさすがにビックリしたみたいで、葉山君は固まってしまった。

 初めてだな。なにごとにも動じないイメージだったのに。


「マジで?」

「うん」

「え、目が覚めたのいつって言ってた?」

「木曜日かな」

「それでもう婚約?」

「いつきのお父さんとお母さんにも認めてもらったよ」

「嘘だろ?」


 これで婿に入るって聞いたらもっと驚くんだろうな。


 玲二くんの表情はとにかく明るい。一路くんの席に座って葉山君と話す姿は、今までにないくらい楽しそうに見える。

 少し影があって暗いっていう評価だったのに、変わっちゃいそう。

 さわやかで背が高くて知的な好青年になっちゃってる。しかも、イケメンの。


「はあ、すごいね、玲二。高校卒業したらすぐに結婚しちゃうの?」

「いや、まだそこまでは決めてないけど……」


 そっか。大学に通って就職するまではって言われてるんだよね。

 なんとなく勝手に、十八になったら結婚できるなんて思ってたけど。現実的ではないよね……。


「でも、俺はそうしたいなって思ってる」


 うわ。

 本当に?

 あ、葉山君めちゃめちゃ呆れた顔してる。


「それだとすぐに働かなきゃダメかな?」


 そういうのも全部、考えていかなきゃね、だって。

 教室で、葉山君もいるのに。なんだか二人きりの世界みたいな顔をして。


「もー、とりあえず早く結婚しちゃえよ。ほんとすごいね二人とも。ちょっと前まで世界の終わりみたいな悩み方してたのにさ!」


 ごめんね、葉山君。バカな二人で。

 でもすごく幸せ。

 玲二くんは自分の教室に去って行っても幸せはずっと胸の中に残って、私をホカホカに温め続けている。



 学校生活をこなしながら、進路について考えて、文化祭にも参加して、合間に二人で将来について話し合った。


 今のところ決定しているのは、高校を卒業したら玲二くんが独立しなきゃいけないってことだけ。できればもう少し勉強したいみたいだから、進学はして、働きだすのはその四年後からなのかな。


「でもそれだと、結婚するのずいぶん先になっちゃうね」

「いきなり結婚させてくださいっていう流れが変なんだよ。よく許してもらえたと思う」


 この問題だけ、ちっとも答えが出てこない。

 気持ちは逸るけど、現実的じゃあないって。

 結婚しちゃって、なし崩し的に一緒に暮らしちゃえばいいんだろうけど、玲二くんはそれを「不誠実」だって考えているらしい。

 真面目な人なんだよね。本当に、嘘がつけなくて。


「適当なことしたらすぐにバレちゃうから」

「誰に?」

「一路に。生活を見張られてるからね」


 すっかり丸見えになったって、玲二くんはため息をついている。

 人間になれたけど、これだけは困るんだって。

 

「それに俺、結局まだ禁止されてるんだ」

「なんの話?」

「ちゃんと自分で生活できるようになるまでは、子供ができるようなことするなよって」


 先にお父さんに釘を刺されてしまったらしい。

 なんでそんなこと言うの、お父さん。

 いや、うん、ええと……。そうだよね、だって、夫婦になったらそれは当然、色々あるってことですし。学生でも、まあ、あり得るというか。いや、結構そこらじゅうである。


「ごめん、変な話して」

「ううん、そんな、変な話じゃないよ」

「そう? 良かった」


 良かった、か。玲二くん、やっぱりそういうの、したいのかな。

 聞いてもいいかな。聞かない方がいい?

 恥ずかしい。恥ずかしいけど、でも大事なことではあるし。


「いつき、赤くなってるよ」

「え、そう? そんなことないんじゃない?」


 

 玲二くんが恋愛は禁止だって言われたのは、子孫ができたらダメだったからで。

 でも今は子孫ができても大丈夫で。

 だけどまだ学生の身分で、自立できてないのに子供ができちゃうのはやっぱり、無責任で。

 できないように工夫しても、一路くんに見つかっちゃうのか……。



 こんなこと悩んでる場合じゃなかった。

 ちょっとだけ憧れがあって、ついつい考えちゃったけど。

 次に迫った時には、受け入れてもらえるかな。

 一路くんに、いいムードの時は見ないでおいてって頼まなきゃダメなのかな?


 人間じゃなかった男の子との恋愛は難しい。普通になったと思ったけど、そうでもなかった。

 普通の恋ってどんな風なのかな。このまま一生知らずに生きるなんて、滅多にできない貴重な経験なんだろう。




「いつき」

「なあに?」


 高校二年生が終わって、春休み。

 受験の忙しさに追われる日々の中の、つかの間の休憩時間を過ごしていたら、玲二くんはこんなことを言いだした。

 駅前のカフェで、一緒にお茶を飲みながら、他愛のない話をしていたら、急に。


「来年の三月に結婚しよう」


 あれ、なにか決定打があったのかな?


「考えすぎてもう嫌になった。俺、いつきと早く結婚したいんだ。お互いに、お互いだけと生きていくって、先に誓いたい」


 あれれ。思ったよりも雑な理由なんだけど。


「ちゃんと大学に合格して、留年しないように通って、アルバイトもするし、就職活動も頑張る。その間、待たせちゃうだろ。いつきに不安に思ってほしくないんだ。俺が頑張る理由はいつきとの生活で、二人の未来のためだって、はっきりさせておきたい」


 玲二くんは結構な勢いで、まだ話し続けている。


「それにちゃんと式も挙げたいと思って」

「結婚式?」

「俺の家族、みんな行っちゃうから。行く前に見せたい。いつきの最高にきれいな姿を、俺も見たい」


 もう、やだな。たまにこういうこというんだよね、玲二くんて。

 普段はキザな台詞なんて絶対言わないのに。むしろ無口に近いくらいなのに。

 だから余計に、心にしみるのかな。

 たまらなく嬉しくなるような言葉を、いつも通りの大真面目な顔で、目をキラキラさせて私にくれる。


「結婚してもすぐに一緒に暮らせないけど、いいかな」

「一緒に暮らしたらいいんじゃない?」

「駄目だよ。俺絶対に我慢できないから」


 

 いろいろ話した結果、わけのわからない結論が出てしまった。


 十八になったら結婚はするけど、仕事に就くまでは別々に暮らすっていう。

 熟考の末にこういう話になったって言ったら、お父さんもお母さんも呆れていたけど、なんでもいいから二人の好きにしなさい、だって。

 お婿にもらったのに、近いところで、しかも玲二くんの家のお金で暮らすって、本当に変だと思う。

 だけど家族の事情と、愛の情熱と、誠実を全部尊重したらこうなってしまう……ってことでいいのかな。

 なんにも秘密にできない元狼少年の暮らしは、まだまだ前途多難なのかも。



 だけど玲二くんは頑張り屋だから、受験も、引っ越しの準備も、式場選びも全部頑張ってこなしてくれた。

 私もなんとか将来の道を考えて、一緒に勉強して、学校にも通って、下見にも行った。

 

 体育祭、修学旅行、試験、模試、面談などなど。同級生たちと学校生活を共にしながら、こっそり二人で大人の階段を駆け上がっていく。


 二人で手を繋いで駆け抜けて、あっという間に高校生活は終わってしまった。

 絶対に浪人になれないし、留年もできない。私たちが一番幸せになるためには、絶対に必要な条件がこれだった。


 玲二くんは軽々クリアして、希望通りの学校へ。

 私もたくさん教えてもらって、気が付いたらまた葉山君と同じところに通うことに決まった。


 三月がやってくる。

 高校の卒業式があって、玲二くんのお父さんが退職して、家財道具を処分して、一人暮らしの部屋に引っ越す準備も終えて。

 みんなの合格発表も終わって、全国の高校三年生が浮かれまくっているであろう下旬に、私たちは二人で揃って婚姻届けを出した。


 玲二くんは、これで「園田玲二」になってしまった。

 ぺらぺらの紙が一枚だけなのに、これで私たちは夫婦になったし、玲二くんの名前も変わった。


「新生活が始まるから、ちょうどいいね」

 

 届を提出して、玲二くんは清々しい笑顔で笑っている。

 背がすごく高くなった。すらっとしたモデル体型で、真っ白いタキシードを着たら、新郎の見本みたいになっちゃうんだ。


 夫婦になった次の日は、とうとうお待ちかねの結婚式。

 玲二くんは今日、立花家で最後の一日を過ごす。

 

 これまでを思い返したら、なんだかぐっとこみあげてくるものがあって、気持ちが落ち着かなかった。

 だけど、泣いていたら準備ができない。

 私の前には、玲二くんが選んでくれたドレスが置かれている。


 これがいいよって言ってくれたんだよね。

 いくつか試着した中で、これが一番似合う、着てほしいって言ってくれた。


 きれいな姿を見たいって言ってくれたんだから、頑張らないと。

 メイクをしてもらって、髪も整えてもらって、呼吸を整えた。


 今日は寂しい別れの日じゃなくて、二人の新しい始まりの日だもんね。

 


 家族とほんのちょっと友達を呼んだだけのささやかな結婚式。

 初めてみるかも、こんな格好のお父さん。

 ベール越しに見る顔に涙が光ってる気がして、思わず笑ってしまう。

 今日も家に帰るのにね。

 だけど、特別な日なんだもんね。

 こんな風に並んで、ゆっくり歩くことなんて、もうないもんね、お父さん。


 足を交互に出して、まっすぐに続く道を進んでいく。

 友達の顔が見えて、千早がもう号泣してて、私もなんだか泣きそうになってきた。

 ああでも、葉山君が隣にいてくれるから大丈夫かな。


 もう、そろそろ玲二くんのもとにたどり着いてしまう。

 おんなじ顔の一路くんが、神妙な顔をして私を見ている。

 ありがとう一路くん。玲二くんを助けてくれて。

 一路くんの夢を壊しちゃって、ごめんね。

 私は絶対、玲二くんを幸せにするから。


 

 上から光が降り注ぐ、明るいところに玲二くんが立っている。

 お父さんの手から離れて、とうとう、愛する人の隣にたどり着いた。


 ベールがふんわりと持ち上げられて、視界がクリアになった。

 目の前で玲二くんが笑っている。


「すごくきれいだ」


 囁く声に、すごく幸せな気持ちになっていく。

 

 決められた通り言葉で愛を誓いあったら、式は無事に終わり。

 私たちの周りに参列者が集まって、写真を撮ったり、祝福の言葉をくれたりしている。


 玲二くんはずっと笑顔だった。

 玲二くんが笑っているから、私もずっと笑顔のまんま。

 

「いつき、俺を見つけてくれてありがとう」


 ぴったりと寄り添った時に、こう囁く声が聞こえて、また涙がこぼれそうになっていく。



 これからどんなことが起きるかわからないけど、二人でならどんなことでも平気だよね。

 だって、二回も蘇った不屈の男なんだもん。

 

 幸せに浸っていると、見覚えのない小さな男の子がちょこちょことやってきて、私たちの前で立ち止まった。


「ノイエ、来てくれたのか」


 え、これノイエ君なの?

 人間になってるし、鳥だからなのかな、もう五、六歳くらいに見える。


「お祝いもってきたんだ」

「なあに?」

「これ」


 お父さんと同じ。子供用のスーツの中に手を入れて、もぞもぞもごそごそ、自分よりもずっと大きな羽根を取り出している。

 白金色に輝く羽根は二本あって、完全にイリュージョンだなって思った。


「れいじといつき、二人にあげる」

「ありがとう」


 ライ先輩の羽根は、幸せを運んでくるんだよね。

 その息子のノイエ君のなら、もっとすごい効果があるのかも。

 白い輝きは、真っ白い衣装にもよく似合う。


「これで幸せは間違いないね」

「これがなくても、間違いはなかったよ」


 玲二くんに手を引かれて外へ出ると、気持ちのいい真っ青な空が私たちを迎えてくれた。白い鳥がきれいな声で鳴きながら空をくるくる回っていて、祝福ムードも高まっていく。


「いつき、写真撮らせて!」

「うん、一緒に撮ろう」

「それもいいんだけど、二人だけのも撮りたいから。ささ、寄り添って」


 友香たちにきゃあきゃあ言われながら、玲二くんとの写真をたくさん撮ってもらった。

 きっと幸せそうなでれでれした顔をしているんだろうな。

 みんなとも一緒に写真を撮ってもらって、ご家族の皆さんはしばしの休憩時間にはいっている。


 ああ、本当に幸せだな。



 たくさん試練があったけど、狼少年の憂鬱な日々は終わって、これからは幸せばっかりで満たされていくだろう。

 まだ一緒に暮らせないけど。玲二くんはきっと頑張ってくれると思う。二人きりの甘い生活を待ち焦がれているみたいだから。


 私はこれから先、玲二くんを好きで好きでたまらないまま、ずっと愛情を注ぎ続けていくだろう。

 それが、ここまでの道を作ってくれた人たちにできる一番の恩返しになるはずだから。



 玲二くん、これからもずっとずっと、愛してるからね。



 私の心の声が聞こえたのか、元狼少年は本当に幸せそうな顔で笑った。

 

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