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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
It's A Hard Life.
78/85

急襲 / 一路

 久しぶりに朝一緒に家を出たけど、今日は、いやこれからずっと遠慮しておいた方が良かったみたいだ。

 駅前で人がたくさんいるのに、玲二はいつきを抱きしめてこれでもかってほどイチャついている。


「なにしてるの玲二」


 僕と同じ顔で堂々と。


「ごめん、お待たせ」


 お待たせじゃないよもう。そんなことしてる場合じゃないだろ。

 これから先どうなるか、結構大きな決断を迫られているんだから。


 いつきもすっかりデレデレになってしまった。迷っている気配があったのに、きれいさっぱりなくなっちゃって。

 よっぽど玲二が好きなんだろうな。

 どうしてこんなに玲二が好きなんだろう。


「いつきはどうして玲二が好きなの」


 電車に揺られながら聞いてみると、いつきは目をまんまるにして笑った。


「昨日玲二くんにも確認されたんだけど」

「そうなの、玲二」

「うん、まあ、そうかな」


 急に恥ずかしそうな顔をしている。

 確かに、双子の兄弟で同じ質問をぶつけるっていうのは、なんだか変な感じなのかもしれないけど。


「どうしてなのかなあ。わからないけど、でもね、最近は」

「最近は?」

「運命の人だったんだって思ってるよ」


 玲二は赤くなってうつむいたけど、すごく幸せそうに見えた。

 

 いろいろ面倒や困難なことがあったけど、頑張って乗り越えてるんだもんな。

 二人の結びつきは強くなったんだろう。僕が邪魔したせいなのかもしれない。だったら、僕にちょっとくらい感謝したらどうなんだ。


「おはよー、園田ちゃん、一路」


 良太郎がやってきて朝の挨拶を交わす。


「一路、どうだ、調子は」

「大丈夫。昨日はありがとう」

「おう」


 僕は良太郎にすごく助けられている。昨日も突然話を聞いてほしいって言って、快く受け入れてもらって、ご飯もおごってもらった上、何時間も僕につきあってもらった。

 僕は一体なにが辛いのかよくわからなくなっていたけど、良太郎は全部丁寧に聞いて、こういうことなんじゃないかなって理解してくれた。

 

 実の兄弟なのに、僕は良太郎の言葉を通してようやく玲二を理解できた。

 僕はやっぱり狼で、玲二は人間だった。本質はそうじゃないんだけど、性質については玲二は人間で間違いない。

 僕はそれを受け入れようとしないで、無理やり理想の玲二像を押し付けて当たり散らしていた。一昨日の夜のあの悲しそうな顔は、きっと二度と忘れないだろうと思う。

 希望をかけらも残さず打ち砕いた僕を、玲二は許してくれた。

 僕も玲二を許さなきゃいけない。人間としてこれまでの命を歩んできたのは、玲二のせいじゃないんだから。


「だいぶ慣れたんじゃない? 普通の高校生活」

「そうだね」


 だけどもう意味はなくなるかもしれない。

 玲二を守らなきゃ、導かなきゃって思って入り込んだけど、そろそろ必要なくなるだろう。勉強は難しくてよくわからない。こんな風に友達ができて少し楽しいけど、僕だって玲二と同じ。あまり強く人の記憶に残らない方が本当はいいんだ。



 玲二は今日学校が終わってから遠屋のもとへ行くと言っていた。

 僕は不安でたまらない。あの横暴な龍はなにかたくらんでいるんじゃないかと思うから。

 双子の狼を簡単に見逃しはしないだろう。

 カラスの話も気になる。

 僕たちを忌み嫌っていたのに、簡単にマスターの座を渡すとも思えない。 

 マスターを決める方法はずいぶん乱暴で、本人の意思は尊重してもらえないみたいだけど。玲二はもっと人間らしい考えを持っていそうに思うんだ。話せばわかる、誠意を尽くせばわかってもらえるって。


 そうはいかないって僕は知っている。

 だったら先に行って、手を打つべきだ。

 ハールについてきてもらおう。

 いざって時はあの大きな翼の陰に入って逃げればいい。

 

 双子の狼がまずいっていうなら、最悪僕が犠牲になれば玲二だけは助けられるだろうし。


『そんな考えは感心しないな』

『冗談だよ、ハール。玲二ならこんな風に考えるかなって想像しただけ』

『冗談だと?』


 歴史の授業は特に難しくて、そこにハールの説教が加わったらもうなにがなんだかさっぱりわからなくなってしまう。


『行くのはやめろ。どうしても行くなら、テレーゼに話して一緒に来てもらうからな』

『いいよ、そんなの。お母さんは関係ない。僕と玲二の問題なんだから』

『とにかくお前は行かない方がいい。部外者だし、玲二なら心配ない。あいつにはどんな力も効かないんだから』

『でも、殴られたら吹っ飛ぶんだよ。体は全然強くない。戦いになったらダメなんだ』


 玲二の味方に頑丈な壁になる奴はいるのかな?


『カラスに話をつけておく。あいつはなにか企んでいるみたいだからな』


 あの龍に恨みがありそうな話をしてたっけ。

 玲二が現れた影響で、少し自由になれたと言ってた。


『マスター決めから省かれているせいで詳細がよくわからない。ライとリアも勝手に玲二派に入れられちまったからな』

『僕たちは争わないもんね』


 森の中でひっそり生きる者しかいないからな。

 だから余計な争いなんて僕たちにはない。

 性格が合わないとか、人のものを勝手に食べたとか、そんな程度の小競り合いしかない。


『玲二は守ってやらなきゃならないが、一路、お前がやられるような展開になるのもダメだぞ』

『僕はやられたりしない』


 龍って強いんだろうな。

 本来の姿になったら大きいだろう。

 だけど、本来の姿になれる場所なんてないだろうし。

 そもそも争いを禁じてるんだよな、あいつらは。

 U研みたいな連中がまた来たら困るだろう。

 へんてこな仲間がいっぱいいるんだから。

 変だな、こっちの人間じゃない奴らは。

 ただのモノでも意思を持って、人に姿を変えたり、影の中から人間を脅かしたりして楽しんでいる。


『玲二がここのマスターってやつになったら、どうなるのかな』


 僕が呟くと、ハールは少し笑ったみたいだった。


『平和になるんじゃないか?』

『そうだね。もしかしたら、それが一番いいのかもしれない』


 森はまだまだおじいさんに任せて、僕がここで暮らせば一緒にいられる。

 いつかいつきを失った時に隣にいたら、大切な兄弟を慰めてあげられるだろう。

 僕が必死になって守ろうとしたこだわりを捨てたら、一気に未来に光が差し込んできたように思えた。


『もし僕がここにいるって言ったら、ハールも一緒に居てくれる?』

『いいぜ、一路。俺はお前の親父みたいなもんだからな』


 玲二のもう一人のお母さんがリアなんだから、ハールはひいひいおじいさんじゃないの?


『人を年寄り扱いするのもいい加減にしろよ』

『人じゃないくせに』


 えへへって笑ったら先生に注意されてしまった。



 授業中にハールの気配が遠ざかるのを感じた。

 カラスのところに行ったんだろうな。二人はそんなに共通点がなさそうだけど。せいぜい色が同じくらいか。

 ハールがうまくいろいろ聞き出してくれていると、助かるだろうな。

 僕は先にどうするか決めたり、考えておくのは苦手だ。

 行って問題があればぶっ飛ばせばいいって、本当はいけないとわかっていながら、最後は面倒になってまあいいだろうなんて思ってしまっている。


 リーダーになるならこんなんじゃダメなんだ。

 玲二と一緒に学校に通った方がいいって言われたのは、この単純さを見直しなさいって話なんだろう。

 確かに、人間はみんないろいろだ。自分に自信がない子もいるし、相手を思い通りにしようとする子もいる。見た目ばっかり気にしたり、相手が自分をどう思っているか考えすぎたり。かと思えば、他人の心を思いやって、じっと寄り添ってくれる人間もいて。


 早くこういう風に、学んでいかなきゃって気づけばよかったのに。

 

 僕と玲二の命が完全に別なものにわかれて、それでようやく、あきらめがついた。

 玲二には玲二の人生があって、僕とずっと一緒にはいない。

 死の予言が回避できればそれで僕の理想通りになるなんて、どうして思ってしまったんだろう。


 あのふざけた終わりからそろそろ半年。

 あの時と同じ大きさの不安が僕の中で渦巻いている。

 玲二があの木と出会って涙を流して、倒れて、目覚めた時からずっと。

 予言通り、玲二は十六歳で死んだ。

 だけど蘇って、まだ十六歳の人生を続けている。

 

 まだなんじゃないのか。

 まだあの呪いは解けてないんじゃない。

 玲二の中から僕の欠片は出て行ってしまった。

 遠屋は玲二の力を最大まで引き出したいって、カラスは言った。

 今がそうなんじゃないのか。

 それで、争いになるんじゃないのか。

 最大になった結果、マスターにされちゃいそうだけど。

 玲二は確かになんだかすごい力をもっていそうな気配を醸し出しているけど、でも僕が殴ったらすぐ吹っ飛んだし、鼻から血を垂らしていた。


 龍とまともに争って勝てるわけがないじゃないか。

 戦いにならないように手を打たなきゃいけない。

 玲二はライをつれていくつもりみたいだけど、ライは間違いなく戦力にならない。

 お母さんはお父さんと一緒にいなきゃダメだ。

 だったらもう、行けるのは僕だけだ。僕がなんとかする。玲二になにかするつもりなら、あいつのウロコを何十枚も剥いで、深い水の底に沈めてやらなきゃならない。


 そもそも真夜とかいう奴の悪事を知ってて見逃したんだから。

 許してやる理由はこれっぽっちもない。


 

『ハール、今から行くよ』


 Watersがある街に行くのはあんまり好きじゃない。

 人が多いし、建物がぎゅうぎゅうに詰まっていて息苦しいから。


『ハール』


 ビルの森のど真ん中辺りから気配を感じるのに、返事がない。


『どうしたの?』

『すまない、カラスと話していた』


 返事しないなんて珍しすぎるから、焦ったじゃないか。


『一路、やはりやめた方がいい。お前は首を突っ込むな』

『どうしてそんな風に言う?』


 速足で教室を出て、階段を駆け下りて、駅に向かって走った。

 蒸し暑い道は嫌いだ。汗がいっぱい出るし、顔が少し痛くなる。

 クーラーの風は最初は慣れなかったけど、今では電車に乗るとほっとする。


『今来ても意味がないからだ。あいつは玲二にしか用はないんだから』

『マスターはどっちに決まったの?』

『まだわからないらしい』

『カラスはなんて言ってるの?』

『別になにも言わんよ。とにかく、俺たちはよそ者だ。でしゃばったせいで争いが起きたら意味がない』


 別にでしゃばるつもりなんかないよ、マスターを決めることに関しては。

 その辺のことはカラスに任せておいたらいい。

 カラスは玲二に新しいマスターになってほしいんだから、なにかあった時には味方になってくれるだろうと思う。ライを通してだけど、少しくらいは繋がってきたわけだし。


 だけど問題は残っている。不穏の種をまいているのは遠屋の方なんだから、玲二に手出ししないよう釘はさしておかないと。

 

『とにかく……』


 ハールの声が突然途切れる。

 電車の外の景色が真っ暗になって、ひゅんひゅんと行き過ぎていく。


『ハール』


 返事がない。気配はあるのに。

 トンネルに入ったから、声が途切れた? まさか、そんなバカな。


『返事してよ』


 カラスにも声がつながらない。他には? クロはどこ? ライ、リア、お母さん。

 おかしい、誰も見つからない。

 

 外の景色は真っ暗なままで、ようやく気が付いた。

 みんなが変なんじゃない。僕が変なんだ。

 僕はおかしな場所に立っている。すべての景色を無視して、ひとりだけびゅんびゅん移動しているんだ。

 電車から飛び出し、線路の上を駆け抜けて、ありとあらゆる建物を行き過ぎていった……、んだと思う。


 一瞬だった。

 僕の前には既に遠屋が立っている。

 周囲はごつごつとした岩だけ。湿って濡れた岩だけの、薄暗い場所で向かい合っている。


「よく来てくれたね、立花一路君」

「なんだよこれ」

「今夜決まるんだ。このまま私がマスターになるのか、それとも君の弟が新しく選ばれるか」

「それがどうしたの」

「その通り。そんなのはどうでもいいことだ」


 全身の毛が一気に逆立って、僕は慌てて後ろへ跳んだ。

 怖くて怖くて、こんなのは初めてで、悔しくて、でも怖くてたまらない。


「薄汚い泥棒から返してもらう日がようやく来た」


 体を狼に変化させて、右に向かって跳んだ。

 スレスレでなんとか避けて、次は上。左、下に伏せ、次は?


 どうなってるんだ。

 この場所、こんなに広かったっけ?


 疑問に思った瞬間、背中に飛んできた一撃を体をひねって避ける。

 

『やっぱり狼は生意気だ』

『ハール! 僕はここだよ!』

 

 叫びながらまた龍の一撃を避けた。

 逃げてばっかりじゃ、勝機はない。

 長い長い体に飛びついて、ウロコをはがしてやらなくちゃ。

 もう一つの姿にならなきゃ。一番戦いに向いている、大きくて頑丈で、力強い僕の本当の姿に。


 龍の一撃を避け、震える心に一発入れて。体をもう一段回変化させて、僕は地面を蹴った。


 だけどなかなか隙が見当たらない。

 にょろにょろ長い体をぐるぐる回して、とびかかろうとする僕は弾き落とされてしまう。


『お母さん!』


 呼びかけながら壁に向かって跳んで、遠屋の頭にしがみついた。

 だけど次の瞬間、姿を人に変えられて、僕の爪は宙を切り、その一瞬でまた元の姿になった龍が、長い腕を伸ばして、鋭い爪を振り下ろしてしまった。



『うわああ!』


 痛い、痛い、痛い!

 背中を切り裂かれた!


『玲二!』


 地面でごろんごろんと転がって、なんとか膝で立ったけど。

 こんなの初めてだ。深い傷を負うなんて。熱くてズキズキする。血が流れていくのがわかる。


『一路……、どこ……』

『ここだよ、ハール!』


 龍は強いものだと思っていた。

 それでも勝てると思っていたのに。

 だって、ちょっと大きいだけだろう?

 うろこをはがしていったら弱点があって、簡単にやっつけられるはずだ。

 

 なのに、全然違っていた。

 遠屋の全身からは見えない波のようなものが出ていて、それが僕の目を霞ませ、足を震わせる。だから僕は、うまく攻撃できないし、身を完全には守れない。


 来るとわかっていたのに。

 まだ遠屋の振り下ろした爪に裂かれた。

 胸から血が出ていってしまう。

 僕の血が、全部、出ていってしまう?



 どうしてだ。

 おじいさんにだって勝てそうだったのに、僕は。

 あの森では一番強かったのに。

 こんなに勝手に、引き寄せられて、いいように一方的にやられるなんて。

 おかしいのに、でも、からだがうまく動かせない。



 薄暗い洞窟の中で、濡れた地面はひどく冷たかった。

 横向きに倒れて、視線はまんまと龍に向いたまま。

 青いうろこがぼんやりと光っていて、怖くてたまらない。

 


『なんで……』


 龍の目はとても冷たかった。

 僕にはまったく興味がないみたいで、動かなければそれでいいみたいな、どうでもよさそうな様子で遠くを見て笑っている。


 もううまく力を使えなくて、僕はただ、心の中で弟の名前を呼んだ。

 僕たちは一族で暮らす狼だから、声が途絶えて、どこにいるかわからなくなれば、必ず探しにきてもらえるだろう。


 それまで命がもてば、無事に家に帰れる?

 


 体中を震わせながら、僕は半年前に見た光景を思い出していた。

 一方的に突き付けられた、理不尽な終わりについて。

 

 僕たちは双子だ。

 だから、ひょっとしたら、僕も同じだったんじゃないか?


 人ではない者に命を奪われる。

 僕は十六歳で、玲二も十六歳で、遠屋はまちがいなく人ではなくって……。


 ねえ、玲二。

 僕たちはやっぱり、双子の狼の王じゃなかったのかな?

 


 龍につけられた傷は思ったよりも深かったみたいで、ゆっくりと忍び寄る闇から逃れられず、僕はとうとう、意識を手放してしまった。

 

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