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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
It's A Hard Life.
77/85

覚悟 / 玲二

「父さん、これ見てくれる?」


 夕方になって一家が揃って、夕食が始まる前にノートを持ってリビングへ移動した。


「なんだい、これは。古いものみたいだけど」


 いつきが触った時に変化が起きた例の本。

 俺は自分が周りと違うんだってもっと意識しなきゃいけない。今日、いつきと話して良かった。


「これは本じゃないのかい? 全部真っ白だ」


 父さんは不思議そうな顔でページを一枚一枚丁寧にめくり始めた。

 だけどなにも見つからなかったようで、いつもの微笑みを浮かべて俺に本を返した。


「なにを見てるの」


 良太郎のところから戻ってきた一路も覗き込んでいるけど、表記にはまるで気が付かないようだった。

 母さんやライたちの反応も同じ。つまりこれは、俺にしか見えないってことだ。


「変な本だ」

「去年騙されていったアルバイトの時に置いてあったものだと思うんだけど」


 どうして蔵元さんが俺のところに持ってきたのかな。

 確認は……しない方がいいかな。彼氏ができたって言ってたし。

 いつきの話から考えると、百井が関わっている可能性が高いけど。

 

 いつきの札がはじけた後、本にはある物語が浮かび上がっていた。

 短くてとても簡素な昔話の内容はこう。


 森に大きな狼が一匹住んでいて、美しい人間の娘に恋をした。

 木こりの娘は心優しい働き者で、寄って来た狼を怖がらなかった。

 狼は毎日娘のところへ通い、娘も狼をかわいがる。


 いつしか狼は人間になって、二人はいつまでも幸せに暮らしました……。



 この狼は誰かの命を奪って人間に生まれ変わったんだろうか。

 こんな簡単なあらすじだけじゃ、なにもわからない。


「玲二、遠屋はなにか言ってきた?」

「いや、まだだよ」


 決選投票はいつ行われるんだろう。知らない間に進んでいそうだよな。俺に結果がちゃんと伝えられるかどうかも怪しい気がするし。

 ライは俺の支持者扱いされているようだし、蚊帳の外なんじゃないのかな。

 そういえばリアのこれからについても聞かなきゃダメなのか。

 人じゃないやつらにも、ここに住みますみたいな手続きがいるんだろうか。


 団欒を終えたあと二階へあがって、まずは鳥たちの部屋に寄らせてもらった。

 ライとリアは小鳥の姿で寄り添っていて、その間にいた雛がピヨピヨと寄ってくる。


『本当に玲二が好きなのね』


 生まれた瞬間目の前にいたから、いわゆる刷り込みみたいな現象が起きたんじゃないのかな。とはいえ、俺を親だと思っているようには見えないけど。

 昨日よりもふんわりとした雛を手のひらに乗せて、二羽の前に座る。


『名前決めてくれたのか?』

「え、ああ、ごめん。そうだった」


 もうちょっと急を要する用事があるだろうに、やっぱりのんきだな、ライは。


「この子はオスなの、メスなの」

『まだわからないわ』

「どんな能力なのかもわからないんだよな。そういうの、どうしたらハッキリするの?」

『成長を待つしかないわ。成長の早さもまちまちだから、気長にいくしかないわね』


 いつまで経ってもただの鳥でいる場合もあるらしい。

 能力はあるか、ないか、鳥の場合はどちらかなんだそうだ。


「隔世遺伝とかはないの?」

『これまではなかったみたいだから、ないと思うわ』


 なにかあってはいけないから、ちゃんと最後まで子の面倒は見るとリアは話した。

 そうか、じゃあ、兄弟でも長生きしたり、すぐにいなくなったり、色々なんだな……。


「リアはどうするの、これから。母さんはいつかあっちに戻るだろうけど」

『私は……』


 リアがくるりと首を回すと、小鳥の姿なのに、ライがでれーっと身をくねらせたのがわかった。


『ライと一緒にいようと思っている』

「そっか」

『玲二の見守りはもういいものね』


 この小さな二人目の母は、鳥の姿なのにとにかく優しい顔をしていて、俺は素直に「ありがとう」と答えた。


「俺、この辺りのマスターとかいうのにされかかってるんだ」

『ライから聞いたわ』

「リアはその、どうするか聞かなきゃダメなんだって。俺か遠屋か、どっちでもいいっていうのもアリらしいんだけど」

『玲二はマスターになんてなりたくないでしょうけど、でも、どちらかを選ばなきゃいけないのなら、どうしても玲二の方がいいと思ってしまうわ』


 意思はそのまま読み取られるものだから、あえてこっちにしたい、なんて意見には意味がないらしい。


『ごめんなさい』

「いや、仕方がないよ」


 こんな展開になるなんて誰も思っていなかっただろうし。


『玲二はいいのか、このままじゃ本当にマスターにされるかもしれないぞ』

「どこかよその土地に行ったら大丈夫なのかな」

『いや、どこに行っても同じだとは思う。玲二にはそういう力が備わったみたいだから』


 早く教えてくれよな、そういうの……。


「どこに行っても同じなら、ここに留まるよ。いつまでもつかわからないけど、いつきは家族とか友達がいる場所の方がいいだろうし」


 それに、都会の方が紛れやすいだろうから。

 本当に誰も住んでいない秘境なんてそうそうないだろうし、いつきにとっていきなりめちゃくちゃ不便な場所っていうのはいくらなんでもかわいそうだ。


「遠屋に会いに行くよ。俺には声は聞こえないし、あっちがどう考えているかちゃんと確認したいから」

『そうだな、玲二。俺も一緒に行こう』

「別にいいよ」

『雛が生まれた報告もしなきゃいけないし』


 マスターってなにをするものなんだろうな。

 こんなになんにもわからない奴がなっていいとは思えないけどな。


『それで、玲二』

「なに?」

『この子の名前を……』


 ああ、そうだった。

 とはいえ、ヒントが少ないな。今のところ羽根がクリーム色っていう以外に特徴がないんだけど。

 手のひらでは雛がピイピイ鳴いている。座り込んでいる部分がすごく熱くて、新しい命の力を感じた。


「ノイエってどうかな」

『ノイエ?』

「新しいって意味だよ」


 リアが戻らないなら、せめて子供の名前をあちら風にしたらいいんじゃないかと思ったんだけど。


『新しいか……』


 もっと日本風がいいとか言い出すかと思いきや、ライは満足そうにぴょこぴょこと頷いている。


『俺はなかなかつがいが見つからなかったから、子孫はできないんじゃないかって考えていたんだ』


 それを俺の前で言うのか、ライ。


『素晴らしい名前をありがとう、玲二。新しい命がどう成長していくか、一緒に見守ってほしい』


 ライはともかくとして、リアにはずいぶん世話になった。近いところで暮らしていけるなら、恩返しに小鳥たちの家になってあげてもいいかもしれない。


 雛を置いて部屋に戻ると、すぐに一路がやってきて話し合いが始まった。

 話し合いというか、昨日の反省会というか。

 

「昨日はごめん、玲二」

「いいんだ。俺も悪かった」

「玲二は悪くない」


 なにかあってぶつかりあう度、一路は必ずこう言ってくれる。

 一路だって悪くはない。悪意は全然なくて、ただ兄弟が恋しいだけなんだよな。


「マスターになるかどうかはまだわからないから」

「僕は心配してる。すごく危険だと思ってる」

「そう感じる?」

「遠屋は予言を受けてるんだ。『双子の狼の王に滅ぼされる』っていう」


 初めて聞く話に驚いてしまった。

 だから狼がキライなんて話をしてたのか?


「双子はいいとして、俺は狼じゃないし、そもそも王じゃないよな」

「実際に王様じゃなくてもいいんだと思う。玲二はいつの間にか『主』って呼ばれてるじゃないか。それは、王様みたいなものなんじゃないの?」


 一路のこの推測が当たっているんだとしたら?

 だけど、俺はそうでも、一路はどうなんだ。


「一路はあっちではどういう扱いなの? 一番強い、リーダーみたいなものなのか?」

「違う。今のリーダーはおじいさんだよ……」

「じゃあそのうち、一路に代わるの?」


 時間がかかったけれど、一路は結局、頷いて未来について認めた。


 俺から出て行ってしまった力のカケラを戻したら、ひょっとしてすごいパワーアップをしてしまうんじゃないだろうか。

 助けてくれた時にわけてくれたものだけじゃないんだ。生まれた時にほんの少しだけ残っていた狼の血も全部、まとめて一路に渡すことになる。

 だから本当に、二人分の力をひとつの体に持つ。狼の力の測り方はわからないけど、それってすごそうだと思うんだ。それとも、人間とのハーフなら一人分なんかたいしたことないのか? いや、違う。やっぱり違う。一路は力が余り過ぎて、それが危険で一緒に暮らせなかったんだから……。


「俺たちは本当にわけがわからない兄弟なんだな」


 イレギュラーすぎて笑うしかない。

 一緒に生まれたっていうのに力のバランスがとれていなくて、一方は兄弟の存在を知らなくて、十六で死ぬかもしれないって言われて、実際死んだのに兄貴の力でよみがえったけど、わけのわからない別の存在に変わってしまって大喧嘩している。

 だけどこんなにもバランスが悪かったそもそもの理由が、ようやく顔を見せているようにも感じている。

 父さん方からもなにかを受け継いでいたんじゃないか?

 仮説でしかないけど、一路にも話してみよう。

  

「お父さんにはなにもないって、おじいさんたちも言ってたのに」

「感じ取れなかっただけなのかもしれないよ」

「確かにお父さんはちょっと変。近い家族もいないし、それでますますわからなかった」

「心の中は見えないの?」

「見えるけど……」

「父さんに聞いてみようか」


 二人で揃ってリビングに下りて、のんきにお茶を飲んでいる父さんに直接、問いかけることにした。だけど想像していた通り。わからないみたいだった。


「私にはそんな力はないと思うよ」


 だよな。知っていたら、正直に話してくれたと思う。


「母さんは?」


 俺たちの分の飲み物を用意しながら、母さんもわからないと答えている。


「わからなくても、本能的に感じ取ったとかじゃないの? 人間と一緒になんて滅多にないことみたいじゃないか」


 二人のなれそめについては簡単にしか聞いていない。

 父さんが旅先で偶然出会って、一目で恋に落ちて、って話だったはずだ。


「それは間違いないわ。なぜか強烈に惹かれてしまったのは確かよ」


 なに二人で見つめあってるんだ。仲がいいな、まったく。


「だけど仲間の匂いみたいなものは感じなかったと思う」

「玲二の話が本当だとしたら、私は森の主かなにかの血筋なのかな。ワクワクする話だなあ」


 父さんののんきな笑顔に、兄弟で思わず顔を見合わせてしまった。

 

「お父さんの家はずっとあのあたりで暮らしていたの?」

「ん? どうだろうねえ。私がわかるのは自分の祖父母くらいまでだけど」

「お父さんの家に行った時に、森の中のカエルが教えてくれた。近くの森には昔狼がいたって。それが森の主だって言ってた。ずいぶん昔にいなくなってしまったとも言ってた」


 そんな話をいつの間に聞いていたんだろう。


「ごめん、玲二。僕はこの話を教えたくなかった。教えたぶん僕から遠い存在になっちゃう気がして、話せなかった」


 国は違うとはいえ、同じ狼だった主の血がこっそり受け継がれていて、それに母さんが惹かれて、俺たちが生まれた?


「玲二、僕はとても嫌な予感がしている。ここから出て、森に帰ろう。いつきを連れてきてもいい。僕が二人とも守るよ」

「ありがとう、一路。俺も少し考える。これから先どうするのが一番いいのかちゃんと考えるよ」


 あの森も選択肢に入れたらいいんだよな。

 今まで弾かれてきたし、馴染めないと思っていたから戻りたくなかったけど。

 兄弟の絆が切れかけた今、近い場所にいるのが最善の方法なのかもしれない。

 ただ、もうちょっと後にしたいけどな。いつきを連れて行って、死ぬまであそこで暮らすっていうのはいくらなんでも寂しすぎる。


 遠屋に確認しにいって、頼めばいいんじゃないか。

 マスターになんかなる気はないんだから、続投してくださいって。

 この辺りの平和を乱さないと誓って、ほんの少しだけ今まで通り、人間として過ごさせてくださいって。一路たちだけ先に戻ってもらえば、俺たちは「双子の狼」じゃあなくなる。あなたの脅威にはならないと誓えば、少しくらいの猶予を許してもらえそうじゃないか。



 俺の知らないところで得ていた情報を全部教えてもらえたお陰で、これからの道が少しだけスッキリしたような気がした。

 いろいろと未知すぎたし、決まりやしがらみでわけがわからなかったけど、選択肢が少しずつ減っていって、ようやく納得がいった。


 一人で部屋に戻って、明日の学校の準備を進めた。

 机の上には例の、謎の本が乗っている。



 表紙をめくると、古めかしい文字で物語が綴られている。


 人間の娘に恋をした狼は、俺と同じで毎日悶々としていたのかもしれない。

 人間になれたらいいのにって、撫でられながら祈っていたんだろう。

 

 みんなから離れたところで浮いている俺を、いつきは不審に思わなかった。

 そういえば、中学の頃は薄められているはずなのに。

 いつきの記憶はどうなっているんだろう。俺のこと、ずっと見てたって言ってたけど、本当なのかな。見つける度に好意を覚えてくれていた? それとも、ずっと継続して覚えていてくれたのかな……?



「もしもし、いつき?」

『玲二くん、どうしたの?』


 なんだかひどく気になって電話してしまったけど、なんて聞いたらいいんだろう。


「ちょっと確認したいことがあるんだけど」

『なあに?』


 あんな話をしたあとだから、身構えていたのかもしれない。

 すぐに海外に飛ぶぞとか、荷物を片づけておけとか、そんな指令が出ると考えていたんだと思う。


「俺のことずっと好きだった?」

『え?』


 結構大きな声の「え?」で、俺もひどく恥ずかしい。


「中学の時から見てたって言ってくれたけど、それって、その……三年間ずっと途切れずにってことなのか知りたくて」


 電話の向こうからはなにも聞こえない。唐突だな、この質問は。うん、俺もこんなことを聞かれたらきっと困る。


『うん、そうだよ。ずっと、毎日毎日玲二くんだった』


 いつきの声は本当に可愛い。今の台詞、録音しておけば良かった。


「途中で忘れたことってなかった?」

『もう、そんなのなかったよ。ずっとだってば』

「本当に?」

『……本当に』


 しつこかったかな。普通だったら気持ち悪いよな、こんなに念押しされるのは。


『これからもずっとだよ。ずーっと玲二くんだけ』


 でも、普通じゃない俺を受け入れたいつきも、普通じゃあない。びっくりするほど大きな愛情で、俺のつまらない疑いを包んで消してしまった。


「俺も、ずっといつきだけだよ」

『私が死んだあとも、私だけでいてくれる?』


 浮かれている場合じゃなかった。

 探さなきゃ。一番いい答えを。なんて言ったらいい?

 違う長さを生きる二人にふさわしい愛の言葉を見つけて、今すぐに返さなきゃダメだ。


「うん。俺は永遠に、いつきだけのものだ」


 頑張って探した結果、とんでもなくクサくなってしまった。

 いつきは電話の向こうでクスクス笑っている。


『ありがとう玲二くん。早く会いたいな』

「俺も」

『明日の朝会ったら、ぎゅってしてね』


 おやすみ、で会話は終わり。


 ああもう、ぎゅってしたいよ、今すぐしたい。

 心に封印してたはずなのに、あっさり爆発してしまった。

 最近すっかり問題がシリアスになってて、考える暇がなかったのに。

 なんとなく解決への道が見えてきたからゆるんじゃったのかな。


 いつきを抱いて、俺のものにしてしまいたい。

 すごく気をつけていれば、問題なんか起きないんじゃないか。

 マスターにはなりたくないけど、クロの言葉に救いを見出してしまっている。

 去年散々夢で見た光景。いつきのすべてに触れて、俺のしるしをつけてしまいたい。

 ひとつになりたいな。いや、ダメだ。なにを盛り上がってるんだ。明日の朝も、ぎゅっとするだけだ。それ以上はダメ。とりあえずはまだダメなんだから、忘れておかなきゃ。


 狼の俺はかわいいいつきのもとに毎日通ってる。

 本に書かれた物語みたいに、いつの間にか人間になれたらいいのに。

 それとも誰か、俺のために犠牲になってくれる命がどこかにあるんだろうか?


 たとえばもう命が尽きかけた誰かに協力してもらうとか?


 

 ダメだよな。そんな真似して、幸せになれるとは思えない。

 既に百井は消えてしまっている。俺に協力したから消えてしまったんだと思う。

 真夜だってそうだ。あの時跳ね返せなかったら俺がいなくなっていたんだろうけど、それでも、彼に消される理由なんてなかっただろうと思う。


 俺はやっぱり、もっとちゃんと自覚しなきゃいけないんだろう。

 人間じゃない世界にすでに深く足を突っ込んでいて、もう無関係なんて言えないんだって、ちゃんと考えなければいけない。


 明日は金曜日。

 学校が終わったら月浜に寄って、遠屋と話をつけよう。

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