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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
VOICE
71/85

あなたのいない日 / いつき

 こつんこつんと窓がなった。

 今日はあんな話を聞いたから、慌ててカーテンを開けると、暗がりの中に白い小鳥がぼんやりと浮かんでいる。


 ハールおじさんの孫娘、なのかな。


「こんばんは」


 窓を開けて声をかけると、きれいな小鳥はぴょんと一歩前に跳んで、私に向けて小さななにかを放り投げてきた。

 手に取ると、何回も折って小さくたたまれたメモだとわかる。

 開けてみると、急いで書いたような走り書きが一行だけ。


 明日、家まで来てほしい


「玲二くんから?」


 だよね、たぶん。


「明日おうちに行ったらいいの?」


 確認すると、白い小鳥はピロロと鳴いて応えてくれた。

 何時ごろ行ったらいいんだろう。


「いつでもいい?」


 また、ピロロ。きれいな声。まなざしもどこか優しい。

 内容はこれで良かったのか、白い鳥は夜空へ飛んで去っていく。


 あっちは、玲二くんの家の方だよね。


 ハールおじさん、玲二くんを育てたのはお母さんと自分の孫娘だって言ってたっけ。

 あの小さな鳥はどんな風に玲二くんを育てたんだろう。やっぱり、人間になったりするのかな。


 今日聞いた話の全部が理解できてるわけじゃない。

 ただ、おじさんのおかげでたくさん、ハッキリしたとは思う。


 一日ずっと考えてみたけど、結局私の中で変わったことはなにもない。

 想像していた以上に、玲二くんが私を思ってくれていたってわかって、それにちょっと感激しているだけで。


 でも、どうしてメールとか電話じゃなくて、小鳥にメモを運ばせるなんて方法をするんだろう。玲二くんらしからぬファンシーなやり方なんだけど、なにかあったのかな?

 一路くんが反対してるから?

 

 人間じゃない人たちって、なんだかすごいことができそうじゃない?

 もしかして、普通の連絡手段を使ったらいけないのかな。これからどうしたらいいんだろう。



 家に呼ばれるってことは、玲二くんが一人でいるのかなって思うんだけど、そうじゃないかもしれない。去年引きこもっていた時は来平先輩が出てきて応対してくれたって葉山君も話していたし。あの謎も、おかげですっかり解けちゃったな。葉山君もさすがにビックリするんだろうな。冗談だと思ったのに、本当だったなんて。

 ほかにも誰かがいるなら、手土産がいるかな。ん、だけど鳥へのお土産ってなにがいいんだろう。さすがに飼料っていうのはちょっと気が引ける。


 今日はいいか、駅前でお菓子を買ってもっていこう。

 何人いてなにを食べるのか、玲二くんに聞いたらいいんだもん。


 八月も半分以上が終わったけど、まだまだ太陽は絶好調。

 暑いけど、でも、気持ちはずいぶん清々しい。

 玲二くんの抱えていた事情がわかって、私は理解者になれるって確信があるから。

 鳥がメッセージカードを運んできたって動じたりしない。

 たとえどんな困難が待ち受けていたって、平気だもん。



 だけどちょっと、予想外なことが起きるとやっぱり、びっくりするかも。


「いらっしゃい」


 玲二くん、一路くん、お父さん、ハールおじさんときて、なんというか、最後の砦が目の前に現れたって感じ。お母さんの登場に私は少し、体が硬くなった気がしている。


「初めまして、玲二と一路がお世話になっています」

「いえ、そんな。私の方こそお世話になってます」

  

 二人と同じ顔の、キリリとしたお母さんだと思った。

 薄い茶色の長い髪は、去年の玲二くんと同じ色。

 眼差しの鋭さも同じ。一路くんより、玲二くんに似ている。

 そうだ、見覚えがある気がするのは、文化祭の時の女装姿のせいだ。母さんにしか見えないって、玲二くんも言ってたっけ。


 リビングに通されて、おみやげを渡して、お茶を出されて。

 お母さんは私の向かいに座ると、こんなショッキングな発言をした。


「あの手紙、玲二からだと思ったわよね」

 

 んん。違うの?


「二人は今朝から旅に出てしまったの」

「玲二くんと、一路くんが、ですか」

「そう。玲二がいない方が話しやすいと思って。うちの鳥たちが少し迷惑をかけてしまったみたいだし、いろいろと巻き込んでしまったから。お詫びをしたくて」

「ハール……おじさんとは確かにこの間お話しました」

「ハールに聞く前から気が付いていたんでしょう? あなたたちは本当に侮れない。だけど理解をしてくれる人間がいるのは、私たちにとって大きな喜びなの」


 お母さんも主語を入れてくれないのかな。

 玲二くんはすごく普通にしゃべると思うんだけど。


 もしかして今日はお母さんとマンツーマンなのかな。うわ、どうしよう。お父さんとは緊張が段違いなんだけど。


「あなたを巻き込んでしまって、たくさん混乱させたわよね。本当にごめんなさい」


 混乱させた。うん、まあ、確かに。玲二くんは本当に謎だらけだった。


「もう少し穏便にできればよかったんだけど、複雑で。玲二の力がどこまで及んでいるかはいまだにわからないし、鳥たちもそれぞれで頑張りすぎたわ」


 もしかして、謎に振り回されたって話じゃないのかな。

 お母さんは話す時は目を伏せているけれど、時々ちらちらとこちらの様子をうかがうように視線を向けてくる。


 心が読まれたりとか、そういう超常現象もあったりする?


「予想していたよりも長い」

「なにがですか……?」


 聞くしかないか。これじゃ全然スッキリしないもん。


「百井沙夜があなたにかけたおまじないが、まだ効いているの」

「百井さんが」

「彼女は消えてしまった。それは気が付いている?」

「はい。なんとなく、そう感じました」

「今日は全部伝えようと決めていたの」


 お母さんの目が銀色に光っている。

 そこでようやくわかった。玲二くんの瞳が金色に輝いていたのは、光が反射したとかそんな単純な理由じゃなかったんだって。あれは、普通の人間じゃない証だった。


「玲二の立場はとても危うい。あの子はなにも悪くない、偶然ああなっただけで本人には責任はないんだけど、そんな理由では許してもらえなくてね」


 お母さんの声は低く落ち着いていて、日本語の発音も完璧だった。

 流暢で、穏やかで、頭に直接響いてくるような気がする。


「簡単に言うと、玲二は正体がよくわからないの。あの子は人間ではないんだけれど、どんな力を持っているのかはいまだにはっきりしていない。一路と旅に出たのは、もしかしたらすべてが理解できるかもしれないって希望があるからなの」

「狼じゃないんですか?」

「玲二の力はほとんど一路に取られてしまった。代わりによくわからないなにかが潜んでいて、春にもう一つ、新しい力が入った」


 春休みに会えなかった理由はそのせいなのかな?


「春休みの頃、けがをして会えないって聞きました」


 お母さんは口を開いたけど、迷いがあるのか、続きはしばらくなかった。


 立花家のリビングはきれいに整えられていて、私の前に置かれたカップからはいい香りが漂ってくる。

 紅茶だよね。玲二くんも淹れてくれた。外で会う時も、いつも紅茶を頼んでいる。

 カップをとって口へ運んで、少しぬるくなったお茶を飲んだ。


「それも本当。けがをしたのは本当よ。玲二は特別な力を持っているけど、戦ったりはできないの。肉体的には人間とかわりがないのかもしれない」


 戦いはできないって、戦うようなことがあるのかな。


「一路くんは違うんですか?」

「そう。あの子はわたしと同じ」

 

 お母さんの口から、細く長く、ため息が吐き出されていく。

 

 こんな深刻な顔をされたら、不安になってしまう。

 今日私に話したいことって、一体なんなのかなって。


「私、玲二くんと一緒にいたらいけないんでしょうか」


 結局はこういう話だと思う。ハールおじさんも言っていたし、玲二くんの態度から考えても「反対されている」だろうから。

 それでも一緒にいてほしいって思ってくれているんだよね、きっと。

 一生一緒にいてくれる? って、確認してきたんだもん。

 あれは、私に対する思いがどうこうって話じゃなくて……。


「わたしたちはあなたを信頼している。もしも玲二といられなくなったとしても、面白おかしく他人に話すような人間ではないと、信じている」

「はい、もちろん」

「それから、とても感謝しているの。玲二が今生きていられるのはあなたのおかげ。あなたと出会わなかったらきっと抜け殻になっていただろうから」

「それは私も一緒です」


 いや、さすがに抜け殻はないかな……。でも、玲二くんもないと思うけど。女の子なんてよりどりみどりのはずだし。


「ありがとう」


 お母さんは穏やかに微笑んで、私をそっと黙らせる。


「将来どうなるかについては、玲二もよく考えている。あなたにとっての幸せについても、とても悩んでいたわ」


 俺じゃ幸せにできないから。誕生日の時には、そう言われた。


「あの子は、あなた以上の相手は現れないと思っている。わたしもそう思う。あなたと一緒にいられなくなったら、あの子はきっとずうっと一人でいるでしょう。わたしたちは玲二に幸せになってほしい。悲しい思いを抱えたままひとりきりでいるよりも、人間になればいいと考えている。だから玲二を止めないし、できる限りの協力をするわ」


 お母さんは「わたしたち」って言うけど、お父さんとセットって考えていいのかな。

 だとしたら、玲二くんが話した通りになる。一路くんは家族の中で一人だけ、意見が合わない。


「だけど、その方法があるのかはわからないし、あったとしてもうまくいく保障はない。玲二はうまくいかなかった場合についても考えているけれど、あなたの想像は追いついていないだろうと思ったの」

「玲二くんが今のままだったら、ってことですよね」

「そう。老化はするけど、おそらくとても緩やかになるはずだから。あなたが六十になっても、あの子の見た目は二十代で止まっている可能性が高いの」


 嘘。そうなっちゃうの?

 私がおばあちゃんになっても、玲二くんは今の姿とあまり変わらない?


「そして、子供は持てない。玲二のような特殊な存在がさらに血を薄めて命をつなぐのは、許されない」


 この一言で、頭が真っ白になった気がした。

 うまく具体的に考えられない。

 私だけが老化して、玲二くんが若いままで、それなら確かに、子供がいたら相当ヘンだろうなって考えだけが、頭の隅にちらちらと顔を出している。


 玲二くん、この条件を承知してるはずだよね。

 だから、ダメだったのかな。うちのお父さんがどうのこうのは関係なしに、あんな真似をしたらいけなかった……?


「本当はわたしたちが我慢しなければいけなかった。こんな不当な要求をしていい立場ではない。だけど、駄目なの。世界はこれ以上を許してくれない」


 また、お母さんの唇が迷っているように見えた。

 その先の言葉は、もしも、私と玲二くんがその決まりを破ったらどうなるかを、言い淀んでいるように感じられる。


「もう一度言わせてちょうだい。わたしたちはあなたにとても感謝しているの。玲二に命をくれたのはあなただから。だけど、どうにもならないこともある。私は子供を産み育てる喜びを知っているからこそ、考えてもらいたい。今のままの玲二とでは、望めるはずの幸せを最初にあきらめなければいけないから。あなたの家族や友達が当たり前のように手にするものも、大切な人たちとの交流もすべて捨てなきゃならない。それで本当にいいのか……」


 私はこの瞳を知っている。

 玲二くんが初めて好きだって言ってくれた日に、同じ色の哀しみを見た。


 頭がごちゃごちゃして、うまくまとまらない。

 冷めてしまった紅茶を口に含んで、少しだけ潤して、目を閉じてみても、なんにも浮かんでこなかった。


 お母さんも同じように、紅茶をゆっくりと口元に運んでいる。

 私たちはじっと沈黙の中で、静かに静かに時間を共有していって、そして。


「玲二に怒られちゃうわね」


 小さな呟きが、リビングに響いた。


「きっと自分で言いたかっただろうから」


 そうかもしれないけど、でも、今日の言葉はお母さんだから言えたんじゃないかって部分もある、と思う。


「あの」

「なにかしら」


 心がずーんとしている。考えていたより、玲二くんの抱えている事情は複雑で重たかった。こんな話をされたってことは、きっと玲二くんの夢が叶う可能性が低いって思われているからなんじゃないかな。

 

「玲二くんと出会わせてくれて、ありがとうございます」


 でもきっと、明るい未来を信じているだろうから。

 一路くんがなにか掴んだなら、玲二くんにだってわかるかもしれないし。


「今日の話はびっくりしたし、よく考えますけど、でも、簡単に諦められそうにはないです」


 楽観的過ぎるって言われてもいい。

 物理的に愛し合えなくても、構わない……かな。わかんないけど。まだよく想像できてないから言い切れないけど。


「今のままだと、再来年の三月までしかここにはいられない。残された時間はあまり多くないの」

「え?」


 わあ、またハードルが上がっちゃった。


「玲二とゆっくり話してちょうだい。帰ってきたらすぐに連絡させるわ」


 お母さんのほほえみは優しかったけど、寂しそうにも見えた。

 私は、はい、くらいしか返事ができなくて、元気のない挨拶をしてとぼとぼと家に帰った。




 汗だくのまんまベッドに倒れこんで、頭を働かせていく。

 再来年の三月って、高校卒業するまでってことだよね。

 玲二くんは、高校を出たあとの人生をどうするつもりなんだろう。


 少し前、私はすごく変だった。

 玲二くんがいない時間を過ごしてた気がする。思い出そうとしても、よくわからないけど、すごく寂しくて戸惑いだらけだった日々があった。


 家に帰ったら玲二くんがいて、少しだけ開けたふすまの隙間から見つめていたら、なんだかもうすごく好きで好きでたまらなくて、幸せが爆発してしまった。

 私がもらった愛の言葉は宝石みたいにキラッキラに輝いていたから、同じくらいの愛情を返さなきゃいけないって、あの時思った。だから抱きしめて、ちゃんと口にしたんだけど。


 一方的に好きになって隣に潜り込んで。

 なんとなく好意が伝わったように感じて。

 事情があるから待ってほしいって頼まれて。

 待った末に、好きだけどダメって言われて。


 どん底に落ちて、でも帰ってきてくれて、またいなくなって、今度は姿を変えて戻ってきて、一路くんが現れて、近くなったり遠ざかったり……。


 玲二くんと歩いてきた一年ちょっとの道をゆっくり思い返していく。

 私を幸せにできないって言った理由はよくわかった。

 

 玲二くんとじゃなきゃ手に入れられない幸せと、玲二くんと一緒じゃ望めないあれやこれ。

 天秤にかけるしかないのかな。

 玲二くんは、人間になれるのかな……?



 一日中悩んで、時計を見上げると、もう夜の十一時を過ぎていた。

 玲二くんに会いたいな。

 強く抱きしめて、大丈夫だよって囁いてほしい。

 俺はきっといつきを幸せにするよって言ってほしい。

 そうしてもらえば、私は「普通のしあわせ」を諦められるんじゃないかな。

 

 いや、違う。そんな即物的(インスタント)な考えじゃダメだ。ダメだから、今日玲二くんのお母さんは私をわざわざ呼び出したんだもんね。


 心のどこかでまだ、もしかしてからかわれているだけなんじゃないかって甘えている。

 ハールおじさんが鳥に見えたのはイリュージョンだったのかもしれないし。


 でも、疑うより信じた方が納得がいく。

 玲二くんの愛情の示し方はとても不安定で、わけのわからないこともたくさんあったから。


 もう遅いけど、思い切って電話を手に取った。

 寝てるかな。出てくれるかな。なんて切り出したらいいのかな?

 すごく迷った末にかけてみると、繋がらない。もしかして圏外?


 メールって、圏外だと届かないんだっけ。

 でもメールじゃダメな気がする。玲二くんの落ち着いた声を聞きたいし、できたら目を見て話したい。


 部屋の明かりを消して、目を閉じる。

 年老いた私と、今のままのステキな玲二くん。

 若い男と老女の恋も世の中にはきっとあるだろうけど、うーん、考えてみたらおかしいよね。同じ場所に住み続けるのは変だし、身分証とかどうなるんだろう。あの見た目で六十歳とか、七十歳とか、おばあちゃんと夫婦やってます、連れ添って五十年ですなんて異常だよね。


 そういうことだったんだ。

 私に、なにもかも捨てられる? って聞いたのは。

 甘かったな。せいぜい、二人で愛の逃避行を繰り広げなきゃいけないのかな程度にしか考えてなかった。婚約者がいて、捨てられないとか、そんな漫画みたいなパターンは考えていたけど。




「玲二が人間じゃない?」


 次の日の朝も電話がつながらず、メールの返事もなく、耐えられなくなって葉山君の家を訪ねていた。部活はちょうどなかったみたいで、葉山君は少し黒くなった笑顔で私を出迎えてくれた。


「うん」


 カフェでも行く? って聞いてくれたけど、内緒の相談があるからってお部屋に通してもらった。水族館と動物園のおみやげ詰め合わせを渡して、二人で麦茶とおやつを挟んで向かい合っている。


「園田ちゃん」


 葉山君のいい人顔が、困った形にゆがむ。

 そりゃそうだよね。なにを言ってるんだって思うよね。


「ごめん、俺それ知ってた」

「え?」


 一路くんが現れて割とすぐに、二人の真実を知ったんだと葉山君は話してくれた。


「そうだったんだ」

「まあ、変だったからね、二人とも」

「そうだよね。変だったよね」

「いや、でもさ、俺が聞いたのは一路からなんだよ。あいつは簡単に、俺もそうなの? なんてビックリしてた。冗談のつもりだったけどまさかのビンゴで」

「葉山君は見たの? 一路くんの正体みたいなもの」

「いや、見てないよ。園田ちゃんは?」

「私も見てない。けど、玲二くんの家にいる鳥はたぶん、見たかな」

「たぶん?」


 あれは幻ではなかったと思う。黄色い小鳥の正体は来平先輩で間違いないだろうし、ああ、でも本当は小鳥じゃないんだろうけど。渡された羽根の大きさを考えると、もう一段回変身しちゃうとかそういうのがあるんじゃないかな。


「玲二くんは人間になりたいんだって」


 葉山君の細い目がますます細くなっていく。


「もしかして知ってた?」

「うん。ごめん。聞いてた」

「そうなんだ」

「いや、なんだろうね、ごめんね。園田ちゃんが知ってるかどうかわからなかったし、知らせるなら自分の口から言うだろうと思ってたから」

「それは玲二くんのお母さんも言ってた」


 親友に先を越されて嫉妬している場合じゃなくて。

 むしろ、葉山君が知っていたのはいいことなんだと思う。

 考えてみれば、知らなかったらダメだったのかも。言いふらしていい話題じゃないだろうし。


「結構条件が厳しくて、心配になってきちゃって」

「そりゃそうでしょ。子供はダメとかいろいろ、玲二もずいぶん悩んでたよ」


 うんうん頷くクラスメイトに、少し呆れてしまった。

 いつも通りの頼れる葉山君なんだけど、そんな相談をされてよく平気だったなって。


「あの時の玲二は本当に落ち込んでてさ。自分が園田ちゃんを諦めれば、全部丸く収まるんだとか言ってたよ」

「そんな風に考えてたの?」

「そう。だけどその後すぐに、二人はかつてない結びつきを見せたわけよ。園田ちゃん、なにしたの?」

「なにって……」


 うわ、言いにくい。現象としては、会っただけなんだけど。


「真っ赤になるようなこと?」

「え、うう、うん?」

「マジか」


 あ、これはきっと誤解されてる。

 そうじゃないの。そういう機会はあったはあったけど、未遂だし。


「玲二、やるじゃんか」

「あのね、そんな決定的なことはなにもないんだよ」

「なによ決定的なことって。別にいいんだよ、なにしたって。詮索しませんよ、俺は」

「え、だってそんな顔して、違うの、ただね」

「ただ?」


 愛してるって言われただけ。

 蚊の鳴くような声で私がつぶやくと、葉山君はなぜか真っ赤になってパタパタと顔を扇ぎ始めた。


「ごめんね園田ちゃん、そんな話させて」

「う、ううん。葉山君は悪くないよね。私が勝手に妙な想像されてるんじゃないかって考えちゃったから」


 つい話しちゃったけど、真相の方がよっぽど恥ずかしい。


「じゃあさ、心配いらないじゃん。玲二は我慢強くて、園田ちゃんをめちゃめちゃ愛しちゃってるから、頑張るでしょ」

「頑張ってどうにかなるのかな」


 そこがわからない。信じたいのに、ただ信じるだけじゃ逃避になってしまう気がして。

 焦ってばかりじゃ辛いって知っているけど、心を穏やかにする方法が見つけられないんだもん。


 目を伏せて、思わずため息をついてしまった。

 すると、胸のあたりしか見えない葉山君が、すうっと息を吸い込んだのがわかった。


「なるんじゃない? そういうやつが起こすんでしょ、奇跡って」


 希望に満ちた言葉を注がれて、はっとして顔を上げる。

 

「……葉山君って本当に素敵な人だよね」

「俺よりも素敵な王子様がいるでしょ、園田ちゃんは。待ってあげてよ。素敵な割にだいぶ不器用みたいだから」


 葉山君に話して良かった。


 問題はちっとも解決してないんだけど、まずは玲二くんと話してから。

 夏休みはあと一週間。お兄さんとの距離を少しでも縮めて、無事に帰ってくるよう祈っていよう。

 


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