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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
熱帯夜
67/85

思い通りに / 一路

 歩きながら食べていたせいで、ベビーカステラの袋はもう空っぽだ。

 花火大会の夜は、数え切れないほどのにおいが溢れている。

 かすかにわかるともだちのにおいをたどっているうちに、ふっと気が付いた冷たい気配。


 ごみごみした道から外れて、公園の端にある枯れ木にたどり着いた。

 黒く染まって乾ききったその木とよく似た影が、根元に倒れている。倒れているというよりは、地面から生えているといった方がいいかな。体の半分はどこにあるのか見えなくて、まるで空洞になってしまったような瞳を僕に向けたまま、小さく震えていた。


『玲二様……』


 弱っているとは聞いていたけど、感じ取れないほどとは思わなかった。

 視界に入った顔を見ただけで判断したんだろう。

 びっくりした理由はそれだけじゃない。あまりにも醜い顔に僕は驚いている。

 玲二が見ていたのはこの顔だったんだな。

 こんな顔をみんながキレイだの素敵だのほめていたんだから、ずいぶん戸惑っただろう。


『玲二様、見つけました……。人ではないけだものが、人になった話を聞いたのです』


 僕は玲二の説得を受けて戻ってきた。

 だけどまだ許していない。

 意地悪な気持ちは心から全然消えなくて、それは少し僕を不愉快にさせるんだけど、追い出せないままだった。

 だから、僕は言わない。僕が玲二じゃないって、目の前で消えかけている人でなしに伝えずにいる。


『だから、あなたも』


 人間になれるっていうのか、玲二が。

 僕の許しもないまま? 


 人でなしの持つ意思の力は強い。どんな底力を見せるかわからない。だから僕は人でなしの冷たい体をそっと抱いて、汚く乱れた髪をこれ以上ないくらい優しく撫でてやった。


『玲二、さま……』


 幸せそうに唇を震わせて、人でなしの体が溶けていく。もともと闇のような存在だったけど、今日は本当に夜とひとつになって消えていってしまった。


 それで、おしまい。



 玲二がかわいそうだと思った。

 僕は玲二がかわいそうでこっちに戻ってきた。僕がいないと不安だっていうから。

 それに、僕がいないせいで死んでしまったりしたらやっぱり嫌だから戻ってきたんだけど。


 でも玲二は涼しい顔をしている。帰ってきてくれてありがとうって言うし、これで安心だってお父さんとお母さんにも笑顔を向けるけど。

 僕が必要なそぶりをちっとも見せない。ベッドに入り込んでも文句を言わず、頭を撫でてくれるけど、どうしても必要だからって感じじゃないんだ。


 玲二から漂っている余裕の気配に、僕はイライラしていた。

 どうしても人生に必要な兄としてじゃなくて、どうしても一緒にいたい気持ちを許してやっているだけ、そんな風だと感じてしまっている。


 いつきを見る目の愛情深さに、意味もないのにイラついてしまう。

 あんな目を僕にむけるはずはないんだけど。

 だけど天と地ほど違う、含まれている愛情の量の差に腹が立って仕方ない。



 人でなしは一粒も存在を残さずに消えてしまって、僕は空に咲いた花火をしばらく眺めていた。

 うるさいけど、きれいだ。ちょっとにおうけど、みんなが見とれるのがよくわかる。

 人間って本当に器用だ。空に打ち上げて爆発するもので絵を描こうと思うなんて、その発想が既にすごい。

 一瞬で消えてしまって本当にもったいないと思っていたら、しぶとく輝き続けるものがあったり、いくつもいくつも連続して太陽のように照らしてみせたり。

 大勢が見上げてうっとりしている。

 なんのために来たのか、お構いなしに暗がりの中で絡み合ってる獣もいるけど。


 

 かすかなにおいを辿って良太郎たちのところに戻ると、少しして玲二たちも二人で帰ってきた。

 玲二はいつも通りよく見えない。だけどいつきは少し、不安の中にいるように感じる。


『ハール、いつきになにかあった?』

『いや、なにもなかったぜ』


 夜はあんまり得意じゃないから見えなかったとかじゃないのか?

 僕の気持ちに相棒はすぐに気が付いて、不満そうだ。


『玲二に抱きついていたくらいだよ』


 そこら中にいるもんな、ベタベタくっついている奴らは。

 いつきだっておとなしそうに見えるだけで、中身は変わらないんだろう。


 でもそれなら、どうして不安な気持ちでいたのかな。

 玲二になにか言われた?


「一路」


 訝しむ僕に気が付いたのか、そうじゃないのか。

 玲二の涼しげな表情からはなにも読み取れない。

 弟は僕に棒に刺さったりんごを差し出している。

 夜空から降り注ぐ光に照らされて、りんごはキラキラ七色に輝いている。


「りんご飴、買ってないだろ?」

「どうしてわかる?」

「なんとなく」


 大きなりんごをかじると、甘くてカリっとしたかけらが口の中に飛び込んできて幸せだった。本当にまわりに飴がかかってるんだな。おいしいけど、この程度でごまかされたりはしない。僕は玲二のめちゃめちゃな考えを改めさせるためにここにいるんだ。おいしいものはオマケ。生活のついででしかない。



 花火は面白かったけど、気分は晴れなかった。

 玲二もいつきも良太郎も、みんな僕に気を使っていてくれるけど、ただたまに目を向けるだけで問題が解決するはずもない。


 いつきを家まで送る玲二を、少し離れた場所で待っていた。

 一緒に行けばちょっとくらい邪魔できるだろうけど、気が進まない。

 

 僕は自分のイライラの原因がなんなのかわかっているのに、どうしたら解決できるのかまったく考えられずにいた。

 僕の幸せは、玲二の不幸せに一直線に繋がっている。ハールたちにたしなめられた通り、僕が無茶をすれば玲二は悲しむだろう。それで恨まれて、嫌われたら意味がないってわかってるんだ。なるべくなら、そんな事態は避けたい。もっと小さい頃に思い描いていたような、無邪気な楽しいばっかりの日々への憧れが僕の足を引っ張っている。


『立花一路、沙夜を見送ってくれた礼を言おう』


 いつきの家のすぐそばの暗がりに佇む僕に、カラスの声が届いた。


『そんなことしてない』

『人でなしのくせに、幸せのうちに去っていった』


 かわいそうだな、あの人でなしも。

 僕なんかを玲二と勘違いしちゃったんだから。


『最後になにか言っていたようだが』

『玲二の幸せを願ってるとか、ぶつぶつ言ってたよ』


 あいつはどうして急に玲二を好きになったんだろう。

 命を捨ててでも尽くそうとしたのは、どうしてなんだろう?

 玲二もあいつを嫌っていたのに。あんなに醜い顔のやつを信じて、どうして人間になる方法を探させたりしたんだろう。

 僕には全然わからない。


『そろそろ、力を完全に自分のものにするか』


 心が読み取れなくても、玲二の変化は見ただけでわかる。

 去年までの、不安と苛立ちの波間で彷徨っていたこどもはもういなくて。

 自分の見たい未来をまっすぐに見つめる、強いまなざしの男になろうとしているって、周囲にたまたまいただけの蛇ですら気が付いている。


『そのままだ。そのまま成熟させる』

『カラスはなにを望んでいる?』


 玲二を人間にさせたくないっていうのは共通しているけど、目指しているものは違う。

 僕がじろりと目を向けると、暗がりに潜んでいるカラスが小さく震えたような気がした。


『時代は変わった。我々も変わらなければならない』


 ああ、なるほど。カラスはあの横暴な龍を追い払いたいんだな。

 昔やりあったこともあったみたいだし。

 僕たちが「双子の狼の王」だったら、と考えているんだろう。


『期待はずれかもしれないよ』

『構わんよ』


 そんじょそこらに双子の狼なんていないと思うけどな。

 僕たちがそうじゃないなら、次のチャンスは一体何百年後になるんだろう?

 それでいいなんて、ずいぶん気の長い生き物なんだな、蛇は。



 名残惜しそうにいつきのおでこにキスをして、玲二が戻ってくる。カラスはそれで気配を消して、弟は優しい顔で僕ににっこり笑いかけてきた。


「お待たせ」

「うん」


 一人でいる時は心をたくさん動かして、こうしてあろう、ああしてやろうってさんざん考えているのに、玲二を前にするとどうにも調子が上がらない。

 玲二が最近気に入って身にまとっている空気は、静かで、穏やかで、乱せない。

 僕は頑張ってかき回してやろうと思っているのに、ぐるぐると見えない糸にからめとられてしまって、どうしてかうまくやれなくなってしまう。


 これも玲二の力なのかな。相手を従えるような力が、目覚めたんだろうか。


「一路、浴衣がよく似合うんだな」

「同じ顔の僕をほめるなんて、ジガジサンってやつじゃないの?」

「顔は同じようなものだけど、一路の方ががっしりしてるじゃないか」


 玲二は一時期ほどひょろひょろじゃなくなっている。今は少し細く見えるくらいかな。しゅっとしててかっこいいって女の子は思ってるみたいだ。

 細いのが好きか、がっしりしているのが好きか。人間の好みはみんなバラバラで、単純に一番強いオスがいい、とはならないらしい。


 僕と玲二が違うのは当たり前なんだ。

 育った世界が違うんだから。

 ここではありとあらゆる存在が許されている。

 僕のいた世界には、獣しかいなかった。魔女もいたけど、そんなにしょっちゅう会いはしない。


「蚊に刺されなかった?」

「ううん」


 日本の夏は暑い。むしむししていて、やかましい。

 太陽の主張が強すぎるし、木に止まっている虫たちの合唱はちっとも途切れないし。



 戻るんじゃなかった、と思う。

 だけど玲二から目を離したら、一瞬で遠くへ去ってしまいそうで不安だ。

 強く出たいのに、うまくやれない。ほんの数日の間に急速に力を育てて、自分のものにしてしまっている気がする。


 玲二は一体なにになるんだろう。

 人間になられるのは困る。

 今のままじゃ半端でかわいそうだ。

 でも、この先に存在するかもしれない進化形を僕は恐れている。


「花火はどうだった?」


 玲二は僕の心の中を、本当に見られないのかな。

 拗ねてひねくれているのが見えているから、こんなに優しく話しかけてくれているんじゃないのかな。


「きれいだった」

「人が多かったから、嫌だったかなって思ったんだ」

「それは嫌だったけど」


 双子の会話はちっとも弾まないまんまで、蝉の鳴き声だけが夜道に響いている。

 だらだらと額から垂れてくる汗が僕は嫌でたまらなくて、右腕で乱暴に拭った。


「ごめん、一路」


 玲二が謝ってきたのは、家についてから。

 玄関で草履ってやつを脱ぎ捨てて先にあがった僕に、後ろから声をかけてきた。


「なにが?」

「俺がわがまま言って帰ってきてもらったのに、よくしてあげられなくて」

「よくするって、なにを?」

「どうしたら一路の気分がよくなるのか、俺にはわからないんだ」


 玲二は落ち込んだ顔をして、玄関のタイルへ視線を向けたままうなだれている。

 こんな風に謝ってくるとは思わなくて、僕はなんだか、ひどく罪悪感を覚えてしまう。


「暑いからイライラしてるんだ。すごく日差しが強いし、湿気がひどい」

「それもあるだろうけど、俺が一路の望んだ通りにしてないのもあるだろう?」


 僕が望んだ通りにする気があるのか、玲二。

 いつきのことなんか忘れて、家族で森に帰って、あそこで生きるための流儀を何年もかけて教えてあげたいって言ったら、黙ってついてきてくるのか?


 そんなわけない。

 そんなわけないから、落ち込んでるのか。

 僕に悪くて?


 なにも言い返せずにいる僕の背中をぽんと叩いて、まずは汗を流そうと玲二は言った。

 僕が狼の姿になってお風呂場で待っていたら、弟は着替えを持ってきて、なにも言わないまませっけんでざぶざぶ洗って流してくれた。

 一緒に湯船に入ってもなんにも文句を言わなくて、タオルでちゃんと拭いてくれて、部屋にはちゃんとクーラーをかけてあって、ベッドにもぐりこんでもやっぱりなにも言わなかった。それどころか、背中を撫でて、ごめんなって。


 変わったと思っていたけど、変わってないのかな。

 玲二は自分のことより、他人を優先するやつなんだ。

 ずっとひとりぼっちで過ごしていた時も、誰かにかまってくれとか、絡んだりなんかしなかった。時々玲二に気が付く人間がいたけど、そういうときにはにこやかに対応していた。そのあと見向きもされなかったとしても、恨んだり、むやみに悲しんだりしない強さを持っていた。


 命が終わると確信した瞬間でさえも、自分じゃない誰かの心配だったね、玲二。

 いつきや、良太郎や、お父さんや、ライ。

 誰かに危害が及んだらどうしようって。僕は見ていた。最後の最後、玲二の祈りが強く心に差し込んできて、すごく辛かった。


 僕も少しくらいは自分以外の誰かに、心を砕いていかなきゃいけないのかな。

 僕は変わった。もっともっと自分ばっかりだったけど、最近はすっかり玲二の影響を受けて、あれやこれや余計なことを考えるようになった。


 それでもまだ、玲二みたいになれそうにはない。


 僕は間違っているんだろうか。




 次の日の朝、鳥たちにごまかしてもらってこっそりと家を出た。

 

 目的地はすぐそこで、玄関から出てきた人は僕の顔を見て目をぱちくりさせている。


「ちょっと待っててね」


 僕を知っていたのか、それとも勘違いしたのか。

 わからないけどすぐに、いつきが姿を現した。

 いつもは頭の後ろでひとつにまとめている髪が、背中にさらりと流されている。

 格好も、すごく簡単な、僕とよく似たらくちんなものを身に着けている。


「一路くん」

「玲二が来たって言われた?」

「立花くんだよって言われたから、てっきり玲二くんだと思ったけどね」


 そりゃそうだ。僕が来る用なんかないんだから。


「ごめんね、こんな格好で。どうしたの?」

「ちょっとだけ質問がある」

「少し散らかってるけど、あがって」

「ううん、ここでいい」


 いつきは僕が寝るときにしているような恰好をしているけど、かわいさはちっとも損なわれていない。いつも通りの大きな瞳は夏の光を受けてキラキラ輝いているし、少し色濃くなった肌も健康的だ。

 

「いつきはどうして、あんなに玲二が好き?」

「え?」


 玲二のいつきへの愛情は、ちょっとあり得ないくらい高まっている。

 心は見えなくても、そのくらいわかる。

 いつきとの恋は玲二の命を繋ぐために必要だった。だけど、一時的なもので良かったんだ。今はもういらない。


「それ、昨日玲二くんにも聞かれた」


 いつきは照れたように小さく笑って、鼻の頭を撫でている。


「最初は、かっこいい男の子がいるなって思っていただけなの。話したり、どんな人なのか自分で確かめる機会もなかったから」


 高校に入るまで、玲二の世界にいつきはいなかった。

 登場人物として出てきたのが、去年の六月の終わり。

 誰もいない舞台へ出た瞬間、あっという間にヒロインになってしまった。


「一緒に過ごすようになってからも、そんなにうまくいってなかったんだよね。私の思い過ごしなのか不安だったり、急に人が変わったみたいになったり、よくわからない展開ばっかりで」

「なのに好きなの?」


 玲二を変えられないなら、いつきを変えるしかない。

 心変わりをして、ほかの男になびいてしまえば、玲二はここにいる理由を失う。

 弟に残されたのは兄だけになって、それで僕は、少しばかりの良心の痛みと引き換えに夢を叶えられる。


「うん」


 だけど、ダメみたいだ。


「玲二くんはずっと、私だけを見続けてくれるから」

「これから先、ずっと?」

「うん。そう思うんだ」

 

 朝っぱらから太陽の光が残酷なくらい強く降り注いでくる。

 さえぎるものがなにもないいつきの家の前で、僕は首の後ろをじりじりと焼かれて、イライラしていた。


「ごめんね、一路くん」


 眉間に寄せた皺を見せないでおこうと思って下を向いたのに。

 見えちゃったのかな、伝わったのかな、このイライラが。


「なにが?」


 いつきは小さく口を開いたけど、用意した言葉を飲み込んで、かわりににっこり笑ってみせた。


「お茶を用意してあげればよかった。暑いでしょ?」

「ううん、大丈夫だから」


 

 玲二くんをとっちゃってごめんね。

 いつきはそう言おうとして、やめた。

 謝っても意味がないからやめた。

 悪いと思っていても譲る気なんかないから、代わりの言葉を用意したんだ。

 

 飲み込んだ言葉を見通したせいで、いつきの強さを思い知らされてしまった。

 頼りない女の子だって思ってたのに。

 メスの魅力を活かしきれないこどものくせに。


 会いに来るんじゃなかった。

 

 走って走って、白く染まった夏の道を駆け抜けていく。

 家に帰れば玲二がいて、一緒にいたいのに、二度と会いたくない気もする。



「一路、どこに行ってたんだ?」


 出迎えてくれた弟に、僕は頬を膨らませるくらいしかできない。

 

 昨日の夜、いつきはなぜかわからないけど不安な気分でいたみたいだったから。

 だからもしかしたら二人の間になにかあったのかなって。つついたら崩れるかもしれないヒビができたのかと、期待していたんだけど。


「そろそろやらないと、課題が仕上がらないぞ」

「わかってるよ」


 夏休みの宿題は、まる写しにしていいと玲二はいう。

 学校でやる試験じゃないから、大丈夫だって。


 僕が来たっていつきから知らされていないのかな。

 玲二はわざわざタオルを持ってきて、汗だくの僕に差し出している。


 いつきは玲二によく似てる。

 優しくて、まじめで、家族を大事にしていて、だけどそれよりもお互いが好きで好きでたまらなくて、どうしてもだれか一人しか選ばなきゃいけない状況に陥ったら、なんの躊躇いもなくお互いを選ぶだろう。


 

 僕も玲二も人間じゃないんだって教えたら、いつきの心は変わるかな?

 とんでもなくひどいバケモノなんだよって言っちゃえばいいのかもしれない。



 考えるだけ考えて実行に移せないまま時間ばかりが経っていく。

 僕はこんな風じゃないはずなのに。なんでだろうな。

 だからただ写すだけなのに、三日経ってもまだ終わらない。

 お母さんも玲二もこんな僕に文句は言わなくて、それどころかいつもよりおいしいアイスクリームをくれたりして。


 僕たち家族のこれまでの歴史について、うまくやれなかったことはたくさんあった。

 なるべく全員にとっていい道をと思ってしてきたあれこれが積み重なって、今、僕の中で消化できずにたまってしまって、それを悪いって思ってるんだってたぶん、伝えたいんだと思う。


 僕はいろんなことがいやなんだけど。

 だけど、みんなを傷つけたいわけじゃない。



 

『一路』


 今日も僕は、課題を前に悶々としていた。自分の願いをかなえたいけど、僕の周囲のだれかの思いを全部踏みにじる覚悟がつかなくて、だけどめちゃめちゃに崩したい気もして、そうじゃない僕に都合のいい第三の道が見つからないか、ずっと悩んでいた。


『なんだよハール。僕は忙しいんだ』

『悪いがちょっと出かけてくる。用事があるならライに頼んでくれ』

『どこに行くの?』


 燃える鳥の気配は下から感じる。人の姿で出かけるのか?


『ハール、どこに行くのか教えろよ』


 ドアが開いて、鳥が飛び出していく。

 玲二ほど完全じゃないけど、ハールは身を隠すことができるんだ。

 年の功ってやつなのか、本気を出されるとちっとも見つけられなくなる。


『リア、ライ、ハールはどこへ行ったの!』


 鳥の部屋に踏み込むと、玲二もいた。

 三匹で卵の様子を見ていたみたいだ。


「一路、課題終わったのか?」

「ううん……」


 僕の質問に答える声は聞こえない。

 二人が答えていないんじゃない。いつもと違う。

 

「たまには気分転換が必要だよな。下で一息入れよう」


 肩をぽんと叩かれた瞬間、消えたんだ。


「母さんが一路の好きそうなデザート作ってたよ」

「本当?」


 さっきまで胸の中にあった疑問や苛立ちの霧は一気に晴れて、なにに憤っていたのかさっぱりわからなくなってしまった。

 

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