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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
熱帯夜
66/85

確信のようなもの / いつき

 唐突な予定の変更には少しびっくりしていた。

 行かないよって言ってたのに、お母さんの故郷へ飛び立っていってしまって、会う予定は一回キャンセル。だけどそれからたったの五日でもう戻ってきた。


 さっき戻りました。

 明日は約束通りの時間に迎えに行くよ。


 句読点までしっかりした、玲二くんからのメール。

 明日は花火大会で、私たちは二人で会場に向かうことになっている。

 車で行くには相当な渋滞を覚悟しなきゃいけなくて、お兄ちゃんに少しもうしわけない。

 だけど人がすごく多いから、最初から玲二くんと一緒のほうが安心かなという話になって、そうしたらみんなが一斉に気を遣って現地で合流に決まってしまった。


 新しい浴衣、ほめてくれるかな。

 去年は玲二くんのテンションがおかしくて、すぐに倒れちゃったからろくに見てなかっただろうとは思うんだけど。でもやっぱり、去年と一緒じゃ決まらない気がして、またみんなで一緒に見に行ったんだよね。


 楽しみなんだけど。

 でも、この間の出来事が気になっている。

 来平先輩の登場の仕方はやっぱり異常だもん。

 町の様子もいつもとちがって、妙にざわざわしていたように思うし。

 おじさんをハールって呼び捨てにしているのはギリギリありなのかなと思うんだけど、でも、先輩を「ライ」って呼んでいたのは少し気になる。


 俺も最近知ったんだけど。

 なにを?

 玲二くんにまつわる変な出来事はもう山のように積みあがっていて、ひょっとしたらもう逃げ出しているのがふつうなのかなって最近思うようになった。

 

 だけどそれなら、私だけはそばにいてあげないとダメかなって。

 それでいいんじゃないかって思ったら、すごく幸せな気がして。


 一生一緒にいるって約束もしちゃったし。

 いつだったかカバンに入っていた白い羽根をくるくるまわしながら、一人で思わず笑った。




 お母さんに用意を手伝ってもらって、午後二時過ぎに準備は完了。

 時間通りにインターホンが鳴って、玄関へ出ると玲二くんが立っていた。


「迎えに来たよ」


 額からちらりと汗を垂らして、玲二くんは優しい顔で笑っている。


「去年より大人っぽくなった」

「ほんと?」

「今年のもすごくいいね」


 普段はあんまりキザなセリフやアクションはしないんだけど、やっぱり海外の血が入ってるからなのかな。こういう時に、玲二くんはすごく自然に、さらっとほめてくれる。


「今年は玲二くんは着ないの?」

「さすがに毎年作ってもらうわけにはいかないし、去年のは一路が着せてもらってるんだ」

「一路くん、帰ってきたの?」

「一緒にね。今、良太郎のところにいるよ」



 玄関先で話していると、お母さんがやってきて二人のあいさつ合戦が始まった。

 お母さんは玲二くんと親しくなりたいようで、なんの臆面もなくかっこいいだの背が高いだの、見た目をほめまくっている。玲二くんは少し照れたような空気を出しつつも、落ち着いた応対をしてくれて。なんて書いてあるのかわからないおみやげを渡されてお母さんはきゃっきゃとはしゃいでいる。


「じゃあ、行ってくるね」

「立花君、お願いするわね」

「はい、帰りも送りますから」


 清く正しい交際って感じがする。

 この間一線を越えていたら、こんな気分にはもうなれなかっただろうから、玲二くんには感謝しなくちゃいけないかもしれない。


 手をつないで、湿気と熱であふれた道を歩いた。

 風なんかちっとも吹いてこないから、本当に暑い。


 見上げれば、玲二くんの頬を伝って汗が一滴降りてくる。

 思わず手を伸ばしてそれに触ると、玲二くんは少しびっくりした顔をしたけど、にっこり笑ってくれた。


 人差し指の上で、汗の珠は崩れて流れていってしまう。

 夏場に兄弟が集まっていると、汗臭いなあって思うんだけど。玲二くんはそう思わない。好きって気持ちを差し引いても、たぶん、くさくないんだと思うけどどうかな。これはさすがに兄弟差別なのかな。


「ちょっと変なこと聞いてもいいかな?」

「なあに」


 もうすぐ駅にたどり着くくらいのタイミングで繰り出されたのは、確かに、玲二くんらしからぬ少し変な質問だった。


「委員会で二人だけになった次の日に話してたことなんだけど、覚えているかな」

「どの話?」

「中学の時、俺のことを気にかけてる子がいたって話」


 そんな話をしたのかな、私は。

 あの時、玲二くんに思い切って話しかけて、いろいろ後悔しつつもものすごく浮かれてたんだよね。


「したかな。うん。玲二くんはモテてたんだよ」

「その……毎日俺通信みたいなのを作ってたとか、その時は言ってたけど」


 あ、そうか。立花玲二通信。

 同じクラスの女の子がキャアキャア言いながらプチ情報を書いては見せてくれてたんだけど。


「うん。作ってた」


 どうしたのかな、こんな話を聞きたがるなんて。

 モテ自慢(エゴサーチ)とかするタイプじゃないのに。


 玲二くんは久しぶりに頬を真っ赤に染めて、なんだか恥ずかしそうに口ごもっている。

 この問いの理由がなんなのかわからなくて、私も遠くなってきた記憶をそっと探った。


 あの通信を覚えていたのは、すごくインパクトがあったから。

 玲二くんはやっぱり見た目がとにかくいいから、見るとみんなふわーってため息をついていたんだよね。

 だけどその割に、恋バナには出てこなくて少し不思議だった。

 立花玲二通信を見せてもらった時に私が思ったのは、ほんの少しの焦りと、やっぱり素敵だと思うよねっていう共感のハーフアンドハーフで……。


「そういえばあれ、すぐに出なくなっちゃったかも」

「その通信が?」

「すごく声の大きい子で、かっこいいって毎日騒いでたから覚えてたんだけど」


 毎日だったけど、四号くらいで終わっちゃった気がする。

 そうだ。次の週の月曜日に、その子の好きな男の子は別な人に変わっていた。


 玲二くんはなんだかほっとしたように息を吐きだして、私の手を強く握った。

 

 あの頃ただ憧れるばかりだった顔がすぐそばにあって、改めてなんだか、夢を見ているみたいだなあと感じる。

 ほんのり赤く染まった白い肌、横から見るとますます高くみえる通った鼻と、少しだけ口角のあがった唇。きりりとした鋭い目はまっすぐ前へ向けられていて、私を見てほしいけれど、だけど道の先を見据えた横顔も、それはそれでやっぱり良くて。


「なにかついてる?」


 見すぎちゃったかな。視線に気が付いて、玲二くんはまた照れたように笑っている。


 からんころんと涼しげに鳴る下駄には慣れていなくて、少し歩きづらい。

 いつもより遅い私に、玲二くんは自然とスピードを合わせてくれているんだなあと気が付いた。

 つないだ手をぎゅっと強く握る。

 ほんの少し前までは、つないでいても玲二くんがすごく遠く感じられていた。

 目をそらしたらいなくなってしまいそうで不安だった。


 今はしっかり、私の隣。


 つないでいた手をそっと離すと、また玲二くんが私に目を向ける。

 これもまた憧れていたやつ。手のひらじゃなくて、指の一本一本を絡ませるつなぎ方。指を絡ませるようにして握りなおすと、駅にたどり着いてしまった。


 もっともっと二人で歩いていたかったけど。

 でも、足も少し痛いしちょうどよかったかな?

 

 花火大会があるせいか、電車の中は少し混んでいた。

 とうとう教えてもらえるはずだった秘密について、今日はちゃんと聞こうと思っていたのに。いつものように私をドアの前に促して、守るように立ってくれる玲二くんがなぜかやたらとかっこよく見えて落ち着かない。

 ずっと見つめ続けてきたけれど、最近ぐっと大人っぽくなったと思う。背も伸びて、がっしりして、表情も落ち着いていて頼もしく見える。


「いつき」


 私を呼ぶ声は低くて、腰の下をくすぐってくるような響き。


「なあに?」

「俺に初めて気が付いたのって、いつ?」


 今日はどうしたのかな。中学時代のことが気になる?


「はっきり覚えてるよ。入学式の日だったから」


 あの日、お母さんがうっかり忘れものをしたとかで、私は草兄ちゃんと一緒に中学に向かった。たどり着いたら兄ちゃんはすぐにどこかに行ってしまって、友香たちの姿がどこにもなくてやたらと心細かったっけ。

 その時に視界に飛び込んできた、涼しい目をした男の子が玲二くんだった。

 

 他の子よりも背が高いし、髪も薄い茶色だから目立っていたのに、みんな横をすり抜けていくばかりで、誰も話しかけなかった。

 もしかしたら転校生かなって思っていたのに、あとからそうじゃないって知ったんだよね。

 避けられるような人なのかなって考えたこともあったけど、そうじゃなかった。

 悪い話は一つもなくて、ただただ静かに一人で本を読んでいるだけの男の子。

 たまに誰かが素敵だって言っては、なぜかすぐに他の人に夢中になってしまう、謎の美少年だった。


「同じクラスになりたかったのに、なれなかったからね。だから、廊下に出たときとか、学年で集まるときなんかは一生懸命探したの」


 玲二くんは私をまっすぐにじっと見つめて、しばらくの間口をきゅっと結んだままにしていた。

 カタカタ揺れる電車が、私に問いかけてくる。

 あなたの好きな人は一体、何を思っているんだろうねって。

 確かに気になる。急にどうしてこんな話を聞きたがるのか。

 だけど大きな意味があるような気もして、追及したい気持ちはしぼんだまま、奥から出てこない。


 玲二くんが手を伸ばして私の頬に触れてきたのは、駅を二つ過ぎてからだった。


「ありがとう」


 なんだろう。お礼なんて。

 私が勝手に好きになっただけなのに。お礼なんて必要なのかな?


「俺、いつきの大きな目が好きだよ。素直で、優しくて、物事をあまり悪くとらえないところもすごくいいと思ってる」


 唐突に始まった愛の告白に、なんだかすごくドギマギしてしまう。

 玲二くんは私の左の頬をゆっくりとなでながら、まっすぐに見つめて、優しく微笑んでいて。


「唇も好きだ。手も、まっすぐな髪も、全部」


 都合のいい妄想なんかじゃない。ひしひしと、愛情を感じている。

 玲二くんの思いが指先から入ってくるみたいで、なんだか泣いてしまいそうだった。


「俺を見つけてくれてありがとう」

「そんな……」


 お礼を言うようなことじゃない。このセリフよりも結局、涙のほうが早く出てきてしまった。


「こんなこと急に言われたら不安になっちゃうかな」


 ごめん、と謝りながら、玲二くんの指が雫をなぞっていく。


 不安なんてない。うれしいだけ。


 愛してるなんて言葉は私たちにはまだ早くて、重たいものなんじゃないかって思っていたけど。

 これは恋なんかじゃなくて、その先にあるもっと強いものだってはっきりわかる。

 玲二くんの瞳はきっと、これからもずっと私だけに向けられていく。

 私以外の誰かには、あの瞳に浮かんでいる光は注がれない。自分の中に生まれた確信がつぎつぎに幸せを生み出して、心をいっぱいに満たしていく。


 これが電車の中じゃなかったら、抱きついて、抱きしめてもらって、ずっとずっとキスできたのにな。頬を髪を、背中をなでていく手の温かさに震えて、思う存分溺れられたのに。


 周囲をないものみたいに扱った二人きりの世界は、電車の到着と同時に終わってしまって、たくさんの人に交じって一緒にホームへ降りた。

 去年と同じ場所で待ち合わせていたはずが、まだ誰の姿もない。


「少し早かったかな?」


 玲二くんはいつも早めに来るから。私もすっかりそれに慣れて、時間ギリギリになることは最近じゃ全然なくなっている。

 浴衣姿の女の子がたくさんいて、きゃあきゃあ騒いでいる中で、玲二くんだけが静かだった。たくさんの音があふれているのに、玲二くんの周りだけは静寂に包まれているみたいに落ち着いていて、見ている私の心の中には心地よさだけが満ちていく。世界から切り取られているような感覚がすごく不思議で。


 玲二くんとなら、会話が途切れても平気。

 見つめあえば心が満たされ、隣にいるだけで安心できる。

 私が玲二くんの顔を見上げれば、微笑みが返ってくる。

 

「なに見つめあってんの、お二人さん」


 ぽやーっと何分そうしていたのかな。隣にはもう葉山君が立っていて、あきれたような顔をしていた。


「良太郎、久しぶり」

「おみやげありがとう。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいの二人の世界でしたね」


 葉山君の後ろには一路くんが立っていて、去年少しだけ見た浴衣を身に着けている。

 一路くんはほんのり不満そうで、頬がちょっと膨らんで見えるような。


「一路、似合うじゃないか」

「これは涼しいから、ちょっと好きだ」


 すごくぶっきらぼうに答えているけど、これは例のやつなのかな。私にジェラシーを抱いているというアレ。

 玲二くんはなに食わぬ顔で一路くんに微笑みを向けているけど。


「一路くん、お帰りなさい」

「うん」


 あ、やっぱりそっけないかも。

 落ち込みそうになった心は、玲二くんの手がすくいあげてくれた。

 隣に立っていてくれるだけなのに、それだけで大丈夫になってしまう。


 すごいな、今日の私。

 すごいな、今日の玲二くん。

 

 どんな秘密が隠されていても大丈夫。私は絶対に受け入れられる。

 ずっとずっと変な感じだったけど、それも含めて全部。玲二くんのすべてを、私は、愛している。


「いつき、お待たせー」


 やがて友香たちもやってきて、周囲は一気に騒がしくなった。

 今年は島谷君が席を確保してくれているらしく、すぐに向かおうって話になって、一路くんと玲二くんの間にほんのりと溝ができているように見えたけど、みんな気が付かないまま海へ続く道を歩いた。


「一路、財布自分で持っておく?」


 そっか。屋台で売っているもの、一路くんはすごく好きそうだよね。

 お金の管理は弟の役目なのかな。確かに任せておいたら一気に全部使っちゃいそう。


「僕が持つ」

「大丈夫?」

「もう、僕は小さな子供じゃない。そんな心配いらない」


 ふくれっ面の一路くんは葉山君がうまくとりなしてくれて、全員が揃って、会場に向かった。島谷君は会場から少し離れた高台の公園で場所取りをしてくれていて、みんなでまずはお礼を言った。有料の席はちょっと高くてなんて言ってるけれど、ここのほうが見晴らしは良さそうだと思う。ここにも人が集まると見越してか、出店も大量に並んでいた。


 油断していると知らない人が席に入り込んでくるからという理由で、私と玲二くん、実乃梨と羽野君で留守番をした。他のメンツはお買い物に出ていって、騒がしいしあわただしいせいでろくに挨拶もできていないけど、知らない人も混じっていたように思う。

 実乃梨と羽野君ってどうなってるんだっけ。見た目はいい雰囲気だけど、そこまでこう、ラブラブですよってオーラは出ていないような。


「いつき」

「なあに?」

「今日は……」


 周囲ではもうすでに宴会を始めているグループが多くて、実乃梨の声がちっとも聞こえない。肝心なところでバカ笑いとか、どっと盛り上がる声が入り込んできて、何度聞き返してもなんと言っているのかわからなかった。


 え、え、と繰り返す私にため息をつくと、実乃梨は玲二くんに向かってこう告げた。


「いつきのことよろしくお願いします」


 こういうときだけに限ってちゃんと騒音が途切れるのってなんなんだろう。

 なにを言ってるのってあわあわしていると、玲二くんはにっこり笑って頷いてくれた。


「はい」

「わお」


 実乃梨はびっくりして、隣の羽野君とひそひそしている。


「玲二くん、実乃梨はなんて?」


 耳打ちしてみると、玲二くんも私の耳に大きな手をあてて、教えてくれた。


「今日はずいぶん幸せそうだねって言ってたよ」


 そんなセリフを何度も言わせちゃったのか。もしかしてわざとだと思われていたらどうしよう。

 最初から耳元で言ってもらえばよかったな。玲二くんの隣にちょこんと座っている状態を優先したばっかりに。


 でも、いいかな。だって今日、すごく幸せだもん。

 去年と全然違う。去年の玲二くんはなんだかイケイケで、嬉しかったけど戸惑いのほうが大きかった。手をつないでくれてドキドキしたけど、玲二くんじゃないみたいで不安だったから。


 今日は、いつも通りの落ち着いた玲二くん。

 去年と違って、私を好きだと言ってくれる玲二くん。

 気持ちを隠していない、と、思う。私に向けられている愛情は本物なんだって感じている。


 何度顔を見ても、必ず微笑んでくれる。

 ずっと注がれているまなざしが幸せでたまらない。

 一方的に向けていた熱が、玲二くんからまっすぐに返されて、ますます好きにされているみたいだと思った。


 好きになってもらいたくて一生懸命だった頃。あの感覚も悪くなかったけど、やっぱり不安だった。振り向いてもらえなかったらどうしよう。他の誰かを玲二くんが抱きしめてしまったらどうしようって。


「お帰り、良太郎」


 友香たちはつまむものをたくさん買ってきてくれて、だけど一路くんの姿だけが見当たらない。


「一路は今ね、ベビーカステラと今川焼、どっちがいいか真剣に悩んでんのよ」


 予算がそれで最後なのかな。


「一人で戻ってこられる?」

「大丈夫だよ。あいつならにおいでわかるだろうから」


 確かに一路くんは犬っぽいけど。わかるのかな、こんなにお酒くさい場所で。


「お二人さんもちょっと行って来たら?」

「これ、みんなの分なんだろ? いくらだった?」

「バカだな玲二。いいから行ってこいよ」


 花火が終わる頃に戻ってくればいいから、だって。

 みんなにこにこ、じゃなくて、ニヤニヤしてる。


 全員からの冷やかしムードに私はハラハラしてしまったんだけど、今日の玲二様の余裕はなんだかレベルが違ったみたい。

 ずっと同じ、優しい微笑みのまま。私の手を取って立たせて、それじゃあいってくる、とだけ言い残して歩きだしてしまった。


 

 がやがやと賑わしい屋台の合間をゆっくりと歩いていく。

 人があふれていて、速足で進むのは難しい。

 指を絡ませてつないだまま。少し進んだところで、空に花火があがる音がして、閃光が目の端を焼いた。


「始まったね」


 大勢が歩みを止めて空を見上げている。

 

「去年と違ってちゃんと見られそうだ」

「うん」

「もうちょっと人が少ないところがあればいいんだけど」


 空はカラフルに瞬いては、煙を残して消えていく。

 空気を裂くような激しい音に心臓を揺さぶられながら、玲二くんにひかれるまま、ゆっくりゆっくり道を進んでいく。


「りんご飴買おうか?」

 

 食べるのかな、あんな甘いもの。

 玲二くんは私の返事を待たずに、りんご飴のお店を探してきょろきょろしている。


 人の波をすり抜けて歩いていると、ふと、後ろから肩をたたかれた気がした。

 だけど振り返っても、空を見上げていたり、のろのろ歩いている人ばかりで私を見ている人はいない。


 気のせいかと思ったら、また、感じた。

 首筋にふわりと冷たい空気が触れたような。

 

 腕がつぶつぶと粟立っていく。

 さみしい声が聞こえたような気がする。

 だけど背後に立っている誰かに、悪意はちっともない。


 玲二くん。

 声を出したつもりが、吐息だけが漏れていって、聞こえない。

 背の高いすらりとした後ろ姿を、私はふらふらとついていって、そして。


 気が付いたら真っ暗だった。

 周囲には誰もいない。花火のあがる音も、歓声も、どこかの屋台が流しているお囃子も聞こえているけれど。


 人混みから少し離れた大きな木の下で、私はどうやら玲二くんにぎゅっと抱きしめられているみたいだった。

 あったかくて、幸せな気分だったけど、いつどうしてこうなったのかよくわからない。


 玲二くんの大きな手が私の頭を撫でている。

 状況がよく呑み込めずにいる私の耳元を、儚げなささやきが撫でていった。



『ありがとう』



 振り返ったけど、やっぱり誰の姿もない。

 でも、誰の声なのかわかった。

 

 誰の声かわかったからなのか、全部が頭の中で繋がっていって。


「いつき、どうしたの?」


 玲二くんは不思議そうな顔で私を見ている。

 目があって、それで私の中でできあがった推理みたいなものが、確信に変わった。


 あの言葉は本当だったんだ。


 玲二くんは、人間じゃない。



「なんでもないよ」


 だけどそんなのは些細なことで、私の心はちっとも変わらなくて。

 それが嬉しくて、玲二くんにぎゅっと抱きついて、しばらく二人で夜の中に紛れた。

 

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