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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
熱帯夜
64/85

ないしょばなし / 玲二

 一路が帰って以来ひとりだけの時間がたっぷりとれるようになって、俺はよく自分の部屋でじっと座って、体の奥底に潜んでいる誰かの観察に勤しんでいた。


 いろんな力が潜んでいる。


 捨てたと思っていた狼のかけらもあるし、あの時入り込んできたであろう謎の力もある。俺が「見えない」理由は他にあると思うんだけど、それについては見つからない。


 怒りっぽくなっていたのは、狼の血の影響だったように感じた。

 わがままな時の一路とよく似ていたと思うから。


 最近力を操れるようになったのは、新しく入り込んできた魂の影響で間違いない。

 もともと持っていた、守ったり跳ね返したりする力。


 俺が近しい相手だと思っていれば、心は通じる。俺は受信専門で送信できないみたいだけど。

 でもそれも、やっているうちにできるようになりそうな手ごたえがあった。

 ライとリアだけになった鳥の仲間は、今はとても穏やかだから。

 年中ピリピリしていた母さんも今は静かで、なんのプレッシャーもない。


 だからなのか、心の中がすっきりしている。

 はっきりとした声はまだ届けられないけど、ライのことを考えていたら部屋にやってきてくれた。


 邪魔な力は打ち消し、強く念じれば操れる。

 ライには悪いけど、協力してもらってずいぶん練習を重ねた。

 結果、ライが従順だからなのかかもしれないけど、姿を自在に変化させられるようにはなった。

 次は母さんで試させてもらおうと思っているけど、一路が連絡を無視しているらしく、最近は元気がない。だから、言い出せない。


 百井がどうしているか確認したいんだけど。

 俺の呼びかけが届かないのか、無視しているのか。わからないけどとにかく、返事はなかった。


 自分でなんとかするしかないのかな。

 そもそも、百井をそこまで信用する理由も、ないように思うし。


 ため息をついたところで、机の上でスマートフォンがブルブルと揺れた。


「いつき、どうしたの?」


 今日はバイトだって言ってたのに。


『玲二くん、今から会えるかな?』

「いいよ。じゃあ駅前のカフェにでも行こうか」

『迎えに来てくれる?』

「もちろん。いいよ。待ってて、すぐに行くから」


 声が震えていた気がして、慌てて準備を終えた。

 園田家について、お母さんが出てきて、挨拶をして、いつきが出てきて。

 駅前につくまでほとんどしゃべらなかったけど、カフェについてから理由を聞いて、驚いてしまった。


 いつきはしょんぼりと顔を下に向けたままで、見せてくれない。


「まだ痛む?」

「ううん。昨日一日冷やしたら腫れもひいたし、南部君もクビになったし」

「怖かっただろ」


 こういう時、一路たちがうらやましくなる。

 大切な人がピンチに陥った時にすぐに駆け付けて、問題も解決できるだろうと思うから。

 妙な力はあっても、助けを呼ぶ声が聞こえないんじゃ意味がない。自分の半端さが本当に嫌になってしまう。


「バイトはまたやめになっちゃった。たぶんもう、やらないと思う」


 元気がないけど、下から見上げている顔は猛烈に可愛くて、男に目をつけられるのも無理はないかな、なんて気分にもなってしまう。

 声もかわいいし、スタイルもいいし。とにかくいつきには悪いところがない。

 

「いつきはなんにも悪くないのに」

「そうなのかな。私、どこか抜けて見えるんだろうなって反省してるの」


 確かに、強そうではないけれど。

 それにしても、叩くなんて許しがたいものがある。


 今すぐぎゅっと抱きしめたいけど、駅前のカフェではちょっとまずい。

 バイトの予定がなくなったって言われて会いに来たけど、いつきの表情を見ていたら浮かれていられなくなってしまった。


「でね、玲二くん」

「なに?」

「おじさんいたでしょ。ハールおじさんだっけ。まだ、玲二くんの家にいるの?」

「ハール? いや、もう帰ったけど……」


 どうしてハールの話が出てくるんだろう。

 いつきは少し悩んだような顔をして、カバンの中からなにかを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。


「これ、なにかわかる?」


 古ぼけた木でできた、四角いなにか。

 人型のようなものと、文字のようなものが描かれているけど、今にも崩れてしまいそうなほどに朽ちている。


「わからない」

「一昨日もらったの。叩かれて、もう逃げられないって思った時に、助けに来てくれた人がいて」

「お兄さんじゃないの?」


 どうしてハールの話になるんだ?

 一路を連れて森に帰ったきりのはずだ。姿を見ていないし、リアとライが嘘を言っているとは思えない。


「これ、前にももらったの。その時はハールおじさんが学校に来て、渡してくれた」

「ああ、そういえば言ってたよな。ハールがいたって」

「玲二くん、おじさんなのに名前で呼ぶんだね」


 いつきが小さく笑って、ようやくしまったと思った。

 だけど問題はそんな些細なものじゃない。


「私もすっかり忘れてたんだ。確認しようと思ったのに、なんでかさっぱり忘れてて」

「なにを?」

「おじさんがこれを渡してくれた時、頼まれた、自分が一番適任だからって言ってたの」


 なんだそれは。

 俺に隠れてなにをしてたんだよハール。

 母さんが託したのかな。でもこの札、かなり和風というか、狼が使う感じがしない。


「一昨日の夜は百井さんが助けてくれたの。その時に、これをくれた」

「百井が……」


 いつきを助けてくれたのか。

 ずっと姿を見せなかったけど、そばにはいたってことなのかな。


「いろいろわからないことばっかりなんだ。百井さんがどこから出てきたのか、どこにいなくなったのか全然わからなかったし。この札もね、悪いことから守ってくれるんだって言ってて、それにすごく苦しそうだったの」


 下を向いていた顔がふわっと上がって、いつきの目はいつになく強い光を放っている。


「すごく怖かったんだ」

「そうだよな」

「私、玲二くんのこと、なんにも知らないんだなって思って」


 ぱちぱちと大きく二回、瞳が瞬きを繰り返した。

 いつきの目に、俺の困惑した顔が映っている。

 

「春休みに玲二くんと連絡が取れなくなった時に、来平先輩が現れたの。あの時の先輩、おかしかった。服の中からすごく大きな金色の羽を出して、私にくれたんだよね」

「その話は少し聞いてる」

「あの時ね、先輩に会う前に百井さんに会ったの。あの時の百井さんはすごく攻撃的で、玲二くんにはもう二度と会えないって言ってた。先輩が現れて間に入って守ってくれて、だけど百井さんは新学期から急に変わって、玲二くんにぴったり寄り添ってるみたいだったし、一昨日は私を助けてくれた」


 いつきはそこでぴたりと言葉を止めて、俺をじっと見つめた。


 いつきはたぶん、ただの人間なんだと思うけど。

 だけど瞳の中には強い光があって、それが俺の心をゆっくり、じわっと焼いたような気がした。


「ちょっと歩こうか」


 いつきの手を取って立たせ、トレイをまとめて返却口へ突っ込んで。


 夏の日差しは好きじゃない。肌が焼けて痛いばっかりだから。

 いつきの着ているワンピースの色は白で、吹き抜けていく風のように爽やかだ。歩くたびに揺れて、それが目に心地よくて、ずっと見つめていたいんだけど。


 

 これはたぶん、チャンスなんだと思う。

 自分の秘密を全部打ち明けて、理解してもらうための、絶好の機会。


 良太郎もいろいろと不思議に思っていたから、すぐに人間じゃないなんて話を信じてくれた。

 一路が姿を変えてみせたかどうかはわからないけど、疑う気持ちは全然ないと思う。


 いつきも信じてくれるかな。

 俺はなんにも、証明できるものなんか持っていないんだけど。

 言葉だけで、わかってくれるのかな。


 公園に寄ろうかと思ったけど、どこも子供がたくさん遊んでいて、ゆっくり話せる雰囲気じゃない。

 どこがいいのかな。二人だけになれる、静かな場所。

 もう、家に招いちゃえばいいのか? でも、母さんがいる。鳥もいる。

 


「さすが、夏休みだね」


 いつきもわかってくれているみたいだ。俺がなにをしようとしているのか。

 こうなると、難しいな。個室か。カラオケとか? ほかの客がいるとやかましそうだけど、二人だけにはなれる。


「そうだ、玲二くん、あっちにいいところがあるよ」


 

 いつきに手を引かれるまま歩いて行くと、近所のはずなのに見たことのない道に出た。

 途中でコンビニによって、冷たい飲み物を買って。

 二人で手をつないだまま上り坂を歩いていくと、小さな緑地にたどり着いた。


 ど真ん中に高い木が生えていて、茂った葉が大きな屋根を作っている。

 いつきはその下に入り込むと、にっこり笑った。


「小学生の時、みんなが秘密基地にしてたの」

「ここを?」

「うん。誰かが作った小屋みたいなものもあったけど、なくなっちゃったみたい」


 小学生の時のいつきも可愛かったんだろうな。

 

「ここ、昔は遊具があったんだよ。この木ももっと枝がたくさんはえてたから登れたんだけど、落っこちてけがした子がいて。それから枝は切られたし、遊具も古くなったから撤去されて、それからみんなあんまり寄り付かなくなっちゃったの」


 だからもう、誰も来ないらしい。

 

 ポケットにいれていたハンカチを広げて、地面に敷いた。

 うすっぺらいハンカチ一枚じゃ、白いワンピースが汚れてしまいそうだ。

 だけどいつきは、ありがとうと笑って座ってくれた。


「ここ、涼しいね」


 隣で輝いているかわいい横顔をしばらく眺めた。


 最近、よく考えていたことがある。

 いつきはどうして俺を好きになってくれたのかなって。

 周囲から離れた場所にいた俺を、どうやって見つけたんだろうって。


 中学の時にはともだちなんて一人もいなかった。

 集団で行動しなきゃいけない時には、なんとなく輪に入れてもらっていたけど。

 それでも、声をかけてくれる誰かなんていなかった。


 いつきの手が伸びてきて、俺の右手の上に重なる。

 頬が少し腫れているように見えて、心がずきんと痛んだ。


 ずっと一緒にいて、守りたい。

 できれば同じ歩幅で、同じ速さで、隣を歩いていきたい。


「なにから話したらいいのかな」


 俺のすべて。

 一年半前には知らなかった孤独の理由と、これから先に待っているものについて、全部。

 

「びっくりさせると思うけど」


 やっぱり、最初からだな。俺も驚いた、秘密について。


「心配しないで玲二くん。大丈夫だから」


 ああ、すごいな、いつきは。

 どうしてこんなに思ってくれているんだろう。

 俺はなんにもしてあげられていないのに。

 もらってばっかりだったし、素直に受け取りもしていなかったっていうのに。


「ありがとう」


 真摯に話すだけだ。

 俺にできるのは、嘘をつかず、いつきを信じることだけ。


「実は俺も最近知ったんだけど」

「ふわあああああー!」


 本当に、切り出したと同時だった。

 木の上からいきなり、誰かが大声で叫びながら俺たちの前にどさりと落ちてきた。


「きゃあ」


 驚くいつきを慌ててかばったら、次の衝撃に襲われる。


「ライ?」

「ああ、玲二、すまない……」


 ちょっと木に登ってて。

 ライはよろよろと起き上がりながら、こんな言い訳をし始めている。


 そんなわけあるか。俺をつけていたとしても小鳥の姿だろうし、もしも話すのがダメだといっても、こんな乱暴な止め方があるか?


『マスターが見ている。園田ちゃんに話してはダメだ』


 それで、人の姿で落ちてきたって?

 俺の視線が恐ろしく感じられたのか、ライはぶるぶると体を震わせている。


『本当にすまない、玲二。できれば邪魔したくはないんだが、どうにもこうにも俺にはどうしようもなくて』


「来平先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。園田ちゃん、久しぶりだな」

「はあ」


 呑気な挨拶に、さすがにいつきも呆れた顔だ。


「二人の姿が見えたから声をかけようと思ったら、足を滑らせてしまった」

「木の上にいたんですか?」

「そうだ。偶然だな」


 当然、雰囲気はぶち壊しだ。

 ライはとことん邪魔するよう指示でもされたのか、俺たちの間に入り込んでずっとどうでもいい話をし続けた。

 最初は黙って聞いていたいつきも、少しずつうんざりした表情を隠しきれなくなっている。


「あの、私、そろそろ帰ります」

「ん? そうか、園田ちゃん。もっと話したかった」

「一昨日ちょっとよくないことがあったから。家族が心配すると思うんで」

「俺が送っていくよ」

「そうか。じゃあ、またな、玲二。園田ちゃんも、気を付けて」


 ライと別れた後も、ちっとも普段通りには戻れなかった。

 どこかで祭りでもやるのか、普段は誰もいない細い住宅街の道にも人があふれているし、ぴーひゃらぴーひゃら音がしていて、この調子だと町中が人だらけになっているに違いない。


「今日、お祭りなんかあったかな?」


 そんな告知は見た覚えはない。

 俺が話さないようにわざわざ用意したのか、遠屋が?


 人が少しでも途切れると、黄色い鳥がパタパタ飛んできて横切っていくし。

 そんなに話したらダメなのか?

 

「なんだか変な感じだったね、玲二くん」

「うん……ごめん」

「どうして玲二くんが謝るの?」


 いつきは笑ってくれるけど、どう考えたって俺のせいだから。

 かわいい小鳥がいるねって言うけど、あれはライなんだ。

 

 次に会う約束は、来週末の花火大会だ。

 良太郎たちも一緒に行く予定になっている。

 

 その前にちゃんと話したいんだけど。

 でも今約束したら、また邪魔が入ってしまうだろう。


 俺が一人きりになったら、誰にも見つからず、いつきに伝えられるようになるんだろうか。

 ライとリアの尾行を撒かなきゃいけない?

 あの時、一度できたはずだ。いつきを操ってしまったって後悔して、ブランコに揺られてしまった日。

 誰も寄るなって強く思ったら、見つからずに済んだ。あれをもう一度できたら、もっと自由に振る舞えるかもしれない。




「玲二、今日は本当にすまなかった」

「いいよ、仕方ないんだろ」

「怒らないでくれ」


 家に帰るとすぐ、部屋にライが飛び込んできた。

 すっかり家族の一員になっているけど、よく考えてみたら、最初は俺の力になりたいって言ってくれていたんだよな。たった一人でやってきて、的外れなものもあったけど、助言をくれた。


「怒ってないよ。いつも巻き込んじゃって、俺の方こそごめん」

「玲二……」


 ライは平和な奴だから。意地の悪い連中にいいように使われている。

 それでもめげずにわが道を貫くライが、俺は嫌いじゃない。

 

「何回も当たっちゃって、本当に悪かったよ」

「いや、いやそれは俺が弱いからだ」

「ううん。ライの力はすごいよ。幸せだし、夢がある」


 ややこしいことなんか一つもない。

 俺と違って人の役にも立つし。


「雛が孵るの楽しみだな」

「ありがとう、玲二。最近すっかり落ち着いたんだな」

「ああ。そうだ、ライ、百井がどこにいるか知らないか?」

「沙夜か。沙夜は一昨日の夜気配を感じたけど、ずいぶん弱っているみたいだった」


 いつきも確か、すごく苦しそうだったと言っていた。

 誰かと戦ったりとか、そんな展開があった?


「どうしてかわかる?」

「人でなしは人の負の感情を食べて生きているんだ。それがあいつらのエネルギーになっている」

「それはなんとなく知ってるけど」

「沙夜は玲二に心を捧げたから、もう負の感情の摂取が出来なくなったんだと思う」


 どうしてそうなるんだ。

 俺に心を捧げたって、なんだ。


「どういう意味かよくわからない」

「あいつらは他人の不幸を願い、嫉妬や不安を抱かせる存在なんだ。だから、成功や幸せを願うと体が崩れてしまう。人助けなんてもっての他なんだよ」


 いろんな思いがいっぺんに生まれて、複雑に絡み合って、言葉に出せない。

 最後に出てきたのは、なんて悲しい存在なんだろうっていう、かなり平凡で人間らしいものだったけど。


「あいつはいつきを助けてくれたらしいんだ」

「沙夜は、園田ちゃんが玲二をわからなくなるようにされた時にも助けようとした。術にかからないよう、守ろうとしたんだ」

「それって、ハールが渡したっていう札の話?」


 ライの顔がくしゃくしゃに歪む。

 しばらく沈黙が続いたけれど、最後には俺にぴたっとくっついてきて、ぼそぼそと小さな声でしゃべった。


「そうなんだ。俺やリアでは見つかってしまう。ハールには見つからなくなる力があるって言うから、渡してくれと頼まれた。攻撃が激しくてあの札はすぐに壊れてしまったけど、あれがなかったら園田ちゃんはもしかしたら、玲二を完全に忘れていたかもしれない」


 一息で全部しゃべって、ライは俺からぱっと離れた。


「百井を呼べるか?」

「いや、だめだ。どこにいるのかわからない。顔を隠す力を全部、身をひそめるのに使っているから」


 

 どうしてなんだろう。

 百井はどうして急に、俺に従おうと思ったのかな。

 

 真夜を消してしまってから、俺のあとをついてくるようになった。

 敵意はなくなっていて、それで俺もつい、調べてこいなんて言ってしまったけど。


 ひょっとしてあの時、俺は無意識に力を使ってしまったのか?

 百井を完全に支配下に置いて、命令に従うようにしてしまったんだろうか。


「百井、もういいよ。このままじゃ消えちゃうんだろう? そこまでしなくていい。どうにかできるから」


 俺からの言葉は誰にも届かない。

 何度練習しても、みんな聞こえないという。


 自分を犠牲になんてしてほしくない。

 俺のために死ぬなんて、やめてほしい。


 ひとでなしの暮らしは、あんまりいいものとは思えないけど。

 彼らの幸せの定義を考えると、首をかしげたくなるけれども。


 それでも、俺のために消える誰かがいると思うと、気分が重たかった。

 


 風呂に入って、歯を磨いて、ベッドに座って。

 またため息をついた俺に、語り掛ける声があった。


『玲二、おじいさまが寝言で言っていたんだけど』

 

 リアの声はいつも、頭の中に優しく響いてくる。


『一路はしばらくカラスのところにいて、いろいろと事情を聞いているみたい』


 一路が、カラスのところに?

 家を飛び出してからもう十日くらい経っている。

 森に帰ったって聞いていたのに。


『玲二、一路に会いに行ってあげて。一路は子供だから、素直に謝れない。あなたが迎えに行ったらきっと機嫌を直して、協力してくれるようになるわ』


 そうなるのかな。

 にしても、ハールの寝言はずいぶんはっきりしているんだな。


 一路との関係については心配している。

 いつきとちゃんと向き合いたいけど、家族のこれからも考えなきゃいけない。

 一路は帰る場所があって、俺はもうそこへ戻らないと決めてしまったけど。

 だけど父さんと母さんがどうするのか、どうしたいのか、ちっとも聞いていない。


 親不孝だよな、俺は。

 さんざん心配かけて、たくさん秘密を抱えさせて。

 苦しんで悩んだふりをして、一路よりも俺の方が子供でわがままなんじゃないか。

 



 次の日の朝、食卓で一路に会いに行くと話すと、父さんも母さんも嬉しそうだった。


「航空券がとれるかな。もうすぐお盆だぞ、玲二」


 タイミングが悪いなって言ってるけど、声が浮かれている。


 秘密を知ってから二回目の夏休み。

 急きょ、三人で母さんの故郷へ向かうことになった。

 

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