断線 / 一路
お風呂にはいりなさいって言われたけど、そわそわしちゃってそれどころじゃない。
毎日毎日あんな熱いのに入る必要なんてないし。水でも浴びておけばそれでいいんだ、僕は。確かにあったかいのは気持ちいいけど。
「ただいま」
さんざんお風呂を待たせて、八時半。
ようやく玲二が帰ってきた。
「お帰り玲二。遅かった」
「いつきのところに行ってたんだ」
確かにいつきのにおいがする。
だけどそれよりなにより、なんだこれは。
「なにがあった?」
「夕飯をごちそうになったんだ」
そうじゃない、玲二。だって全然違うじゃないか。
全身から放たれている空気も、顔つきも。目の中に宿っている光もなにもかもが、今朝と全然変わっている。
「玲二」
「風呂わいてる? 外が暑くて汗だくだよ」
カバンを置きに部屋に戻って、着替えをもってすぐにお風呂場に向かってしまった。
僕はいてもたってもいられず、服を脱ぐのも面倒くさくて狼の姿でお風呂に乱入した。
こういうことをすると、いつも嫌な顔をされるのに。
今日の玲二はやっぱり、違っていた。
「どうかした?」
頭を洗いながら、すごく冷静な声で答えてくる。
『今日なにがあったか、教えて』
「いつきと会ったんだ」
シャワーのお湯が邪魔しているせいで声が遠い。
玲二は頭を流し終えると、今度は僕の体にびゅーっと液体の石鹸をかけて、ごしごし泡立ててくれた。
『ありがとう』
「一路の体ってどうなってるの? この状態で洗ったら、人間の姿になった時もきれいになってる?」
意識したことないよ、そんなの。
泡だらけの狼を流し終わると、玲二は湯船にざぶんと浸かった。
僕もあとに続いてみたけど、やっぱり怒る様子はない。
「便利だな、狼になれるの」
『玲二、いつきと会っただけじゃないよね。なにかがあったでしょう』
「聞いてないの? 遠屋にも会ったよ、今日」
『聞いてない』
「そうか。遠屋もなんだかんだで、気配を隠せるんだろうな」
ここのところ落ち込みっぱなしで、なんだかずっと夜みたいな感じだったのに。
今は自信にあふれているように見える。
この感じ、おじいさんに近い。
風格っていうのかな。強い者だけが持っているオーラが滲み出ていて、僕はドキドキしている。
『遠屋となにを話した?』
「大した話はしてないよ」
『そもそも何を話しに行った?』
「今後について。質問もあったけど、とりあえず力が使えるようになったら出ていけって言われた。それだけかな」
『その後、いつきに会いに行った?』
「たまたまそうなったんだ。だけどあれは……、もしかしたら誰かが仕組んだのかな? 俺にとってはすごくいい出来事だった」
いい出来事。お風呂に入っても、いつきの香りはまだ残っている。
もしかしてお別れをしにいったんじゃないかって思ったけど、違うみたいだ。
「ふう」
玲二はご機嫌な様子で、笑顔を浮かべている。
死んだ時のことを思い出したって、すごく落ち込んでいたのに。
どうしたんだ、もしかして……やけになっちゃったのかな?
「そろそろあがるけど」
『僕も』
浴室から出る前に、待てって止められてしまった。
ぶるぶるするならそこでやれ、って。
確かに脱衣所でやると、水浸しになってしまう。
僕の行動がよくわかるんだな、玲二は。
先に部屋に入って待っていたのに、いつまで経っても戻ってこない。
なにか飲んでるのかな。玲二はなんでも時間をかけないから、そういう時でもすぐに帰ってくるのに。
仕方なく階段を下りると、玲二はお父さんとお母さんと話をしていたみたいだった。
おかしいな。お母さんが話している気配、感じなかったけど。
『玲二』
「なに?」
う、まただ。
なんだろうこの、玲二から漂っている余裕は。
『部屋で待ってたんだ』
「もう戻るよ。母さん、頼むね」
「ええ」
お母さんもなんだか気圧されているような気がする。
だけど、なにも言ってこない。
僕の気のせいなのか?
玲二は言った通り、すぐにリビングを出て階段を上がっていった。
足元にぴったりくっついて、一緒になって部屋に入る。
「俺、今日わかったんだ」
『なにを?』
いつもなら、まずはベッドか椅子に座るのに。
玲二は部屋のど真ん中で立ったままくるりと僕へ振り返って、ニヤリと笑った。
「力の使い方だ。自分の意志で使えた」
『本当?』
「本当」
見上げている僕を、玲二はじっと見つめた。
金色だ。あの、金色。光ってる。
「わあ!」
急に体が疼いて、僕の姿は人のものに戻ってしまった。
「玲二がやったの?」
「そう、打ち消すってやつ。いつきにかかっていた俺を忘れる力を消してやった」
僕は別に、狼に変身しているわけじゃない。
どの姿でいるか自分の意志で選んでいる。
単純な打ち消しなんかじゃない。玲二の力は多分、もっと強い。
「それからひとつ、気が付いた」
「なにに?」
「狼の力がどうしてなくなったのかだよ」
そんなのまでわかるようになったのか。
聞きたいけど、聞きたくない。
僕の覚悟はふらふら揺れて、定まらない。
「思い出したって言っただろ、死んだ時のこと」
「うん」
「あの時俺がなにを考えていたか、見えた?」
あの時は、とぎれとぎれだった。
だけど覚えている。
助けてほしいとか、逃げたいとか、そういう思いは全然なかった。
「全部はわからない」
「U研だっけ、変な奴につかまって、正体を見せるように言われたんだ」
「それは知ってる」
玲二は一瞬だけ目を伏せたけど、すぐに顔を上げた。
すごく強い瞳で僕をまっすぐに見つめて、笑ってみせた。
「あの時ずいぶん痛めつけられたけど、とにかく変身したらダメだと思ったんだ」
だから人間として死ぬって決めた。
「それで、無意識に自分で封じ込めたんじゃないかなって」
僕は胸が痛くて、玲二の言葉にこたえられない。
簡単な相槌ですら打てなくて、すごく辛い。
「一路、大丈夫?」
「平気」
咄嗟に嘘をついたけど、玲二には見抜かれている気がする。
優しい微笑みを浮かべて僕の背を叩くと、急に頼もしくなった弟はこう続けた。
「俺の中でいろいろごちゃまぜになっていたってわかった。まだ全部自分のものにできてないけど、とりあえず糸口は掴めたから多分、もう大丈夫だと思う」
「どうしてできるようになった?」
「吹っ切れたんだ。イライラしていたし、やりきれなかったし、悲しかったけど。だけど一番大事なものさえあればいいって、今日思えたから」
「いつき?」
「うん。俺はずっといつきと一緒に生きていく」
次の日の朝、玲二はいつも通りビシっと制服を身に着けて、早い時間に家を出ていった。
僕はおいてけぼり。今日からは遠慮してもらうって宣言されて、一人でとぼとぼ駅に向かう。
学校にたどり着くと、廊下に玲二といつきがいて、楽しそうに話していた。
二人の間には割って入れる隙間は一ミリもない。
絶対に切れない絆でしっかり結ばれているって、見ただけでわかる。
「あ、おはよう一路くん」
「おはよ」
昨日まで忘れかけてたのに。
僕のこと彼氏だったっけ? って言いだすほどぼけーっとしてたのに。
なにをどうやったんだ、いつきは。玲二をあんなに夢中にさせて。
いいけどね。どうせたかだか数十年のことだから。
それくらいなら仕方ないから、譲ってあげてもいい。
六十年くらい待てばいいかな。
五十年くらいでいいのかな。
僕だって寿命がどのくらいかはわからない。おじいさんやお母さんよりは少し短いかもしれない。
ずっと一緒に暮らしたかったのに、玲二は僕とは関係ない女の子に夢中だ。
腹が立つけど、玲二が人間として暮らしていた理由は僕だし。我慢しなきゃいけないってわかる。だけど、ムカムカしてしまう。
「一路、ほれ、菓子パンだよ」
昼休みが始まって、僕は目の前にぶら下げられた甘そうなパンの袋につられて書道部の部室へ移動していた。
クリームがいっぱい挟まったパンは、良太郎のおごりらしい。
お弁当を先に食べなさいって言われちゃったし、仕方ないから後回しにしておくけど。
「玲二と園田ちゃん、問題解決したみたいだね」
「そう。玲二が変な力でいつきを元に戻した」
「それ以上だよな。あんなに人前でイチャついちゃって」
良太郎はやっぱり鋭い視点を持っていて、こんな気になることを言い出した。
「雰囲気も全然違う。急に大人になったというか、すごく強そうというか。なんだかわかんないけど、勝手に目がいっちゃって不思議だったよ」
「目がいくって?」
「玲二から目が離せなかった。後光がさしてるみたいな……。後光ってわかる?」
「わからない」
「うーんと。そうだな、大げさに言うと、神々しい感じがしたとかそんな風に思えた」
言葉の意味はよく伝わらなかったけど、良太郎の中にある感情でなんとなく理解できた。
僕たちはただの森の住人で、人が考える神みたいな絶対的な存在にはなりえない。
龍の力のかけら、なのかな、やっぱり。
人の思いや畏怖から生まれた存在は、僕たちとはまったく違う。
人を惹きつけるし、逆らえなくさせたりする力を持っているらしい。
「僕にはそれ、感じる?」
「いや、全然。一路は可愛い番犬みたいなイメージだよ」
可愛かったら番犬なんか務まらないと思うけど。
良太郎まで僕を犬って呼ぶなんて。なんだよ、もう。
「ごめん、親しみやすいって意味で言ったんだけど」
「わかってる。日本には狼はいないし仕方ない」
「怒るなよ」
怒ってない。
袋を乱暴に破って、甘いパンにかじりついた。
玲二が抑えていたのは、こんな感情だったのかな。
僕もちょっと怒りっぽい。
だから玲二が怒りっぽくなったのは、少し嬉しかった。
乱暴な時の玲二は僕と少し似ていたから、様子を見ている間は幸せだった。
玲二が嫌がっていたけど、そのまま放っておいたらちゃんと狼になれるんじゃないかって期待していたのに。
「どうした、一路」
玲二は僕とはまったく違うものになってしまった。
双子なのに、どうして?
「泣くなよ」
泣いてない。いや、泣いていた。甘いパンをかじっているのに、しょっぱい涙がぼろぼろ落ちてきてせっかくの味が台無しになっていく。
「玲二は狼の血を捨てたんだ」
「捨てた?」
「仕方なかった。玲二はみんなを守ろうとしただけ」
「一路、落ち着けよ」
「僕はそんなの嫌だ」
良太郎はめそめそ泣く僕にずっとついていてくれた。
授業が始まるベルが鳴ったけど、誰かに連絡して、そのまま書道部にいさせてくれた。
時計がぐるっと回って、一時間くらいして、急に恥ずかしくなってきてようやく涙が止まって、僕は良太郎に頭をさげた。
「ごめん」
「いいんだよ。一路だって慣れない生活でキツかったんだろ?」
ちょっとくらい泣いたっていいじゃないか。
そんな言葉に助けられて、六時間目からはちゃんと授業に戻った。
この間やったばかりの試験ってやつをまたやるらしいし、ちゃんと参加したほうがいいんだ。僕は別にいいんだけど、良太郎に悪い。
そして放課後になって、僕はおそるおそるクラブに顔を出した。
いつきはいつもみたいに僕と一緒に家庭科室へ行ったけど、頭の中は玲二でいっぱいになっている。昨日まではカケラも考えていなかった弟のことばっかり考えていて、指が長いとか、真剣なまなざしが素敵だとか。本城がかわいそうになるくらい、心を玲二で染めて浮かれていた。
出来上がったお菓子を可愛い袋に詰めて、リボンをかけて。
クラブが終わって向かった下駄箱前で、玲二もちゃんと待っていて。
「お待たせ、玲二くん」
「ううん」
僕なんかいないみたいな二人の世界。
玲二は僕に目を向けるけど、心は違う。いつきにしか向いてない。
「これ、作ったんだ」
「ありがとう」
普段は食べないお菓子を、おいしそうだねって。
いつきは嬉しそうに頬を染めて、にこにこしている。
隣り合っているのにひとりぼっちになって、電車に揺られながら考えた。
これは僕が望んでいた展開のはずなんだから、怒るのはおかしい。
いつきに嫉妬するなんて、見苦しい。
最初の何十年かは譲ってあげるつもりでいたのに、どうしてここまでイライラしているんだろうって。
玲二の心はもう見えない。
だけど僕たちは一緒に生まれた命だから。
だから多分、どこかで気が付いていたんだと思う。
玲二はいつきを送っていくというので、一人で先に家に戻った。
それで、かなりビックリしてしまった。
「遅かったな、一路」
僕を待っていたのはおじいさんで、お父さんとお母さんも揃っている。
「迎えに来たの?」
「いや。そうしても構わないが、今日は違う」
じゃあなにしに来たんだろう。
『ハール、おじいさんが来てる』
『ああ。頼まれたから、俺が連れてきた』
ハールもおじいさんに会うのは気が進まなかっただろうな。
お母さんは逃げてきたまんまだし、僕もすぐ戻れって言われていたのに知らんぷり。ハールとリアもそうだ。卵まで産まれちゃったもんな。
「じゃあどうしたの」
「テレーゼ、話してないのか?」
お母さんはきょとんとしていて、こんな顔を見るのは初めてだと思った。
「聞いていなかった?」
「なにを?」
「玲二との話」
昨日のお風呂のあと、かな。
大抵はお母さんの心が伝わってきて、どんな話をしたのかくらいは察しがつくんだけど。昨日はわからなくて、不思議だった。
「ただいま」
どんな話をしたのか確認する前に、玲二が帰ってきてしまった。
おじいさんの姿を見て、ピシっと背筋を伸ばして、微笑んでいる。
「来てくれてありがとう」
「一路もテレーゼもいるから、仕方ない」
なんだそれは。
おじいさんを呼んだのは玲二なのか?
ハールに頼んだのももしかして、そうなのか。
『ああ、そうだ。玲二に伝言を頼まれて』
なにがどうなっているのかわからなくて、胸がまた痛くなってきた。
だけど肝心の話は後回し。まずは夕飯からだねって玲二が言って、その通りに全部進んでいく。
良太郎が言った通り。
玲二に目がいってしまう。
動きはいつもと変わらないのに。丁寧に箸を運んで、静かにご飯を食べているだけなのに。
惹きつける力が粒になって、部屋中にまき散らされているみたいだ。
おじいさんも玲二を見ている。
いないものとして扱ってきたのに。
ちらちら見ては、慌てたように視線を戻している。
食事が終わって、お母さんと玲二が後片付けをして、それからリビングで集まっていた。
僕たち親子四人と、おじいさん。ハールと、リア。
卵は今、ライが温めているらしい。
「ハールからの伝言、聞いてもらえた?」
最初に切り出したのは、今日の主役である玲二。
おじいさんは苦い顔をして、ぶんぶんと首を振っている。
「ああ、だが心当たりはない。逆なら腐るほど例があるがな」
「わかった、ありがとう」
なんて言付かったんだ、ハール。
聞きたかったけど、返事がない。
「期待してなかったからいいんだ。だけどもう一つ伝えることがある」
「なんだ、玲二」
みんなの前にはそれぞれ、お茶が用意されている。
僕はお茶があんまり好きじゃないから、かわりに冷たい水が置かれていた。
氷の入ったグラスはたくさん汗をかいて、コースターをじっとりと湿らせている。
「これから先どんな状態になろうと、俺はもう母さんの故郷には行かない」
玲二のした宣言に対する反応は、みんな違っていた。
お母さんはびっくりしている。
お父さんはどうしてだろうと疑問に思っている。
おじいさんは、ほっとした顔をして。
僕はショックで立ち上がって机にぶつかり、グラスを倒していた。
「なんで?」
「行く理由がないから」
玲二の声には変化がない。冷静で、穏やかで、はっきりしている。
「あるよ。玲二は、狼の仲間」
「俺は狼にはならない。歓迎されないだろうし、行く意味がないんだ」
僕は震えるばっかりで、次の言葉を用意できないでいた。
お父さんは心配そうに僕を見てくれたけど、お母さんが玲二に問いかけて、話は進んでいく。
「じゃあどうするつもりなの?」
「基本的には日本にいるつもり。あの龍が嫌がるなら、ほかの土地に行ってもいいし。その気になれば完全に隠れられるだろうから、どう転んでも問題ないと思ってる」
どうしてそうなるんだ。いつきのため? 二人の暮らしが終わったあとは、僕のところに来ればいいじゃないか。なんだ、もう行かないって。意味がわからない。
「玲二、ずいぶんばかげたことを考えているようだが、本気なのか?」
「ばかげてなんかいない。俺にとってはこれが当然だったんだ」
おじいさんからの問いにも、玲二はまったく動じなかった。
そのあとぼちぼち質問は飛んだけど、全部同じ調子で。
玲二は淡々と自分の決意について語るだけ。
おじいさんとお母さんは、本当にそれでいいのか確認するだけだった。
「今まで中途半端で迷惑をかけてきたけど、もう大丈夫だから」
「そうか」
あれだけ玲二に対して辛く当たっていたおじいさんでさえも、もう言うことはないみたいで。
それで話し合いは終わりになってしまった。
話し合いとは言えないか。玲二の決意表明の場はおしまい。
僕はあんなに嫌だって思ったのに、反対意見を言えないまま、ぼーっと立ち尽くしたままで終わってしまった。
お風呂に入って、歯を磨いて、それぞれの部屋に戻って。
おじいさんは今夜は泊まっていくとかで、お客さん用の部屋に引っ込んでいる。
玲二も自分の部屋に戻って、僕はひとりきり。
胸がざわざわして眠れず、真夜中になって飛び起きて、お母さんたちの部屋にもぐりこんだ。
『お母さん』
「どうしたの、一路」
ベッドには入っていたけど、お母さんは寝ていなかったんだろう。
すぐに体を起こして、僕の頭を撫でてくれた。
隣のお父さんも起きだして、そばに置いていた眼鏡をかけている。
『なんだったの、今日。玲二はなにを決めたの?』
あの場で聞けなかったのは、怖かったからだ。
急に変わってしまった玲二が強い心で決めたこと。
それが僕にとって良くない話のような気がしていて。
「聞いていないの?」
『力が使えるようになったのは教えてくれた。だけど、もう帰ってこないとか、おじいさんがばかげてるって言った話はしてくれない』
ずっとそばで支えてきた。
命をわけて、ぎりぎりのところで取り戻したのは僕なのに。
どうして玲二は、僕にだけ言わない?
『玲二はなにを考えてるの?』
玲二の心を見られるのは、双子のお兄さんの僕だけだった。
なのにいつの間にか遠くへ離れて、糸が切れてしまった?
それこそがばかげた考えなんじゃないのか。ねえ、玲二。
「玲二は力を捨てて、人間になりたいんですって」
なんだよそれ。
そんなの無理に決まってる!
だけど、胸の中のざわめきはちっとも収まらなかった。
人間になんかなれるはずないけど。
そんなことを考えて、僕を捨てようとしたのは許せない。
許せなくて、腹が立つのに。
なのに僕はまた泣いてしまって、この日はお父さんとお母さんに抱かれたまま朝を迎えた。




