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黄昏の露 / 玲二

 授業が終わってから、いつもとは逆の方向の電車に乗った。

 六月も下旬に差し掛かって、夏の気配が濃くなってきたように感じる。

 しっとりとぬれた半袖のシャツを冷房の風が冷やしていって、寒気がした。


 月浜の駅は昼間でも混み合っていて、高校生の集団の隙間を抜けて歩くだけで疲れが溜まっていく。

 差し出されるティッシュも、かけられた声も全部無視して、バスのロータリーへ続く階段を下りてしばらく歩いた。



「よく来たね、待っていたよ」


 「CLOSE」の札がかかったままの古ぼけた喫茶店の中は明かりがついていなかったけれど、なぜか暗くはなく、ひんやりとして涼しかった。

 

「それで、どうするつもりかな」


 遠屋の声も冷ややかで、歓迎されている様子はない。

 今日ここへやって来た理由を聞いたら、少しくらい反応が変わるのかな。


「結論を出すために、知りたいことがあって来ました」

「私が求めているのは答えだけだ」

「あなたはこの辺りじゃ一番の実力者で、長く生きているんでしょう? だったらこの生まれたての若輩者に、少しくらい教えてくれてもいいと思うんだ」


 遠屋は目を伏せて、小さく首を振った。

 すると背後から鍵がかかったような音が聞こえた。

 

 俺にはわからない。ここにはいつも誰が潜んでいて、どうやって出入りしているのか。

 だけど今は、二人だけなんだろう。


「なにを聞きたい?」

「人間になる方法があるかどうか」


 遠屋はじっと俺を見つめて、しばらくの間黙っていた。

 店の真ん中で二人きり。

 真意を計りかねているのか、突き刺さりそうなほど鋭い視線を俺に向けている。


「人間になった者などいない。逆は腐るほどあるがね」

「そうですか」


 この龍は一体何年生き続けているんだろう。

 案外俺とそんなに変わらなかったりするのかもしれない?

 そんなの、どうでもいいか。


 俺は自分の進む道を示さなきゃいけない。


 いつきと一緒にいたかったけど。

 


「それなら、いつきに俺のことを全部忘れさせてください」



 同じ道を歩いていけないのなら、俺はここから消えるから、全部忘れてしまってほしい。


「それなんだがね」


 遠屋は顎に手をやって、ほんの少しだけ笑っている。


「本来ならとうに忘れていいはずなんだが、君のおせっかいな仲間たちがなんとか呼び起こそうと躍起になっているんだ」

「仲間たち?」


 ライかな。遠屋ににらまれているのに、大丈夫なのか。

 人に幸せをもたらす存在だから、俺が落ち込んでいるのが許せないとか?


 リアが心配して、協力させているのかもしれないけど。


「そのせいで中途半端に君を覚えてしまっている。これから完全に消すのは難しいだろうから、君からはっきりと別れを伝えたらどうかな」



 もしかしてこうなるって、最初からわかっていたのかな。

 ひょっとしたら、あえてこんな半端な状態にしたんじゃないのか?

 

 目の前の龍は考えていたよりずっと残酷で、容赦がない。

 わざとじゃないし、知らなかった。だけどそれも全部、俺の罪。生まれ持った時に抱えていた事情だろうが、自分でなんとかできないなら仕方ない。


「わかった。だけど心の整理もちゃんとつけたい。今まで普通の人間として暮らしてきたから、いきなりは変われない。だから、高校を出るまではここに居させてほしい。迷惑はかけないから」


 まっすぐに立っていたかったのに、駄目だった。

 力が入らなくて、辛い記憶が頭の中を飛び交って、今にも倒れそうになりながら、なんとか最後まで声に出せたけど。


「力を自分のものにできたらすぐに出ていけ。できないままならば仕方ないから、再来年の三月が最終期限としよう」


 最大限の温情だよ、と遠屋は言った。

 俺は見えないから、その言葉を信じてやろうと。

 感謝して日々鍛えていきなさい。そう言って、姿を消した。


 


 なにをしたって俺の自由じゃないかって思っているけど、今は気力がない。

 ふとした瞬間に差し込んでくる怒りを抑えるのに必死だし、悲しい気分になると最悪の記憶がよみがえってきて動けなくなる。

 コントロールする練習をしようって言われても、なんにもできないままだ。

 やってるフリをして、もう疲れたって甘えれば、一路は許してくれる。

 みんなで心配して、気を遣ってくれる。ちゃんと食べなさい、しっかり休みなさい、無理しないでいいから。みんな俺の顔色を窺って、多少の暴言があっても怒らない。


 俺がかわいそうだから。そう感じるのがなにより辛い。

 八方ふさがりどころじゃない。

 今なんのために生きているのか、全然わからない。


 生きがいなんてそのうち見つかるかもしれないんだから、今は流されるままでもいいって少しくらいは考えるけど。

 母さんの故郷のあの薄暗い森の中で、ひょっとしたら物好きな誰かに出会うかもしれないもんな。狼じゃなくて、たとえば吸血鬼とか、魔女とか、性格のあう素敵なパートナーに恵まれる日がいつか、来るかもしれない。


 だけどそんな微かな可能性よりも、今持っている無駄な力を捨てて、いつきのところに走って行きたい。

 俺の家から歩いて十分。太陽はそこにあるのに、会いに行けない。

 俺を見失って、忘れかけて、周りから変だって思われて、本人も悩んでて。

 そこにまた登場したら、どうして忘れてたんだろうってきっと悲しむ。

 そんな繰り返しをさせるくらいなら、いっそさっぱり忘れてくれた方がマシだ。

 だけど、忘れてほしくない。俺の太陽でいてほしい。あのかわいい瞳といい香りの髪が俺を捕まえて、離してくれない。


 前にも後ろにも進めないし、振り返れない。

 学校に行きたいけど、行きたくない。だけど行ってる。


 去年もこんな風に悩んでいた。思い出して、ため息を吐いた。

 電車はまだ空いているけど、席には座らず、ドアにもたれかかったまま。

 誰とも触れ合わずにこの先、何百年もずっと生きていくのかな、俺は。

 悲しいんだか腹立たしいんだか、寂しいんだか、わからない。

 ここまで悲観しなくていいってわかっていても、それでも、考えるのをやめられない。

 この無意味なループを止める最終奥義を誰か教えてくれないかな。

 遠屋に頭を下げたらわかるかと思ったけど、無駄だった。

 想像よりもずっと、俺たちに出ていって欲しいようで。


「おい」


 次の駅が近づいて電車が減速していく中、肩を掴まれた。

 イライラしながら振り返って、慌てて顔から力を抜いていく。


「レイジ君だよな」

「はい」


 いつきのお兄さん。確か、二歳年上のお兄さんだ。


「髪染めた? 先週見た時は茶色かったよね」

「それは多分、俺の兄だと思います」

「見分けつかないんだけど」

「双子なんで……」


 いつきと顔がそっくりだけど、眉間にしわが寄っているし、話し方が荒い。

 体型は当然違うから、同じような顔なのに不思議に思える。

 向こうもそう思ったんだろうな。聞いてねえけど、と呟いている。


「ま、いいや。ちょっと話せる?」

「俺とですか」

「ほかに誰がいるんだよ」


 最寄り駅の一つ手前で電車を降りて、見慣れない商店街を少し歩いた。

 黄色い派手な看板の喫茶店に黙って入っていくお兄さんの後ろを、黙ってついていく。


「言っとくけど、おごんないよ」

「はい」


 それぞれ飲み物を頼んで、小さなトレイを持って奥の席で座った。

 まともに会ったのは初めてだ。

 一度、いつもの店で隣同士になったことはあるけど。

 あの時と違ってお兄さんは私服姿。大学生になったのかな。


「俺、あんま長々と話すの嫌いだから単刀直入に言うわ。いつきとどうなってんの?」


 別れたのか? とお兄さんは聞く。


「あいつ最近おかしいんだよね。別れたんなら納得いくんだけど。でも、なんかそんな雰囲気でもない。悲愴感がねえの」


 ここまでわあっとまくし立てると、お兄さんは苛立たし気に足を組んで、コーヒーをずずっと啜った。


「別れてはいないんですけど」


 なんて切り出したらいいのか、ちっともわからない。

 相手とのなんとも言えない関係のせいで、怒ったり落ち込んだりしなくて済みそうなのが救いだろうか。


「双子のお兄さんが邪魔してんの?」

「いえ、兄は海外からきたばかりで、いつきさんと同じクラスになったので、面倒を見てくれているんです」

「あ、そう。じゃあレイジ君との関係がどうなってんのか教えて」


 正直に話したらどう思われるんだろう。バカなの? って言われるかな。

 じゃあなんてごまかしたらいいんだ。

 俺にはそういう才能が、全然ない。


「俺がちょっと体調が悪くて、あんまり会えていないから」

「確かにまあ、具合は悪そうに見えるけど。でも、いつきの態度が変な理由って、それなのか?」


 彼氏なんて知らないとか言ってるけど、とずばり言われてしまった。

 どうしたらいいんだろう。

 言ってしまえばいいのかな、別れる予定なんですって。

 俺がそう言ったら、お兄さんはどう思うんだろう。どう出るだろう?


「ええと」


 汗が出てくる。ホットの紅茶なんか頼んだからかな。

 アイスティーにしておけば良かった。

 暑いはずなのに、背中を流れているのは冷や汗で。


 駄目だ。言いたくない。別れるなんて言いたくない。

 どうしようもない。

 まともに話もできないバカだって思ってもらうしかないのか。


「まあ、付き合ってりゃいろいろあるんだろうけどさ」


 お兄さんは渋い顔をしていて、いつきも怒ったらこんな風になるのかな、なんてぼんやりと考える。


「年頃の女っていつきしかいないんだよ。みんな男ばっかなんだ、俺たちの家系の子供世代は。だから大事にされてんの、あいつ。あんまり変なことになるのは困るんだよね。おじさんにも挨拶したんだろ?」

「成り行きで……」

「成り行きでもなんでも、とにかくいつきに初めて男が出来て、しかも感じも見た目もいいって期待されてんだよ。まだ高校生だってのに馬鹿みたいに騒いでるなって俺も思ってるけどさ」


 家の前でもイチャついちゃってよ。

 突っ込まれて恥ずかしいったらない。


「あいつはぼやーっとしてるから気が付いてないけど、変なやつに付きまとわれたりとか結構あるんだよ。だから、ちゃんとした彼氏がいるならその方がいいんだ」

「結構?」

「ああ。今の学校にも強烈なのが一人いるし、小学校の時からちょいちょいあって迷惑してんだよ、俺たちは。レイジ君が送り迎えしてくれてマジでありがたいんだけど、もうしてくれないの? 双子のお兄さんに譲るのか?」

「いえ、譲ったりなんて、そんな」

「だよな。モノじゃないんだから。だけど、レイジ君のお兄さん? と付き合ってるかわかんないみたいな話してて。こっちも衝撃受けてんだよね」


 

 俺も、ものすごい衝撃だ。

 いつきは俺がわからなくなっているけど、一路はわかる。

 俺との思い出と、一路のビジュアル。

 半端にわからなくなったせいで、勘違いが起きている?



 腹の底からかあっと熱いものがこみ上げてきて、強く目を瞑った。

 一路も「いつきは可愛い」といつだったか、言っていたはずだ。


 そんな可能性は、あるかもしれない?


 いや、俺と同じだから。一路だって狼と人間のハーフで、薄い血の拡散は駄目なはず。

 だけど俺の分も力を持っているなら、一人前って扱いになるんじゃないか?

 だったら、あり?

 俺に遠慮して、なし?

 俺が去っていったあとは?

 良太郎だって、一路とは打ち解けている。一番大きな秘密を共有して、味方になってくれている。


 なんにも話さない、なんにも持っていない俺と。

 これからいくらでも自由に暮らせる一路と。


「どうしたよレイジ君」


 お兄さんがいてくれて良かった。

 危うくめちゃめちゃに暴れだしてしまうところだった。


「いえ……」

「ひどい顔してるぞ」


 

 発想が下世話すぎる。

 自分で自分が本当に嫌になる。

 だけど止められない。

 なにも持っていなさすぎて。

 俺にあるのは、いつきからの愛情だけだったのに。

 家族だって、一人息子だと思っていたけど、違っていた。

 父さんと母さんは俺を見放さないだろうけど、でも、俺ばっかりってわけにはいかない。


「なあ」


 頭の暴走を止めなきゃ、駄目だ。

 一度走り始めるとわけがわからなくなって、いつも後悔する羽目になる。

 なにか、冷えることを、考えなくちゃ。


「この後ヒマ?」


 身内だとどうしてもあたりが強くなるから。

 程よく緊張できる相手がいた方がいい。

 だったらこの誘いは、俺にとって良いものになるかもしれない?


「はい……、大丈夫です」

「じゃ、もうちょっと付き合ってよ」


 立ち上がったお兄さんに、慌ててついて歩いた。

 強いオレンジ色に染め上げられた住宅街を、会話もないまま進んでいく。

 

 たどり着いた先は、見慣れた一軒家。

 園田家だった。



 逆方向から歩いてきたからとはいえ、気が付かないなんて間抜けだった。

 客間らしき部屋のちゃぶ台の前で座ったまま、これからなにが起きるのかハラハラしている。


「よく来てくれたわね! 嬉しいわ、一度ちゃんと会ってみたかったから」


 お母さんはいつきとよく似ている。笑顔は優しそうで柔らかく、差し出してくれたお茶はかなり熱い。


「突然お邪魔してしまってすみません」

「良かったら夜ごはんを食べていって」

「でも」

「お家には連絡しておくから。大丈夫よ」


 こってり絞られるのかと思っていたのに、お兄さんは姿を消してしまった。

 

 いつきは多分もうすぐ帰ってくる。

 夕飯を一緒にって、どうなるんだろう?

 予想がつかなくて焦っているのに、俺を見張っているであろう鳥は今日に限ってなにも語り掛けてこない。


 連絡を取ろうと電話を取り出すたびに、お母さんがやってきては話しかけてくるので、うまくいかない。

 外部との連絡を絶たれたまま、十五分くらい経っただろうか?

 玄関の方が急に騒がしくなった。


「いつき、立花君が来てるわよ」


 母親からの声掛けに、返事はない。

 足音も聞こえない。

 どうなるだろう。

 わからないまま待っていると、ゆっくりと進む気配が伝わってきて、客間のふすまがほんの少しだけ開いた。


 三センチくらいの隙間の向こうから大きな目が覗いている。

 俺が世界で一番好きな、可愛い目。

 ぱたぱたと瞬きを繰り返して、こっちを見ている。


 思わず立ち上がってそばへ向かった。


 また、ぱたぱたと瞬く。

 相変わらずまつげが長い。大きな瞳に心が吸い込まれていく。

 ほんの少ししか見えていないのに、たまらなく愛おしい。


 忘れてほしいと願っていたはずなのに。

 おかしいな。首をちょこんとかしげて、微笑んで、俺の名前を呼んでほしい。


 記憶が鮮やかに色づいて、心の中にあふれていく。


 去年の今頃、二人きりで花壇で並んで。

 帰り道、クッキーを口の中に放り込まれて。

 恥ずかしくてまともに目も合わせられないくせに、かっこつけて「送っていくよ」なんて言い出して。

 

 後悔しながらもずっと惹かれ続けて、夜になるたび悶えてきた。

 いや、今も続いている。

 傷ついた時も、悲しかった時も、駄目だって言われても、それでも毎日、考え続けてきたのは君のことだ。



 じっと見つめているうちに、ふすまにかけられた指がぶるぶると震えだした。

 その上にそっと手を置く。

 すると大きな瞳にみるみる涙があふれて、ぼろぼろと零れ落ちていった。


「玲二くん」


 ふすまが開いて、いつきが飛びついてきて、思わず抱きしめてしまった。

 

「ごめん」


 俺が答えると、いつきはぱっと離れて、ふすまを勢いよくスパーンと閉めた。

 そしてそばに立てかけてあった棒をぐいぐいと押し込んで開かないようにして、また飛びついてきて、二人で畳の上に倒れこんで、そして、そのまま、されるがまま。

 唇を押し付けてきたいつきを、受け入れてしまっている。

 陳腐な俺の思惑は完全にリセットされてしまった。

 何度も何度も触れてくる唇を優しく噛んだり、吸ったり、髪を撫でたり、強く抱き寄せたりして、求めていた幸せをこれでもかというほど味わっていく。


「会いたかった」


 ぐすぐすと鼻をならすいつきをまた抱き寄せて、何度も何度も頭を撫でた。

 そのうちふすまがガタンと揺れて、外からどんどんと叩かれる。


「なあにー、いつき、いるの?」

「ちょっと待って!」


 慌てて涙をふきながら、いつきが立ち上がる。

 俺も急いで服の乱れを直して、もといた位置に座った。


「どうしてつっかえ棒してたの」

「いきなり入ってくるだろうなって思ったから」

「いきなり入って困るようなこと、あるの?」


 鋭いタイプのお母さんじゃなくて良かった。

 体がカッカと熱い。赤くなってしまっていたのか、こう聞かれた。


「立花君、ごめん、この部屋暑いかな?」

「いえ、大丈夫です」

「あ、そうか。熱いお茶淹れちゃったからかな。麦茶持ってくるわね」


 お母さんが出ていって、いつきは俺の隣にちょこんと座った。

 手を取って、強く握って。


「あのね」


 なにか言おうとして、止まった。

 ピンク色の唇が、可愛くてたまらない。


「なに?」


 ああ、幸せだな。

 こうしてずっと見つめていたい。


 

 いつきは膝立ちになって俺のすぐそばまで来ると、柔らかい胸の中に俺の頭をぎゅっと抱きしめて、本当に小さな声でこう囁いた。



「私も、愛してる」


 

 涙があふれて、落ちていく。


「あの時すぐに言えなくて、ごめんね」

 

 覚えていてくれただけでも嬉しいのに。

 胸がいっぱいで、幸せすぎて苦しい。


「俺、必ずいつきの隣を歩いていくよ」


 前例がないなら、俺が最初になればいいんだよな。


 大きな瞳の中が金色に輝いているように見えて、きれいだった。

 いつきは不思議そうな顔をしていたけれど、見つめあっているうちににっこり笑って、ちょこんと小さく首を傾げてこう答えてくれた。 


「私も、玲二くんの隣にずっといる」



 もう一度キスしたかったけど、唐突にふすまが開いてしまって無理だった。



 夕食の席にはお父さんまでいて緊張したけど、挨拶をしただけで終わってしまって、良かったのか悪かったのかよくわからない。


「ごめんね、いきなり家族と一緒なんて緊張したよね」


 帰り際、いつきはそっとこう耳打ちしてきたけど。


「ううん、挨拶できて良かったよ」


 にっこり微笑んだ顔が最高に可愛い。


「明日の朝、迎えに来るから」

「うん。じゃあ、待ってるね」

「おやすみ、いつき。また明日」



 逆の方向に自分を追い込むんだ。

 なんとしてでも、人としての命を得てやる。




「おい、いるんだろ」


 夜道を歩きながら声をかけると、電信柱の影からにゅうっと人でなしが姿を現した。


「はい、玲二様」

「人間になる方法がないか調べてくれ」

「人間になる方法、ですか?」

「可能性でもいい。知っていそうなやつらにあたってくれ。誰かに攻撃されそうになったら俺が守ってやる」


 なんでもすると、人でなしは言った。

 こいつがどこまでできるかわからないけど、使える手はすべて使わなくては。


「時間がないんだ。早く行け」


 仰せのままに。

 百井はそう言い残すと、闇の中に去っていった。

 

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