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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
ビギナー
5/85

爆弾と眠れない夜 / 玲二

「随分遅かったのね」


 言われると思っていた。芯が切れたから買いに行っただけなのに、一時間以上帰ってこないなんてどう考えてもおかしい。

 これまで無駄な寄り道なんかしたことがなかったんだから、余計にだ。


「たまたま人に会って」


 たかだか中学高校の同級生に会っただけなんだけど。

 後ろめたいし、多分顔が赤くなっているんだと思う。

 母さんが不審に感じるのは当然だろう。

 まったくもってこの状況を取り繕えないバカ正直な自分を、そんな自分を育んできたこの十五年間を全力で殴って矯正したい。


「女の子?」

「うん……、まあ」


 そうだよ。女の子だよ。中学も一緒だったんだけど、高校も同じでついでに今はクラスメイトになっている人がたまたま本屋にいて、傘を持っていないっていうから近所だし送ってあげただけなんだ。


「ふうん」

 母さんの目は鋭く、その奥で父さんはなぜか微笑んでいる。

「いいじゃないか、同じクラスの子がいたら話くらいするだろう」


 母さんは口を開いたものの、結局なにも言わなかった。

 でも、目は口ほどにものを言う。俺が必死で隠している小さな秘密めいた感情に、気が付いているように思えた。


 今日もまたベッドに勢いよく倒れ込んで、あの帰り道のすべてを反芻していた。

 忘れなきゃと思えば思うほどに、色鮮やかに蘇ってくる。

 薄暗い、雨降る夜の道。ときどき差し込む街灯のあかりに照らされてきらめく、園田の微笑んだ顔。


 いわゆる「普通の男ならこうする」シミュレーションについて、俺は全部間違えているのかもしれない。


 傘を買うからいいよ、と言われた時に、ああそう? なんて答えはひどいと思った。

 それに一昨日よりも遅い時間で、しかも雨が降っているという状況。

 一昨日は送ってあげたのに、今日は送らないってヘンじゃないかと。


 いや、普通の男ならっていう前提がもう間違っているんだ。

 俺は全然、普通の男子高校生なんかじゃないんだから。

 普通なんて分不相応な、影が薄くているんだかいないんだかよくわからない無難極まりないナントカ君くらいに成り果てなきゃならないはずなんだから。

 そもそも、女の子に「送ろうか」なんていうのが間違っていた。


 でも、あんなに可愛い子が一人で帰って、もしなにかあったら?

 普通なら心配するはずで、あっそうじゃあ一人で帰れば? なんて態度はかなりイヤな感じだと思える。園田が誰かにその話をして、あいつひどい男なんだねなんて悪評に繋がれば、それはみんなの記憶に強く残ってしまうかもしれないし。


 頭を抱えて髪をくしゃくしゃにしながら、ベッドにぎゅうぎゅうと潜り込んでいく。

 全然、今より深いところになんか行けないんだけど。


 それよりなにより、恥ずかしくてたまらない。


 散々悩んだ末に、送った方がいいと結論が出したはずが、傘のくだりは完全にミスだった。

 どうして俺は、一本の傘に二人で入ることになると考えつかなかったんだろう。


 頼まれたからってあんな男くさい雑誌を買うのは恥ずかしいだろうに、いつも通りのキラキラの笑顔だし。

 直視できなくて慌てて傘を差したら、すうっと横に入ってきて。

 そりゃそうだ、この状況なら入れていくしかないって頭では理解したけど。

 でも実際やってみたら、一つの傘に並んで入るのは難しかった。

 園田は俺の右側にはいってきて、普通にさしていたら右肩に雨がかかっているのが見えて、それで傘を傾けてみたら、すぐに気が付いて「玲二くんが濡れちゃうよ」って。

 

 玲二くんだった。

 昨日は立花くんだったはずが? なんだ? なんで? いつそうなった?


 友達と会って俺の話をちょっとしたとか、そういう話をしているうちに、呼び名はいつの間にか立花くんに戻っていたんだけど。


 俺のなんの話をするんだろう。

 いちいち真っ赤になって恥ずかしがっちゃって、体がでかい割に小心者なんだよ、とか?


 いや、違うよな。もしかしたらその友達の皆さんはそう思っていたとしても、園田はそんなことを言ったりしない。はず。だと思う。


 薄暗くても、瞳のキラキラがまったく威力を失ってなくて。

 むしろ暗いから、余計に輝いていたように思えた。


 それが、めちゃめちゃ、可愛くて、頭が爆発、しそうだった……!

 

 明日は日曜日だから、なんにもしないでおこう。

 いつも通りの自分に戻ろう。

 園田のいない世界で暮らして、自分の目指すべき路線にちゃんと乗るんだ。


 大体、再来週から試験だし。

 ちゃんと勉強しなくちゃ。

 ああでも、そこそこじゃなきゃダメなんだった。


 じゃあ、勉強なんてする意味、ないんだ。

 

 散々じたばた揺らしていた足をぱったり止めて、今度は悲しい気分に浸っていく。

 いや、勉強する意味は、なくはない。もしかしたら普通に生活できる可能性だって、ゼロじゃないだろうし。

 じゃあ、わかるところもわざと間違えたりする? なんだ、それ。

  

 俺の人生ってなんなんだろう。

 ますます悲しみに沈んでいたら、とうとう頭の中から園田の顔が消えていった。


 

 それでようやく日曜日を乗り切れたというのに。

 月曜の朝、再び改札前に園田が立っていた。しかももう一人、同じ制服の女の子が隣にいる。

「立花くん、おはよう」

 園田がにっこり笑って、隣の子も「オッス」と手を挙げる。

「おはよう」

「えっと、わかるかな? 同じクラスになったことなかったんだよね。親友の敷島(しきしま)友香(ゆうか)。一組なんだよ」


 中学も高校も同じだったのによく知らない誰かがもう一人いたらしい。

 確かにちょっと見覚えがあるような。

 すらっとしていて背が高く、ショートカットで、スポーツが得意そうな雰囲気が漂っている。


「陸上部に入ってるからいつも朝練でもっと早いんだ。でも今は試験前で部活がないから、今日は一緒なの」

「ごめんねえ、二人の邪魔して」

「邪魔なんかじゃないよ。ね、立花くん」


 むしろ俺が邪魔なんじゃないかな。

 敷島は俺をちらちらと見ていて、もしかして土曜にあれこれ話していた相手だったんじゃないかと不安が募る。

 

 朝の電車はそれなりに混んでいて、園田と敷島は俺の前でぎゅっと一塊になっている。

 揺れた時にぶつかったり、触ったりしないように気を付けないといけない。

 

「そうだ、立花君アドレス教えてよ」

 一駅過ぎたところで、敷島は突然こう言い出した。

 それまでの話題を突然全部投げ捨てて、いきなり。

「アドレス?」

「メールと、あと電話番号も」

 

 教えてもらって当然、って顔だ。

 隣では園田が慌てたように、俺の様子を窺っている。

 また、例の上目で。それは駄目。一番駄目だ。


「ごめん、俺携帯電話は持ってないんだ」

「えっ、嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ」

「今時?」

「メールは、パソコンのならあるんだけど」


 今までに携帯電話が必要な場面がなかった。

 あんまり出歩かないし、誰かとだらだら繋がり続けたいとも思わないし。

 みんなはなんだかんだで情報を共有していたみたいだけど、あまり興味が湧かなかった。

 そして今は、むしろない方がいいくらいだろう。


 加わっている社会の輪から、いつかふっといなくなるかもしれないんだから。


「そうなんだ。ごめん、意外だったから」

 敷島は謝り、園田はなぜかほっとしたような顔をしている。


 その理由を、電車を降りてから教えてくれた。

 陸上部の仲間を発見した敷島が、先に行ってるねとダッシュで駆け出した後。

 照れくさい二人だけになってから教えてくれた。


「本当に携帯持ってないの?」

「みんな持ってるから、驚かれても仕方ないよな」

「でも、立花くんらしいなって思った」

「そう?」


 俺らしい、か。

 まったくもってその通り。誰とも繋がらずに、いつ一人になってもいいように、備えておかなきゃいけない人間に携帯電話なんて必要ない。

 でも、「携帯を持っていない」のは、「教えない」理由にはならなかったらしい。


「パソコンのでもいいから、教えて」


 

 自分の孤独について、その可能性について、ものすごく考えていたのに。浸っていたはずなのに。

 園田に首をちょこんとされて、あっさり教えてしまった。

 教えたらその場で早速登録して、俺あてになにかメッセージを送ってくれたらしい。

 

 なんと告げたらいいんだろう。園田に。

 そんなに可愛いことばっかりしないでくれ、って? 言えるわけがない。


 

 結局またこの日も図書室に逃げ込んでしまった。

 玄関で靴を履きかえたあと、園田を置いて。

 もしかしたらこの行動は不審に思われているかもしれないけど、でも、このままじゃ心がもたない。


「おはよう、立花君」


 学校の中で一番よく訪れているのは間違いなくここ、図書室で、委員や司書さんにはすっかり顔を覚えられている。

 声をかけてきたのは、二年生の図書委員の蔵元先輩だ。この人は図書室を訪れると大抵いるから、よっぽど本が好きなんだろうと思う。


「おはようございます」

「今日から貸し出しはお休みなんだよ」

「ああ、そうでしたね……」


 定期試験前の一週間は本の貸し出しは一時的に禁止になると、先週聞いていた。

「返却する本があったかな?」

「いえ、すみません、今日は忘れてきました」


 土日の間に読もうと思って借りた本があったのに、気が散ってまるで頭に入って来なかった。

「へえ、珍しいね、立花君が」


 蔵元先輩は男らしからぬさらさらの髪を揺らして、くすくすと笑っている。

 初めてみた時は、女性かと思った。俺が言うのは変なのかもしれないけれど、色白だし、手足も細いし、髪も長くて肩についているし。顔立ちも中性的というか、とにかく男を感じさせない。

 だから、大量の本を抱えてフラフラしていた時に、見ていられなくて思わず手伝ってしまった。

 余計なお世話だっただろうに、丁寧に礼を言ってくれて。

 それ以来、先輩は俺によく話しかけてくれるようになった。

 好みに合いそうな本を勧めてくれたりもする、親切な人だ。


「いつも来てるから、つい寄っちゃったのかな?」


 現実逃避してきた、とは言えない。

 とはいえ返すものもなく、なにも借りられないなら、ここに長居する理由もない。


 仕方なく教室へ戻ると、何人かいるクラスメイトたちの中に園田の姿はなかった。


「よ、おはよう玲二!」


 声をかけてきたのは、後ろの席に座っている葉山良太郎。

 こちらとしては特に深く付き合っているつもりはない。けれど彼はとても気安く、俺を「玲二」と呼び捨てにしてくる。


「おはよう」

「どこに行ってたんだよ、園田ちゃんと来たんだろう?」

「ちょっと図書室に寄って来たんだ」

「先に教室までくればいいのに。園田ちゃん寂しそうだったよ?」

 葉山は俺の襟を掴んでひっぱり、こっそりとこう耳打ちをしてきた。

「恥ずかしいのはわかるけど、もうちょっと喜んだら?」

「なに、喜ぶって」

「もしかして玲二、鈍いの? 園田ちゃんお前にメロメロじゃないか。早く正式に付き合えよ、もったいない。あんな可愛い子めったにいないよ」


 火山でも出来たのかと思うほど、最近体の中で爆発がよく起きる。

 葉山の言った言葉のすべてに、証拠なんてない。園田がどうのこうのっていうアレは、多分想像だろうから、だから、いちいちこんな風に照れる必要はないはずなんだけど。


 違う。俺は、嬉しいんだ。園田が俺に好意を持ってるかもっていう可能性があるっていうだけで、ただそれだけで嬉しくて堪らないんだ。だからこんな風に、全身をかーっと熱くして、動けなくなり、なにも言えないでいる。


 だめだ。これ以上考えたら、気が付いてしまう。知らないでいないと、駄目だ。


「そんなんじゃないから」

「説得力ないぜ、お前。その顔で。普段はクールなのに、照れるとそんなになっちゃうのか」

 髪をくしゃくしゃとしてきた手を払って、取り繕うように教科書を取り出して、机の中にしまった。

「それとも、彼女がもういるの?」

「いない」

「じゃあ付き合えばいいのに」


 なぜ人は他人の恋愛事情が好きなんだろう。

 修学旅行の夜に、好きな人の名前を順番に言わされるのはなぜなんだろう。

 いないと答えた時に、うそつき呼ばわりされるのはどうしてなんだろう。


 こんな文化や習性がなければ、もうちょっと生きていきやすいはずなのに。

 俺のこの、誰にも話せない事情について、ごまかすのはとても疲れる。

 人間じゃない生き物の血が入っているから、子孫は作れないんだよね! と、軽く言えたらいい。聞いた方が「それじゃあ仕方ないな」って頷いて終わるような、ありふれた話だったらいいのに。


 すっかり意気消沈して、ため息をついてしまった。

 俺の様子をおかしく思ったのか、葉山は一転申し訳なさそうな顔だ。

「ごめん、調子に乗って」

 謝らせてしまった。

「俺はこういう話、得意じゃなくて」

「苦手ならあんまり言われたくないよな。本当にごめんな」


 クラスメイトたちは続々と教室へ入ってくる。

 でも、園田の姿はどこにもない。


 寂しそうだったという葉山の台詞で、罪悪感が胸を塞いだ。

 入口をちらちらと見てしまう。

「園田ちゃんなら、一組の友達のとこに行ってるよ」

 後ろのやつには全部お見通しらしい。始業のベルが鳴る直前に、園田は後ろのドアから教室へ戻って、自分の席についていた。


 

 授業が終わる前から、落ち着かなかった。

 すぐに帰っていいのかどうか。ひょっとしたら「一緒に帰ろう」なんて言われるんじゃないかと思って、金曜はかなり急いで外へ出たんだけど。

 自意識過剰。わかっているけど、これ以上は困る。

 そのくせ、土曜日は家まで送るよ、なんて言ってしまっているし。

 今朝も一緒に来てしまったし。

 なのに図書室へ逃げたりして、もうどうしたらいいのかさっぱりわからない!


 昼休みも一人でこっそり、中庭にあるベンチで過ごした。

 葉山が悪い。メロメロじゃないかなんて、勝手なことを言うから。

 そんなわけない。あんなに可愛いんだから、よその学校に彼氏がいたりするだろう。

 そうだよ、いるよ。絶対そうだ。だったら俺に構う必要なんてない。ただのご近所さんがいつも一人ぼっちで気の毒に思えるとか、そういう話に過ぎないはずだ。


 ホームルームの間にずっと考えて出した「俺に都合のいい結論」に納得して、チャイムと同時に立ち上がった。

 一人で平気だから、一人で帰る。

 そう思っていたのに、教室から出ようとしたところで腕を掴まれた。


「立花君、話がある」

「誰?」

 

 顔は知っている。同じクラスの男子だと、思う。でも名前は出て来ない。


「誰ってなんだ。君、クラスの人間の名前くらい覚えておきなよ」

「ごめん」

相原(あいはら)だよ。相原宗人(しゅうと)

「なんの用?」


 帰りたい。でも、相原は手を離さなかった。

 仕方なく、引かれるままになぜか校舎裏に連れて行かれる。


 上履きのまま、二人でごみの集積場前で向かい合った。

 今日も蒸し暑い。ちょうど日差しが差し込む時間帯らしくて、肌の表面がちりちりと痛む。


「君は園田さんと付き合うことになったのか?」


 相原の質問は単刀直入で、どう受け止めたらいいのか迷ったものの、正直に答えるしかない。


「いや、そんな話にはなってないけど」

「断ったってこと?」


 相原の語気は強い。ずいずいっと前に出て迫ってくるので、俺はのけ反り気味に答えた。

「断るもなにも、付き合おうなんて話になってないんだけど」

「はあ? 告白されたんだろう?」

「されてない」

 この答えに、相原はぶすっと頬を膨らませた。

「じゃあどうして一緒に登下校しているんだよ」

「近所に住んでるんだよ。委員とか、登校の時間がズレて一緒になっただけ」

「それにしては仲が良さそうじゃないか」

「別に、二、三回一緒に歩いただけだ」


 いや、四回か。下校が一回、登校が二回、あとは家に送ったのが一回。


「隠すなよ、立花」


 相原はなにがそんなにひっかかるのか、隠してない、付き合っていないという俺の言葉に納得がいかないらしかった。


「そう言われても困る」

「困るのは隠しごとしてるからだろ」


 相原の背の高さは大体俺の顎くらいで、下の方からきゃんきゃん喚かれて心底うんざりしていた。

 あんまり強い言葉を使いたくない。言い争いなんて不毛だ。

 ああそうだよ、園田と付き合ってるよ! といえば、相原は納得するのだろうか?

 でも、嘘なんてつきたくない。どんな人物かわからないのに、言いふらされたら困るような台詞は使いたくなかった。

 去ろうとしても、腕を掴んでくる。


 家に帰りたい。最近すっかり息苦しい場所になっているけど、今は猛烈に帰宅したい!


「あ、玲二! こんなとこにいたのか」


 もうどうとでもなれ、とやけくそな気持ちで相原を振り払おうとした瞬間、声がした。

 相原と揃って目を向けると、葉山がへらへらと笑いながら近づいてくるところだった。


「どこに行ったのかと思ったぜ。相原、玲二は今日俺ん家にお招きされるから、話があるならまた今度にしてくれ」


 急におどおどしだした相原の手を笑顔で外して、葉山は細い目で俺にウインクをしてみせた。


「さ、行こう」


 今度は葉山に手をひかれて、無事に教室へと戻る。

 もうみんな帰ったあとらしく、誰の姿もなかった。


「ありがとう、葉山」

「しっ、いいから早く支度して」


 相原は絶対どこかで様子を見張っているから、と葉山は言う。見張られるなんて衝撃的な話だけど、さっきのしつこさからして、あり得る気がする。


「あいつぎゃあぎゃあ言ってくるだろうから、本当に俺ん家に来いよ。すぐそこだから」

「いいのか?」

「いいよ。学生らしく試験勉強でもしようぜ」



 相原を刺激したくなくて、結局葉山の家に寄らせてもらった。

 純和風の広い平屋で、うちとは全然違う。

 突然の訪問にも関わらず、葉山のお母さんは笑顔で迎え入れてくれた。

 まるで十年来の親友みたいな葉山と一緒に試験勉強に勤しんで、帰宅した頃にはもうすっかり暗い。


 夕食を済ませて部屋に戻り、今日もベッドに倒れ込んだ。

 月曜日からすっかり疲れてしまった。

 相原の絡み方はしつこくて、また来られたら困ってしまう。

 なんでそんなに、園田とどうなっているのか知りたがるんだろう?


 そしてふと、思い出した。朝の出来事。メールアドレスを教えてしまったんだった。

 あの時、メールを送ったよ、と園田は言った。

 アドレスが正しいか、テストで送ったんだろう。

 だったら俺は、正常に送れていますよと返事をするべきだと思う。


 のろのろと立ち上がって、机に向かった。

 メールアドレスはあるけれど、なにかしら登録するのに必要だから作っておいただけだ。

 誰かとのやり取りに使うのは、これが初めてになる。


 更新のお知らせとか、サービスの終了の案内ばかりが並ぶ中に、園田からのメールが混じっていた。


 上から三件目、今朝の七時四十五分に届いている。

 タイトルは「園田です」で、すぐに返信のボタンを押そうと思ったのに。


 

 立花くん


 園田です。メールちゃんと届いたかな?

 この間はいきなりともだちになってほしいなんて、わけのわからないこと言ってごめんなさい。

 これまで全然接点がなかったのになんで? って思われるかもしれないけど、実は、ずっと気になって玲二くんのことを見ていました。

 話してみたらわかったんだけど、私は、玲二くんが好きみたいです。

 今はともだちでいいので、ちょっとずつ、私のことを知って欲しいと思っています。

 いつか、いいなって思えたら、その時は彼女にしてください。


 告白なんて初めてだから、恥ずかしくて、メールで送っちゃいました。


 とりあえず、ともだちから。

 これからもよろしくね。


  園田いつき



 

 ああ。

 読むんじゃなかった……!



 人生で一番のスピードで、心臓が爆走している。


 もちろん返事は出来なかったし、開きっぱなしのメールを閉じることさえ出来ないまま、ちっとも眠れず、悶々としたまま朝を迎えた。


 でも、眠れなかった理由を母さんにはとても話せなくて。

 だるい体を必死に動かして、俺は学校に行く支度をなんとか済ませた。

 


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