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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
ビギナー
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ガールズトーク / いつき

 次の日の午後、お昼を済ませてから友香(ゆうか)の家へ向かった。小学校の時に出会って以来ずっと仲良くしている四人組の、月イチの集合の日だったから。

 

 空はどんよりとしているけれど、雨は降らないと予報で言っていた。

 友香の家までは歩いて三分。集合時間に家を出ても問題ないくらいの超ご近所さんだ。

 

 今日のおみやげは、うちの定番となりつつある、つきはまシーサイドアクアリウムのペンギンクッキー。ペンギンの形のクッキーのおなかの部分にラッキーになるおまじないが書いてあるという代物で、今日やってくる友人の一人である実乃梨(みのり)のお気に入りだったりする。


 マンションの入り口でインターフォンを鳴らすと、なにも言わなくても入口のドアは開いた。すっかりお馴染みの階段を登ると、廊下の向こうでドアが開いて千早(ちはや)が顔を出していた。

「いつきー、いらっしゃーい」

「自分の家じゃないのに」

 私が笑うと、千早はとにかくいいから早く入れ、と手を引っ張ってきた。


 靴を並べて友香の部屋へ入ると、いつものメンツはもう既に揃ってお菓子を広げていた。

「さあさあここに座って」

 四角いピンク色のローテーブルの一角に私を座らせて、千早はにやりと笑う。

「いつき、報告することがあるでしょう」

「ごめん、今日もペンギンクッキーなんだ」


 本当は昨日のカップケーキを持って来ようと思っていたんだけど。仲良しだからって、さすがに失敗したものは出せないから、仕方なくコレにしたんだけど、やっぱり飽きてたか。


 実乃梨は気に入ったものはいつまでも愛用し続けるこだわり派。

 友香は、おいしければなんでも良い、万年成長期の食いしん坊。

 でも千早は、できればオシャレで新しいものがいいと思っているんだよね。もしかしたら、またペンギンなのって言われるかなとは思ってたんだけど、これしかなくて。


「そんなのどうでもいいよ。そうじゃなくて、一昨日立花君と一緒に歩いてたって実乃梨が目撃してたんだからね!」


 千早がいっきに捲し立てて、実乃梨と友香はイエーイと手を叩いている。


「そうなの?」


 実乃梨の家は駅から遠いし、自転車通学なのに。


「一昨日の夕方、駅前のカフェにいたの。そうしたら、改札からいつきが背の高いイケメンと出てきたからね。どう見てもいつきの兄一号でも二号でもなかったから、友達を置いて後をつけちゃったの!」

 いつもは大人しい実乃梨が、やたらと興奮している。

「そしたら家まで送ってもらってたって言うじゃん!」

 そこに友香も加わって、三人は目をらんらんと輝かせて私に迫った。

「告白してオーケーもらったんでしょ!」

「や、違うよ、全然そんなんじゃなくて、たまたまなの」

「たまたまだって! いやらしい!」


 なにがいやらしいんだか、さっぱりわからない。

 三人とも興奮しすぎと思うんだけどなあ。


「一昨日は委員会があったの」

「例の一緒になったってやつね!」

「そう、で、他の人が全然来なくて、仕方なく二人で全部済ませたんだ」

「なにを済ませたって? え?」

 

 こういう話の時に一番エキサイトするのは千早で、ぐいぐい突っ込んでくる。

 あとの二人はなにも言わないんだけど、楽しげに耳を傾けていて、止めたりはしてくれない。


「草むしりだよ。玲二くんは親切で、軍手を貸してくれたり、時間が遅くなったからって家まで送ってくれたの。近所のよしみで」

「軍手……?」

「うん、軍手。手を切ったらいけないからって」

「ええ~……。軍手かあ……」


 私はすごく嬉しかったんだけどな。多分だけど、ロマンチックじゃないんだろう、千早的には。


「二人きりでなにを話したの?」

「最初は二人きりじゃなかったし、結構作業が多かったから、そんなに話はしてないよ」

「つまんない!」


 三人は一斉にブーイングをし始めて、私は仕方なくペンギンクッキーの包装紙を外した。


「でもね、ともだちになって欲しいってちゃんと言ったんだ」

「はあ~?」


 さすが長い付き合いになってきただけあって、この「はあ~?」は三人同時、同じ長さ、同じくらいのガッカリ感で完璧なハーモニーに仕上がっている。


「ともだちってなによ、幼稚園児じゃあるまいし。好きです付き合ってくださいその場で即キッスくらいしろって言ったでしょ!」

「そんなの出来るわけないよ」

「出来るよ、いつきなら! 男は全員それでKOできるって!」


 この二年くらい、ずっと言われ続けている台詞だった。

 いきなりそんな真似出来たら苦労しないと思うんだけど。


 そういう千早だって、彼氏はいないみたいだし。

 楽しそうに聞いているけど、実乃梨は二次元の人しか興味がないって言うし。

 友香は同じ陸上部のなんとかくんが気になってるって言ってたけど、その後の報告は聞いてない。


「立花君は大人しそうだから、いつきがグイっといかなくちゃ」

「昨日は早起きして駅で待って、それで学校まで一緒に行ったんだよ」

「え、なにそれ。そういうことはもっと早く言ってよ」


 どうやら少し挽回できたようで、千早は満足そうに私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「でも、学校に着いたらすぐに図書室に行っちゃって」

「なんで?」

「わかんない。もしかしたら、迷惑なのかも」

「彼女の有無は確認したの?」

「聞いたよ。ご覧の通りいない、って言ってた」

「うわー! なにがご覧の通りだっつーのあのイケメン野郎」


 人が素敵だなって思っている人を、野郎なんて呼ばないでほしいな。

 イケメンって褒めてるから、そこまで悪くはないのかもしれないけど。


「どんな話をしたの?」

「最初に付き合ってる人がいるのかどうか聞いて」

「うんうん」

「甘いものが好きかどうか聞いて」

「好きだって?」

「ううん、あんまり食べないって」

「ちぇっ。それから?」

「あとは、ともだちになってほしいってお願いして、いいよって言ってもらって、駅についたら『送ろうか』って」


 私の報告を聞き終えると、三人はおまじないそっちのけでペンギンクッキーをばりばり食べながら話合いを始めてしまった。

 

 


 女の子四人で集まるようになって、みんなで色んな話をした。

 一番盛り上がるのはやっぱり、好きな人の話。

 いつきは好きな人がいないの? ってずっと聞かれ続けてきた。

 中学二年生の時、初めて気になる人が出来た、と言った。

 全然話したこともない、ただ、素敵だなって思っているだけの人。

 玲二くんが気になると話したら、みんな意外そうな顔をしたっけ。

 あんなにわかりやすいイケメンがいいと言うとは思わなかったって。


 見た目だけじゃない。確かに、目立つしすごく素敵な人なんだけど。

 でもそれだけじゃなくて、図書室で静かに本をめくっている姿とか、廊下で誰かに話しかけられて頷いているところとか、とにかく玲二くんはすごく静かで、穏やかそうで、全然はしゃいだりしなくて、それどころか放課後一人で教室の掃除をしてたりして。

 あの控え目な感じが、いい。

 かっこいいよね、背が高いよね、ハーフっていいよねって騒いでいる他の子たちは、わかってないなって思う。玲二くんの魅力はそんな、見た目だけの問題じゃないんだよって、私だけが知っているような気分でいた。


 やっと少し話ができて、隣を並ぶ資格を得られた。想像通りの、穏やかで優しい人だって思った。本当に少ししか話していないし、玲二くんの全部がわかったなんて思ってはいないけど。

 

 もっともっと玲二くんのことを知りたいって思っている。

 もっとそばにいて、たくさん話して、あの綺麗な薄茶色の瞳を見たいって考えている。


 いつもなら少しくらいは気楽な気分になる土日だけど、今日は物足りない。

 玲二くんに会えないから。

 仲良し四人の愉快なパーティは楽しいけど、正直あんまり集中出来てない。


 また月曜日の朝、一緒に行きたい。

 でも、また待ち伏せしてたって思うかな。嫌がられていたらと考えると、心がすくんでしまう。


 私抜きで会議が進んでいることにすっかり油断してぼんやりしていると、カバンの中から携帯の着信音が聞こえた。


「誰から!」


 会議をずばっと中断させて、千早は前のめりで私に問いかける。


「立花玲二からのメールか!」

「それはないよー。アドレス教えてないし、教えてもらってないし」

「もおー、ばか、いつき! 今すぐ教えてもらいにいっといでよ!」


 噛みつかんばかりの勢いの千早を、残りの二人が抱きかかえて押さえてくれた。

「どうどう千早、気持ちはわかるけど、いつきだよ。そんなにハイペースでいけるわけないよ」

「そうだよ。カッコよくて気になるなあ、で二年以上止まってたいつきだよ? メアドゲットまで半年は見ておかなくちゃ」


 押さえてくれて嬉しいんだけど、友香と実乃梨の台詞にはちょっぴり傷ついたような。

 私の評価ってそんな感じなんだ……。


 千早はバタバタしながら、こう叫んでいる。

「だって、立花君かっこいいんだもん! うかうかしてたら肉食系にあっという間に食い荒らされて、最終的に七股くらいかけて毎日違う女をとっかえひっかえするようなチャラ男に育てられちゃうって!」

「そんな人じゃないと思うけど」

 ねえ、と同意を求めたんだけど、意外にも実乃梨の意見は千早に近いらしかった。

「思春期の性欲なめたらダメだよ、いつき!」


 そう言われても困っちゃうし、まともに考えるなんて恥ずかしすぎる。

 騒がしい二人をスルーしながら携帯を確認すると、通称園田二号こと、草太兄ちゃんから短いメッセージが届いていた。


「麗しの玲二様からじゃないなら誰からだったの?」

「お兄ちゃん。雑誌買って帰ってくれって」

「また二号? もう、シスコンなんだからー」


 とんだ風評被害だな、草兄ちゃん……。


「でもいつき、アドレスくらい聞きなよ」

「そうだよ。ありとあらゆるアカウントを聞いて全方位から攻めなきゃ!」

「試験終わったら夏休みだし、プール行きな、プール。その辺のコンビニで割引券配ってるし!」

「いいね、プールいいね! 極小(マイクロ)ビキニで悩殺しなきゃ!」

「それだ! いつき、水着なら瞬殺間違いなし!」

 

 三人の妄想コントをはいはいとスルーしながら、私はひとりでお茶を啜った。


 女だらけの愉快な宴は六時にお開きになって、千早と実乃梨と三人で友香の家を出る。

 空はどんよりとして暗く、なんだか雨が降り出しそうな気配だった。


「いつき、明日デートしてきなよ」

 千早の無茶ぶりはまだ続いていて、さすがにちょっと疲れてきたかも。

「頑張ってみるよ、私、お兄ちゃんにおつかい頼まれたから本屋に行くね!」


 いつもならちょっとだけ一緒に歩いて帰るんだけど、これ以上は身が持たない。兄ちゃんからのメールを言い訳にして、興奮している二人とは別れて駅前へと向かった。



 本屋さんの店頭には可愛い文具が並べられていて、見ているだけで幸せな気分になっていく。そういえばもうすぐ試験だから、ノートを買ってもいいかもしれない。

 でも財布の中を確認してみると、頼まれた雑誌代より少し多いくらいしか入っていなかった。

 諦めて、「趣味」のコーナーへ向かう。

 草太兄ちゃんからしょっちゅう頼まれているせいで、もう場所はしっかり把握できている。立ち読みをしているおじさんの隣から手を伸ばして、「隔週刊 釣り野郎マガジン」を手に取った。


 最初は買うの、恥ずかしかったのにな。

 すっかり慣れちゃった。


 兄ちゃんは当然のように頼んでくるけど、もうちょっと感謝してくれていい気がする。代金にちょっとオマケしてくれるとか。サンキュって言葉程度でちゃんとこんな雑誌を買ってきてくれる妹に、もうちょっと……。


「園田」


 ご褒美があってもいいんじゃないのかなって、思っていたら。

 本棚で出来た細い通路の先に、玲二くんが立っている。


「立花くん、買い物?」

「シャーペンの芯が切れちゃって」

 なるほど、玲二くんはBを使っているらしい。次から同じのを買おう。

「釣りが好きなの?」

「え? あ、これは違うの。お兄ちゃんから頼まれちゃって」

「そうか。意外な趣味だなって思っちゃったよ」


 玲二くんが笑っている。

 きりりとした鋭い目を細めて、優しい顔で。


 買い物は芯だけのようで、玲二くんはレジへ向かってしまった。

 私も慌ててそれに続いて、そわそわとお会計を済ませていく。

 先に帰っちゃうかな?

 心配だったけど、店の出口でまだ立っているのが見えた。


 待っててくれているのかな……。


 釣りマガをぎゅっと抱きしめたまま駆け寄ると、外は真っ暗で、強い雨が降っていた。

「わあ、雨降ってる」

「傘持ってないの?」

「うん。昼から友達のところに行ってたんだけど、家を出た時は降ってなかったから」


 財布の中には何枚か銀色の硬貨が残っていたから、商店街の端にある百円ショップにでも行けばいい。

 それとも一番上のお兄ちゃんがそろそろ帰る時間だから、うまくいけば会えるかも?


「園田、良かったらこれ、使って」


 隣から聞こえた優しい言葉に、頭がかーっと、熱くなっていった。


 玲二くんは自分の傘を差しだして、私を見ている。

 

 やっぱり優しい人なんだなっていう感動と。

 そんな優しさを向けられる可能性を全然考えていなかった自分の間抜けさと。


 差し出された傘は模様の入っていない、濃いグレー。

 シンプルな無地の傘は、玲二くんらしいなと思う。


 私は嬉しくてたまらないくせに、不安も感じていた。

 甘えちゃっていいのかどうか、自分の立ち位置がわからない。

 玲二くんにとって私はまだ「ともだち」なんかじゃなくて、ただの「顔見知り」程度でしかないと思う。

 キスしたらイチコロだなんて、とても無理。

 顔を近づけたら、避けられるんじゃないかな。

 だから慌ててしまって、こう答えた。


「あっちに百円ショップがあるから、そこで買うから、大丈夫だよ」


 頑張って笑顔を作ってみると、玲二くんは少し困惑したように見えた。

 素敵な顔の真ん中に軽く力を入れて、目を遠くへ向けて、なにか考えているような。


「あの、じゃあ、送っていくよ」

「え」


 ああ、また嬉しい。すごく嬉しい。

 でもまだ不安で、心とは裏腹に口が勝手に「悪いよ」なんて続けてしまう。


「でも、この間より遅いし、暗いから」


 もしかして、「ただの顔見知り」よりはもうちょっと、ランキングが上だって思っていいのかな。


「ありがとう、玲二くん」


 感激しながらお礼を言うと、玲二くんは慌てた様子で振り返って、傘を開いた。

 


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