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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
さみしくとも明日を待つ
38/85

後悔と福音 / 玲二

「玲二くん、お待たせ」


 この間、俺がやらかしてしまった店の前。

 現れた園田の姿は、今までで一番きれいだった。

 ワンピースの色も鮮やかで、白のコートも似合っていて、それに顔がいつもよりきらきらしている。


「俺も今来たところ」


 に、すれば良かった。いつも早めに行くくせがあるせいで、余計な光景を見てしまったから。

 園田以外について考えたくないのに、どうしてあんなに目に入ってくるんだろう。


「今日はすごくきれいだ」

「ほんと……?」


 いつもは可愛いけど、今日はそう言うのはおかしい気がした。

 まぶたと唇がキラキラしている。いつもとは少し違う色の、大人びた顔。

 出かけたセリフを慌てて飲み込んだ。今はまだ、聞くタイミングじゃない。


「行こうか」


 あの日来られなかった穴埋めをするために、同じ店を選んだ。

 だから、プレゼントも二つ。誕生日のと、クリスマスの分。


 店内の照明は暗く抑えられていて、いつも寄っているハンバーガー屋とはくらべものにならないくらい大人の雰囲気が漂っている。

 そこまで値段が高いわけじゃないけど、初めての空気に少し落ち着かない。


 うっすらとした照明でも、目の前の園田は輝いて見えるし。

 一足先に、十六歳になったから。

 気にしないって決めたのに、心の底では一番怖れている。俺は園田と同じ十六歳には、なれないから。


「メリークリスマス」


 心はずっと冷たい地面の底に落としているような感じだけど、目の前の笑顔には癒されるような気もする。

 目の前のすべての物事に対して、真剣になれずにいた。


「ごめん、俺、あんまりセンスがないかもしれない」

「玲二くんからなら、なんでも嬉しいよ」


 プレゼント、なにを選んだんだっけな。

 誕生日の時は、ネックレスにした。

 ライに襲われた時に落として、どこかにやっちゃったんだけど。


 同じ物を買いなおしたつもりだけど、本当にこれだったかな。

 指輪をあげたかったけど、出来なかった。

 頭の中がごちゃごちゃしていて、園田の声がよく聞こえない。

 今日だけはなにもかも忘れて、二人の時間に集中しようと思っていたのに。


「玲二くん?」


 園田が首をかしげて、微笑んでいる。

 

「ごめん、ぼーっとしてた」

「えー?」

「いつもよりずっと、きれいにしてきてくれたから」


 だから、俺は苦しい。


「本城が来てたの?」

 

 駅前で見てしまった。園田のお兄さんが、本城を引っ張って歩いているところ。

 どうしてそんな組み合わせになるのかわからないけど。

 でもお兄さんが出てくる以上、きっと家に行ったんじゃないかと思ったんだ。


「うん、そうなんだよね……」


 言葉を飲み込まなきゃいけない。

 よっぽど園田のことが好きなんだね、とか。

 なにかもらったの? とか。

 全部封印して、土の底にある心の隣に葬り去らないと。

 園田の顔はみるみる困った形になって、俺の心をますます冷やしていく。


 わざわざ楽しい時間に水を差して、俺はなにをやっているのかな。

 嫉妬するなんて、見苦しい。

 だけどあいつがうらやましい。

 好きだって真正面から言って、断られても何度でも姿を見せて、アピールしまくって。

 それになにより、十六歳で死んだりしないから。



 今日はがっかりさせただろうな。

 家まで送って帰ってからも、俺はずっとぼんやりしっぱなし。

 頭に飛び交うノイズが激しすぎて、全然、まともな状態だなんて言えない。

 

 園田からのクリスマスプレゼントは、四つ葉のクローバーのチャームがついたブックマーカーだった。

 幸運を運んでくれる鳥なら、俺の家にいるんだけど。

 なんだってすると誓うから、一年間、生きられるようにしてくれないかな。

 毎日ライの部屋をのぞきに行っても、羽根は俺の手の中に落ちてこない。


 


 家の掃除を手伝って、静かに新年を迎えた。

 元日は親戚の集まりがあるからということで、園田と初詣に出かけたのは一月二日。

 地元では一番大きな神社には行列ができていて、みんな順番に賽銭を放り投げてはお願い事をしている。


 ここに祭られている神様が俺の仲間だっていうのなら、願いを聞き入れてくれないだろうか。

 それとも、よそ者だからダメっていうかな。


 境内につながる長い砂利道にはたくさんの出店が並んでいて、こちらも人が多い。

 いろんな匂いが混じり合うそこをもたもたと歩いていると、園田は俺の腕にぎゅっとしがみついて、こう言った。

 

「ねえ、玲二くん、写真撮らせて」

「写真?」


 新しい電話を調達してから、園田には例の可愛い写真を送ってもらった。

 それと同じように、俺の写真も欲しいんだって。


 こんなさえない状態の俺でいいのかな。

 どうやって園田の望んでいるような顔をしたらいいのかが、そもそもわからない。

 ポーズなんてとったことがないし。


「うーん、固いなあ」


 神社のはずれは人が少ない。

 大きな木をバックにした俺をスマホの中に捉えて、園田はずっと唸り続けている。


「ごめん」

「無理に笑わなくてもいいよ。きりっとした玲二くんも好きだもん」


 そう言われるとますます困ってしまう。

 ちっとも決められないまま時は流れて、申し訳なさがピークに達した時、転機が訪れた。


「あ、いつき!」

「千早」


 園田の友達の、森野。毎月女子会をしているっていう、仲の良い友達だと聞いている。

 花火の時もクリスマスも、誕生日パーティの時にもいた。


「あけましておめでとー。なにやってんの?」

「え? えっとね。玲二くんの写真が欲しくてね」

「へえ。正月からお熱いことですねえ」


 森野は俺に視線を向けてニヤリと笑っている。

 いつも通り、目力強めの、少し濃い目のメイクがよく似合う大人っぽい印象だ。


「一緒に撮ってあげようか?」

「えっ」


 園田の瞳がきらりと輝く。

 そして、返事もせずに俺のところに走ってきて、腕をぎゅっと組んできた。

 冬で良かった。夏だったらたぶん、ぽよんぽよんの誘惑に耐えきれなくて夜寝られなかっただろうから。


 俺がそんな心配をしている隙に、写真は撮られていた。

 園田が嬉しそうにしがみついて、俺は少し照れた顔で困っている。そんな写真が画面に収まっている。


「これ、いいね」

「そう? もうちょっといい感じにしたら。チューしてる写真とかさあ」


 なにを言うんだ、森野。


「いいよ、これで。私たちらしいよね、玲二くん」


 確かにそうかもしれない。

 これが正しい、俺たちの関係。

 園田はまっすぐ好意をぶつけてきて、俺はいろいろあって困りつつも嬉しい。


「ありがと、千早。一緒の写真って初めて」

「え、そうなの?」

「うん、そうなの。だからすごく嬉しい」


 あとで玲二くんにも送るねと、園田はにっこり笑った。

 ああ、本当に可愛いな。

 ドレスアップしている時も良かったけど、このいつも通りの園田が好きだ。

 またあの時みたいに、抱きしめて、キスしたいけど。

 だけど。



 森野と一緒になって駅まで戻って、いつもの店に寄ってから家に戻った。

 コートをベッドの上に投げた瞬間、電話が揺れる。

 可愛い写真を指先で撫でると、メールには写真が添付されていた。

 さっきの、一緒に撮った冴えない一枚。


 そして、本文。


 玲二くん、改めましてあけましておめでとう。

 今日もなんだかとても寂しそうに見えて、すごく心配しています。

 先週はわたしもあんまり落ち着いてなかったから言いそびれちゃったんだけど、本城君が来たって聞いてくれて、すごく嬉しかった。

 気にしてくれたんだって思ったらすごく嬉しかったんだけど、心配かけちゃったのかなって。もっとちゃんと話せば良かったね。

 誰が来ても、何をくれても、何と言っても、私はずっと玲二くんだけを見ているから。

 中学のころ、初めて見かけた時に、まるで稲妻に打たれたみたいだったんだ。

 こんなに素敵な人がいるのかなって思って、それからずっと、私の心の中にいるのは玲二くんだけなの。他のひとの席はなくて、これからも交代なんてありえないから。

 今年こそ絶対彼女にしてもらおうと思ってるからね。

 だから、今年もよろしくね。


 いつき



 

 こんなに大きな愛情を向けられてすごく嬉しいはずなのに。

 目を閉じるたびに悪夢にうなされて、毎日汗びっしょりで目覚めている。


 真っ黒い悪意の塊のような手が伸びてきて、俺を助けに狼が走ってきてくれるけど、ぎりぎりのところで間に合わない。

 噛みついて、ひっかいて、狼はかなり必死になって戦ってくれるのに、ダメなんだ。

 俺は巨大な手に握りつぶされて、最後は真っ赤なただの塊になって終わる。

 

 それを、誰にも言えない。

 言葉にして伝えないから、誰も俺の悪夢を知らない。

 平気なふりをしていつも通りにふるまって、夜が来るのを恐れた。

 良太郎の声と、園田の優しい微笑んだ顔。母さんの作ってくれる食事と、父さんの穏やかな視線。全部、俺を守ってくれているのに、どうしても夜になるとダメだった。

 俺は誰ともつながっていなくて、ひとりぼっちで、毎晩夢の中で日常から切り離されてしまう。


 俺のこのどうしようもない不安に、園田は気が付いているみたいだった。

 いつもよりも明るく、優しく語りかけてくれる。

 俺はそれに答えながら、震えている。


 園田と会えなくなるのが怖い。

 俺がいなくなって、園田のあの瞳がほかの誰かに向けられる日が来るかと思うと、怖くてたまらない。


 だけど逆に、こんな弱々しく死にかけたような命に付き合わせるのがどうしようもなく申し訳なくて。

 早く見限ってくれたらいいのにとも、思う。


 学校に行くことだけが、最後に残された「普通」の世界とのつながりで。

 だけどそこへ行くと、自分が「普通」じゃないんだって思い知らされて。


 一月が過ぎて、二月がやってくる。


 毎晩見ている夢は、ゆっくりと変化をみせていた。

 俺を助けに来てくれる狼が、少しずつ遠ざかっているんだ。

 最初はすぐそばを走っていた銀色の輝きが、毎日毎日離れていく。

 俺は彼の名前を呼ぶ。彼も、俺の名を呼ぶ。

 だけどそれが、聞こえなくなっていく。


 どうしてこんな夢を見るんだろう?

 母さんに聞けばわかるのかな。

 だけど、……言えない。

 俺がカウントダウンに怯えて、苦しんでいるなんて、言えなかった。

 心穏やかで、平和な日常を。

 二月六日から一年間、危険のない暮らしの中にいればいいだけなのに。

 あの夢のせいで、それ以前の問題になっている。

 こんな日々を続けていたら壊れてしまいそうだってわかっているのに。

 夢の世界はコントロールできなかった。




「玲二くん、明日、家にいる?」


 二月五日。いつきと一緒の帰り道。明日は休みで、もしかしたらこれが最後かもしれない、帰り道。


「うん……、いるよ」

「じゃあ、夕方くらいにお家に行ってもいい?」


 園田は特に理由を言わなかった。

 誕生日以外に考えられなくて、俺は力なく頷くだけ。


「いいよ」


 園田は俺の手を取って、ぎゅっと握った。

 

 母さんの考えは正しかった。

 俺は世界から切り離されているべきだった。

 思いがけない理由で打ち切られた、日常からの希薄化。

 あの澄ました顔の龍が、俺は今、少し憎い。


 園田を好きにならなかったら、多分、こんなに苦しくなかったから。

 ずっとひとりでいれば、ひとりでいるのがふつうだったら、こんなに悲しくなかった。

 人間じゃないんだって告げられただけなら、きっと耐えられた。

 苦しくても、父さん母さんと一緒になんとか乗り越えられたと思うんだ。


 だけど、出会ってしまったから。

 誰よりも愛しくて、ずっと隣にいたい、魂を一つに重ねたい相手に。

 こんなにも思っていると伝えられない。


 それがこんなにも辛いだなんて、知らなかった。




 悪夢にとうとう援軍が現れなくなって、早くに目が覚めてしまった二月六日、運命の日。

 冬の朝はやたらと暗くて、そのせいで余計に気分が重くて、階段をよろよろと降りていく。

 なにか熱いものでも飲んで、落ち着こうと思って。


 階段を最後まで下りたら、前方から音が聞こえた。

 ドアを叩く音。強く、ゆっくり、ゴンゴンと。


 時間はまだ六時前。来客にしては早すぎる。

 ドアスコープからのぞいてみると、見慣れない壮年の男の姿があった。


「誰かいるのか?」


 ぎこちない日本語。どこかで見た顔だと、思う。


「テレーゼ、私だ」


 ぐるぐると記憶が回りだす。

 そう、知っている、この顔、この声。

 母さんの、父さん。つまり俺の、祖父だ。



 ドアを開けると、祖父は俺をじろじろと上から下まで見つめた。


「玲二か」

「はい」

「早い時間にすまんな」


 電気をつけて、リビングへ通して、暖房を入れて。

 それから母さんの部屋のドアを叩いた。

 父親の気配に気が付いていたのか、母さんはすぐに姿を現してリビングへ向かっている。

 父さんもすぐに出てきたけど、こちらはパジャマだ。


 急いで部屋に戻って着替えると、リビングの空気はひたすらに重かった。

 母さんはうなだれ、父さんも寝癖がついたまま深刻な顔をしている。

 祖父は年季の入った渋い色のコートに身を包んだまま、どっしりと座って二人を見ている。


「なにか用意しようか?」

「構わん。玲二、すぐに支度をしなさい」

「支度?」

「お前とテレーゼを連れて帰る」


 それはちょっと、と声をあげたのは父さんで、いきなりすぎると祖父に抗議をし始めた。

 なんだろう、連れて帰るって。

 俺がいてはいけない場所なんじゃないのか、母さんの故郷は。

 

 行ったことはあるけど、歓迎されていないのはすぐにわかった。

 あの時の俺はもっと幼かったけど、すすんでまた行きたいなんてかけらも思わなかったんだから。


「駄目だ。U研の連中はこぞってこちらに移動している。それになんだ、この統一感のなさは。雑多な種の集まりだとは聞いていたが、こんなにバラバラとは思わなかった」

「ええと……」

 

 祖父の言葉の意味がちっともわからない。

 父さんにもあまりわからなかったようで、勢いが挫かれている。


「正体を見せるなんて、そんな迂闊な連中のたまり場に大切な娘を置いておけない。仕方がないが、玲二も連れて帰る。ここに置いておくよりはマシだろうからな」

「そんな言い方はやめてください」


 俺は立ち尽くすばかりで、なんのアクションもできなかった。

 正体については、予想がつく。あの時ライが本当の姿で飛んだから。だから、研究者がこちらに来ているって話なんだろう。

 だけどそのあとの「仕方がない」に、ひどく傷ついていた。

 俺なんていらない存在だってことはわかっていたけど、直接言われると想像以上に堪える。


「なんにせよお前には関係ない話だ、速音。これは我々一族にとっての危機に繋がる事態だ。それに、お前の言っていた『希望』とやらも、昨日無駄だとわかったからな」

「なんですって?」

「もうなにもかもが無駄だ。だったら、時間をかけてなんとかするまで」


 だから母さんと俺は、一緒に帰らなきゃいけない、らしい。


「無駄って、なにが……?」


 話の内容はほとんどわからなかったけど。だけど、気になって、問いかけた。


「お前にはなんの力もない。さんざん試したが無駄だった。だったらあとは、事故を未然に防ぐだけだ」


 なにかがあった時に犠牲になるのは、力の弱い者。

 つまり、俺だ。

 俺が一番弱くて、力がないけど、だけど、間違いなく狼の血を引いているから。

 狼の一族について、ほとんど知らないけど、でも全然知らないわけでもないから。


 秘密を守るためには、俺はここにいちゃいけない。

 子孫を作ってもいけない。

 力はもう目覚めない。

 俺の人生にはもう、なんにも残らない。


 

 息ができなくて、苦しくてたまらない。

 ふらふらとリビングを出て、何度か手をつきながら階段を上った。


 部屋に戻ると、下からは言い合う声が聞こえてきたけど。

 よく聞こえないし、なにも聞きたくない。

 ベッドの上で丸まっている俺の肩にリアが飛んできてくれたけど、鳥のようにさえずるばかりで声はまったく聞こえなかった。

 それが、聞こえなくなってしまったのか、話しかけていないのか、確認することもできずにいると、急に足音が聞こえてきて、俺の部屋の前で止まった。


「準備はできたか?」


 返事をせずに、ただ座りこんでいる。

 すると、すさまじい音がしてドアが破れ、俺のすぐ前に倒れてきた。


「やめて!」

「お前も準備をしなさい」

「こんなのひどすぎる。せめてもっと時間をちょうだい」

「待っていいことなどなにもないだろう!」


 すがりつく母さんを振り払うと、祖父は砕けたドアのかけらを踏みつぶしながら、俺の前へと進んだ。


 リアはぱたぱたと飛んで、タンスの上に逃げていく。


「準備をするんだ」

「いやだ」

「なんだと?」


 祖父から放たれている圧は、遠屋とよく似ている。

 有無を言わせない迫力、逆らえない威厳みたいなものを感じる。だけど、嫌だ。


「あんなところに行くくらいなら死んだ方がマシだ!」


 叫んだ生意気な俺を、祖父は思いっきり殴りつけた。

 ベッドの上から吹っ飛んで、壁にぶつかって、床に落ちた。


「玲二!」


 いてて、と声をあげながら父さんが駆け寄ってくる。


「いくらなんでも横暴すぎます!」

「ならば勝手にしろ。玲二はこの家から絶対に出るな。速音、お前が責任を取るんだぞ。なにがあっても秘密は守れ。テレーゼは連れていく。リア、お前も戻って来い、いいな!」


 俺が床にうずくまっている間に、全部終わっていた。

 俺の部屋のドアは壊れて、冷たい空気がすうすうと入り込んでいる。

 母さんはいなくなって、俺を抱きかかえているのは父さんで、それから、ライが泣きながらのぞき込んでいた。


「すまない、玲二。俺のせいで……。俺が、弱かったから……」

「ライ君のせいじゃないよ」


 父さんの言う通り。

 力が強いからって、気に入らないやつを一方的に打つような、傲慢なひとでなしたちのせいだ。




 手当を終えて、ぼうっとしていた。

 母さんのいなくなった家はなんだかずいぶん寒くなってしまったように思える。


「玲二、心配するな。今まで通りに暮らしていればいい」

「そんなの、できるのかな」

「できるさ」


 無理だよ。

 だって俺には力がないから。

 もう目覚めさせられないけど、微かな能力は残っている。

 それで、これからどうなる?

 ただの一番弱いだけの半端者として、ここで疎まれながら暮らす?


 誰も俺を見られない。

 誰も俺が何者か知らない。

 人間にはなれない。

 協力してくれる存在も消えてしまった。


 本当は我慢していくべきだったんだろうな。

 狼たちの情けを受ければ、能無しと呼ばれながらなら生きていけるんだから。


「玲二、話を聞きなさい」

「……無理だよ」


 父さんの言葉は希望にあふれてるけど。

 すごく微かで、今にも切れそうな細い糸でしかない。

 それにすがりたいけど、結果は見えている。

 すぐに切れて、奈落の底に落ちるか、ほら言った通りだろうって助けてくれた誰かに蔑まれるだけなんだ。


 散々な一日が過ぎて行って、窓からオレンジ色の光が差し込んでくる。

 黄金みたいな美しい光がカーテンの隙間から入り込んできて、それに見とれていたらインターホンが鳴った。


「俺が出る」


 約束通り、来てくれた。


「玲二くん……?」


 門の外には花が一輪咲いている。

 初めて興味を持った花。俺が一番好きな、優しい香りのする君。


「お誕生日おめでとう。顔、どうしたの? 腫れてるみたいだけど」

「ちょっとね」


 園田は不思議な顔をしたけど、俺に小さな紙袋を差し出してくれた。


「ありがとう」


 なにが入っているのかな。

 最後のときめきを噛みしめたいのに、胸が苦しくて、難しい。


「……俺、園田が大好きだよ」


 口から勝手に飛び出したセリフに、園田の頬が赤く染まる。

 裏腹に、俺の胸は後悔で埋まっていく。


「だから、園田とは付き合えない」

「え?」


 門は閉めたまま。俺と園田との間にある、絶対に埋まらない溝みたいに、二人を近づけさせないようになっている。


「今、なんて言ったの?」

「俺、園田と付き合えない」

「どうして?」


 声が涙で震えている。

 わかってほしい。俺も、おんなじだって。


「好きだから、幸せになってほしいんだ。俺とじゃ無理だから」

「なにが無理なの?」

「未来がないんだ、俺には」


 見たくなかった、涙なんて。

 だけど真珠みたいにきれいで、触れたくてたまらなくて、また苦しい。


「どうにかできると思ってたんだけど、無理だった。最初からわかってたのに、なんとかできるんじゃないかって、夢見てたんだ」


 園田の泣いている顔も本当に悲しそうで。

 こんなにも悲しんでくれることが、今の俺にとってはなによりの救いだ。


「玲二くん!」

「ごめん。……さよなら」


 家に逃げ帰って、ドアにカギをかけた。

 インターホンが何度も何度もなって、俺はしばらくの間、出ようとする父さんを止め続けなければならなかった。

 

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