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狼少年の憂鬱  作者: 澤群キョウ
さみしくとも明日を待つ
37/85

不意打ち / いつき

「ねえ、玲二くん」


 熱いデートの次の日の朝。今日も二人で一緒に学校へ行くんだけど。


「携帯、ちゃんと持ってる?」


 すごく気になっていたことを聞いてみると、私の王子さまはきょとんとした表情を浮かべて、すぐに眉毛を八の字に歪めた。


「忘れてた」

「なくしたまんまなの?」

「そうだ。うわ、すごいうっかりだな……」


 メールがさっぱりかえってこないと思ったら。

 もともとそんなに使いこなしたり、依存するタイプじゃないんだろうけど。


「連絡くれてた?」

「たいしたことない内容ばっかりだから、大丈夫だよ」


 私からはね。でも、他のひとから大事な連絡があったらどうするつもりだったんだろう?


 落としたと言っていた私の誕生日パーティの日から、二週間以上経ってるんだけどな。

 こんなドジなところもあるんだ、玲二くん。


「電話かけてみようか?」

「いいよ。壊れているだろうから」

「壊れてる?」

「だって」


 だって、なんだろう?

 玲二くんは途端に言葉を止めて、黙り込んでしまった。


「携帯の会社に連絡しなきゃいけないな」


 ごまかされちゃった気がする。


 昨日のデートで、玲二くんの愛情についてはよくわかった。

 付き合えないってハッキリ言われちゃったけど、あんなに情熱的にされたら、もう疑ったりは出来ない。

 だけど、心配している部分はそのまんまで、解明にはほど遠いんだよね。

 やっぱり、危険な組織に所属してたりするのかな?

 うーん、玲二くんに限ってそれはないと思うんだけど……。


「また送ってくれる?」

「メール?」

「ううん、写真」


 あの盛りすぎの一枚か。あれ、気に入ってくれてたのかな。

 写真のおねだりのせいで、ますます突っ込みにくくなってしまって、結局玲二くんの裏事情は追及できなかった。


 もう顔色も悪くないし。

 すごく落ち着いていて、私を見る目も優しくて。

 ケチつけられるところがないんだよね。あのキスの破壊力、すごかった。昨日の幸せ度、突き抜けてたもん。


 思い出すだけで体がぽかぽかしてしまう。

 最後のあれも、ちゃんと受け止めた方が良かったかなって、少し思ってたりして。


「なんだか顔が赤いよ」


 いつも通りの電車、いつも通りの三号車の一番前のドアにもたれかかって、赤面中。

 誰のせいだと思ってるのかな。

 悔しくなって胸のあたりをつついてみたら、頭を撫でられてしまった。



 十一月も後半に入ると、町中クリスマスの飾りでいっぱいになる。

 学校のある駅の商店街は古めかしくてそんなに盛り上がってはいないんだけど、ちゃんと大きなツリーが飾られている。


 その横を通り過ぎながら、玲二くんの顔を見上げた。


「玲二くん、クリスマスの予定、どうなってる?」


 バイトとかあるのかな。

 私はまだ、迷っている。

 動物園か水族館ならいつでも入り込めるけど、もしも玲二くんが「俺の家に来いよ」って言ってくれたら、予定は入れずに全部空にして備えておかなきゃいけない。


「クリスマスは……」


 あれ、ダメなのかな。もう予定が詰まってるとか?

 じいっと見つめてみると、玲二くんは久しぶりに顔をぽっと赤く染めた。


「まだなんにも決まってない」

「本当?」


 じゃあ、一緒に過ごせるかな。

 一晩中とは言わない。ちょっとくらいならいいよね。


 そんな話をしていたら、葉山君からパーティのお誘いを受けてしまった。

 また俺んちでやろうぜって、いつも通りの明るい顔で。


「友香ちゃんに言っといて。島谷誘うときは、周囲で聞き耳立ててるやつに気を付けてって」

「そんなやつ、いるのか?」

「おま……、そうか、園田ちゃん玲二に話してないんだな?」


 そういえば言ってなかった。

 玲二くんは、私の誕生日パーティに本城君が来たって聞いて驚いた顔をしている。


「ごめん、園田」

「どうして玲二くんが謝るの? 勝手に来たんだもん、誰のせいでもないよ」

「いや、島谷のせいでしょ」


 それを言うなら友香のせいなのかも。

 や、でも、普通なら呼ばれてないパーティっていけないよね。


「ま、いいよ。クリスマス当日は忙しいだろうから、一週間くらい前倒しでやろうぜ。ちょうど試験も終わるし、打ち上げも兼ねてさ」


 試験前は葉山家に集合がすっかり定番になりつつある。

 葉山君の家はお母さんも楽しい人だし、すぐそこだし、居心地がいい。


「もう一人美少女がほしいところだけどさ」

「色気のあるお姉さんがいいんじゃないのか?」

「やめろよ玲二、園田ちゃんの前で」


 玲二くんに突っ込まれて笑ったあと、葉山君は急にぴたっと動きを止めて、こうつぶやいた。


「そういや、最近全然見ないね、百井さん」


 葉山君が誰かをさん付けで呼ぶのは、かなり珍しいと思う。

 でも、そのくらいの距離感だよね、百井さんは。

 確かに全然、見ていない。最近ちっとも学校に来ない。

 あれだけ存在感がある人なのに。おかしいな。

 そうだ、あの日、玲二くんが図書室で襲われた日から見かけていない気がする。


 玲二くんはノーコメント。

 冷えた空気をため込んでいる廊下の方へ目を向けて、しらんぷりしているみたいな感じ。


 相性が悪いんだよね、百井さんとは。

 あれだけ絡まれたんだから、この態度でも仕方ない。



 毎日、いつも通りの日常が過ぎていく。

 あれ以来、玲二くんはずっと教室で待つようになった。

 図書室にあの先輩はいるのかな。処分の内容は詳しく知らないんだけど、どうなったのかな。

 なんだか妙な来平先輩はどうしているのかな。玲二くんに会いに来る様子もないけど。


 玲二くんを取り巻いていたいろんな人が、今はすっぽり欠けている。

 相変わらずなのは中村さんくらいで、週に三回くらいは玲二くんの隣で騒いでいるんだよね。

 クリスマスにデートしようとか、カラオケに行こうとか、スイーツバイキングに連れてってとか。玲二くんは曖昧に笑うだけで、全然返事をしない。だけど中村さんはそれを気にしないみたいで、すごく不思議。

 私を見れば、園ちゃんも一緒に行こう、だし。

 勝手に騒いでいるだけだよって玲二くんは言うけど、本城君と付き合ってた時はどんな風だったんだろ。


 元カレの方も相変わらずで、クラブで張り切ってお菓子を作っている。

 頑張ってくれないかな、五組の益子さん。

 猛烈にアタックして、本城君を落としてくれないかな。


 こんな願いは届かず、参加するたびにいつきちゃんって呼ばれ続けているんだよね。

 葉山君家の勉強会にも参加させてって。

 これは、葉山君が断ってくれた。これ以上男ばっかり増やせないって。

 

 なんだかんだで試験は終わって、打ち上げ込みのパーティも開催された。

 葉山君は実乃梨と千早も呼んでくれて、花火の時に仲良くなった羽野君、ついでに爽やか系イケメンの井吹(いぶき)君という人も招いてくれていた。千早はイケメンだって喜んでいたけど、結局うまく話せなかったみたい。いつものテンションと、実際だと全然違うんだよね。だから、私のために泣いてくれたりするんだろうけど。


 楽しいばっかりの日々はまだ続いて、とうとう今日は二十四日。

 祝日を挟んでの登校にブーブー言っている人は多いけど、でもこれで二学期は終わりだから。今夜はきっとそれぞれに楽しむんだろうと思う。


 授業はなくて、二時間目でもう帰りの時間。

 私は最後の日直で、職員室に寄って帰らなきゃいけなかった。

 玲二くんは私を待ってくれていたせいで、先生に荷物運びの手伝いを頼まれてしまって、結局私の方が先に下駄箱に立っているっていう。


 上履きを鞄にしまって、スニーカーを取り出そうとすると、下駄箱には小さな箱が置かれていた。

 金と緑のしましまのリボンがかかった、ひらべったい箱。

 リボンの下にカードが挟まっていたので取り出してみると、「メリークリスマス S」とだけ書かれていた。


 なんだろ、これ。

 

「あっ、園ちゃーん! なに持ってんのー? 玲二さんからプレゼント?」


 後ろからガバっとしがみつかれて、箱を落としてしまった。

 中村さんはごめんごめんと謝りながらしゃがんで、あやうくパンツが見えそうになっている。


「ねえ、これ有名なブランドのやつじゃない? この包装紙って」

「そうなの?」

「やるじゃーん園ちゃん! 誰から。Sって誰?」


 S、そう、Sなんだよね。だからつまり、玲二くんじゃない。

 大体こんなまわりくどいことしないと思うし。


「わかんない」

「そうなの? じゃ、とりあえず開けよう!」


 中村さんのノリはとにかく軽い。

 私の返事を待たずにリボンをほどき、包装紙をはがして私にはいって渡してきたりして。


「わあ……。やっぱそうじゃん。B‐tys(ビーティス) Wear(ウェア)のだ」

「なあに、それ」

「園ちゃんヤバすぎ。知っておかなきゃ女子失格になっちゃうよ?」


 中村さんが言うには、ハリウッドセレブ御用達の、最近やっと日本に上陸したばかりの超話題のアクセサリーブランドなんだそうだ。まだ二つしか店舗がなくて、クリスマス前の争奪戦は凄まじかったんだとか。

 

「男ったらしだねえ、園ちゃんったら」


 中身を先に見たのも、結局中村さん。

 ピンクゴールドの細いチェーンでできたブレスレットで、多分三万円はするよという言葉にすっかり慄いている。


「そんな高いものもらえないよ」

「んー、でもどうするの? 新学期の朝礼で先生に、これ誰のだーってされたら、あげた方は相当恥ずかしいんじゃないかな」


 それは、確かにそうかもしれない。

 自分がやられたら、かなり傷つく。


「いいじゃん、もらっちゃいなよ」

「どうしたの?」


 二人で騒いでいるところにやっと玲二くんがやってきて、私は思わずブレスレットの箱を後ろに隠した。中村さんがキャッキャと話しかけている隙にカバンに詰め込んで、あとはわざわざ報告されないのを祈るだけ。


「玲二さん、これあげるー」

「これは?」

「シュトーレンだよ! ドイツの人はこれ食べるんでしょ?」


 あんまりオシャレじゃない紙袋の中身は、大きなパンだった。

 パンって、気楽でいいよね。

 玲二くんは苦笑いしているけど、ありがとうって受け取ってるし。


「今日、バイトなんだよね! せっかくのクリスマスなのにさあ、シフト入れられたんだ。良かったら遊びに来て」


 玲二くんにプレゼントを渡したかっただけなのかな。

 明るい挨拶に、思わず笑ってしまう。


 行けないんだけどね。

 私たちは一度家に帰って、お互いプレゼントを持って、駅前で会うことになっている。

 また可愛い姿を見たいなって言われたから。じゃあ、玲二くんもかっこいい姿になってってお願いして、夜待ち合わせようって。


 お昼はまるっと空いちゃうんだけど、ムード重視ってことで。

 冬休みは水族館でチケット販売のアルバイト。玲二くんを誘ってみたけど、なんだかんだでいろいろあるから無理なんだって。

 今日の夜が終わったら、初詣に行って、新学期になったらまた一緒に通うっていうスケジュール。玲二くん成分の補給は飛び飛びになっちゃうから、今日はしっかり摂取しておかなきゃいけない。


 家に戻って鞄の中身を出して、ひとつため息をついた。

 誰からなのかな、このアクセサリー。

 確かにきれいだし、デザインもいいんだよね。シンプルで、無駄がなくて、でもエレガントで。

 Sから始まる名前に、全然心当たりがない。島谷君くらいしかいない。

 葉山君も違うし、大体私にこんなものを送ってこないだろうから。


 あり得るとしたら本城君だけど、Sではないんだよね。


 ブレスレットは箱にしまって、包み紙も丁寧に折り目どおりの元通りにした。

 リボンもなんとか、ぴったり箱にフィットさせて。

 いつか誰からかわかったら、ちゃんと返そう。未使用だし、イニシャルの類も入ってないから、なんとかできるんじゃないかな。


 お昼を食べて、今日着ていく服をチェックしていく。

 クリスマスだからね。クリスマスに、ディナーだから。

 地元の駅前だけど、予約してある。

 来そびれた誕生会の時のあのお店。玲二くんが初めてキスしてくれたあそこで、二人きりの予定。


 思い出すとへなへなって、腰から力が抜けてしまう。

 路上じゃなくて、海岸でのキス。

 ああいうの、また、今日、してくれないかな。


 深い青のワンピースに、白いコート。今日はこれで決まり。

 ちょっと大人な感じにしたけど、気に入ってくれるかな。

 

 予定よりもずっと早く着替え終わってしまって、私は家の中を無駄にうろうろしている。

 例によって草兄ちゃんには文句をいわれたけど、珍しく家にいた充兄ちゃんは可愛いって褒めてくれた。


 鏡の前で自分とにらみ合う。

 このいつも通りのすっぴんっていうのはどうなんだろうなって。

 あんまりこってりした化粧はできない。素人だから、うまくできないと思うんだよね。こんなことなら普段から少しずつでも練習しておけば良かったかなあ。


「どうしたんだよいつき、そんな顔して」

「え? うん、なんかこのままの顔でいいのかなって思って」


 充兄ちゃんは楽しそうに笑いながら、だったらプロにやってもらったら? と言ってきた。

 化粧品の販売コーナーに行けば、プロが注文通りにやってくれるって、でも、それっていくらくらいかかるのかな?


「俺の彼女がよく使ってるんだ、デパートの化粧品のカウンターだっけな。こんな風にしたいとか試したいって頼んだらやってくれるらしいぞ。それで、気に入ったものだけ買ってる」

「充兄ちゃん、彼女がいるの?」


 初耳なんだけど。

 でもそのあたりは完全にスルーして、頼もしい園田一号は私に「行ってみるか?」と聞いてくれた。

 高いものを大量には困るけど、ちょっとくらいなら買ってやるからって。

 ああ、なんてすごい差がついてるんだろう。お兄ちゃん一と、二の間に。


 なんといっても待ち合わせまではまだ四時間もあるんだよね。

 それなら、月浜あたりまで出ても十分間に合う。

 今日は可愛い妹になって、充兄ちゃんと一緒にでかけた。

 派手すぎず、ちょっとだけ可愛い感じにしてくださいとお願いしたら、それはそれはちょうどよく仕上げてくれた。自分でやるときのアドバイスもいただいて、さすがプロ。


 おすすめの口紅も買ってもらってかなりウキウキ気分で家に戻ると、お客さんが待っていた。


「わあ、いつきちゃん、すごく可愛い!」


 げげーっ、なんで本城君がいるの! っていうのが素直な感想。


「メイクしてるんだ。そのワンピースもよく似合ってるし、最高だね」


 今からデートしよ、だって。

 


 本城君は今日も上機嫌で、花束とプレゼントを用意してくれている。

 赤と緑でまとめられた花束は可愛いし、開けてみてと言われたプレゼントの中身はマフラーだったけど、これもまたセンスが良いし。


「ありがとう」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

「どうやってうちまで来たの?」

「いろいろ伝手を使ってね。なんとかここにたどり着いたんだ」


 胸の中がもやもやしちゃって、苦しかった。

 本城君がここまでするとは思わなかったし。

 ありがたいっていう気持ちは、なくはないんだけど。


 頑張ってオシャレした姿を、玲二くんより先に見られちゃったんだなって。


 泣くようなことじゃないけど、胸が詰まっちゃって。

 どうしたらいいんだろう、今のこの気持ちを。


「私、なんにもあげられないんだけど……」

「いいよ、そんなの。代わりに、俺のこともうちょっとだけ見て欲しいな」

「本城君」

「俺、結構本気なんだ。いつきちゃんは可愛いだけじゃなくて、明るくって、ちょっと頼りなくて、守ってあげたくて、隣にいてくれたら幸せになれそうな気がするから」


 最後に私の手をとって、また片膝なんかついちゃって。

 お願い、だって。

 なんとか拒否したかったんだけど、それも許してくれなかった。


「立花が好きっていうのはわかってる。それでも諦められないんだ。俺のこの往生際の悪いところ、ちゃんと見て」

「……キザだよね、本城君って」

「そ。好きな子の前ではホント、一生懸命になっちゃうんだ」



 今、家にはお兄ちゃんたちと、お母さんがいるんだよね。

 聞いてるんだろうな、この会話。

 結構古い家だから、基本的に全部筒抜け。


「これからどこかに行くの?」

「うん……。デートなんだ」

「そっか、残念。明日空いてたら、俺とどこかに行かない?」

「明日はアルバイト入れてるの」

「クリスマスなのに?」

「うん、クリスマスなのに」


 これ以上言葉を投げかけられるのは嫌で、立ち上がった。

 待ち合わせまで、あと少し。

 時間には余裕があったはずなのに、本城君に埋められてしまった。


「いつきちゃん、俺のこと駅まで送ってくれない?」

「……それはちょっと、困る」

「迷ったら電話しちゃうけど、いいかな」


 いつきちゃんが出てくるまで家の前で待っちゃうよ、だって。

 脅迫じゃん、そんなの。

 ざわざわしちゃって、全然落ち着かない。

 心がバラバラに崩れているみたいで。


 悔しいけど、本城君の方が何枚も上手だった。

 玲二くんもだけど、私も、本当に素人だから。

 いつも真正面からぶつかってばっかりで、駆け引きなんかしていないから、こうなっちゃうんだろうな。


 聞こえないようにそっとため息を吐き出すと、客間のふすまが突然スパーンと開いた。


「俺が送ってやるよ」


 うわ、草兄ちゃん。


「お兄さんですか?」

「そう、いつきの兄貴。受験勉強の息抜きしに駅前まで行くから、一緒に来な」


 草兄ちゃんはいつもの不機嫌そうな顔で本城君の襟をつかんで、玄関へ引きずっていってしまった。


「いつきちゃん、またね! 連絡するよ!」


 ぼけっとしながらドアが閉まる様子を見ている私の肩を、充兄ちゃんがぽんと叩く。


「大丈夫か、いつき」

「うん……」

「あいつ、葉介が通しちゃったんだ。出かけようとしたところでちょうど出くわしたんだって。草太、自分が応対すればよかったって後悔してたんだって」


 そうだったんだ。

 葉介は確か、友達とクリスマスパーティとか言ってたっけ。


「充兄ちゃんは出かけないの?」

「俺は大人だから、夜に行くよ」

「ふーん」


 彼女と会って、どんな話をするんだろう。

 充兄ちゃんも無口なんだけど、彼女ってどんな人なんだろうな。


「せっかく可愛くしたんだから、楽しんで来いよ」

「わたし、可愛いかな?」

「もちろん。俺たちの自慢の妹だからな」


 充兄ちゃんはわかるけど、草兄ちゃんもそんな風に思っているのかな?

 だけど兄ちゃんたちのお陰で、少しだけ心が軽くなった。


「ありがと、充兄ちゃん」


 少し早いけど、家を出よう。

 いつもとは違う、駅までの最短じゃないルートで。


 夕方の空気はすっかり冷たくて、冬の風に吹かれたら心がぴしっと引き締まった気がした。


 私を待っているのは玲二くんだから。

 いくじなしな自分は隅に追いやって、大好きな顔ばかり思い浮かべながら夕暮れの道を歩いた。

 

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